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経時の話で何ですが・・・
一昨年末、得意先の懇意な会社より、忘年会ゴルフコンペの員数合せに誘われ、仕事を多少やり繰りし、やむなく?サイパン迄出かけた事がある。(勿論自腹ですが・・・)
短期間で経費も安く往復するには、ご存知の通り夜行便で、到着はほぼ真夜中、気温は当然生暖かいので相室の人に空調を任せて睡眠。 ゴルフ好きな社長に促され、ぐっすり寝るまもなく、早朝よりシーサイドコースへ。
ハーフこそ、海越えショット等クリヤーしつつ、それなりに快調なペースでしたが、後半は段々腰がだるく重たくなり、おまけに歯も痛み出し、スコアもボロボロ。大げさに云えば這うようにしてホテルに帰り着き、ダウン。
翌日1R、当然キャンセルし、一人残された部屋で休養・・(昨夜のクーラー冷えすぎで体調崩したのが原因か??)といってこんな処で一人寝転がっているのもシャクだし、窓からホテルの庭向こうの海を眺めていると、遥か左手遠くに、あの広島・長崎に原爆を運んだ基地のあったテニアンの島影!!。右手のすぐ近くにも、以前来た事のある娘からお薦めあったマニャニャガ島?とか云う小島。
着替えて浜辺に出、現地人のボートに乗り波に揺られるてみるのもいいかと、珊瑚礁の七色の海へ・・・
程なく島に上陸するも、連れもおらず、周囲は、子供づれか水着ギャルばかりで場違いな雰囲気。やむなく帰りの迎え時間まで、島を一周する事とした・・
(これがかなりいい加減・・つまり本島の元乗り込んだ海岸ですぐ別の人を確保すれば、定刻通り来るし、いなければその時はその時と後で判った事だが・・それも一興・・)
最初に眼にしたのが、大きく破壊されたトーチカに空しく海を睨む呉工廠製の大砲と、周りの木陰に憩う水着ギャル達の構図
同じ、手持ち無沙汰そうなオジサンに、思わず感慨を話しかけたが「、『○×?※+/!&・・・」と韓国の方で???
どこぞ静かな海辺へと、歩を進めて、裏海岸へ、風の強さと共に撮った写真にはバンザイ岬がくっきりと・・
すれ違う二人連れのおね~さんに、「こんちわ」と云うとにっこり「ニダ!」と挨拶・・結構韓国観光客が多い・・
時間と共に、元の岸壁に戻ろうとして、椰子の木陰からテニアン島方面を一枚
海岸沿いには、旧日本軍の連絡・上陸用舟艇の残骸、その周囲には30サンチ以上はあろうかという米軍戦艦からの砲弾の破片が水辺に無造作に転がり・・昔むさぼり読んだ「太平洋戦記物」の構図がそっくりそのまま残されています・・・。
(帰国後調べてみると、この島は軍艦島と云い、米軍艦隊からイの一番に狙われたのがこの島の砲台だそうで・・)
帰りのサンゴ礁の海影にもゼロ戦らしき機影もあり、改めて、下調べもせず、線香一つも持たずに、単純にお遊びにきた、わが身を大いに反省!
ついでに言えば、最初に廻ったゴルフ場の谷やKinngfisher(南洋かわせみ)と呼ばれる鳥の群れる森影には島の形が変わるほど打ち込まれた砲弾のせいで、回収されぬままの兵士の遺骨が無数にあり、米軍機から別の種子を全島へ蒔き、サイパンの植生も替わってしまい、その上に土盛りし、芝を植え、彼等が犠牲のお陰の今日さえも知らずお遊びしているゴルファーの内、取り付き安いH氏の腰回りにでもぶらさがり、「オイ坊主!オマエハ下手糞ジャノ~」等と遊ばれていたのでしょうかね~
H氏等も田舎の母方の爺さんが亡くなった折、きっちり爺さんに「ヨウ来タナ~」とばかり、胸の上に座られ、金縛りにあった事がありますが、夜明け方で明るかったせいもあり、一人離れで寝ていた部屋の障子が開くわけでもなく爺さんが入ってきた雰囲気のその後でしたので、ちっとも怖くなく、笑いかけた位でしたが・・・
その半年後、形だけ靖国へ参拝する首相とは対照的に、両陛下がサイパン島慰霊にわざわざお出で頂き、誠に申し訳なく、有難いことだと思っております・・・。
来週末には台湾へ出張しますので、三十年振り訪問の珍道中?報告できれば・・と思っておりますが・・・。
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