今でも、いつか仏の加護で別れた両親にあえることを願って毎日参拝を欠かさない。
ところがいつものように杉の木のそばへ来てみると、幹に一枚の張り紙がある。それを読んだ僧正は、だれがこれを張ったのかと近習に尋ねる。
あたりには乞食の老婆しかいないと聞いて、僧正が老婆を連れてくるように命じると、杖にすがったみすぼらしい老婆がやってくる。
問われるままに自分が張り紙をしたと言う老婆に、良弁大僧正は「自分の身に起こったことと同じことが、その紙に書かれていたので驚いてよんだのだ」と話す。
すると老婆は自分の子供が大鷲に攫われた顛末を語り、「良弁大僧正の話を聞いて、もしや自分の子供ではと思って紙をはった」と泣き伏す。
良弁大僧正は老女に深く同情し、「何か身につけさせたものはないのか」と聞くと、「小さな観音像をお守り袋にいれて持たせていた」と語る老婆。
すると良弁僧正は幼い頃から肌身離さずもっていた守り袋を取り出して見せる。その守り袋こそ、菅原道真から拝領した香木を包んでいた錦を、渚の方が縫い直して我が子光丸に持たせた守り袋だった。
こうして30年ぶりにめぐりあった親子は抱き合って喜び、むせび泣く。「我が子にめぐり合えた上は故郷に戻って尼になり、夫の菩提をとむらいたい」と立ち去ろうとする渚の方を、良弁は自分の輿にのせる。
良弁僧正は仏の導きに感謝し、守り袋の観音像を本尊として故郷の志賀の里に寺を建立し、石山寺と名づけようと決め、母を乗せた輿とともに二月堂を後にする。
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