美しき月の夜に

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2006.09.11
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東京駅から徒歩2分という絶好のローケーションに位置する、フォーシーズンズ

ホテル丸の内東京、5階のプレミアスイートルームでは、暗闇の中で律動する白

い毛布の皺だけが、大きな窓から夜景を浴び、光を放っていた。

男と女の熱い吐息が漏れる。

どれだけの時間をそうしていたのか、突然、携帯電話の着信音が鳴り響き、その

静寂を破った。


「……」

「……デンワ?」


女の方は、その音に一瞬、別世界から引き戻されてしまったらしい。

毛布から腹ばいになった男の手が伸び、着信音を止め、何事もなかったように、

規則正しい動きを続ける。


「……」

「……」


着信音は鳴リ続けるが、男は動きを止めない。止められない。


「タッカラーダさん!…… Oxala! 」

「……」

女の感極まるイントネーションが、独特だった。

男は……宝田陽平は、かまわず目的を果たした。





陽平が携帯メールを確認すると、妻の優美からのメールで「明日の優美の実家で

の食事会は、7時の約束だが、会社から直行出きるのか」という確認だった。

陽平は舌打ちして溜息をつくと、サイドテーブルに備えてあるテレビのリモコンを

探して、電源のスイッチを入れた。

壁掛け式の42型プラズマスクリーンからは、日本代表監督の顔が、アップで映

し出されたが、この位置からだと、画面が小さく感じる。

陽平は全裸のままベッドから出ると、ゆっくりとバスルームへ行って、蛇口を捻り

冷蔵庫からハイネケンを2本取り出し戻ってきた。

そして、アッシュブラウンの長い髪の女……ポルトガルからモデルとして日本に

やってきた、マリア・デ・ミランダ……に、1本をそれとわかるよう、頬に少しだけ

触れさせた。

マリアは閉じていた瞳を明けて大きく動かし、小柄な体をくねらせて、

「ボアノイテ……」

と、ポルトガル語で日本語で言うところの「おやすみなさい」を寝言のように囁くと

毛布に包まり、再び眠りについてしまった。

テレビでは代表監督の会見が続いていたが、そのブラジル人監督が話すポルト

ガル語は、ボリュームの低さも手伝って、遠くから微かに伝わる呪文のようしか

聞こえない。


……わからないから、いいんだよな。


陽平は、ハイネケンをサイドテーブルに置き、マリアの横に座ると、その長い髪

を撫でた。

マリアは外国人にしては、例のブラジル人監督に比べて日常会話くらいは話す

ことが出来るが、やはり複雑な話や、興奮している時などは、お国言葉になる。

普段、陽平との会話は、日本語と英語とポルトガル語が入り混じって、国際色

豊かだ。


……言葉なんて、何もかもわかったら、うっとおしいじゃないか。


陽平は、昔から常々そう思っていたが、優美との結婚生活がより一層、その思い

を強くさせたと自負している。

優美は、知り合った頃からその知的なクールさが、陽平にとって最大の魅力の一

つだった。ところがどうだろう。一緒に暮らしてみると、一見クールに写っていた

のは、利己的合理主義の表れだし、その割には頑固で、なんでも要求が通らない

と気が済まず、十分望み通りにしてやっているつもりでも、その要求は留まる所を

知らない。おまけにプライドが高く、元々お嬢様育ちではあるが、まるで女王気取

りだ。

子供が思い通りにならないことまで、自分のせいにされては溜ったもんじゃない。

里奈が今だに「たからだ りな」とは言えず、「たからら りな」と言うことまで。

そんなことは、母親のしつけの範疇だろう。


……言葉じゃなくて、相手のことが全部わかったら……か。


とにかく全ての不幸は、俺のせいだと思っている。

俺は、優美の要求を満たす道具なのか。それとも召使か。

これ以上、一体何が欲しいと言うのだ。





……タッカラーダさんか。

マリアとは始めは、ちょっとした浮気心でしかなかった。取引先から接待された時

に、麻布のクラブで知り合ったが、その片言で話す懸命さにつき合っているうちに

男と女の関係になっていった。最近では、こんなふうにホテルを利用するのではな

く、マンションの一つくらい与えてもいいと思っているが、マリア自身、それを好まし

いと思わないのか、何度か切り出してみたが、首を縦に振らない。

マリアの身になれば、遠い異国の地で結婚している男とつき合っているのだ。

よく考えれば、やはり逃げ場を残しておくべきなんだと思った。

だが、男として、それに甘んじているような気が、しないでもない。

ただ、これが、日本の20代の女性だったら、どうだろう。

いくら社会的地位があり、経済的援助を出来たとしても、援交などと呼ばれている

それなりのつき合いになるか、面倒くさい状況になるか、どちらかであろう。

自分に妻があることを承知で、果たしてマリアのように何も望ない関係を、2年も

保てるだろうか。


……こういうのを相性がいいって、言うんだよ。


マリアのそれは、普段は少女のようなあどけなさを持ちながら、日本人にはない、

大胆な情熱を秘めていた。

優美とは、まったく違う。それが、性格なのか、国籍なのか、年齢なのか。

もっとも年齢で言えば、優美とマリアは4歳しか変わらないから、そうそう違うとは

思えない。結婚前の優美を思い出しても、決してこんな風ではなかった。

とにかく、陽平にとってマリアは、今まで知ってるSEXとは、まったく異なる種の

感動を与えてくれる女であることは、間違いなかった。

それは体だけなのか、それとも、もっと高尚なことなのだろうか。





陽平はハイネケンの栓を開け、それを半分程一息に飲むとバスルームに向かった。

バスタブに身を沈めると、大きな窓から、東京駅に出入りする列車の青白い光が

幾重も交差して見える。しばらくぼうっと眺めていると、自分がその起点となり、全

ての列車を動かしているような、気さえしてくる。


……ハマってるな。


陽平は、眠りそうになる意識を奮い立たせ、バスタブから出て、熱いシャワーを浴

びると、急に現実が戻ってきた。

明日は、午前中は会議だし、午後は、打ち合わが2件あり、その後は4時から、

新しく立ち上げたプロジェクトの、取材に応じなければならない。

取材が終わったら、その足で優美の実家に向かう。

陽平はそのスケジュールに、つい今しがたまで、あんなに愛おしいと感じたマリア

が、一切存在しないことに、何の違和感も感じていない。

違和感どころか、そのこと自体にまったく気付かずにいた。







       違和感を感じないという点で、この夫婦は、均整がとれているのか。

南平台の陽平の自宅では、妻の優美が2階にある里奈の寝室で、里奈の頭を撫でな

がら、夫からの返信を待っていた。

”重要なことはすべてメールで確認”しないと、ここ最近、漏れることがある。

今夜が泊まりになるということも、うっかりしていて、陽平からメールが来なければ、

もう少しで夕飯の用意をするところだった。

”重要なことをメールで確認”するということに対しての違和感は、特にない。

明日は、久しぶりに実家での食事会だ。たとえ普段あまり会話の無い夫婦だとしても、

そこは、あうんの呼吸で、すぐに普通の夫婦となれる自信はあった。

ただ、何事も几帳面で時間にうるさい母は、遅刻を嫌う。それが仕事であれ何であれ、

言い訳は通用しない。ましてや、以前から約束された事なら尚更だ。

優美はこの暮らしが守れさえすれば、どんな夫婦関係であってもいい、と思う寛大さ

だか、諦めだかを持ち合わせていたが、ここ一番の時に、守って欲しいことは、夫で

あれ、譲れなかった。


……どうせ、また女と一緒だわ。


里奈の寝顔を見ながら、優美は直感していた。

でも、優美も明日は、賢司と映画を見る予定なのだ。その間に、メールは出来ない。

返事が今夜のうちに来ないと、お互いのスケジュール確認が、出来ないではないか。


「困った人ねぇ」


優美は、里奈の部屋を出ると、溜息交じりに、呟いた。

廊下を歩き始めると、里奈が寝静まってしまった室内では、ざわざわと外の物音が、

やけに気になった。


……今夜は、風が強いのね。


階段の窓から外を覗くと、側道では誰かに投げ捨てられた空き缶が、カラカラと派手

な音を立てて、転がっていた。どこからか飛んでくるスーパーの袋も、時折吹く強風

に運ばれ、彷徨っている。


……明日は、ミニスカートにブーツがいいかしら。


優美は、明日の天気と服装のことを考えていた。

肩を寄せ合って震えるベニカナメの垣根が、宝田家の敷地内に、それらの入ること

を拒んでいるというのに       



…… See you next time! ……






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Last updated  2006.09.12 03:45:05
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