大坂なおみのファミリーボックスに座し、眼光鋭くコート上の動きを目で追うアジア人男性の姿は、テニスファンの間では、すでに広く認識されているだろう。あるいは、以前はマリア・シャラポワのボックスにいた彼を、覚えている人も多いかもしれない。
中村豊――
肩書は、ストレングス&コンディショニングコーチ、もしくはフィジカルトレーナー。IMGテニスアカデミーやテニス・オーストラリアのトレーナーを歴任し、シャラポワや大坂にグランドスラムを制するフィジカルを与えた、この道の第一人者である。
【PHOTO】2度目の全豪オープン制覇へ! メルボルンで躍動する大坂なおみ
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https://thedigestweb.com/photo/detail/id=34833
「なおみの専属トレーナーになってもらえないか?」
中村が、大坂のマネージャーからそんなオファーを受けたのは、昨年初夏のことだった。当時の中村は、IMGテニスアカデミーのフィジカル&コンディショニング・ヘッドコーチに就いていた。大坂の「専属」になるということは、その職を辞することを意味している。
「数日、考えさせてほしい」
さすがに即答はできず、一旦はそう言い電話を切った。だがその時点で、中村の心は、ほぼ決まっていたという。それは2年前……当時20歳のニューカマーが放つ存在感を、目の当たりにした鮮烈な記憶があったからだ。
2018年3月――。BNPパリバオープン(インディアンウェルズ)の初戦で、大坂はシャラポワと対戦し、中村の目の前で完勝を収めた。この時に中村を驚嘆させたのは、大坂のアスリートとしての能力のみならず、見る者を引きつけるカリスマ性である。
その、無限の可能性を秘めた大器を、自らの手で磨き上げることができる……それはトレーナーとして、あまりに魅力的な機会だった。
加えて中村にとって大きかったのが、大坂が、日本国籍の下に戦っていることである。「自分の知識や経験を、最終的には日本のスポーツ界に還元したい」と常々願っていた中村にとり、大坂のトレーナー就任は、自分の夢を実現する道にもなり得た。
それら諸要素を勘案し、自身に幾度か問いただしたが、弾き出される答えに揺るぎはない。オファーの連絡を受けた数日後、中村は、正式に“チームなおみ”の一員となった。
「豊は、とても真面目な人よね。でも……ちょっとおかしいの」
全豪オープン準々決勝で、難敵シェイ・スーウェイに快勝した後のこと。中村と初めて会った頃を振り返り、大坂は笑みをこぼした。
「私のことをよく知らない人は、初めて会う時は緊張した感じになる。彼も最初は、すごく厳格な感じだった。でも私があまりに“おこちゃま”だから、彼も拍子抜けしちゃったみたい。だから今では、彼もジョークを言ったりふざけたりしてるわ」
それに……と、大坂は続ける。
「何より大切なのは、私たちは、とてもよく話すということ。私と豊、そして(コーチの)ウィム(・フィセッテ)はお互いを理解し、強い信頼関係を築き始めている。それはたぶん、トレーニングよりも重要なことだと思う」
この“言語の共有”は、中村が何より重要視することでもある。
トップアスリートに課すトレーニングも、何も特別なことをするわけではない。ただ、それを何のためにやるのか? そして指導者が発する言葉を理解し身体で表現できるかが、大きな差を生むことになる。
「トレーニングでやることの大半は、“ランジ”などの簡単な動きなんです。片足を大きく前に出し、ヒザを地面に付ける。ただ、その動作をすることに何の意味があるかを知ることが大切です。だから、単に動かし方を見せるだけでなく、なぜ、何のためにこれをやるのかを話します」
さらには、そのトレーニングが試合のどのような局面で生きるかも、しっかりと伝えていく。
「『バックサイドにボールが来た時に、深く入れるように』とか、『ドロップショットを返す時、ギリギリで手が上手に伸びるように、下半身を安定させるためにこれをやる』とか。毎日、繰り返してそれを聞かせます」
今大会の大坂は、3回戦でオンス・ジャブール、準々決勝ではシェイというドロップショットの名手と対戦し、いずれも相手の武器をフットワークで封じてみせた。その背景にはこれら、意義を理解した上でのトレーニングがあったようだ。
加えて、昨年のオフシーズンでは「彼女のコート上での動き、エネルギーや覇気、表情の変化を察知して、その日ごとに、負荷から強度、運動量をプランニングすること」に留意した。日々似た作業の繰り返しでありながら、なおかつ「機械化させない。ルーティーンでありながら、意識を持って取り組めているか」が大きな差を生む。
それら、繊細な変化が持つ意図を、大坂もしっかり受け取っていた。
「楽しかった。同じことの繰り返しだけれど、でも、楽しかった」
長いオフシーズンのトレーニングを、大坂はそう定義した。
メルボルンに入ってからの2週間の隔離期間は、トレーニングの時間も限られる中、「ストレングス系、心肺機能系、ムーブメント/フットワーク系を偏りなく取り組んできた」。そして今大会では、実戦を重ねる中で、「動きの深みと敏捷性、サーブのダイナミック性やバネも多少出てきました」との手応えを、中村は感じている。
だがそれらも、大坂なおみという「テニス界で五指に入るアスリート」のポテンシャルを思えば、長いプロセスの途中過程にしか過ぎない。
「まだまだ進化中です。一歩一歩、丁寧かつダイナミックに」、未完の大器を磨き上げていく。
現地取材・文●内田暁
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中村豊
中村 豊(なかむら ゆたか、1972年(昭和47年)6月18日 - )は米国フロリダ州をベースに活動し、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱。健康から体調管理含め、アスリートのマネージングをしている。
初の日本人指導者としてグランドスラムシングルス優勝者(マリア・シャラポワ、2012年)に貢献。
マリア・シャラポワ、全仏オープン2012年
マリア・シャラポワ、全仏オープン2014年
大坂なおみ、全米オープン2020年
来歴・人物[編集]
東京都町田市出身。小学生から町田玉川少年野球で野球を始める。中学生からテニスを始め、桐光学園高等学校へ進学しテニス部に入部。同時期に湘南スポーツセンター(SSC)へ所属した。
高校卒業後に松岡修造等を輩出したパーマーアカデミー(現サドルブルック)へテニス留学。アルバロ・ベッタンコ、トミー・トンプソン、櫻井準人などから指導を受ける。同アカデミー卒業後、カリフォルニアのチャップマン大学へ入学。カレッジプレイヤーとしてテニス競技を続けながら、運動生理学・スポーツサイエンスを学ぶ。アメリカン・フットボール、ベースボールチームの学生トレーナーとしても活動。同大学卒業後、NSCA/全米ストレングス&コンディショニング協会の会員、CSCS/ストレングス&コンディショニングスペシャリストの資格を所得。現在はEXOSのXPCの資格を持つ。
1998年、サドルブルックハリー・ホップマン・テニスアカデミーのトレーナー(PERFORMANCE COORDINATOR)に就任。アルバロ・ベッタンコとジュニア育成プログラムを遂行、プロプレイヤーのフィットネスを担う。2000年、ジェニファー・カプリアティの専任トレーナーとしてグランドスラム、フェドカップを含むツアーに帯同。
2004年、盛田正明テニスファウンド(MMTF)のフィジカル・トレーナーとして当時14歳の錦織圭の指導に携わる。米沢徹コーチと将来の錦織圭のブループリントを築き上げる。
2005年、ニック・ボロテリーの勧誘を受け、IMGアカデミーのトレーニングディレクターに就任。フィジカルトレーニングのヘッド(総括)としてフルタイムのプログラミング、IMG ELITE(IMG契約選手)・プロ選手マリア・シャラポワ、マリー・ピエルス、トミー・ハース、錦織圭を担当する。
2010年、オーストラリアのテニス協会(テニスオーストラリア)トレーナーに就任。バーナード・トミックのツアーに帯同。また、オーストラリアデビスカップチームの一員、コンサルタントを勤めた。
2011年11月、マリア・シャラポワの専任フィジカルトレーナーに就任[1]。2018年までの7年間、彼女のキャリアをサポートしていた。全仏オープン2回優勝(2012年、2014年)、世界ナンバーワンへ返り咲いた。
2014年、米国女子ゴルフLPGA、ジェシカ・コルダのフィジカルプロジェクトをスタート。
2015年、第29回TTCテニス指導者のためのスポーツ科学セミナーとして「TennisAthlete~テニスのアスリート化~」をテーマに全国ツアーを実施。このセミナーは文部科学大臣認定事業であり、日本体育協会・日本テニス協会・日本プロテニス協会公認の指導者講習会に位置づけられている。
2016年から2019年まで盛田正明テニスファンド・Morita Masaaki Tennis Foundation/MMTF の顧問から同ファンドの選手育成、望月慎太郎に携わっていた。
2018年から2020年中旬まで米国フロリダ州のIMGアカデミー・テニスアカデミーのヘッド、ストレングス&コンディショニング部門の総括を務め、同アカデミーのプログラミングからエリート・プロ選手の指導、指導者育成に取り組んでいた。
2020年、6月から大坂なおみ選手の専属のトレーナー(ストレングス&コンディショニング)としてツアーに帯同している。同年9月に全米オープン優勝を果たし、大坂は3度目のグランドスラムの栄冠を手にした。
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