ルーフトップ・コンサート (The Beatles' rooftop concert) は、
1969年1月30日にビートルズがイギリス・ロンドンの
サヴィル・ロウにあったアップル・コア本社の屋上で
40分余にわたって行った非公開の生演奏である[2]。
「コンサート」と名付けられているが、
実際はアルバム制作のために行われた録音の一環であったため、
事前に告知されることはなく、関係者を除き観客もいなかった。
白昼のビジネス街で突如始まった大音量の演奏により、
道路には屋上を見上げる群衆が集まった。
また近隣のビルの屋上にも人だかりができ、
中には梯子で屋上に登って見物する人も現れた一方、
彼らの演奏を迷惑がる人も少なくなく、
警察には数十件の通報が寄せられた。
騒動が起こることを予測していたホッグは、
事前にビル近隣の道路にカメラとインタビュアーを配置し、
様々な感想を語る人々を撮影した。
撮影には、演奏場面をいくつかの角度から撮影するために
アップル社の屋上に5台、向かいのビルの屋上に1台、
人々の反応を撮るために路上に3台、そして受付ロビーに1台と、
合計10台のカメラが使用された[13]。
これにより、直前の準備から
終了後までを含む全てが記録された。( wiki より)
2021/11/30 ビートルズ「ルーフトップ・コンサート」を止めた警察官、当時のことを語る
現在は引退しているレイ・シェイラーは
当時25歳の巡査でした。
彼は当日の午後、自分のデスクから
爆音の音楽が聞こえてきたことを思い出し、
「うるさいな」と思ったと振り返っています。
警察署からわずか約140メートルの場所で起きた
この騒動の報告を受け、
彼は後輩の警察官とともに出動しました。
シェイラーは、屋上への扉を開けて
ビートルズの演奏を間近で見たことを
「興味深い瞬間だった」と認めていますが、
これ以上続けさせるわけにはいかないとも思ったと話しています。
「私はファンとは言えません。
ビートルズがハレー・クリシュナになってからは
あまり好きではありませんでした。
でも、家にはビートルズのレコードやLPが何枚かあって、
彼らの音楽は好きでした。しかし、屋上に上ったとき、
私は自分の仕事をしなければならず、
“これを止めなければならない”と思ったのです」
コードを切る前に、シェイラーは
ロードマネージャーのマル・エヴァンスに相談し、
バンドにプラグを抜くように要求しました。
「私はマルに、彼らがやっていることには感謝しているが、
これ以上は治安を乱すことになるので無理だと言いました。
“どれくらい続いているのか?”と聞くと、
彼は“あと1曲”と言ったので、
私は“子羊を盗んでも
親羊を盗んでも同じ罰を受けるなら、
肉が多い親羊を盗んだ方がよい
(ことわざ:どうせ同じように罰せられるのなら
最後までやった方がいい、の意味)と同じだ。
あれをやってしまえば、それで終わる”と思ったのです。
それは話し合いであって、
熱くなることはありませんでした」
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