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3月31日には、胃が痛み、何度も嘔吐し、また■ヒステリー球■の症状が・・・。慌てて医者に行くと血液検査をされた。数日後、検査の結果は、肝臓の異常がなくなっていたこれまで、数値は何回調べても悪かったのに去年11月から薬が少なくなったからだろう。善玉コレステロールが増えて、悪玉は減っているし、他にも異常なし。いや、白血球数が3500~9700までが正常値なのに11970ある。相変わらず、ヒステリー球の症状があったり、あくちが切れたり、胃が痛いのは、このせいだろうか・・・。写真は4月に行った美山。■4月に見た映画■*はじまりの旅*ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命*LION/ライオン 〜25年目のただいま〜*美女と野獣*ターシャ・テューダー静かな水の物語*メットガラ ドレスをまとった美術館■書き残したネタ■*ひふみん、よっちゃん、てんてー・・・。*てるみくらぶ。*いらっとする言葉。*ニュージーランド北島*醜いパンダ*葛井寺*江戸の人口と明治の人口と移民問題*湖水地方、*スコットランドのエコ。*古墳ネタ*スモーキング フリー*瀬田川洪水の原因と対策*イースターネタ*電気の自由化・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.30
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■3月13日(月)3月9日から4日間お世話になったパイヒアの「さくらロッジB&B」を出る日だ。地図の上では右にあるベイ・オブ・アイランズのパイヒアから地図で見ると左にあたる西海岸近くを走りカオリの森のある「カオリコースト」に向かう。「さくらロッジB&B」の奥さんが、私たちを気遣ってくれた。泊まっている間、美味しい食事と親切なこの家の人々に、お世話になった。ありがたい。 国道(SH)12号線を西進。途中、「お茶」休憩。カフェの前にあったのが、「イルカに乗った少年」像。「イルカに乗った少年」って、城みちるか!?11:30LookOutで散策後、西海岸に出る。目指すは、ワイポウア森林保護区。■ワイポウア森林保護区■(Waipoua Forest)はニュージーランド北島北部に残る原生林。1952年に保護区として指定を受け、カウリ(Agathis australis)をはじめとした動植物が保護されている。ワイポウア森林保護区の総面積は 25km2 に及び、これはニュージーランドにおけるカウリの全分布域の3/4を占める広さである。他の地域では稀となった巨木も多く残っており、テ・マツア・ナヘレやタネ・マフタといったマオリの神木も見られる。12:40~13:45カウリ・ウォークのパーキングに車を停めて、入口には、足を洗ってから入る。こちらの入口は本格的な洗う所がある。 これも木を傷めないため。コースには、木を傷めないように木道がある。ニュージーランド固有の樹木で、かつては、ニュージーランド全体を覆っていたカウリの木。 今では、北島のノースランドとコロマンデル半島の一部にしか見られない。有名な「タネ・マフタ」を木道を通って散策。タネ・マフタ (Tāne Mahuta) は、ニュージーランド北島のワイポウア森林保護区 にあるカウリ Agathis australis の巨木である。ニュージーランドにおいて最も有名で最も古い樹である。「タネ・マフタ」はマオリ語で「森の神」を意味する( → Tāne)と共に、マオリのパンテオンの神の名でもある。タネ・マフタは現存する最大のカウリとして知られている。樹高51m、幹の円周は13.8mである。樹齢は定かではないが、1250年から2500年ほどであろうと見積もられている。 2000年という時間の間には、地震や雷や山火事が何回あっただろう・・・。それら、いくつもの災害からも逃れて生きる巨大なカウリの大木に圧倒される。14:10~14:50、離れた所にあるビジターセンターで、軽食休憩。今日は、曇ったり、少し青空が見えたり・・・といった天気で、雨が無かったのは、ありがたかった。16:00ダーガビルの「ホブソンズ・チョイス・モーテル」に着く。 8号室。部屋で、くつろぐ。 帰国の準備を始める。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.29
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■ 映画・ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命■を見た。この映画では、ジャッキーは、服にお金を使い、ホワイト・ハウスの家具、調度にも贅沢にお金を使う女というように見えた。もちろん、それはよく知っていた。大金持ちのオナシスと結婚したのも、贅沢がしたいせいだろうということも知っていた。 そのジャッキーは、ニューヨークのグランド・セントラル駅が取り壊される計画があった1970年代、ニューヨーク市と共に取り壊し反対の先頭に立った。(略)古い町を粗末にした歴史は、実は世界各国にあります。例えばニューヨークでは、1963年に美しいベン・ステーション(ペンシルバニア駅)を、なんの抵抗もなく破壊して、現在の殺風景な駅に作り替えました。しかし1970年代に、グランド・セントラル駅の取り壊し計画が発表された時は、ジャクリーヌ・ケネディ・オナシスの先導の下で市民運動が起こり、計画は頓挫(とんざ)しました。古いものの価値、それを見直して現代に生かそうとする知恵が、そこに芽生えたのです。こうしてニューヨークは、発展途上国的な感覚から「卒業」することができました。日本は残念ながら、ずっと「留年」。そろそろ卒業する時期が来ていると思います。アレックス・カーの■「ニッポン景観論」■より。 ■「ニッポン景観論」アレックス・カー著■ 「醜悪な建築」「邪魔な工業物」「過剰な看板」などの写真を並べながら、なぜ日本の景観は破壊されるのか、貴重な観光資源を取り戻すにはどうすればいいのかなどを論じた、異色のヴィジュアル文明批評。悪女とも思われる彼女だが、壊されて53階建てのビルを建築するという計画を取りやめさせた功績はスゴイ!!1978年に最高裁はニューヨークの「ランドマーク法」を支持し、ランドマーク法によって、グランド・セントラル駅は守られた。グランド・セントラル駅を守ったジャクリーンを称え、パークアベニューとE42ストリートのコーナーにある改装された入り口は「ジャクリーン・ケネディ・オナシス・フォワイエ」と名づけられているそうだ。安倍首相夫人のやった事が問題になったいる。首相夫人といえども、自己を主張するのは、大事なことだ。しかし、自己主張もジャッキーのように、後世に残るものであってほしい。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.28
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■3月12日(日)■ストーン・ストアのガーデン■から続く遊歩道を一時間ほど歩くと、自然の中に悠然と佇むレインボー・フォールズという美しい滝(高さ27m)にたどり着きます。 車でなら数分でたどり着くことができますが、ぜひ歩いていくことをお勧めします。 (ここでも木が倒れていた。) 川ぞいに続く大自然に囲まれた遊歩道は、車椅子でも通れるようになっており、またニュージーランド原産のカウリの木が生い茂る景色はハイキングコースとして最高のスポット!大自然の美しさはもちろん、天候の良い日、特に午前中にあらわれる虹は、眼を見張る美しさです。レインボー・フォールで、私たちは虹を見ることが出来なかった。 しかし、ハルルの滝では、きれいな虹がかかっていた。■ハルルの滝Haruru Falls■パイヒアからは、国道11号線をケリケリ方面に4.5kmほど行った場所に位置しています。ワイタンギ川 Waitangi Riverにある、高さよりも幅の方が広い滝で、馬蹄型をしたその形は滝としては珍しいものだそうです。もちろん規模は全く違いますが、ミニチュア版のナイアガラの滝と表現する人も結構いる滝です。「Haruru」とは「大きな音」という意味だそうで、普段でも滝の近くでは水の流れ落ちる勢いのよい音が聞こえます。その音とは対照的に、水が流れ落ちた場所は深く広い静かな水域が広がっています。そして、ワイタンギ川はこのまま穏やかに海へと流れていきます。カヌーを使うことも多かったマオリの人たちは昔からこの一帯の立地条件を上手に利用しており、周囲の河岸には多くの部族が村を構えていたそうです。ヨーロッパ人入植後はNZ初の道路も造られ、河港として栄えました。多くのカウリ材がここから運ばれて行ったそうです。注:現在はカウリの伐採は禁止されています。今回お世話になった■さくらロッジB&B■さんのblogより。■映画・滝を見に行く■■滝を見に行く:フカ滝■■滝を見に行く:LOOK OUTから見た滝■■B&Bの敷地にある滝■■ファンガレーの滝■ 食事が美味しい「さくらロッジ」4連泊。お世話になったが、この日が最後に。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.27
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昭和34(1959)年4月10日。皇太子(現天皇)と正田美智子さんの結婚式があった。テレビで「ご成婚パレード」があるというニュースは、大人も子供の知っていた。私たち子どもは、テレビで放送される「ご成婚パレード」を学校に見に行った。当時、テレビは珍しくて学校に一台あった。そのテレビは、金持ちが寄付したもので、学校の「テレビ室」にあった。この日は休みだったと記憶しているが、沢山の子ども見に来ていて宿直の先生が一緒に見ることになった。テレビには、4頭立ての馬車のパレードが映っていて、それは同じ日本のことだとは思えなかった。道の両脇に旗を振る人々が映っていたのを思い出す。あれは、当時の思い出なのか何回も見たニュースなのか・・・。これを機にテレビは普及したというけれど、うちまで普及するのには、これから4年以上かかった。■昭和のニュース・1959.4.10■■動画■・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.26
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■3月12日(日)■ケリケリのストーン・ストア■ケリケリにあるストーン・ストアは、ケリケリ川のほとりに立つ、1835年に建造されたニュージーランド最古の石造建造物。隣には国内最古の建造物といわれるミッション・ハウスもあります。 イギリス人のジョン・ホブズ宣教師がデザインし、オーストラリアから受刑者を石工として雇って建設されました。入植当時を再現した建物内では、お菓子や陶器が売られています。古風な衣装の店員さんがいるというので、期待して来たのに、 年中無休のこのストーン・ストアも閉まっていた。先日からの、大雨と強風でケリケリ川の水が増え、この辺りも危ないので休んだそうだ。 レワズビレッジ(マオリ村)も休み。 桟橋があった。ケリケリは、海のそばではなく、少し内陸にある。このケリケリ川を船で行き来していたのだろう。川の近くに栄えた町、■ワンガヌイ■と同じだ。 川辺の水草や木々が、かなり増水した水の勢いになぎ倒されたような跡があって、一時、川の増水がすごかったようだ。 桟橋の近くにある井戸。 高いところに教会がある。 教会の墓はケルト十字があった。ストーン・ストアの反対側は、公園になっていたが、 そこでも木が折れるなど、この間の雨風の強さが分かる。 ストーン・ストア住所 246 Kerikeri Road, Kerikeri 電話 09-407-9236 営業時間 夏期/10:00~17:00、冬期/10:00~16:00 定休日 クリスマス 料金 大人$10、子供無料 食事が美味しい「さくらロッジ」4連泊。お世話になったが、この日が最後に。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.25
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■3月12日(日)■10日のクルーズの欠航■を受けて、12日に変更したので、今回は・・・と期待していたが、昨晩から、また断続的に雨風が強まる。大荒れの天気だったので、ホストの奥さんが、クルーズ会社に電話してくれて、欠航を確認する。クルーズ代は、返ってくることになった。クルーズは諦めて、ケリケリに行くことにする。 ケリケリ(Kerikeri)は、ニュージーランド北島の北部にある町。人口5,856人(2006年度ニュージーランド統計局人口統計より)。ノースランド地方ベイオブアイランズ(Bay of Islands)にある。オークランドから約196キロ北に位置し、ファーノース地区(Far North District)の中心町である。 「ケリケリ」という地名は「ケリ=掘る」というマオリの言葉。昔、宣教師が庭仕事をしていた時、それを見たマオリの少年が「掘ってる!!掘ってる!!=ケリケリ」と言ったという。スコップなどで庭を掘るのは、当たり前と思うけど、当時のマオリの人にとっては驚きのことだったのだ。 すぐ近くにあるストーン・ストアも1832年建造はニュージーランド最古の石造建築物です。設計はウエスレヤン(メソジスト派)宣教師のジョン・ホッブスが担当し、ニュー・サウス・ウェールズの刑務所を出た石工の手で建造されました。本来の目的はテ・ワイマテの直営農場で収穫される大量の小麦を貯蔵することでしたが、小麦の生産は思うようにいかず、カウリの樹脂の売買所として使われることになりました。食事が美味しい「さくらロッジ」4連泊。お世話になったが、この日が最後に。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.25
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■3月11日(土)ツアーバス「デユーンライダー・ケープレインガ90マイルビーチ」に参加した。 死者の魂が飛び立つ所と言われている■ケープ・レインガ(レインガ岬)■を見た後、タスマン海の近くの浜辺、90マイルビーチを通るコースで帰路に。■ファーノースにある90マイルビーチは■、ファーノースの西海岸アヒパラからレインガ岬まで延びる広大なビーチです。ビーチの実際の距離は64マイル(約100km)ですが、どこまでも続くように思えるその絶景はファーノースの主要な観光スポットになっています。90マイルビーチではバスやバンに乗って波打ち際を走るツアーが人気です。この長い砂浜は公道を兼ねていますが、レンタカーでの走行は禁止されているのでツアーを利用しましょう。90マイルビーチへの主なツアー会社名称:Sand Safaris電話:0800-869-090(ニュージーランド国内通話料無料)、09-408-1778ツアー時間:アヒパラ発8:30、カイタイア発9:00、帰着16:30~17:00ツアー料金:大人アヒパラ発$55、カイタイア発$50、子供$30ビーチではボディボードを使った砂丘すべりも楽しめます。「さくらロッジ」4連泊。食事が美味しい!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.24
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■メットガラ ドレスをまとった美術館■♪音が出ます!!ようこそ、華麗なる美の祭典へ。2015年5月2日、NYメトロポリタン美術館(MET)。伝説のファッション・イベント“メットガラ”が華やかに幕を開けた。2015年のテーマは「China: Through the Looking Glass」。中国の服飾や陶器だけでなく、トム・フォードやクリスチャン・ディオールら欧米のデザイナーが中国のアートに刺激を受けてデザインしたドレスも展示される。ジョン・ガリアーノやクリスチャン・ディオールなど一流メゾンの鮮やかなオートクチュールの数々、豪華セレブリティがレッドカーペットを彩るガラパーティー……。企画展示を担当した革新的キュレーターのアンドリュー・ボルトンと、主催者である“プラダを着た悪魔”ことVOGUE編集長アナ・ウィンターにカメラが密着。ゴージャスな一夜を生み出すまでの8か月を追う。 NYメトロポリタン美術館で開催されるファッション界最大のイベント“メットガラ”に迫るドキュメンタリー。主催者であるVOGUE編集長アナ・ウィンターに密着、ゴージャスな一夜を生み出すまでの8か月と、セレブがレッドカーペットを彩る当日の模様を映し出す。監督は『学歴の値段 集金マシーン化した米大学の真実』のアンドリュー・ロッシ。出演は、アナ・ウィンター、キュレーターのアンドリュー・ボルトン、アーティスティック・ディレクターを担当したウォン・カーウァイ、ファッションデザイナーのジョン・ガリアーノ、ジャン=ポール・ゴルチエ、カール・ラガーフェルド、「華麗なるギャツビー」などの監督を務めたバズ・ラーマン、ポップスターのリアーナほか。 「プラダを着た悪魔」という映画がある。実在の敏腕編集長と若い編集者の物語だ。その敏腕編集長、アナ・ウィンターが「ガラ」:元はフランス語で「特別な催し」「社交界のお祭り」の意。の指揮をとる。キュレーター:学芸員と一緒になって作る会場の美術監督は、映画監督のチャン・イーモー。彼の英語が上手なのに驚いた!!監督が有名だけではない。お客も超セレブ!!レッドカーペットが敷き詰められ、ポップスターのリアーナやレディ・ガガ、アカデミー賞の常連、ジョージ・クルーニーやアン・ハサウェイ、フランスを代表するデザイナーのジャン=ポール・ゴルチエなど、世界中から招待されたセレブがフラッシュの光を浴びてそぞろ歩く舞台に早変わり。一人あたり25,000ドル(約285万円)と高額な席料にもかかわらず600席が瞬時に満席になるのは、彼女敏腕編集長、アナ・ウィンターの人脈と情熱の賜物だ。(この収益金はメトロポリタン美術館服飾部門の1年間の活動資金に充てられる) ファッションが、ほかの表現芸術と同様に正統なアートのひとつであることを、説得力をもって見せてくれる。 ――ヴァラエティ 2017年の展覧会は「川久保玲/コムデギャルソン展」に決定している。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.24
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■ターシャ・テューダー静かな水の物語■♪音が出ます!!人生何があっても、「生きること」を楽しんで。アメリカを代表する絵本作家ターシャ・テューダーは、バーモント州の雪深い山奥にある18世紀風の農家コーギコテージに住んでいる。広大な庭で花を育て、コーギ犬と一緒に暖炉に温まるターシャ。70 年近くも絵本を作り続け、離婚を経て4人の子供を育てあげた彼女は、この家で自然に寄り添いながら一人暮らしを謳歌している。決して平坦ではなかった彼女の来し方や、多くの人を魅了するライフスタイルに迫る。 アメリカを代表する絵本作家で、“スローライフの母”として知られるターシャ・テューダーに10年間にわたって密着取材し、そ魅力に迫るドキュメンタリー。晩年は山奥での生活でひとりで庭作りをしたり、自然に寄り添った生活を送った彼女の生き方を通し、“人生を存分に楽しむヒント”とはなんなのかを提示する。 1972年、57歳の時に思う存分庭造りをするためにバーモント州南部の小さな町はずれマールボロに移り住み、19世紀頃の開拓時代スタイルのスローライフな生活を営んだ。およそ30万坪の広大な土地に、家具職人である長男セスはターシャの希望する年季の入った古びた家になるように18世紀の工法を研究し、たった1人で家を造り上げた。家と庭の一帯を「コーギー・コテージ」と呼び、スローな生活をするターシャ・テューダーの暮らしは、日本でも、1996年に『ターシャ・テューダー 手作りの世界 暖炉の火のそばで』(KADOKAWA/メディアファクトリー刊)が出版されて話題を呼ぶ。彼女の言葉を集めた書籍や、庭を紹介する本が次々と刊行され、トータル400万部を超える大ヒットを記録、一大ブームを巻き起こした。さらにTVでもNHKで2005年から4本の番組が放送され、すぐターシャ・テューダーが大好きになった。本も何冊か持っている。 ターシャ・テューダーは、ガーデナーとしても有名で、素晴らしい庭を持っている。その庭に植物を植える時、必ず3か所に植えるそうだ。そして、一番生育のいいところが、その植物に一番あっているというのを知り、次回からは、そこに植えるのだという。ターシャの暮らしには憧れるけれども、絶対に無理だと思っている。だからこそ、ターシャの暮らしに憧れる。タイトルの〈静かな水〉とは、「静かな水のように穏やかであること。周りに流されず自分の速さで進むこと」という、ターシャの言葉からとられている。「思う通りに歩めばいいのよ」■ターシャ・テューダーの言葉■■毎日の暮らしに取り入れたいターシャ・テューダーにならう「小さな幸せ探し」■・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.23
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■3月11日(土)ファーノースにあるレインガ岬(ケープ・レインガ)はニュージーランド北島の最北端に位置する岬です。(グリーン部分の上の一部。)レインガとはマオリ語で“飛び立つ場所”という意味です。レインガ岬(ケープ・レインガ)は死者の魂が伝説の故郷ハワイキへ向かって旅立つ場所とされ、マオリの聖地になっています。岬の高台には白い灯台と 世界の主要都市への距離を表示した標識が立っています。ここから海を眺めると、岬の先端で太平洋とタズマン海が、 激しくぶつかり合う潮の流れを見ることができます。(ぶつかりあう所で色が変わっている。)(◀波がぶつかり合う地点という説明があった。)ケープ・レインガ(レインガ岬)はニュージーランド最北端に位置しています。樹齢およそ800年と言われるポフツカワの老木が斜面にしがみつくようにして立っています。マオリの伝承によると、死者の魂はこのポフツカワの木に飛びおり、木の根を伝って地中に入り、先祖の故郷と語り継がれているハワイキの島へと旅立っていくということです。予約していたレインガ岬・90マイルビーチツアー。B&Bの近くで、7:10にピックアップしてもらうことになっていたので、それに間に合うように、朝食をお願いして6:15から朝食。夏だというのに真っ暗な6:50ごろ出発、B&Bから徒歩5分のところでツアーバスに乗り込む。「デユーンライダー・ケープレインガ90マイルビーチ」。ピックアップを繰り返しながら、ケープレインガを目指す。10:50~11:25ビュッフェ形式のランチ。岬に近づくにつれて少しだけ天候は良くなり、時折、青空も見えた。11:45~12:45レインガ岬観光。パーキングから灯台まで歩く。 「さくらロッジ」4連泊する。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.23
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■3月10日(金)悪天候で船に乗れず、■ベイ・オブ・アイランズ地方■のワイタンギに行った。(▲ここの案内板は、英語とマオリ語で書かれている。)1840年、英国の君主と先住民マオリの間で締結されたワイタンギ条約は、ニュージーランド近代国家形成の礎となるものです。ワイタンギ条約は、英国の君主と先住民マオリとの間で1840年に締結されました。同条約締結を機に、ニュージーランドは英国領となりますが、マオリが有する土地や文化の継承は約束されました。同条約はニュージーランド最初の条約と考えられています。 ワイタンギ条約条約は草案の後、翻訳されました。1日かけた内容の議論を経て、ワイタンギ条約は、ベイ・オブ・アイランズのワイタンギの地で1840年2月6日に締結されました。43の北島の首長がその日のうちに条約に署名しました。条約は使者によって国中に広められ、8ヶ月の間に500を上回るマオリ族の首長から署名を得ることに成功したのです。条約締結の舞台となった土地や建物は、今日もワイタンギ条約記念館として保存され、観光名所となっています。大きなマオリ集会所、植民地時代の使節団の家、歴史的な旗竿や、細長いワカ・タウア(マオリの戦闘用カヌー)などがあります。このワイタンギ条約を簡単に記すと、第一条 マオリの主権の譲渡。第二条 マオリの土地、森林、水産資源などに対する権利の保障、およびマオリ族が土地を売却する場合のイギリス国王の先買権。第三条 マオリに英国民としての特権を与えることという内容でした。今では、このワイタンギ条約が結ばれた日を記念して、ワイタンギデーという祝日に定めています。 ワイタンギ条約記念館 この建物は民家として使用されたNZの建築物としては最も古いもので、現在は記念館となっています。ガイドブックによると「イギリスのジョージ王朝時代に象徴されるエレガントでかつシンプルなデザインが特徴」だそうです。 マオリの集会村 マオリの村にはそれぞれの村に必ず1つ集会所があったそうです。そして、それぞれの部族によって、木彫りのデザインが違うのです。 世界で最も大きな「ナトキマタファオルア」と呼ばれるマオリの戦闘用カヌーが、毎年ワイタンギ・デーに海に出ます。ナトキマタファオルアは、長さ35.7メートル、幅2メートル、重さ12トンと大変大きく、80名の漕ぎ手と55名の乗船が可能とされています。すぐ横には、マオリの集会所もありますが、もう一つの見どころは、 巨大なカヌーです。その長さは 35m だそうですが、とにかく大きいです。マオリの先祖がこういったカヌーで太平洋を渡ってきたのかと、思わずひとりで想像してしまいました。 ◀カフェ。「さくらロッジ」4連泊する。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.22
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■美女と野獣■彼は探していた。かけがえのない自分を。彼女は信じていた。かけがえのない自分を。ある時、ひとりの美しい王子(ダン・スティーヴンス)が、魔女の呪いによって醜い野獣の姿に変えられてしまう。魔女が残した一輪のバラの花びらがすべて散る前に、誰かを心から愛し、愛されることができなければ永遠に人間には戻れない。呪われた城の中で希望を失いかけていた野獣と城の住人たちの孤独な日々に変化をもたらしたのは、美しい村の娘ベル(エマ・ワトソン)であった。聡明で進歩的な考えを持つベルは、閉鎖的な村人たちになじめず傷つくこともあったが、それでも人と違うことを受け入れ、かけがえのない自分を信じていた。一方、野獣は人と違う外見に縛られ、本当の自分の価値を見出せずにいた。そんな二人が出会い、やがて惹かれ合っていくのだが……。 絶大な人気を誇るディズニーのアニメ作品をエマ・ワトソン主演で実写映画化したラブストーリー。呪いによって醜い野獣の姿に変えられてしまった王子と、彼の前に現れた娘の運命を描く。『ドリームガールズ』のビル・コンドン監督が、壮大な世界観を見事に映像化し、アニメ版同様に歌あり、踊りありのミュージカル調の物語に仕立てている。 映画「美女と野獣」を見た。『美女と野獣』(びじょとやじゅう、原題: Beauty and the Beast )は、フランスの民話『美女と野獣』(J・L・ド・ボーモン夫人版)を元に1991年に制作されたディズニーの長編アニメーション映画作品。アニメ映画史上初のアカデミー賞作品賞ノミネート作品(第64回)である(第82回アカデミー賞で「カールじいさんの空飛ぶ家」がノミネートされるまでは、この作品が唯一であった)。また、作曲賞と歌曲賞を受賞した。ニュージーランドからの帰りにもアニメで見たし、日本で1回、NYで2回と舞台も3回見た。そのディズニーのアニメが実写になった。■シネマ羅針盤■流麗な映像美、そこで躍動する新旧の名曲たち。ミュージカル映画としての魅力が、あふれているのは言うまでもなく、ビル・コンドン監督(『ドリームガールズ』)の起用は大正解だった。今年は『ラ・ラ・ランド』の国内興収が40億円を突破するなど、ミュージカル映画というジャンルそのものにも注目が集まるだけに、「アニメ版は見たことない」という人であっても、音楽と映像が織りなすゴージャスな世界観をたっぷりと堪能してほしい。「アニメを実写化する」とはこういうこと。『美女と野獣』を見終わると、きっとそう感じずにはいられないはず。本物のエンターテインメントを体感するという意味でも、やはりディズニー渾身の本作は、絶対に見逃すべきではない。■ドリームガールズ■の監督作品。■NYで見た「美女と野獣」■NYといえばミュージカル。27日、ホテルに着くとすぐ、「ライオンキング」のチケットをとりに。これが大人気で、1月7日まで満席。 次に「美女と野獣」。これも、29日だったらあった。一人99ドル也。前から10番目の席。 娘も私も日本で見てるからよく知ってる。 前回、長女ミナと来た時も見たし・・・。でも、前回と雰囲気が違う。 前は、ドレスアップした人が沢山いて、それを見るだけでも、楽しかった。それに、キャラクターも変わった。 「ポット夫人」のスカートは、どうしたの?お皿のダンスの人数が少ない気がする。 前は、ダンスの途中でも、拍手喝采だったり、カーテンコールが鳴り止まなかったのに・・・。 見るほうも、やる方もマンネリ化なのかな・・・、がっかり。■□■ミュージカルは、8時からなので、この日ホテルで昼寝。 掃除の人が入って来て、あわてて出て行った。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.22
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■3月10日(金)ベイ・オブ・アイランズの中心地パイヒア。「パイヒア」の意味は・・・。白人が、この美しい土地をとても気に入り、マオリの人に、「良い」とか「美しい」を意味する言葉を聞いたら「パイ」だという。そこで、その良いに「ここ」という意味の「HERE=ヒア」をつけて「パイヒア」=「ここは、良いとこ」になったという。今では「PAIHIA」という表記が使われている。♪「PAIHIA」よいとこ 一度はおいで ア ドッコイショとなるわけだ。パイヒアはベイ・オブ・アイランズにある人気の観光リゾート地でイルカと泳ぐツアーやクルーズなど多彩なマリンアクティビティが楽しめる。私たちも、今日はクルーズに乗って楽しもうと「ホール・イン・ザ・ロック」へのクルーズ船に乗り込んだ。思ったが、雨風が強い、あいにくの天気。出発間際にクルーズ会社のひとが、天候の関係でシケルので船酔いすること、インザロック(海の中の大きな岩に空いた穴)には入れないこと、キャンセルや日程の変更も可能である旨の知らせたところ、多くの乗客がぞろぞろと下船し始めた。私たちも仕方なく降りて、変更の手続きを取った。この日は、クルーズで一日潰れると思っていたので急きょ予定を変更して、ワイタンギに行くことに。■ベイ・オブ・アイランズ地方■「さくらロッジ」4連泊する。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.21
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■3月9日(木)昨晩から、激しい雨が断続的に降る。朝も激しい雨が降る中をBay of Islands(ベイ・オブ・アイランズ)へ出発。Bay of Islands(直訳すると島々の湾)の名の通り、大小144の美しい島々が点在するところ。Bay of Islandsの入り口に位置する町カワカワ。カワカワで有名なのは「トイレ」。 町の中心にあるトイレはとてもユニーク。■ニュージーランドで最も有名な公衆トイレ■といえるのがこちら。北島ノースランドの小さな町カワカワにあり、観光名所ともなっています。このトイレをデザインしたのは、オーストリア出身の著名な芸術家・画家・建築家であるフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー氏。日本でも大阪のごみ処理場などを設計した同氏は1970年代にニュージーランドを訪れて以来、この国をとても気に入り、晩年の多くの時間をカワカワで過ごしたそうです。ステンドグラス風ガラスボトルの飾り窓やセラミックタイルのモザイク画などで彩られたこちらのトイレは、まるで教会を思わせる。2000年に亡くなった同氏が南半球に唯一残した作品であることもポイントです。 屋根の上に草が生えていたりなどと、カワカワの公衆トイレは外観もまた特徴的です。フンダートヴァッサーの自然を愛する心が表れているようです。たくさん建っている建物を支える柱も、フンダートヴァッサー独特のカラフルで曲線的なもので、一度見たら忘れられないトイレとなることでしょう。カワカワは小さな町ですが、歩いていると フンダートヴァッサー風のデザインの椅子や壁、 建物などをところどころに見かけます。町全体でフンダートヴァッサーに敬意を表しているようです。カワカワの公衆トイレは、世界中から観光客がこのトイレを見るためだけに町を訪れるほど人気のあるものです。 トイレを見て、お茶&ランチをして、町を出ようとして、気が付いた!!町の中に線路がある!!もちろん、電車は走っていないけれども、確かに線路があった!!確かめたかったが、あまりに雨が風が強く断念・・・。帰ってから調べてみたらあった!!ベイ・オブ・アイランズ・ビンテージ鉄道(The Bay of Islands Vintage Railway)は全長11kmであるが、状態が悪く、2000年に運行が廃止されて以降では最初の列車を2007年7月3日から2週間、カワカワ(Kawakawa)から運行したが、現在同協会ではカワカワとオプア(Opua)の間の線路の修繕に取り組んでいる。 今日の宿「さくらロッジB&B」へ向かう途中、前方も見えにくいくらいな大雨と風。数日来の嵐のような雨と風に道路に木が倒れていた。「さくらロッジ」4連泊する。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.20
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■3月8日(水)今日は、昨晩からの雨の中、移動日。給油とパックンセーブ(スーパー)で食材を買う。お寿司を売っていてので、お弁当に買った。オークランドにあるハーバーブリッジはオークランドのシティと対岸のノースショアを結ぶ全長1020mの橋。この橋を渡り、ノースランド(グリーンの部分)のファンガレイに向かう。■ノースランド地方■(英: Northland Region、マオリ語: Te Tai-tokerau、Te Hiku-o-te-Ika、「魚の物語」の意)は、ニュージーランドの北島最北端の地方で、その地方内の地区の名称でもある。地方の中心都市はファンガレイである。この日、はじめて有料高速道路に乗った。ニュージーランドは、有料高速道路は、ここぐらいだと聞いている。5日以内に高速料金をネットで支払わないといけない。ニュージーランドでは、トンネルは、ほとんどなく、ちょっとした丘だと、トンネルにしないで、このようにしている。しかし、ここは料金を支払う高速道路だからトンネルがある。ファンガレイの滝の近くの駐車場にをとめて■滝を見に行く。■■ファンガレーの滝、ファンガレイ・フォールズ■は、ファンガレイ中心部の北約5kmに位置するファンガレイ・シーニック保護区にある滝です。ファンガレイ・フォールズの落差は約26mあり、迫力満点です。滝壺までは遊歩道が整備されているのでアクセスも簡単です。鑑賞ポイントは3ヶ所あるので、見比べてみるのも楽しいでしょう。ファンガレイ・フォールズの周辺にはウォーキングトラックやピクニックエリアも整っています。スーパー(カウントダウン)で、ケイタイのリチャージを20ドル買い、今日の宿「ラプトン・ロッジ」まで行く。雨は依然、降ったりやんだり。このB&Bで洗濯機を借り、洗濯をした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.20
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■3月7日(火)コロマンデル半島からオークランドへの移動日。宿舎の誠ハウスの食堂のある2階から窓を見ると孔雀が来ていた。ツチボタルや大ウナギ、それにキーウィまでいる自然いっぱいの敷地。誠ハウスさんにはお世話になった。その上、「これを持って行って」と果物や奥さん手作りのケーキ、水などをいただいた。感謝。▲誠ハウスの奥さんが作ってくれたパン。彼女が小さい頃、お母さんが作ってくれたものだ言っていた。「誠ハウス」を出て未舗装の道を行くと豚が!!この豚は野生なんだろうか?オークランドのセブン・オークスB&Bに向かう。オークランドは道が渋滞するので、早めに着いて、植物園でくつろぐ。2月18日の植物園。(▲植物園のトイレの屋根は草屋根。)しかし雨が降ってきたので、早めにB&Bに着く。B&Bの14歳の女の子が骨折していた。これまでにも骨折したことが数回あるというのだが、大丈夫だろうか?10日ほどしたら日本に行くというのに・・・。2月18日に泊まった部屋に今回も泊まった。明日は、オークランドの北部・ノースに向かうので、降り続く雨が心配だ。 セブンオークスB&B・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.19
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■3月6日(月)♪夏の終わり~ 夏の終わりには ただ貴方に会いたくなるのいつかと同じ風吹き抜けるから・・・誰もが忘れ行く 夏の日は帰らない・・・「夏の終わり」by 森山直太朗ドライビング・クリーク・レイルウエイでトロッコに乗った後、ロングベイ・ビーチに行った。ここは、食事や洗濯、シャワーなどの施設がありキャンピングカーで暮らせる施設があった。人影はまばらだった。冒頭の写真は、この浜辺で最初に見た男の子。彼は、海をじーっと見ていた。3月6日は、ニュージーランドでは9月のはじめ。真夏は過ぎたので、海に入るほど暑くない。どうしようかな・・・。彼は考えていたのだろうか。この海で、夏の間、人々はゆっくりと暮らす。しかし、遊ぶのは、白人で、その中に、マオリの人は入っていない。この近くにカウリの森があった。B&Bへの道は未舗装だったので、車が真っ白になった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.19
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■3月6日(月)コロマンデルタウンに向かう。途中、何回か、LOOK OUTで休憩しながら、11:40コロマンデルタウンのアイサイトに着く。ドライビング・クリーク・レイルウエイへ。■ドライビング・クリーク・レイルウエイ■コロマンデルにあるドライビング・クリーク鉄道はレール幅38cmのミニ鉄道です。陶芸家のバリー・ブリッケル氏が陶芸の材料を運搬するために手作りしたトロッコ列車で、1975年から建設が始まりました。当初は短かった路線は徐々に延長され、現在は約6kmもあります。この鉄道はニュージーランドの原生林を進み、途中トンネルや鉄橋も通ります。終着点は標高165mの展望台アイフル・タワー。所要時間は往復約1時間です。ドライビング・クリーク鉄道は人気が高いアクティビティなので、予約をすることをおすすめします。大人から子供まで誰もが楽しめ、車椅子でも乗車できます(要事前予約)。 ■住所 380 Driving Creek Road, Coromandel ■電話 07-8668-703 ■ウェブサイト www.drivingcreekrailway.co.nz ■ 営業時間 10:15、14:00(夏季は増便あり) ■料金 大人$28、子供(5~15歳)$12、シニア$27、学生$25 ■交通アクセス コロマンデル・タウンの観光案内所から車で約10分 コロマンデル半島の北に位置するコロマンデル・タウン。1820年に半島にコロマンデルという名前が付いた後にこの町の名前が付いたそうです。 当時は金の採掘やカウリの木の伐採で栄えました。現在、町には当時の雰囲気を残す建物がいくつか残り。夏には避暑地としてオークランドから大勢の人々が訪れます。電車繋がりでNapier(ネイピア)の電車のこと。■車電車■■アールデコの町ネイピア■でみた車電車。数年前からネイピアでは観光の為の車列車が町を走るようになりました。2月4日から27日まではアートデコにちなんでフルシティツアーが行なわれています。約1時間半のコースではガイド兼運転手さんの説明で、ネイピアの歴史やアートデコの町並み満喫できます。ツアーの終わりにはきっと見慣れた町並みも少し違って見れるかも知れませんね。■トロッコ電車■ネイピアには1913年から1931年に地震で破壊されるまでトロッコ電車が走ってたんです。 トロッコ電車とは路面電車のことで、町からシェイクスピエアロードを通って、アフリリ港までを運行してました。地図は昔のニュージーランド内でのトロッコ電車地図、これからわかるようにニュージーランドの主要な町にはほとんどトロッコ電車が走ってたんですね。今はどこにも見られないのが寂しいです。■大沢ワインズ■■ワンガヌイ■にも路面電車があった。夜の9時頃、この敷地に住んでいるツチボタルや大きなウナギを見に行った。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.18
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■3月5日(日)昨日行った■カセドラル・コーブ■を含む、あの当たりの海を見るクルーズの船に乗った。カセドラル・コーブ・クルーズは、グラス・ボトム・ボートといって、底がグラス(ガラス)になっている船に乗って2時間まわるものだ。 ▲船で波にくり抜かれた岩に入り込む。▲昨日のカセドラル・コーブの浜辺を今度は海から見た。▲所々で船をとめて、餌をまくと魚が集まってくる。 船をとめて、数人の人が海に入った。 子どもも数人入った。日本人とニュージーランド人の経営する「誠ハウス」に向かう。ダート(舗装されていない道)の道を3.7KMも進み、途中、これで良いのか?と不安になるくらい。夕食前に広い宿の敷地を案内してもらった。滝があった。それも2つ!!そして、ここからちょっと行った所にもうひとつあるという。カウリの木もあった。カウリは、ニュージーランドのコロマンデル半島とノース地方にしか生えていないという木だ。夕食は、ここで食べた。2月21日以来の日本食は美味しかった。 ■誠ハウス■・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.18
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■3月4日(土)テムズからフィティアンガに向かう。今日も天気は晴れで暑いぐらい。目指すは、今回の旅行のハイライトの「カセドラル・コーブ」。カセドラルとは、「大聖堂」、コーブとは「入り江」で大聖堂のような入り江が有名だ。あいにく、駐車場がいっぱいだったので、ビレッジまで戻り、そこで車を置いて、シャトルバスでカーパークに行く。シャトルバスを降り アップダウンや 階段を歩いて片道45分。カセドラル・コーブ」に到着。 映画「ナルニア物語」の舞台ともなった、カセドラル・コーブ(Cathedral Cove)は、人が沢山、来ている。 自然によってくりぬかれた巨大なアーチ状の岩窟、真っ白な砂浜に、そこから覗く数々の奇岩。この自然が作り出したこの不思議な造形美は、まさに映画の世界そのものです。 45分、アップダウンを歩くのはしんどい・・・と思いきや、船で来る人も・・・。小船が運んできた人は、膝まで水に浸かりながら降りていた。カセドラル・コーブは、波が静かで、浜辺が美しく、のんびり楽しめる。売店などないので、自分の飲む水は、確保しておくことが大事だ。 沖合いに浮かぶ島々が格好の防波堤となるため波が静かで、海水浴に最適な海岸となっています。■ナルニア国の舞台になったカセドラル・コ-ブ■「Whitianga B&B」ベッド2つ置いたらいっぱいになる、ものすごく狭い部屋だった。このB&BのHPに、もっと広い部屋を発見。このB&Bでは、若いドイツ人カップル、若いアルゼンチンカップルと日本人の私たちが一緒に朝食を食べた。後で、フランス人の年配カップルも食べていた。日本人の旅行者に会わないな・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.17
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■3月3日(金)ニュージーランド(NZ)北島のコロマンデル半島にあるテムズに向かう。 この日もも、朝から暑かったので、途中の大きな木のあるところでちょっと休憩。木の下は、涼しい。遠足なのか小さな子どもたちが来ていた。テムズ(テームズ、Thames, NZ)は、ニュージランド北島にあるワイカト地方コロマンデル半島の西海岸の半島付け根に位置する人口 7,030人(2015年6月現在)の街で、コロマンデル半島への玄関口であり、半島で一番大きな街です。ニュージーランドの最大都市オークランドからテムズまで車で1時間30分(南東へState Highway 1号線と2号線および25号線を道なりで115km。▲湿地があった鳥が沢山いた。テムズ・ヒストリック・ウォークということで、街中の古い建物を見ながら散策。テムズ歴史博物館見学。今日の宿「Cotswold Cottage B&B」は、高台にあった。▲B&Bの下を流れる川。▲B&Bから川に行く途中の小径には、川で遊ぶボートがあった。泊り客は、ドイツ人夫婦、オーストラリア人夫婦と私たち日本人夫婦だった。オーストラリア人の女性は、アジア系で、日本人かと思っていたら中国人だった。この家の主が、ドイツ人にスコップを渡していた。ガーデニング?いえ、この近くのホット・ウォーター・ビーチ(Hot Water Beach)では、まさにその名の通り、地下深くの地熱で暖められた温泉が、地表の砂を通して沸き上がってき、砂浜を掘って自分専用の温泉を作ることができる。そのために、スコップが必要。▲トイレに飾ってあった絵もピッタリだった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.16
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♪チャンチャカ、チャカチャカ、チャンチャンチャン・・・(某国営放送の料理番組の音楽)みなさん、こんばんわ。 天地 はるなの「ごちそうさん歌」の時間がやって来ました。今日、4月16日は「イースター」ですね。 イースターといえば、イースター・エッグ。イースター・エッグ(英語:Easter egg)とは、復活祭(イースター)の休日もしくは春を祝うための、特別に飾り付けられた鶏卵ですね。元来染めたり塗ったりした鶏卵(ゆで卵)を使うのですが、現代では、チョコレートで作られた卵や、ジェリービーンズなどのキャンディを詰めたプラスチックの卵で代用するようになってきました。今日は、イースターにちなんで、卵を使った料理をします。 <材料>(つくりやすい分量)・ゆで卵 6~8コ ・しょうゆ 大さじ2 ・酢 大さじ1 ・砂糖 小さじ1 <作り方>1.しょうゆ、酢、砂糖を混ぜてジッパー付きの保存袋に入れ、殻をむいたゆで卵6~8コを漬けます。2.空気を抜くようにして口を閉じ、冷蔵庫に2~3時間おきます。 一晩おくとさらに味がしみますよ。美味しくて簡単なので、是非、作ってみてくださいね。それでは、また、お会いしましょう・・・。♪チャンチャカ、チャカチャカ、チャンチャンチャン・・・。 取り落とし床に割れたる鶏卵を拭きつつなぜか湧く涙あり 道浦母都子■鯖サンド■■大根と豆腐の炒め物■■牛肉とじゃがいものバルサミコ酢煮■■さんまとネバネバ野菜の酢の物■■筍の甘からおかか炒め■■緊急時のオイルサーデン料理■■筍のツナ缶料理■■小松菜とチリメンジャコのたいたん■■冬瓜とろとろ☆中華ステーキ■■玉ねぎパン団子■■簡単料理に愛を添えて■■にぬき■■ツクシ■・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.16
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■3月2日(木)ワイトモ(Waitomo)とは、マオリ語で「水の入り口」「水の穴」という意味である。ワイトモのワイは、マオリ語で水いう意味。ワイカト(Waikato)、ワイオタプ(Wai-o-tapu)、ワイマング(Waimangu)と、ニュージーランドでは、ワイ(wai)がつく地名が少なくない。ワイタンギ条約で有名なワイタンギ(Waitangi)という地名もそうだ。カルスト台地、石灰の台地なのだが、雨水の中に微量に含まれる酸が石灰台地を、少しずつ溶かし、地中の中にさまざまな洞窟のネットワークをつくりあげている。このワイトモには、土ボタルが大量に群生していることで有名。土ボタルは、日本語の名称ではホタルと呼ばれているが、日本の蛍とはまったく違う。ワイトモ洞窟の土蛍を見ようと、年間50万人もの観光客が訪れる。環境が変化してしまったら、土蛍が住めなくなるということで、ここでは、カメラ禁止。「撮影している人を見たら、カメラを川に捨てます!」と案内の女性が言っていた。洞窟内の温度、湿度、二酸化炭素の量、風の向きなど、常時計測しているという。もちろん洞窟の上の森林の状態などにも、気を配っているという。土ボタルは、重要な観光資産でもあるのだ。洞窟の中を歩いて、途中からボートに乗った。もちろん、大きな声は出せないから、無言で暗い洞窟を舟に乗って移動する。何だか、「オペラ座の怪人」みたい。 洞窟ツアーの後、昼食と近くの山を歩いて一番高い所に登った。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.15
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4月14日(金)。友人と、大阪市の大川ばたを散策。■大川の毛馬洗い堰■から下流の天満橋まで延長4.2キロの河川敷を利用した河岸公園の右岸には造幣局や泉布観など明治初期を代表する建築物がある。大川の流れに沿った桜並木のプロムナードには、天満橋から桜之宮橋(銀橋)あたりを中心に、ソメイヨシノ、ヤマザクラ、サトザクラなど約4800本が植えられており、沢山の花見客で賑わう。 その後、お茶のために行ったのは、■五感(ごかん)■。■五感■1022(大正11)年建築。1997(平成9)年、登録有形文化財に指定された北浜の新井ビル。ここに本店を構えるのは洋菓子ブランド「五感 GOKAN」高い吹き抜けの空間は、このビルが銀行や証券会社だった時代を思いおこさせ、上質な雰囲気をかもし出している。かつて執務室だった2階の個室は食事と喫茶ができるサロンとして使われている。建築当初から変わらない階段を上がって見下ろす館内は圧巻。棟方志功のデザインをエッチングで施したガラスがある個室。大正時代の西洋建築ならではの重厚感のある空間の五感。 五感北浜本館 〒541-0042 大阪市中央区今橋2-1-1 新井ビルTel.06-4706-5160[月曜~土曜] 9:30~20:00 [日・祝日]9:30~19:00 (サロンラストオーダー 閉店30分前) 定休日 10月1回・1月1~3日【地下鉄堺筋線】「北浜駅」3番出口より徒歩約3分 【京阪電車】「北浜駅」3番出口より徒歩約3分・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.15
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■3月2日(木)タラナキ富士の見える、ニュープリマスのB&B「16have lock B&B」を後に、ワイトモに向かう。途中、川の見える「Look Out(ルックアウト)=小休止する所)」があったので、下に降りてみた。みてるだけだけれど、川の水が気持ちよかった。B&Bを出てから1時間半ほどの所に、ローカルなミュージアム(MOKAU)があったので寄ってみた。ミュージアムの中には、古い家具や食器、農機具が置いてある。この農機具、■スコットランド■で見たのと同じ色!!古いピアノの上に、古い楽譜が置いてあった。壁には、映画「ピアノレッスン」のポスターが!!聞く所によると、この近くの川の上流で、撮影があったそうだ。ワイトモでのホテルは、由緒あるワイトモ・ケイブ・ホテル。このホテルは1908年に建てられ、当時、宿泊所としてはここしかなかったと言われている場所である。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.13
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■3月1日(水)ニュープリマスにあるプケクラ・パークは、ニュー・プリマスの中心部に位置する面積約52ヘクタールの公園です。ボート遊びができる池や噴水、緑豊かなブッシュ、 子供のための遊戯場、庭園、野外ステージなどがあり、さまざまなイベント会場にもなっています。敷地内にはミーアキャットなどが見られるブルックランズ動物園もあります。 この橋の色は日光の橋の色だそうだ。 公園の中には、カフェがあって、2回、お茶した。お婆さんの誕生日があったみたいだ。■タラナキは、■もともと北島中央部の火山地帯(現在のトンガリロ国立公園)に住んでいた。そこは男性中心社会であって、女性の火山はピハンガ(Pihanga)だけであった。男性の山々はピハンガに言い寄ったが、彼女は夫のトンガリロ(Tongariro)に忠実であった。しかしある時、トンガリロが留守にしている間に、タラナキがピハンガの愛を勝ち取ることに成功した。帰ってきたトンガリロは激怒し、タラナキは西へと逃げた。タラナキの通ったあとは、■ファンガヌイ川■(Whanganui River)となった。傷心したタラナキは海の近くまで来て、やっと眠ることができたが、二度とこの地を離れることはなかった。今でも、この山に霧がかかり雨が降ると、タラナキが失恋を悲しんで泣いているんだと言われている。 ▲ニュープリマスのB&Bから見た、タラナキ富士。赤い橋と富士山って日本やんか!(^-^*) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.12
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■3月1日(水)■家が動いている!!■車で走っていたら、家が釣り上げられていた。しかも、2回見た!!■タラナキ大聖堂聖メアリー教会■ニュープリマスにあるタラナキ大聖堂聖メアリー教会は、1846年に開かれたニュージーランドで最も古い石造りの教会。その雰囲気はとても歴史を感じる。昨年おこった地震の影響で、一般公開をしていない。教会の近くには、墓地があった。お墓は、ケルト十字があった。昨年の夏に行った、スコットランドでは、このようなお墓が多かった。NZは、アイルランドやスコットランドからの移民が多かっただろうから、ケルト十字のお墓があるのだ。■タスマン海と鉄道。■オーストラリア南東部やタスマニア島とニュージーランドに挟まれた太平洋南部の海、タスマン海を見ながら散歩した。この海の向こうに、オーストラリアがある。ニュージーランド国内有数のサーフポイントとしても知られるニュープリマス。タズマン海に突き出た半島沿いには、100kmに渡って波の立つポイントが集まっており、サーフ・ハイウェイと呼ばれています。街中のウォーターフロントには、6kmに渡る遊歩道が整備されているので、海を見ながらのんびりとウォーキングを楽しめます。海に並行して、線路が走っている。ニュー・プリマスは、首都ウェリントンに比較的近く、鉄道があるのだろうが、走っている電車を見たことがない。飛行機オークランドから約45分ウェリントンから約55分バスオークランドから約6時間ウェリントンから約6時間30分。線路は続いているが電車という選択はない。線路の近くにタイルで出来た絵があった。一番、左は、富士山?いえ、タラナキ山、タラナキ富士。■タラナキ山■2軒目のB&B、「16have lock B&B」のベランダから見えた、タラナキ富士。泊まったのは、「16have lock B&B」。トイレは金魚の壁紙だった。このB&Bは、オーストラリア人と日本人のカップル。日本人の奥さんは、日本に帰国中で会えなかったけれど、明るいご主人が、自分でパンを焼いてくれた。ニュープリマスは、波がいいので、ここに住んでいると言っていた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.12
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■LION/ライオン 〜25年目のただいま~■♪音が出ます!僕は5歳で迷子になった。それから25年間、ずっと探している僕の人生の失われたカケラを・・・。オーストラリアで幸せに暮らす青年サルー(デヴ・パテル)には、隠された驚愕の過去があった。彼はインドで生まれ、5歳のとき迷子になり、家族と生き別れたままオーストラリアへ養子に出されたのだ。成人し幸せな生活を送れば送るほど、インドの母と兄への想いは募る。人生を取り戻し未来への一歩踏み出すため、そしてあの日言えなかった“ただいま”を伝えるため、サルーは家を探し出すことを決意する。おぼろげな記憶とGoogle Earthを手がかりに、1歩ずつ近づくことに記憶のカケラが少しずつ蘇り、次第にこれまで見えなかった真実が浮かび上がってくる……。 5歳の時にインドで迷子になり、養子としてオーストラリアで育った男が、Google Earthのおかげで25年ぶりに母と兄の元へ戻ったという衝撃の実話をベースにした人間ドラマ。『スラムドッグ$ミリオネア』のデーヴ・パテルが数奇な人生を送る主人公を、その養父母をデヴィッド・ウェンハムとニコール・キッドマンが演じる。オーストラリアの隣、ニュージーランドに行ったことがある私は、インドからオーストラリアの距離を体で分かる。壮大な、地球規模の迷子・・・。こんなに遠く離れてしまったのに会えたのは、グーグル・アースのおかげ。もちろん、記憶力となにより、探そう、会いたいという意思が必要だけれど・・・。「ライオン」という映画のタイトルは、なぜつけられたか?!映画の最後に、それが分かる。そこでも失われた彼の人生が分かるというしかけに、納得!!いい映画だった。2009年6月に見た映画■スラムドッグ$ミリオネア■の時、少年だった主人公が、大人になっていた。インドでは、毎年、8万人の子どもが迷子になっているという。■5歳の時に迷子になったインドの少年■ブライアリー氏(サルー)は、現在、自身の経験を生かして世界中で講演を行うほか、インドで孤児院を営み、インドからオーストラリアへの養子縁組の支援活動を積極的に行う。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.11
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■ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命■ケネディ暗殺から4日間、彼女は、最愛の夫を伝説に変えた。ジャッキーの愛称で親しまれていたジャクリーン・ケネディ(ナタリー・ポートマン)は、夫ジョン・F・ケネディ大統領のテキサス州遊説に同行。1963 年 11 月 22 日、ダラスでのパレード中、隣りに座っていた夫が狙撃され、帰らぬ人となってしまう。目の前で最愛の人を亡くした彼女には悲しむ間もなく、葬儀の準備、代わりに大統領となる副大統領の就任式への立ち会い、ホワイトハウスからの立ち退きなど、やらなければならないことが山のようにあった。さらに、事態を理解できない幼い子供たちにどう接したらいいか悩み、犯人に怒り、様々な感情が入り乱れるジャクリーン。とりわけ、事件直後から夫が過去の人として扱われることに憤り、夫が築いたものを単なる過去にはさせまいと決意する。ナタリー・ポートマンがジョン・F・ケネディ大統領の妻、ジャクリーン・ケネディを演じ、暗殺事件を彼女の目を通して描く人間ドラマ。夫が築き上げてきたものを単なる過去にさせまいと、葬儀までの4日間にとった彼女の行動が明らかになる。■『ブラック・スワン』■でポートマンとコンビを組んだダーレン・アロノフスキーが製作を務める。大統領、暗殺、ファッション・アイコン、真珠、マリメッコ、オナシス・・・。ジャッキーことジャックリーン・ケネディについてのイメージを現すならワードは、上のようなものだ。 ■大統領■31歳で大統領夫人になり、大統領のまま死んだ夫・・・。夫の弟も大統領を目指すも、暗殺された。兄弟で暗殺されたり、ジャッキーの息子も自家用飛行機の事故で死亡するなどケネディ家は呪われたいるのでは?といわれた。■ファッション・アイコン■若くて有名なジャッキーのファッションは、世界中の人々が見ていた。彼女は、いつも真珠のネックレスをしていた。スーツやワンピースの襟は、少し立った感じのを着ていたのをよく覚えている。映画の中でも、真っ赤なスースに真珠のネックレスが印象的だった。また、マリメッコ好きなのも有名。彼女のスタイルは「ジャッキー・スタイル」として目標にすべきスタイルとなっている。■ジャッキーのいとこは、もう一つのファンション・アイコン■ジャッキーは、ファッション・アイコンだが、彼女のいとこは、ジャッキーと違った意味でのファッション・アイコンだ。■彼女の名はイディ・ブービエ・ビール。■名家ブービエ家に生まれ、歌手・女優を夢見た女性でした。両親の離婚と経済不況により財産を失ったものの「働いて生活費を得る」という考えに及ばなかった彼女は、廃墟と化した大きな屋敷に年老いた母と2人きりで過ごしたところを偶然発見されたという人物です。 自分を見捨てて家から出て行くことを嫌った母からのストレスで、20代には美しかった髪がすべて抜け落ちてしまった彼女。それを隠すためにスカーフやセーターを頭に巻き、ブローチで飾り始めました。その後も、何枚もカーディガンを重ねて着たりタイトスカートを逆さに着たり......奇抜でありながら、独創的でセンスある着こなしを披露していました。 この母娘のドキュメンタリー映画が公開されるや否や、彼女はカルト的人気を誇ります。 なかでもドリュー・バリモアがイディを演じた『Grey Gardens』は、日本でもWOWOWで放送されています。 ■オナシス■ジャキ―が、大金持ちの海運王オナシスと再婚した時は、世界中で大ブーイングになった。オナシスは、オペラ歌手のマリア・カラスをふって、ジャッキーを再婚。大金持ちでも、オナシスは、年寄りだから、嫌だなと思っていたが、今、自分がオナシスよりも年寄りになると、勝手なもので、よくあることだと思う。現大統領、トランプ氏だって、妻との年の差がスゴイ!!■ケネディ大統領は凡人だった。■好きな大統領の上位に選ばれるJ・F・ケネディだが、本当の彼は凡人だったらしい。体も弱かったし、大学も親が金持ちで有力者だったから入れたという。父親は、成績が優秀で体も丈夫な長男に期待していたが、長男が戦死し、J・F・ケネディに大統領の夢を託したのだそうだ。ケネディ家は、優秀な父親が子どもを支配していたらしい。また、ケネディ大統領は、浮気性で、映画の中でもジャッキーが悩んで、神父に打ち明けていた。まあ、凡人であっても、スゴイ生き方、死に方をしているから、今も人気があるのだろう。大統領の好きな歌として、映画の中で流れていたのが、「キャメロット」。■キャメロット■夫の死後まもなく(11月29日)、ジャクリーンはライフ誌のセオドア・ホワイトのインタビューを受けた。その中でジャクリーンは自分が夫と共にホワイトハウスで過ごした日々を「キャメロット」と呼んだ。キャメロットは伝説的なアーサー王の都、その王宮の呼称であり、以後ケネディ政権とそこを取り巻いた人々は「キャメロット」と称されるようになる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.11
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バスで兵庫県丹波篠山へ花見に行ってきた。■篠山城跡(兵庫県篠山)→■大正ロマン館(兵庫県篠山)→■大野ダム(京都・美山町)→■かやぶきの里・美山(京都)の順に回った。雨で寒い日だった。■篠山城跡■篠山城跡のお濠とその周囲に植えられた約1000本のソメイヨシノが一斉に咲き誇る。 4月9日は桜の開花にあわせて「丹波篠山さくらまつり」が開催されていた。 お城後近くにあったのは、大正ロマン館。■大正ロマン館■大正11年11月の上棟式後、翌12年4月から平成4年3月までの約70年間の篠山町役場だった。 平成5年6月3日、重要建築物として「大正ロマン館」として開館した。京都市外にも、当たり前ですが桜の名所が存在します。 京都府南丹市美山町の大野ダム周辺も、その1つです。■大野ダム■は、京都府最初の多目的ダム。 美山町を流れる美山川の下流に建設されています。ダム周辺に公園や散策路が整備され、ダム湖の周りには約1,000本の桜の木や約500本の紅葉の木が植えられています。春には桜が咲き誇り、秋には美しい紅葉が彩る事から、虹の湖とも呼ばれるダム湖です。そんな大野ダムにある公園で、毎年春に桜祭りが開催されます。大野ダムさくらまつりです。■かやぶきの里・美山■美山町内には数多くの茅葺き民家が現存しています。知井地区にある「北」の集落には50戸のうち38棟がかやぶきの屋根です。 伝統的技法による建築物群を含めた歴史的景観の保存度への評価も高く、平成5年(1993年)12月に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。 1年を通じ、日本の原風景に出会える場所として、美山町を代表する観光スポットとして人気を博しています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.10
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■3月1日(水)トゥパレ・パークの園内を散策。とても暑かったが、日蔭は涼しい。日本の夏とは大違いだ。■Tupare(トゥパレ)■1900年代前半に一個人の屋敷として誕生しました。4ヘクタールに近い敷地内に入り口から入ると、斜面を下る何本かの散歩コースが設けられています。(色分けされたコースがある。)ワイファカイホ川を見下ろす丘陵にあり、タラナキ地方でも随一といわれる造園されたガーデンのひとつです。アーツ・アンド・クラフツ運動の影響を受けた家、トゥパレ・ハウスを目指し、遠景を楽しみながら下っていきます。もともと著名な実業家ラッセル・マシューズ卿の所有で、彼や家族、周囲の人々にまつわる名声やストーリー、ライフスタイルに触れることもできます。 素晴らしい敷地を散策したり、チャップマン・テイラーの建築に目を見張ったり、ゆっくりピクニックを楽しんだりすることもできます。 母屋には入れなかったけれど、コテージには入れた。 機械生産による量産品ではなく、昔ながらに熟練職人の手でコツコツと造り上げることをよしとしたトゥパレ・ハウスではそのときどきで展覧会のほか、5~10月の月はじめの日曜日には、ハイティーと呼ばれる、お菓子とお茶をいただくティータイムが開かれています(要予約)。トゥパレ・ハウスとその周囲はとてもロマンチックで、結婚式を挙げるカップルも多くいます。当時この屋敷の主によって植えられたセコイア、ブナ、モミジといった木々が芝生に影を作り、池の水面に姿を映しているのは、とても優雅な景色です。当時植えられ、精魂込めて育てられたシャクナゲ、ツツジ、アジサイは、今も色あせずに私たちの目を楽しませてくれます。トゥパレは市民にかわって市役所が管理しています。 壁紙やカーテンが、アーツ&クラフトの旗手、ウィリアム・モリスのもの。ちなみに「おしゃれ手紙」のタイトルの所にある緑の柳のデザインもウィリアム・モリス。◆Tupare,◆ ◆住所◆487 Mangorei Road, New Plymouth, Taranaki, New Zealand. ◆営業時間◆毎日 9am-5pm 営業時期:一年中ホームページ https://www.trc.govt.nz/gardens/tupare/■母屋▲母屋の屋根を飾るのは、おまもりみたいなものだと、ここで修理をしていた人が言っていた。日本でいえば、沖縄のシーサーみたいな、ものだろうか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.08
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■2月28日(火)ニュー・プリマス2泊のうち、1拍は、「エアリーハウスB&B」にした。「エアリーハウスB&B」は、1880年代の古い邸宅を美しく改装した立派なものだ。(▲共用の部屋)部屋数は3室でバスルームが客室にあるタイプとプライベートバスが客室に付属しているタイプがある。(▲共用の部屋)センスある室内は落ち着いた雰囲気で、快適に滞在できる。ベッドカバーとカーテンが同じ色だったり、部屋の入り口に飾りが。私たちの泊まった部屋は1階でベイウインドウがあった。◆ベイウインドウ【べいういんどう】◆ベイとは英語で「bay:湾」のことで、もともとはサンフランシスコの住宅が湾岸の景色を楽しむために作られた窓と言われています。台形に張り出した形をしており、単純に出窓と呼ぶことも多いです。ベイウインドウは装飾性も高いため、窓からの景色と調和した小物やカーテンで窓辺を演出している住宅も多いです。建物の外から見てもアクセントになり、住まいの個性を引き出しやすくなります。朝ごはんも美しいもので、フランス人の若いカップルとニュージーランド人の年配夫婦、それに日本人の私たちが同じテーブルで食べた。ここで洗濯機を貸してもらったら、快く貸してくれた。他のB&Bでは、5ドルから10ドルの有料で洗濯機を貸してくれっる所もあるので10ドルを払おうとすると、「コーヒーでも飲んでください」とにこやかに言ってくれた。★28日■Airlie House B&B■ 161 Powderham Street New Plymouth, 4310 電話: +64 6 757 8866 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.08
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■2月28日(火)ワンガヌイから一路、ニュープリマスに向かう。その前にニュージーランドの歴史ある町、ワンガヌイのことを少し書いておく。8角形屋根のセントメアリー教会で、ステンドグラスを見る。地元に年配の女性が、教会の絵葉書をくれた。そしてこれからニュー・プリマスに行くというと「タラナキ山が見えるね」と言った。私が「??」という表情をしたら「富士山みたいな山」と言った。■ベイスン・ボタニック・ガーデン■ワンガヌイの郊外にある「ベイスン・ボタニック・ガーデン」を散策。広大な敷地の中に、バーベキューなどが出来る施設があった。屋根もあるし、ちょっとしたキャンプが出来る。それに、もし地震などが起きても、ここなら安心だ。青い色の栗の実が実っていたが誰も見向きもしない。 ここで肋間神経痛がおきたが、持っていた痛み止めのシップを貼ったらおさまった。以後、毎日痛み止めをはったが、ストレスが原因だそうだ。■リッチモンド・コテージ■ニュー・プリマスのプケ・アリキという複合施設のそばに建つ石造りの家。1853年に開拓移民リッチモンド家の住居として海沿いに建てられたもの。1962年にこの場所に移築された時には、構成している石の一つ一つに番号をつけ解体し再び正確に組みなおした。■タスマン海■タスマン海を見た。タスマン海(Tasman Sea)は、オーストラリア南東部やタスマニア島とニュージーランドに挟まれた太平洋南部の海域。オーストラリアやニュージーランドなどでは、タスマン海のことを俗にザ・ディッチ (The Ditch) と呼んでいる。crossing the ditchという言葉で、オーストラリアからニュージーランドへ、あるいはニュージーランドからオーストラリアへ移動することを指す。1642年に来航したオランダの探検家アベル・タスマンにちなんで、1890年に命名された。ニュープリマスの「エアリーハウスB&B」・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.08
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■2月28日(火)■ワンガヌイの町を通ってタズマン海に注ぐファンガヌイ川は、19世紀から20世紀中ごろにかけては≪ニュージーランドのライン川≫と呼ばれ、水上輸送で賑わったのだそうだ。その河のほとりに緑地がある。のんびりと散策していたら、こんなものがあった? あれ?卵?ふーん?でも、なんで卵なんやろ・・・??? 町を出てから気が付いた。「モアの卵だ!!」ワンガヌイにある「ファンガヌイ地方博物館」は、巨鳥モアに関するコレクションでは世界屈指を誇り、5個しか現存しない卵のひとつを展示しているのだそうだ。ああ、ショック、見ていない!!!ショック!!!(3/2・ワイトモにて)■ジャイアントモア(英語: Giant Moa、Dinornis maximus)■は、ニュージーランドに生息していた、飛べない大型の鳥類、モアの一種。和名はオオゼキオオモア(大関大モア)。絶滅種の一つ。「モア」の呼称の由来については、ヨーロッパ人が原住民(モア・ハンターと呼称されるマオリ人以前の原住民)にモアの骨を集めさせた折に「もっと骨をよこせ」(More bones!)と言ったのを、原住民が鳥の名前と勘違いしたのだと言う説を始め、幾つかの巷説が存在する。ちなみにマオリ人はこの鳥の仲間を「タレポ」と呼んでいた。17世紀に大航海時代を迎えヨーロッパ人がニュージーランドを発見すると、先住民であったマオリ族の巨大な鳥についての伝説を知るが、想像の産物だと思われていた。存在自体が「嘘」だと思われていた。マオリ族の伝承だけでこの鳥の存在が伝えられた際は、多くの学者が「どうせ御伽話」と気にもかけなかったが、化石を発見したことで真剣に研究するものが徐々に登場するようになった。「ファンガヌイ地方博物館」に行って、見ておけばよかった、モアの卵・・・。鳥年なのに・・・。_| ̄|○■燕の歌■■鳥の形の籠■・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.07
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■2月27日(月)ロトルアという町で、日本人の経営するB&Bに泊まった時のこと。NZで一番きれいな町は、ワンガヌイだとそのB&Bの人が言っていた。ワンガヌイだったら住んでもいいとも・・・。期待通り、ワンガヌイの繁華街の街並みはたいへんきれいだ。特に、市の中心部を東西に走る Victoria Avenue 沿いには、多くの美しい建物が並んでいる。泊まった「Rutland Arms Inn」は、この隣。古い建物とお店のディスプレーと花によるデコレーションが一体となって、街を美しくしているようだワンガヌイの町を通ってタズマン海に注ぐファンガヌイ川は、19世紀から20世紀中ごろにかけては≪ニュージーランドのライン川≫と呼ばれ、水上輸送で賑わったのだそう。川沿いには、線路がある。これは、以前、トラムが通っていたという証だ。昔、走っていたトラムがこの中にあった。かつて、人々は、トラムに乗ってここまで来て、ここから船に乗って遠くまで行ったのだろう。また、船から降りた人々が、トラムに乗って、町の奥深くまで入っていったのだろう。■モウトア公園■1995年の2月から5月にかけてマオリ人がこの公園を占拠したという事件があった。ワンガヌイは古くからマオリ人が住む地域でもありましたし、ヨーロッパ人の入植後にはいち早く居住地ができたところでもあります。1840年代の土地売買の遺恨が1995年に爆発し、土地を売っていないと主張するマオリ人による占拠という事態になったそうです。これには、前年の1994年から各地でおこったいくつかの事件が誘因になっている可能性があるそうですが、直接の原因はヨーロッパ人の強引な土地の買い上げにあったようです。結局、占拠開始から79日後に、マオリ人が退去して事件は収まりました。ニュージーランドというと、マオリ人とヨーロッパ人が融和している国というイメージがあります。現に、多民族国家としては例外的とも言えるほどお互いを尊重した国作りがなされていると思います。しかし、そのニュージーランドにしても、根深い民族問題が存在することを、この公園はあらためて思い起こさせてくれます。 ▲ワンガヌイのB&Bの食堂の壁。▲ワンガヌイのB&Bにあった井戸。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.06
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■はじまりの旅■♪音が出ます!!普通ってなんですか?現代社会に触れることなく、アメリカ北西部の森深くに暮らすキャッシュ一家。父親ベン(ヴィゴ・モーテンセン)は、自分の全てを6人の子供たちの教育に注ぎ、厳格に育てている。そんな父仕込みの訓練と教育で子供たちの体力はアスリート並み。みな6ヶ国語を自在に操ることができる。女子と話すのが苦手な18歳の長男ボゥドヴァンは、名立たる大学すべてに合格。キーラーとヴェスパーは双子姉妹で、キーラーはスペラント語、ヴェスパーは狩りが得意だ。レリアは他の兄弟と違い森での生活に疑問を持ち、ベンに反発。好奇心旺盛なサージは、自分で動物の剥製を作るのが趣味。そして末っ子のナイは、いつも裸でいるのが好きだった。ある日、入院していた母レスリーが亡くなり、一家は葬儀のため、そして母の最後のある“願い”を叶えるため旅に出る。葬儀の行われるニューメキシコまでは2400キロ。チョムスキーは知っていても、コーラもホットドッグも知らない世間知らずの彼らは果たして母の願いを叶えることが出来るのか……。 本作が2本目の長編監督作となるマット・ロスが第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞した、とある家族の姿を描くヒューマンドラマ。アメリカ北西部の山奥でひっそりと暮らしていた一家が、母親の死を弔うため、2400キロ離れたニューメキシコを目指す旅がつづられる。一家の長であるベンをヴィゴ・モーテンセンが演じる。 父親が子どものあれやこれやと生きる上での知恵を教えている。その結果、子どもは、知識が豊富だし体力もある。父親の思い込みで山の中で社会と関わることなく生きている子どもたち。しかし、社会に出た時には、それだけでは、生きていけない。山にこもっていては、子どもたちの、社会性は身に着かない。父親の身勝手な思い込みに腹が立った。映画のように極端ではないけれど、思い込みで子育てをしている親は、けっこういる。お父さん役のヴィゴ・モーテンセンは、アカデミー賞の★主演男優賞にノミネートされた。彼は、数ヶ国語が話せるという。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.05
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■2月27日(月)ワンガヌイ市は、ニュージーランド北島南西部に位置し、『ワンガヌイ(マオリ語で大きい港)』という名前のとおり、船による交易によって栄えた歴史ある古い町だ。ニュージーランドで最も古い町のひとつであり、歴史は1840年まで遡る。マオリ文化が色濃く残っている町。ワンガヌイにあるワンガヌイ川は全長290km、国内第3位の長さを有する川として古くから親しまれてきた。またまた、ワンガヌイ川はニュージーランドでも最も航行可能流域が長い川で、古くからマオリの人々もカヌーで行き来するなど重要な輸送ルートとしての役目を果たした。この川の水は、タスマン海へと流れている。ファンガヌイ川の東側にある丘がデュリー・ヒル。車でも丘の上に行けるが、エレベーターで行くことが出来る。シティ・ブリッジを渡りきったところに駐車場があり、その傍らにマオリ彫刻のゲートがあり、ここがスタートだ。ゲートをくぐってしばらく行くと、長さは 213m のトンネルになる。このトンネルの終点にエレベーター乗り場がある。るんです。エレベーターが上にいるときはベルを押せば降りてきてくれる。エレベーターの高さは66mで、所用時間は約1分。有料、2ドル。エレベーターで上に行き、丘の上からみたワンガヌイの町。なお、一般的なマオリ語で whanga(ファンガ)という単語を、この地方のマオリ族の方言では wanga(ワンガ)というのだそうだ。したがって、両者が混在しており、市と地方の名前としてはワンガヌイ(Wanganui)、川とその上流の国立公園の名前としてはファンガヌイ(Whanganui)が使われている。 ワンガヌイのB&Bは、古い建物だった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.05
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■2月26日(日)◆太陽のマーク。アールデコの町ネイピアは、太陽が降り注ぐ町だ。だから、道を歩いていると、太陽をデザインした下水のふたを見つけた。◆パニアの像。ネイピアにあるパニアの像は、マリン・パレード沿いの公園に立つ美しい少女の像です。パニアはマオリの伝説に登場する海の民の娘で、マオリの青年カリトキと恋に落ち、陸で暮らし始めました。カリトキが戦争に出て留守にした際、パニアは海にいる家族を訪ね、再び陸に戻ろうとしたところ、海の神の怒りを買って海中の岩棚に姿を変えられてしまったといいます。パニアの像は公園の噴水のそばにあり、ネイピアの記念撮影スポットにもなっています。■アールデコ・ウォーク■の前に青い海と青い空を眺めていたら、日本人夫婦に声をかけられた。私たちの同じくらいの年齢で、定年退職したので、夫婦で車でNZをまわっているという。南島と北島を6週間かけてまわるそうだ。仕事で海外にも住んでいたということで、英語に不自由しないのだそうだ。羨ましいかぎり。それにしても、ネイピアの空の青いこと!!アールデコ メイソニックホテル(Art Deco Masonic Hotel)泊■おまけ■アールデコ・ウォークで見た照明が美しかった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村
2017.04.04
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■2月26日(日)アールデコ メイソニックホテル(Art Deco Masonic Hotel)歴史的なアール・デコ建築のMasonic Hotel Napierは、太平洋を見渡せるウォーターフロントに位置し、無料Wi-Fi、バー2軒、レストラン2軒を提供しています。Art Deco Masonic Hotelはネーピアの中心部にあり、ホークス・ベイ空港から車でわずか10分、マリン・パレードのメインストリートから徒歩2分です。向かいにMTGホークス・ベイとアール・デコ・センターがあります。それぞれ内装が異なるスタジオとアパートメントには、薄型テレビ、小型冷蔵庫、紅茶/コーヒーメーカー、モダンな専用バスルームが備わります。ほとんどの客室から、海を見渡せる広々とした屋上バルコニーにアクセスできます。Emporium Eatery and Barでは、美味しいシェアプレート、ビュッフェ式またはアラカルトの朝食、ランチ、ディナー、地元で焙煎されたコーヒーを提供しています。この宿泊施設はネーピアで最高のロケーションと評判!この都市にある他の宿泊施設と比べて立地条件抜群です。ネイピアには2月25日と26日の2泊したが、26日は、 アールデコ メイソニックホテル(Art Deco Masonic Hotel)。このホテルも、1931年の地震で全壊した。地震がおこるまで、ネイピアには3軒のホテルがあったが、当時から今も残るのは「アールデコ メイソニックホテル(Art Deco Masonic Hotel)」だけ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.03
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■キャッツ☆劇団四季■満月が青白く輝く夜、街の片隅のゴミ捨て場。たくさんのジェリクルキャッツたちが、年に一度開かれる"ジェリクル舞踏会"に参加するため集まってきます。人間に飼い馴らされることを拒否して、逆境に負けずしたたかに生き抜き、自らの人生を謳歌する強靭な思想と無限の個性、行動力を持つ猫、それがジェリクルキャッツ。 4月1日、下の娘、レイと劇団四季の「キャッツ」を見てきた。今から20年以上前に見たけれど、久しぶりの「キャッツ」。舞台はもちろん、客席の近くの壁にも、靴や生活用品がいっぱい。それも、大きいサイズ。猫の目から見たら、こんな感じになるのだろう。「キャッツ」は有名なミュージカルだけれど、作曲はアンドルー・ロイド・ウェバー。代表作に『ジーザス・クライスト・スーパースター』『エビータ』『オペラ座の怪人』などがある。1948年3月22日(69歳)というから、私と同じ世代ではないか!! 会場のあちこちから猫が現れるという楽しい演出。Musical (マジカル)猫のダンスは、一流のバレエダンサー、流石、劇団四季。いやー、久しぶりの舞台は楽しかった~♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.03
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■2月26日(日)■ニュージーランド・アールデコの町、ネイピア2日目。■◆◇◆アールデコ・ツアー◆◇◆は、ネイピア観光の目玉。ネイピアは1931年に起きた大地震で街のほとんどが崩壊し、再建された歴史を持っています。その際、当時流行していたアールデコ様式の建築物が多数建てられ、現在もその街並が保存されています。こうした美しい建築を見学することが「アールデコ・ウォーク」です。アールデコ・ウォークをするには観光案内所i-SITEで地図を購入するのが便利です。さらに深い歴史を知りたいならアールデコ信託協会が主催するガイド付きツアーに参加しましょう。◆◇◆アールデコ・ツアー◆◇◆◆開催時間:モーニングウォーク10:00~、バスツアー11:30~、アフタヌーンウォーク 14:00~、イブニングウォーク(夏期のみ)17:00~(集合は開始時間の15分前)◆ 料金:大人$17~◆ 集合場所:モーニングウォークi-SITE、バスツアーArt Deco Centre、アフタヌーン /イブニングウォークArt Deco Trust◆主催:アールデコ信託協会Art Deco Trust◆アールデコの町、ネイピア2日目、「アールデコ・ツアー」に参加した。集合場所は、Art Deco Centre。ガイド氏が参加者に、出身国は?と聞き、参加者が答えたイギリス、オランダ、ドイツ、オーストラリア・・・そして日本から私たちといろんな国の人がツアーに参加していた。ガイド氏は様々なことを教えてくれた。私の英語が完ぺきではないので、分かったことだけをメモしておく。*1931年の地震で、町が壊滅状態になったネイピア。 壊滅状態からの復活だったからこそ、電線の地中化がNZで一番早かった。*マオリの文様をあしらっている天井。*ネイピアの地震の前の建物は、こういうこのが多かった。ツアーの最初にArt Deco Centreで説明があり、ツアーの終わりにも、お茶を飲みながらビデオを見た。▲T&G Building。■2月26日(日)■■ネイピアで泊まったのは、町を代表すホテルアールデコ メイソニックホテル2 Tennyson Street Napier, 4140・・・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2017.04.01
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