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2026年02月10日
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八戸市の舘鼻岩壁周辺は、切り立った崖のような地形からか神社仏閣が多く鎮座しています。この辺りは八戸の拠点からも近く、時々夕日を見に行ったり、本を読みに行ったりしていました。眼下では馬淵川と新井田川が合流し、太平洋へと注いでいます。八戸の歴史を語る上で外せない大河川、その畔のすぐ側に、今回紹介する札所が境内を構えています。

2025.1.18
八戸御城下三十三観音霊場二十七番札所:魚籃山 常現寺


魚籃山 常現寺。寺号を見た瞬間に魚籃観音と関係があるんだろうなと予想が付きますよね。八戸は青森県随一の港街。水神や漁業に関する信仰は一等篤い地域です。



寺門をくぐり境内に入ると立派な本堂が出迎えてくれました。僕が八戸に赴任した2024年4月時点では、この本堂はまだ改修中であり、落慶は2025年に入ってからだったと思います。柳橋通という幹線道路を走る度に、なんだか大きな御堂があるなと気になっており、いつかは参拝したいと思っていました。
それにしても白地に金装飾の御堂は中々に珍しいですよね。かなり高貴な印象を受けます。キンキンに冷えた寒空に白亜の大堂が映えていました。



御由緒です。
魚籃山 常現寺

曹洞宗 ​ 貴福山対泉院(新井田) 末寺
開山:円祥山大安寺三世 寺仁州関和尚
中興開山:上田祖堂和尚
中興開基:西有穆山和尚
本尊:魚籃観音

・・・。
 常現寺の由来は、寛延元年(1748年)、下北郡大畑村円祥山大安寺三世 寺仁州関和尚が、関根橋村正津川付近に梅翁庵という宿寺を建立したことに始まる。この関根橋村は、寛文年間(1661~1673年)に五戸の逃散農民によって開かれた村で、当時は大変にぎわっていた(『原始設風土年表』)。
 ところが、明治に入り、北海道開拓の事業が盛んとなり、信徒が海を渡って移住したため、とうとう4.5軒しか残らず、維持することが困難になってしまった。そこで、​ 新井田対泉院 の末庵という名目で小中野新地に移し、明治43年(1910年)、対泉院末寺として復興したのである。開基は西有穆山和尚、開山は上田祖堂和尚である(『梅翁庵由来記』)。
 従って、佐々木恭岑上人らが巡礼した際には、まだ常現寺と呼ばれていなかった。その後、大正4年(1915年)、庵寺から一ヶ寺に格上げするため、宮城県栗原郡宮野村にあった常現寺を現在地に移し、梅翁庵は岩手県閉伊郡宮古の鍬ヶ崎へ移転させたのである(『小中野風土記』)。従って、常現寺の歴史は比較的新しいことになる。御詠歌の中に「これから小中野とともに共存発展していく寺」としての意気込みが詠まれている。

 本堂に入ると、中央須弥壇の最上壇に、2体の観音像に挟まれ、黒い厨子があり、この扉の中に、かたく秘仏として人々の目に触れることのなかった魚籃観音が安置されている。戦後、地元の人々の「ぜひ、ありがたい観音様をじかに拝みたい」という要望が強く、御開帳が許され、毎年11月17日には御年越法要が行われるようになった。従って常現寺と呼ぶよりは、「小中野新地の観音サマ」と言った方が地元漁民の中では一般的に通っている。
 この観音像は、西有穆山和尚が静岡県 萬松山 可睡斎に住持していたころ、交趾国(現・北べトナム)から渡来した魚籃観音を本尊として当寺に安置したということである(本堂前の『魚籃観音碑』より)。この本尊は一尺程の木彫立像で、右手に魚籃(魚かご)を持ち、右手は裳をやや持ちあげて、波しぶきがはねるのを防いでいる。巨魚の背に乗った中国系の美人である。衣装も唐朝時代の中国服を身にまとい、中国三十三観音のひとりとして渡来してきたことがうかがえる。やはり、漁業と関係の深い小中野地区には、必要な観音といえよう。
 昭和47年4月13日、八戸市文化財に指定されている。
・・・。
デーリー東北出版「八戸御城下三十三番札所巡り」滝尻善英著 141~145ページ より引用

当初はむつ市大畑の円祥山大安寺末庵だったようですが、寺院としての格式を得るために岩手県宮古市にあった寺院の寺格を移し、新田対泉院の僧によって中興され、晴れて庵寺から寺院へと成りました。中興開基の西有穆山和尚は、東海の曹洞宗大元締めの可睡斎から、ベトナム伝来の魚籃観音を譲り受け、当時の本尊に据えます。そのため、曹洞宗寺院でありながらも、本尊は釈迦三尊ではないのです。
本尊の魚籃観音は、中国系の三十三観音として知られており、名前や由緒から漁業関係者からの崇敬が篤い様です。東北では岩手県釜石の釜石大観音がまさに魚籃観音で、海辺に立つその姿は遠く水平線からでも臨めそうです。

本堂入り口には寺号額。龍と瑞雲によって装飾された、ユニークな額でした。



本堂の扉を開けると、左右に小さな祠が鎮座しています。
こちらは右側の祠。中には石と共に頸のもげた?地蔵菩薩像が収められていました。こちらについて””の記述を引用してみましょう。
・・・。その中の手前の自然石には「南無阿弥陀仏」と刻まれた碑が立っている。これは、​ 来迎寺 ​十九世燈誉上人が導師となり、明和3年(1766年)5月に湊村念仏講中の人々が建立したものである。
 もともとは藩政時代使われた四ッ屋の仕置場(現・小中野小学校)にあったものを、明治初期、現在地に移したのである。この時、仕置場の首切地蔵(延命地蔵)もいっしょに移したが、残念ながら昭和52年、地蔵堂は焼失してしまった。現在、その像は本堂右側の御堂に移安されている。
 ・・・。
デーリー東北出版「八戸御城下三十三番札所巡り」滝尻善英著 141.142ページ より引用

仕置場に延命地蔵尊とは何とも皮肉が利いています。しかも名前が首切地蔵ってんですから、もう、確信犯ですよねぇ?



次に左手の祠。こちらには幾つもの自然石と共に金精さまが祀られていました。お寺に金精様が祀られているのは中々に珍しいのではないでしょうか。
これを見つけた時、一人してニヤリとしていたことは秘密です。



次に本堂の中も見ていきましょう。
堂内右手には等身大?の延命地蔵尊が鎮座していました。コロナ禍の名残りか、マスクを付けていますね。足元には謎に合掌土偶が置かれています。八戸ならではでしょうか。
この地蔵尊像ですが、かつて静岡県の秋葉山 秋葉寺の源性庵に置かれていたそうです。明治の廃仏毀釈の影響で秋葉山の霊場から仏像・仏具類が除かれ、現在の秋葉山神社になります。その時この地蔵尊も溶かされてしまうことになり、それを聞いた当山中興開基 西有穆山和尚(当時可睡斎住持)が買い戻し、郷土である八戸に持ち帰ったんだとか。
なんともありがたい仏像が、こんな北の地に運ばれたもんです。更に詳しい説明は​ 公式サイト ​をご覧ください。



堂内左側も見てみます。
こちらに並んでいるのは、檀家の方が書した仏画付の写経です。美文字であることは勿論、一緒に描かれている諸仏尊も素晴らしかったです。



左側の祭壇には、中央:三十三観音、右:位牌と不動明王、左:不明が祀られています。この中央の三十三観音像は、上田頼石和尚が観音講の人々と共に奉納したものだそう。



今回の馬頭観音です。三十三観音それぞれが小さなマスクを付けていました。何とも細かな職人技、信仰の篤さが感じられますねぇ!



堂内中央には、件の魚籃観音が厨子に納められて祀ってありました。



魚籃観音は秘仏なんですが、”デーリー東北出版「八戸御城下三十三番札所巡り」滝尻善英著”には、写真が載っています。豊かな頬としなやかな髪は何とも女性的です。優し気な微笑も、不思議と見る者の心を和らげてくれますし、美像という言葉そのままの仏像と言えるのではないでしょうか。



斜めから。
港街八戸の風情がたっぷりと感じられる寺院でした。常現寺ではえんぶりもやっているそうで、令和8年のえんぶりは2月19日開催予定だそうです。気になる方は公式サイトをご確認ください。東北の寺院としては珍しくYouTubeチャンネルも開設しているので、季節の行事などをご覧になりたい方は、そちらもcheck it out!です。




今あらた 新地をひらく観世音 現世安穏 後生極楽

現代新御詠歌
みちのくの 海安かれと南国の 魚籃観音 ここにしづまる

札所本尊:魚籃観音、三十三観音 (御宝号)南無大慈大悲観世音菩薩

公式サイトへのリンクです。
・曹洞宗 魚籃山 常現寺

公式?YouTubeチャンネルはこちら↓からご覧ください。
・YouTube / お墓総合サポートサービス

以上です。

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最終更新日  2026年02月18日 22時15分23秒
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