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「なんかメッチャ怪しいかんじ。」マンションのエレベーターを降りると、大きな声で、憂亜は言った。鼻の頭に皺を寄せたまま、早足でフロアから玄関の自動ドアに向かう。「だって自分のコドモなのに、どうして他人に見張らせるワケぇ。」玄関を出ると、振り向いて話を続ける。「おいおい。後ろ向いて歩くと危ないぞ。」と注意をするが、まったく聞いちゃいない。「ゼッタイ、裏があるよ。間違いなくワケありだね。」目を細めて、テレビドラマのベテラン刑事みたいな表情をする。「オジサンも、そう思うでしょ?」兎のような大きな目で、俺の顔を覗き込み、同意を求めてきた。確かに憂亜の言わように、この依頼は少々胡散臭い気がする。しかし、内容と報酬には不満がないから、俺はこの仕事を引き受けるつもりでいた。それに、調査する相手には、大きな貸しもあった。一方的に好き放題殴られて、黙ったままでいる程、俺は大人しくない。相手の名前も住所も分かった事だし、きちんとお礼しなきゃならんだろう。もちろん、仕事は仕事として行動するが。「ねぇ! 聞いてんの? オジサン?」憂亜が頬を膨らませて、睨んできた。こういう仕種を見ると、まだまだ子供だなと思う。しかし、こいつの親は、一体何処にいるのだろうか。一文にもならない、このトラブルメーカーを抱え込んで、早や三日。やっぱり、若い女は苦手だ。扱い方がよく分からないうえに、話し方や行動にもついていけない。そろそろ気分が滅入ってきた。今夜は、海神(わだつみ)へ行って、飲もう。ちょっとは気分が晴れるかもしれない。
2005/05/17
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トン、とコースターの上に、ジン・トニックが入ったグラスが置かれた。こいつで4杯目。俺は頬杖をついたまま、右手の人差し指でグラスの氷をかき回した。この店は、曜日ごとにBGMのジャンルが違う。木曜日の今夜は、ボサノヴァだ。絞ったヴォリュームで店内に流れる『おいしい水』を聴きながら、グラスを口に運ぶ。「何か腹に入れとかないと悪酔いするぞ」とマスターが、チェダーチーズの盛ってある皿を俺の前に差し出した。「オゴリだよ」グラスを磨きながら、マスターが微笑む。礼を言って、爪楊枝の刺さったチーズをつまみ、一口で放り込む。数回噛んで、ゆっくりと胃に落とす。そしてまた、ジン・トニックを呷る。鼻から軽く息を吐き、ジン特有の松ヤニのような薫りを楽しんだ。
2005/05/06
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また、やってしまった。昨夜は、吐いては飲んで、飲んでは吐いてを繰り返した。つい2~3日前に、反省したばかりなのに効果なしだ。喉元過ぎれば何とかってやつの、典型的な見本だと自嘲する。俺はどうも女と酒には関しては、幾度となく痛い目に合っても、懲りない性分のようだ。胸の悪さを解消しようと、液体胃腸薬の小瓶の蓋を開けた。一口飲む。臭いはマシだが、味は最悪。更に吐き気が襲って来る。瓶のラベルには爽快感と謳ってあるが、どう考えても不快感しか得られない。小瓶の液体を、舐めるようにちびちびと飲む。これは、反省しても直ぐに同じ過ちを繰り返す、駄目な男への罰なんじゃないだろうか、と納得する。もし酒が、この液体胃腸薬のような味ならば、過ちは二度と繰り返さないのに。余計に酷くなった気分で、今夜くらいは飲むのを控えよう、と誓った。
2005/04/06
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夜の繁華街を歩いていると、暗闇から声が掛かった。甘えたような気だるそうな声。「おじさーん。遊ばない。」暗闇に目を移すと、二人組の女がしゃがみ込んで、上目遣いにこちらを見ていた。似合わない高価なブランドスーツに身を包み、かなり濃いめのメークをしている。一見すると夜の商売をしているようにも思えるが、よく見るとやはり高校生ぐらいの年齢だ。知らん顔をして、すぐに視線を進行方向に戻す。「スカしてんじゃねぇよ。スケベのくせに。」相手にされなくてプライドが傷ついたのか、急に声色を変えて絡んでくる。カチンときたが、振り向きもせず、無言で中指を立ててやった。小便臭い小娘を、金を払ってまで抱くほど、俺は女に不自由していない。まだ何か聞くに耐えない罵詈雑言を喚いていたが、もう取り合わなかった。自らの価値を、ただ若さだけだと決めている女には、何の魅力も感じない。
2005/04/05
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隣の席で、俺と同じ世代のサラリーマン二人が大声で話していた。頭頂が薄くて小太りな男と、髪型と服装にはかなり気を使っている痩せ型の男。他所のテーブルの話など、聞くつもりなど更々ないのだが、かなりの声のボリュームで、勝手に耳に入ってくる。もう随分とアルコールが回っている様子だった。痩せ型の男が、あの政治家がどうだ、今の選挙制度がどうのと、先程から同じ内容の話をぐだぐだと喋ってる。小太りの男はうんうんと頷きながら、黙ったままで聞いている。自分も酔っているとは言え、よくこんなつまらない話を黙って聞いていられると、小太りの男に感心してしまう。それとは逆に、酔って悦に入っている痩せ型の男には、会話の内容に加えて声のボリュームにも、だんだんと腹が立ってきた。選挙制度や政治の在り方を真剣に議論するならともかく、週刊誌やワイドショーのレベルで政治家の事を扱下ろしている。挙げ句の果てには、俺が政治家ならば、と口にした。その土俵に立つ度胸がないから、こんな時間にイエスマンの同僚相手をにして、バーで演説してるんじゃないのか。まったくお笑いだ。こいつの話を聞いていると、酒が不味くなる。ふんっと鼻で笑ったのを、痩せ型の男に気づかれてしまった。ガタン、と椅子を倒して痩せ型の男が勢いよく立ち上がる。「おい。お前今笑っただろう。何がおかしいんだ。」因縁をつけるのにお決まりの文句を口しながら、血管の浮かんだ痩せた手が俺の肩にかかった。
2005/04/04
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最初から嫌な予感はあった。だが彼女のマンションへ行くには、この公園を通るのが近道なので、足場に突っ切るつもりだった。公園の奥にあるすべり台の前に、ひとかたまりの集団が座り込んでいた。ブレザーを着ているところを見ると、どうやら高校生らしい。薄暗くてはっきりと判別できないが、全部で五人いるようだ。その中に女子が一人混じっているようだ。スカートの裾が見て取れた。視線を合わせないように、公園の出口まで急ぐ。ところが、ゆっくりとした足取りで五人が横並びになって俺の前を塞いだ。予感的中か。腹を決めて、連中から視線を逸らさずに、ゆっくりと全員の顔を眺める。一番左側に、女子が立っていた。五人の中で四人は、口元に薄笑いを浮かべているのに対して、中央に立っている奴だけは、下から睨むように俺を見ていた。特にそいつに見覚えはなく、恨みを買うような事もしていなはずだった。理由が思い当たらないとすれば、流行遅れのオヤジ狩りか、小遣い欲しさに因縁をつけてくるつもりなのだろう。走って逃げるには出口までの距離は遠く、連中との距離も近過ぎた。仕方ないが、相手するしかないだろう。
2005/04/03
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冷たい雨に打たれた葉桜から、落ちる雨滴を眺めていた。朝方まで一緒に飲んでいた女の名前が、”さくら”だったのを思い出す。酔っていたとは言え、初対面の女と口づけるなんて、大胆な事をした。左手に持ったマグカップに残っている苦いコーヒーを飲み干す。だけど、苦みが口に残るだけで、昨夜の酒は一向に抜けない。深酒をした翌朝は、いつもこうだった。いい歳をして、また飲み過ぎてしまったことを反省する。しかし、次に飲む時にはそれを忘れて、同じ事を繰り返す。我ながら呆れた性格だと思いながら、また窓の外の雨を眺めていた。
2005/04/02
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今朝は、いつもよりも20分早く目覚めたので、朝食を取ることにした。冷蔵庫を開けてみたが、缶ビールとトマトジュースとソーセージが転がってるだけで、朝食になりそうな物は何ひとつない。せめて卵でもあれば、フライドエッグでも作るのだが、それすらない状況だ。いっそ何も食べずにいようかと思ったが、買い置きのコンビーフ缶があったのを思い出す。古びた食器棚の引き出しからコンビーフ缶を取り出す。コンビーフ缶の側面から、独特のピンを使いゆっくりと開缶していく。
2005/04/01
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