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私(ヤマモモの媼樹)の娘盛りの頃を、もう暫くお話ししましょうかいね~
といっても、そう大したお話しじゃありません・・・。なにしろ、の~びりした時代でした。丹波から続く山々が低い丘になり、その間を西国街道が通り、又低い丘を越えて、やっと人家がそこかしこに見え隠れしだしたその丘の端に、縁あって、育ったヤマモモの木のお話じゃもんですからね~。
ここらは、昔は、天領じゃったそうですが、その後、村の御領主は江戸詰の旗本様から 、配置換えで、御三卿さまの一ツ橋様になり、村人は名家の御領地を自慢しておりましたもんですが・・。
そんな訳で、比較的裕福な自作農家が多く、ここから淀川べりまで、ず~と田圃も続き、皆この雑木林の事など、見向きもせず、秋には向かいの丘の村の鎮守で豊作祭りを楽しみ、暑い夏の日暮れ時には、鎮守の森の下にあるお寺の境内での盆踊りが、ほんに楽しみでした。
世の中だ~んだんせちがらくなってきた折でしたので、「盆踊りは豊年一夜かぎりに致すべし」と倹約令も出ておりましたが、
娯楽のない頃でしたから、み~んな無視して、幾晩も々々も踊り続けたものでした・・
雑木林に住む娘盛りのヤマモモの私なども、遠くから精一杯背伸びして、踊り続ける人並みを、毎晩楽しみに眺めたものでした。
こんな唄じゃったのを少し覚えておりますが・・・・
「花よ咲くなよ蕾でおれよ 咲いて小枝を折られるなよ~」
「来るか来るかと待つ夜は来ずに 待たぬ夜は来て門に立つよ~」
「山がなければ丹波が見える 丹波恋しや山憎やよ~」
や~れやれ懐かしい事で・・・
続きはいずれ又近い内にお話しましょう・・