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もう後三日で今年最後のカウントダウンが始まりますね。 皆さんは、今年は良い年でしたか?それとも、楽しい?嬉しい?悲しい? まぁ、沢山の事が起こったり、びっくりしたり、と、毎年違うシーンが 繰り返されていた事でしょう。 今日は今年のパルムと風花を振り返り、「ある日の一日」を追ってみました。 ぱるむ「お前さぁ、最近ウンチ臭いよ。もっとちゃんとウンコ玉で隠せよ」 風花 「隠してるもぉーん。パル兄だってスカシッ屁、やってるじゃん」 ぱるむ 「え、や、やってないもぉーん、だ」風花「さぁ、どうだかね」 もっと実の有る話かと思えば、何の事は無い、お互いの臭い話だったらしい。 気がついたら、いつの間にか二匹が一緒に居たりします。 風花が、FAXの線やら加湿器の線で遊んでいるのを、パルムは面白そうに 見ています。風花 「この線は、電話の線でちょ」 ぱるむ 「そんな事してたら、パパに叱られるよ」風花「平気だもぉーん」 ぱるパパ「おいおい、そんなので遊んじゃ駄目だよ」 風花 「わたち、知らないっちょ」 ぱるむ「僕だって遊んでないでしよ」 風花「あら、さっきパル兄がこの線で遊んでいたでちょ」 ぱるむ 「嘘だよぉーー!!パパァ、フゥちゃんは、嘘つきだぁーー」 ぱるママ 「あら、やだぁーー、フゥちゃんたら、またママのパソの前で 寝ていたのぉ~。早く降りて降りて。パソ使うんだから」 風花 「あら、やだぁーー、って・・・わたちの方が先に寝ていたのよ。 ママは後からなんだから、もう少し待って欲しいわでチョ」 ぱるパパ 「あれぇ??ぱるむは、何処に行ったのかなぁ~」 ぱるママ 「さっき、悪戯をしたから叱ったら、パパの机の横でフテ寝してるわ」 ぱるむ 「ふて寝じゃないやい。眠くなったから、寝てただけでしぃ。プン」 ぱるママ「ちょっと、そこの縞猫。女王様の手を綺麗にしなさい」 風花 「女王様って、誰がでちゅ?ママなの?ふーん、女王様って綺麗じゃないのね」 ぱるママ 「綺麗じゃなくて、悪かったわねぇーーだ」風花「大人げないのね、ママ」 そう言いながらも、二回程ペロペロしてくれました。 ぱるむ 「フゥちゃん、ちょっとウンコ臭いでしよ。綺麗にしないと駄目でしぃ」 風花 「ちょ、ちょ、ちょっとぉーー!!触らないで、近寄らないでぇー!!」 風花 「あちょーーーーぉ!!風花の両足蹴りだっチョーー!!」 ぱるむ 「何してるの? 蹴りって、全然痛くも痒くも無いでしよ」 風花 「く、くそぉ~。このまま黙っていないわでチョ。何時かやっつけてやるぅ」 風花 「とか何とか言っている内に、一年が過ぎて行くんでチユね」 ぱるむ 「あん?なんでしか?一年って。今日の次は明日、でしよ」 風花 「あぁーーあ、またこのおバカなパル兄と、暮らすのかぁ~」 いつもぼやいている風花ですが、パル兄が居ないと、大声で部屋を探し回るんですよ。 風花のご挨拶でしぃ。 「今年もママが甘い物を食べ過ぎて、唾液がベロベロ出たりして、まったく学習機能が 無い人でしが、来年もまた宜しくお願い致しますでチュ!」 それでは皆ちゃま、良いお年をお迎えくださーーい!!でチュ!! ぱるむ&風花…でちた。
2006年12月28日
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今年のクリスマスは、とても変なクリスマスイブだった。 イブの日の朝、突然旦那はんが「買い物に行こう!!」と言い出した。 こんなに早くから、何言ってんの、このオヤジ、って思ったけど こんな日に出掛けるのは、きっと何か有るのかも、と思って支度をして出掛けた。 部屋に居る時から、外は猛吹雪で凄い状態。こんな時に出掛けなくても、と 心中思ったけど、車は行く行く、まだ一度も行った事が無い「東急ストアー」に。 客なんかいるのかなぁ~、と思っていたが、居た居た、物好きな人達が一杯。 でも、思った程、良い品物が無い。なんだぁ~、近くのスーパーでも良かったのかも、 と考えたが、後の祭り。知らないスーパーだから、何処に何があるのか、さっぱり 解らん。あっちをウロウロ、こっちをウロウロ、で、迷路を彷徨っている感じ。 「ねぇ、ケーキ何処にあったっけ?」「いや、まだ見て無い」 短い言葉だけしか発しない二人は、黙々と歩いていたが、とうとう疲れてしまって、 「もう終わりだ。さぁ帰ろう」という話に・・・。 私は内心「えーーー!!今年はケーキ、無いんですかぁ~」って言っても、 旦那はんは、聞こえない振りをしているのか、そんなもん食わなくてもいいわい、と 思っているのか、とうとう何処のケーキ屋も寄らないで帰宅してしまった。 その夜は、イブだと言うのに、今世紀最悪なクリスマスイブになってしまった。 刺身はヨレヨレ、鳥の足が一本ドサッと皿に置いてあるだけ。ポットバイは、クリーム シチューが失敗してまずいしぃ、パイ生地はパンの様になり、まるでカチコチ・・・。 私はひたすら、それらに目をくれず、枝豆とビールだけを飲んでは食べ、の繰り返し。 早くこの忌まわしいイブが終わってくれるのを、神様にお願いしたい位だった。 しかしぃ、事態は一向に進展しない。 25日のクリスマスの朝は、とうとう、つまんない事で喧嘩になってしまった。 我が家の旦那はんは、喧嘩をしても三歩程歩いたら、忘れる性質らしい。 お昼に来たメールには淡々と「会社で出張があるかも」という内容で、 「朝、喧嘩してしまってごめんね」みたいな言葉は、何一つ書かれていない。 ますます怒り心頭の私は、「自分が悪かった、と思ったら、ケーキの一つくらい 買ってくるものよ」と返事を書いた。メールを読んだような感じも無いから きっと見てないのかも、と当てにしていなかったがぁ~。 帰宅した旦那はんの手に、四角い箱がぁ・・・・・!! もしかしてぇ~、ケーキかしらぁーー、と浮き立つわちき。 それは確かにケーキだった。それも、マダムミクニという高級なお店のケーキ!! 小さいけど、それは「私は高級よ」って、すました顔をしたプリティウーマンの ような華奢なケーキだった。一口食べると、甘すぎなくて丁度良い甘さ加減。 いきなり我が家は、クリスマスよもう一度、の世界に変身してしまったのだった。 旦那はんは、4年目にして解禁になったシャンパンを一本飲み、なおかつ カボチャ団子のお汁粉を食べ、牡蠣とタラの包み焼きを食べ、ポテチを ガバガバ食べて、濁り酒を飲み、を繰り返して、とうとうヘベレケに 酔っ払ってしまったのであった・・・。 そうだよ、こういう日は、パァーーッと飲んで踊って歌って飲んで、って ぶっちゃけて楽しめば、日頃のストレスなんて吹っ飛ぶのにさぁーーー。(ーー;) 酔っぱらいの旦那はんは、大声だ歌ったりして、五月蝿いのなんの、って。 でも、家で騒いでいたって、誰に迷惑掛ける訳じゃないし、と黙認する事に。 しかしぃ、酔っぱらいって五月蝿過ぎよーーぉ。もぉ、静かにしろー!!って。 私は可愛いケーキに乗っているルビーのようなイチゴを一個だけ口に入れた。 このケーキの半分とは言わないけど、少しは食べれるように・・来年のクリスマスに 期待しよう、と心に誓ったパルム(めぐっち)であった。 しかしなぁ~、来年のクリスマスまで、まだ一年有るしなぁ~。 気長に待つとすっかぁ~。ではでは、皆様、来年もどうぞ宜しくぅ~。 まだ今年も続くのらぁ~。
2006年12月26日
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長らくご無沙汰していたでしぃ。 ママの出番が多すぎて、僕や風花の出番がなかなか回って来なかったので、 皆さんに忘れ去られているよな~、って 風花と話していたんでしぃ。 でも、今回、展示会で疲れはてているママが特別に僕のブログを書いて くれるようなので、超!!うれしぃーーでっす。 しかーし、件名が良くないでしねぇ~。なんでしか、あの「雪中ゾンビ犬」っつうのは!! ま、ママに文句を言っても、シカとされるだけなんで、僕の朝の優雅なお散歩の 様子を見てくらさーーい。 まずは、公園に入る前に瞑想にふけるのら。って言うのは嘘でしよ。 僕の朝は、いつも早い・・と書きたいけど、いつも遅いんでしぃ。 それは、パパが何時も出張から帰って来たら、次の日の朝は疲れている からだ、と思ってまし。でも、今日は雪も一杯降ったので、嬉しいでしぃ。 まず・・・僕が先発隊として先に行くでしよ。今日は誰もまだ来てないようでし。 パパは僕の後から付いて来てくらさいよ。危ないでしからね。おっし、行きます!! パパ「何でそんなに気合を入れなきゃ駄目なわけぇ??」 よしよし、今日の初入りは僕だじょー!!うん、気分上々♪~、天気も上々♪ パパ「何だよぉ~、呑気に歌っているばやいかよ、パルム」 パパぁ、静かにしてよ。気が散るじゃん。 おおーー!! ハチカマドも綺麗でしよ~…パパ? パパ 「え?ああ、今寝てた・・・」 立ってでしかぁ~。(;¬_¬) ぁ ゃι ぃ パパ 「あっと、パルムの言ってるこの木は、ナナカマド、って言うだよ」 えーーあーー、ゴホン、ゴホン!!言うだよ、って田舎ナマリがきついね、パパ。 ま、何処にでも間違いや、キチガイは居るんでしから、気にしない、気にしない。 その時、突然パルムが雪の中に顔を突っ込んでいるではないか!! パパ 「ぱる、ぱる!!何してるの!!早く顔を出しなさい、って!!」 \(`o'") こら-っ とうとうパパは心配のあまり、怒鳴りだしてしまったのら。 いやはや、すまんこってす。雪の下に何か有るか、って思って潜ってみたでしぃ。 パパ 「いつもママが居ても、潜るのか?」 うん・・・ママは僕の雪潜りを見るのが大好きでさ、いつも「あ、パルムが 雪中ゾンビ犬になったぁ~。(^-^)//""パチパチ」って大喜びでしよ。 パパ 「ママの趣味、変わったのかなぁ~」 あ、夜明けだぁ~。空が明るく成って来たよ、パパ!! そしてぇ・・・お腹も空いて来ちゃったねーー。 パパ 「そうだね。もうそろそろ帰るか?ママも起きている頃だから」 空はしらじらと明けて、今日もまた長い一日が始まる。 パルムは思った。このまま、ずーっと冬だと良いのになぁ~、と。 しかし、それだと困るのだよ、パルム。もし良かったら、南極に送ってあげても いいのだけど、それならママが烈火の如く怒り狂うだろうからね。 長い冬だから、それなりに楽しく遊べる日も長いよ。さぁ、帰ろうか。 その頃ママは・・・「うるさーーぁーーい!!風花ぁーー!!ギャアギャア泣くなぁ!!」 とお布団の中で怒鳴っていたのであった。 「\(>oo
2006年12月19日
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やっと展示会に出す陶器の搬入が終わって、ホッとしています。 何たって展示場の中がどうなっているのか、さっぱり解らない状態でしたから、 旦那はんが行って、帰宅してから「あれだと少な過ぎて、全然駄目だぁ~」との事。 急いで次の日の朝、リュックに一杯、家に有る陶器を入れて出掛けました。 私も気が気でなくて、病気に成ってから一度も行けなかった札幌の街の ど真ん中に行って来ました。あぁ~、凄い久しぶりだけど、街並みは殆ど 変わってないんだなぁ~、って思って歩いていたら、札幌駅の所だけが 異常に大きいビルになってました。しかし、そんな事に驚く暇も無く、 大同生命ビルに入り、まるで迷路のようなホールを、あっちに行ったり、 こっちに戻ったりしながら、やっと辿り着いた時は、最早12時でした。 陶芸を始めてから、初めての展示会ですから、気持ちが高ぶって ゆっくり見ている余裕が有りません。次から次へとお客様が来てくれて まだ平日だと言うのに・・と、有り難い気持ちで一杯でした。 でもね、自分の作品が飾られている、っていうのって、気恥ずかしい、って 言うか・・・、照れくさいって言うか、なんとも言えない妙な気持ちです。 教室の生徒さんは、5人くらい交代で来るようになっているのですが、 私はまだ長い時間、その場所に居る事が出来ないので、16日の午前中だけです。 これが私のブースで、最初は花器だけだったんですよ。でも、あまりにも ポツンと一個だけ、っていうのは、バランスが悪い、という事で、後から 旦那はんが家から持って来たお茶碗などで隙間を埋めてくれたのです。 そのおかげで、ちょっとは見栄えが良くなったので旦那はんに感謝!! でもさぁ~、いくら急いでいたって、お茶碗二つ重ねるのは、あんまりじゃない? ま、会社に行く途中で寄ってくれたから、許そう。(ーー;) こっちが、旦那はんのブースです。彼はお猪口を作るのが大好きで、暇さえあれば お猪口ばっかり作っているのよ。目標は500個なんですって。 まぁ、自分の好きな物が作れるように成ったんで、楽しみも倍増したようです。 今は仕事の次に「陶芸オンリー」ですよぉ。毎日、パソコンばっかり睨んで いたのが嘘のよう。私よりも新しい物を作るが早いので、内心「やば!!」よ。 これが私達のブースを全体的に写したものです。上に掛かっているのは、旦那はんの 渾身の一撃、じゃなくて、一作で、色ガラスを使った陶板です。 ちょっとフォトが小さくて、綺麗なグラデーションが見えないのが、残念ですが、 自分で考えて此処まで出来た、って言うのは、私には驚きです。 やっと一年経ちましたが、毎週出張の嵐だったので、一ヶ月に二回、もしくは 一回の時も多々有ったのですが、短い時間の中で頑張って来た甲斐が有ったと 思います。よく放り投げないで続けられたなぁ~、って身内びいきですが、 とても嬉しいですね。 と言う事で、15日から19日までの間に、どれくらいのお客様が来て下さるか、 まだ未知数で解りませんが、ちょっぴり自分の作った物に自信が持てた日でした。 来年の今頃、私と旦那はんが何処まで上達しているかが、今からとても楽しみです。 ブログで応援してくれてる皆さんに、感謝します。 どうも有り難う!!そして、これからも宜しく、でっす!!
2006年12月15日
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つい一週間前から、一冊の本を買って読み出した。 今、映画化されている東野圭吾の「手紙」である。私は原作があると、必ず 原作から読むようにしている。何故か、と言うと小説では細かい描写で書いて いるが、映画だと色々な部分を端折って描かれるからだ。 最初の読み出しの部分で、大体概要が見えていたような気がしていた。 しかし、それは私の思い上がりだった。 弟想いの兄が、仕事で一度訪れた事が有る豪邸に、泥棒に入ろうとして ドジを踏んでしまう。それは、兄の剛志が老婆が住んでいる豪邸に入って 金目の物を盗み、そのまま逃げれば良いものを、テレビを付けておまけに 弟が好きだと言っていた「甘栗」の袋に目が眩んだのか、それも取ろうとして 起きて来た老婆に見つかり、ついに殺してしまう羽目になる。 弟を大学に入れたいが為に殺人犯になり、刑務所に入れられたから、と言って それで終わりでは無い。弟の直貴は、その事件以降、すべての未来と、行くべき道を 閉ざされる事になろうとは、予想だにしてなかっただろう。 会社での面接試験の際、必ず聞かれる「ご兄弟は今、何をしているんですか?」と 聞かれる度に、直貴自身の未来は、厚いコンクリートの壁に阻まれるように 閉ざされてしまうのだ。誰と付き合っても、相手の両親に素行を調べられ、殺人犯と して服役している剛志が浮かび上がって来て、直貴の道を寸断してしまうのだ。 私は今まで、殺人犯の兄弟とか、両親とかが被害者の家族に謝っている姿を 見た事が無い。見えない所で、謝罪しているのだろうか、とも思ったが、何故か そういう場面に出くわした記憶がまったく無い。 交通事故の受刑者もそうである。 幼い子供が跳ねられ死亡した、という事件は後を絶たないのに、肝心の犯人は 仏前に花を持って謝罪に行った、という話は聞いた事が無い。 その頃には、もう牢獄に入っているからだろうか・・・。 しかし、そう思うだけで、私は得も言われぬ憎しみの気持ちが沸いてくる。 なのに、子供を失った両親は荒ぶる事も無く、淡々と逝ってしまった子供の 話をしているのだ。何故?何故、相手を詰って怒りを露にしないのか。 これも日本人特有の気質なのであろうか。 話が反れてしまったが、「手紙」は、殺人を犯した兄と、その弟。直貴の物語 である。しかし、私たちは、犯罪を犯し贖罪の為に刑務所で服役している兄と、その 煽りをくって、ちゃんとした職場に就職するのにも難儀している弟に、理不尽な苦しみ を見てしまう。犯罪の罪は、ずっと続くのだ。直貴には罪は無いが、殺人犯の兄を 持ったせいで、自分の道が一変して茨の道となり、掴めそうなツルさえも切れて しまう。自分が直貴だったとしたら、私はどうするのだろう・・・。 きっと兄を責め、獄中で手紙を書いて寄越す兄に、腹立たしい気持ちで・・・、 でも、きっと書いた手紙を捨て切れずに、悶々とした毎日を送るのだろうか。 物語は、直貴がバンドを率いる寺尾と親しくなる。日常、直貴の毎日は うっとおしい梅雨の日ばかりの日々だった。 しかし、寺尾と知り合う事によって、バンドに入ってメジャーになれる、という 未来が見つかったのだ。直貴の寂しく悲しい毎日は、一変して、未来に希望を 持てる、という予感さえ感じられた。 しかし、それも音楽プロデューサーの調べで、直貴に殺人犯の兄が居る事を 知られてしまい、バンドから外される事になってしまう。 どの道を行こうとしても、道は直ぐに寸断されてしまうのだ。 殺人犯の兄が居る限り、自分が生きて行ける糧は無い。 そんな絶望的は状況に、少しづつ変化が起きて来る。 人間って、そんなに弱くないんだよ、という作者のメッセージのように・・・。 一時は兄との絶縁を決めて、手紙を出した直貴だったが、寺尾の言葉に、 直貴の心は、春の雪のように兄への憎しみが解けて行く想いがした。 寺尾のバンドで、刑務所を訪問する事になった直貴は、そこに兄が居る事を 知る。直貴は問いかける。「兄貴、俺たち、どうして生まれて来たんだろうな」 解説で井上夢人が書いている。 この物語は、故ジョン・レノンの「イマジン」の中の歌詞で 「すべての人達が等分に分かち合える世界を思い描いてごらん」と歌っている。 そして「絵空事だと言われるかもしれないけど、いつか君も僕たちに加わって 世界が一つになる事を願っているんだ」と。 この解説には、とても面白いメッセージが書かれているのだが、ここでは 抜粋しないでおく事にする。 しかし、実際は、イマジンの歌のようには行かないのである。 それ所か、直貴の生き方すべてを否定してしまう事になる。 それは、「君なら、そうなったら、どうするんだい?」と問いかけている ようにも思える。実際、本人の気持ちに成る事も無理だし、想像する事さえ 難解な問題なのだ。それを作者は、私たちに問いかけているのだ。 そう、自分達にはまったく関係無い、と言い切れるだろうか・・と。 最初から最後まで、重い内容で終焉するが、本当に私達は、このままで良いのか、と 言う疑問と不安を感じるのは、私一人では無いように思えるのである。 すっかり「手紙」に嵌まってしまったが、今も悲劇は世界中で繰り返されている。 「国なんて無いと想像してごらん。そうすれば、ありもしない国の為に 殺し合う事もないじゃないか」 実際読んでみて、重いどころじゃない物語だけど、救われる部分もあるので 一読して見て下さい。そして、映画の「手紙」と見比べてみるのも、理解 出来る下地になるのでは、と思っています。
2006年12月12日
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忘年会だったのだぁーー!!今年こそは飲めたら、と思ったけど、 まだ無理みたいなので、食い気に走りたい、と思っていた・・がぁ!! 毎年恒例の忘年会。今年は送迎バスなんぞで、送り迎え付きだったの だげどぉ、私と旦那はん、陶芸の友達の旦那はんが送ってくれる、って事で 他の人達とは別行動。それが遠回りになってしまって、かえって遅れてしまう 原因になってしまった。まぁ、送って貰ったので、文句は言えないのだがぁ。 店は、賑やかな通りに面している所だった。 料理のお品書きも回ってきたけど、なんかぁーーアンバランスな献立だなぁ。 鍋がコンロに乗っかっているみたいだけど、殆ど沸騰してない状態。 でも、刺身の皿とかはあるけど、それ以外の物は・・・ない!! お腹空いたなぁ~、と思っていたら、小さいパンの上にチーズと何かを 乗せた「ペスカトーレ」みたいな物が、お皿に載って来た。 みんなお腹が空いているのか、あっと言う間に無くなってしまう。 「何だろーな、ここの料理って、和洋折衷っていうか、チーズ賭けの おかしな料理が多いんだな~」 ぶつくさ言ってると向かいに座ったNさんが、「ちょっとぉ、此処の料理って 食べるもん、ないじゃない。揚げたポテトがちょっぴりと、鳥の肉を小さく 切ったのを揚げた物とか、もっとお腹に入る物を持って来て欲しいわね~」と のたまう。私もそう思った。これだと、子供で直ぐ食べちゃえる量だもんね。> そうこう言っている内に、恒例のビンゴ大会が始まった。 私の感想では、今年のよりは去年の賞品の方が良かった、って気がする。 賞品云々というよりは、みんなビンゴの当たり外れで、大盛り上がり!! 自分が欲しくない陶器は、「はい、貴女にあげますぅ」とか、若い子が 横の子とか、前に座っているオバサンに、押し付けているのが可笑しい。 まぁ料理は、ちょっとお粗末だった気がするのよ。 考えてみれば、安いのが災いしたみたい。飲み物はワインでも、チューハイでも 何でも飲み放題なんだけど、飲めない人は、やっぱり食欲に走るでしょ。 でも、若い子は飲めたら良いわ、って感じで、オバサン連中は、つまみが 足りない、と(`ε´)ぶーぶー!!もぉ、枝豆でも、ポテチでも良いから 何か持って来てよぉ~、と言っている内に、「もつ鍋」が沸騰して来た。 普通、鍋物ったら「たら鍋」とか「カニ鍋」とかあるじゃん。 なんで「もつ鍋」なのよぉ~。奥さん連中はブリブリモード。 内容的には、海老と貝柱、白菜、クズきり、ムール貝、っつう変な物も 入っておりやした。でも、これだって、六人に一個の鍋の内容にしては お粗末。最後に出て来たのは、シャーベットと、お鍋の汁に入れる小鉢一杯の ラーメン・・・。これって、なんじゃい!! ラーメンの本数を数えて分けなければならない程、少ないのだよ。 後は一人辺り三個くらいの生寿司で、食べ物はNOTHING!! 楽しい忘年会ではあったが、反面、食べる物については寂しい晩餐会みたいだった。 先生と他の何人かは、また夜の繁華街を飲みに行って忘年会はお開きになった。 確かになぁ~、2500円が食事代なら、後の1500円は飲み放題の分だから あの程度の料理に成るのは、仕方がないのかもぉ~。 でも、もうちょっと呑み助の事ばっかり考えないで、飲めない人の事も 考えて欲しかったな、と思っておりまする。 呑み助は、食べ物には執着しないのよ。ただひたすら飲みまくるだけ。 帰りの送迎バスは、私の知らない街の一角で停まった。 私としては、夜の10時頃に知らない街を旦那はんと歩くのは4年ぶり。 今年こそ、何の障害も無く元気に成れたら、夜中で有ろうと朝早くだろうと 何処にでも行けるんだよなぁ~、とちょっと幸福な気分に浸れた時だった。 今回も、ビンゴ当たりの悪い私は、来年に向けてビンゴの当たりを もっと高くしないと駄目だね、と歩きながら旦那はんに言うと・・・。 「あれは確率の問題なんだから、練習なんてしたって無駄だよ」と 一刀両断に言われてしまい、どーんと落ちてしまったのだった。 でも、今日の夜はとても気分が良い。隣で歩いている旦那はんは、 胃腸の調子が悪いのか、あんまり話さなかったけど、 こんな夜中に二人だけで歩けている自分が、とても不思議だった。 次のイベントは、クリスマスだわぁーん。12月は楽しい事が一杯だわね。 それまでに、少しでも体力と免疫力、恒常性維持機能を高めないと。 頑張りますわん。 追伸 「展示会に出す花器の絵付けは、皆さんに好評で、嬉しい限りです。 また新しい陶器に、挑戦したい、と思っています」 それでは皆さん、良いお年をぉ~・・って、まだ早い、ってね~。
2006年12月10日
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最近っつーか、昨今と言うか、寒すぎて訳わかんなぁーーい状態!! 朝なんか氷点下ばっかしですよん。 もぉ、いい加減にせい!!と風花が怒っております。 実は・・・今日は、とても怖いお話です。 と言っても、ネタは私の漢方の先生のメールが、発端なのですが、 それは遡って、あの温泉で浮かれていた日々の後に起こった悲劇に通じる話です。 お馬鹿な夫婦が、パルムを実家に迎えに行き帰宅した、その夜の事でした。 いきなり、旦那はんが体調が悪い、と言い出して、急に寝てしまったんですよ。 そう言えば、長い出張から帰って来たばかりなのに、次の日からあっちだ、 こっちだ、と行く所が多くて体を休める暇も無かったように思います。 だから、温泉に行ってノンビリとしたのは、したんですが、その後に あんな酷い事が起きるなんて、想像だにしていなかった二人でした。 8時くらいから、旦那はんが急に苦しがって、唸り出したのです。 もぉ、ライオンの遠吠えか、と思う程の酷い苦しみようで、私はびっくり!! 「どうしたの?どこか痛いの?」と聞くと、「頭が割れそうに痛いし、 気持ち悪い。体全体が抜けるような倦怠感で・・・」と言って七転八倒している ので、私はどうしたら良いのか、パニクってしまった程でした。 それは段々酷くなり、ついに這ってトイレに行き「ゲェーゲェー」と吐いて いる様子。「大丈夫!!」と呼んでも返事が無いので、もしかしてトイレで 倒れているのかも!!と思い、大声で「パパァ!!どうしたの!!返事してぇ!!」 旦那はんの声は聞こえず、無言状態。救急車を呼ぶべきか、トイレのドアを ダンダンと叩きながら、大声で「パパ、救急車を呼ぶよ」って言ったら、 聞こえたのか、「そんなの呼ばんでも良い・・・ウゲ(^◇^;)げろげろ~」 トイレからやっと出て来た旦那はんは、青息吐息で顔まで真っ青になっている。 しかし、恐怖は続くのである。寝ている旦那はんが、起きてソファに座って いたりして、その間中、唸り、叫ぶのである。地獄の底から轟く悪魔の声の様で、 それは朝方まで続き、旦那はんは精も根も尽き果てたのか、やっと寝ついて くれたのだった。 しかし、その狂気の一晩、私は一睡も出来ず、共倒れ状態だったのよん。 昼近くまで寝ていた旦那はんは、起きて来るのもやっとで、アイスとかゼリー などの喉越しの良い物しか受け付けず、お粥すら食べれない状態。 このままだと、体力も無くなって、寝てばっかりになるかも、と思って、 あの手この手で、何かを食べさせようとするが、まったく受け付けず。 三日後にやっと少しだけお粥が食べられるようになったのですが、まだまだ 本調子には程遠い。何でこんな事に・・と考えても、出張の疲れと温泉での ご馳走三昧でお腹を壊した、としか言いようが無い。 ようやく明日が出勤の日、という前日辺りで、やっと普通のご飯を半分ばかし 食べれるようになったので、ホッとしたのですが、二日前から今度は私の体調が 悪く成り出した。 もしかして、ヨーグルトにフルーツを入れたのを食べたばっかりにまた胃腸の 迷走神経を悪くしたのか、と疑心暗鬼になっていた所に、漢方の先生から メールが来てた。 「ご主人の容態の事ですが、それは今、大流行しているノロ・ウィルス のせいだと思います。嘔吐、微熱、倦怠感、などの症状がそのウィルスに罹患した 時と同じだからです。○○○さんも、体調が悪いと書いていますが、もしかしたら 旦那さんと同じノロ・ウィルスに罹患しているのかもしれません。同じ家に住み タオルとか食器とかから罹患する確立はかなり高いです。お気を付け下さい」 と書かれていました。ギョエーーー!!なんじゃい、ノロ・ウィルスって。 ノロ・ウィルスは子供がよくうつる病気の素らしく、健康な人なら絶対と言って 良い程、うつらないウィルスらしいのです。でも、免疫力が低下している人や、 慢性疲労を起こしている人には、簡単に発症してしまうので、罹患したら、 厄介なウィルスのようです。私ももしかしたら、もうウィルスに寄生されて しまっているのかもぉ~。いつも、こういうパターンなんだよね~。 毎年、一度から二度位、旦那はんが風邪を持って来て、明日は出張、っていう前日に 治って、次の日の朝に、私が風邪をうつされて、寝込む程の熱が出ても誰も居ない、 っていう悲惨なパターンなんだからぁ~。ほんとに一人よ、一人…。 熱が有っても看病してくれる人も居ない。フラフラに成りながら、自分でお粥を作る その侘しさ、空しさ、寂しさが一気に押し寄せて来て、熱が上がってバッタンキュー!! そんな状態に何度成った事かぁ~。でもね、どんなに仲の良い友達でも、呼べない んだよね~。だって、友達にまでうつしたら大変でしょ。(´へ`;)はぁ (まだ風邪は引いてないんだよね?)は?ええ、そうですけどぉ~。 やだーーぁ!!もしも、ノロが胃腸に入ったら、という想定で話しているんですぅ。 今時分の寒さに負けない免疫力を付けて、ノロまなウィルスなんか吹っ飛ばして しまいましょうぉーー、とは言ったモノの、私の体内にはノロが居るのかなぁ~。 こう書くと、昔見た「エイリアン」を思い出してしまうぞぃ。 9日の土曜日は陶芸教室の忘年会だと言うのにぃ・・・トホホホ 皆さんも、くれぐれもノロに襲われないように、疲労と寒さ対策をしっかりしてね。 わたしの運命は、神のみぞ知る・・・ってかぁ~。あんまりやーん!!
2006年12月06日
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此処2.3日は、快適に過ごせたんだけど、例の如く、いつもの悪い癖が出て来て、こっそりアズキアイスを食べてしまったのよ。 私は自律神経が悪いんだけど、厄介な事に胃腸もその時に悪くしたので、 ちょっとした食べ物でも、胃が悪くなるんすよ。 皆さんは、肉まんを食べる時、「これは多いから、半分だけ食べよう」とは 思わないでしょう? しかし、私が何も考えずに肉まんにかぶり付いたら、 後は、こうなります。唾液が異常に出て来る、ゲップも出て来る、もう口に 一杯になるくらい胃液が溢れ出るのよぉ~。 そして、眩暈と頭痛、動悸に悩まされる日々が始まるのです。 そうなると、食欲が無くなるので、お粥だけの食生活をするんです。 一日くらいなら、普通の人でも大丈夫でしょうが、それが二日三日と続くと もぉ、フラフラになって、食欲、って誰?私は何処?って感じになります。 人間って、三大欲を持っていて、「食欲、金欲、性欲」が一番人間の生きる 糧として君臨しております。私は、食欲に支配されていて、後は今更どうでも いいわ、って感じになっています。 そうよ、人間、口に入る物が一番大事な事なんですよね。 レストラン、コンビニ、ファーストフード、これらの食物をずっと 食べ続けていたら、普通に三食、きちんと食べている人よりは かなり短命だそうです。もう、そんなに長く生きたくないわ、って言う方は このコメントは関係無いので、お読みにならないで下さい。 「私の今年の懺悔録」 今年の失敗談、その1、カレーを作って二日間食べ続ける。胃腸が弱いので カレーに入っている香辛料が胃壁を刺激して、二週間くらい体調が悪くなる。 その2、旦那の実家から、大きなラッキョウを贈ってもらい、カリカリとして 美味しいので、漬物代わりに食べていたら、三週間くらい具合が悪くなる。 その3、冷蔵庫の奥に入っていた「さつまいもパン」を見つけ、日付も見ないで 食べてしまったら、胃の具合が急に悪くなり、二週間お粥生活だった。 こんなのは、まだ序の口ですが、あんまり書くと、笑われそうなので止めときます。 まだこの病気にならない時は、何も考えないで「小腹が空いたから、パンを食べよう」 なんて、しょっちゅうだったし、間食だって気にしないで食べていたし、駅から家まで 歩いていたし、バスに乗ったら動悸が酷くなるなんて事も無かった・・・。 でも今は、普通に生活している人を見ると、とても羨ましくなる。 私も以前は、あんなふうに夜も遊びに行けたし、映画にも行った。 何処かに行くのに、何の制約も無かった・・・。でも、今は少し歩いただけでも、 動悸や息切れがするし、頭痛や足が痛くなったりする。 不安感もまだ残っているので、ずっと歩き続ける事が出来ない、っていう 不便さは他にも沢山有ります。もぉー!!こんな生活はやだぁーー!! でも、こうなる運命だったんだ、と思う事にしています。 いつかは、以前のような自由になれる日が来るんだ、と信じて、今日も明日も生きて 行くのでしょう。あぁーー、焼き芋を一本丸ごと食べてみたぁーーい!! ちょっとした愚痴話を聞いてくれて、ありがとう。
2006年12月01日
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