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昭和20年代の子供の遊びや娯楽といえば、先ず「紙芝居」だった。
戦闘帽を被ったおっちゃんが各町内を巡ってきて、大体同じ時刻に、町内の同じ場所に自転車を止めると、
待ちかねた、要領の良い子が、おっちゃんから拍子木を奪い取り、カチッカチッと鳴らして廻る。小さい子はそれにもついてゆき、代わりに打たしてもらう・・
まもなく、大勢の洟垂れ小僧どもが、確か3円か5円だったと思うが、皆、手に握り締めて集まるか、金のない子は遠くの高い木や塀の上に登って見るかだが・・
おっちゃんは順番に弁当箱の水飴を二本の短い箸に巻きつけて金を受け取りながら渡す・・・
その頃、町内を拍子木を叩いて一周してきた子にも、最後に飴を渡し、只で見せてやる訳だ。
おもむろに、自転車の荷台の上の紙芝居の台を立ち上げ、前日、胴元から借りてきた紙芝居の講釈を始める。
演題は「三本指の蝙蝠男」とか「怪傑黒頭巾」とか、なかには軽い「恋愛モノ」もあって、ご近所のおっちゃん・叔母ちゃんも見に来ていた。
子供達は貰った飴を、二本の棒で器用に真っ白に成る程良く練り上げて、食べるとうまいといわれ、(要は少量を長持ちさせる時間稼ぎだろう・・)
ぺろぺろ舐めながら、鼻水すすりあげて、紙芝居に見入っていた。
中には器用な紙芝居屋もいて、大正琴の演奏付きでしゃべるおっちゃん等は中々人気があった。
「わしが特攻隊から生きて帰れたのはのはじゃな」「ふんふん」「要領じゃ、要領」「へえ~どんなん?」「いざ出撃するとじゃな~」「ふんふん」
「エンジンが調子悪いゆうてバンフして(翼を振って)隊列離れ、いかにも具合悪そうにエンジン絞って低空に落とし、頃合をみて引き返してくるんじゃよ」「ふ~ん!」
「それとか、敵機が現われると、急上昇して戦場を離れ、上から、高みの見物して帰ってきたりするんじゃ」「・・・」「死んだら何~もならんけな~」
と、嘘か本当か知れねども、そんな話で煙に巻いて、その又続きは明日々々」と次の町へ自転車漕いで出かけて行きよりましたが・・・・
次に大の楽しみと云えば、新聞社がやる、無料ニュース映画の夕べ・・
小学校でどこそこでやるらしいと、聞き込んできた、年上の子に、時には別の小学校区まで一緒に連いてゆき
昼間から、竿竹に映写幕を立てたり、スピーカー引き回したり準備しているのを飽きずに待ち、いよいよ日が落ちて暗くなる時分になると、
布袋から映画フィルムを取り出し、カーバイトの明かりを頼りにフィルムを取りつけ、街灯から引き込んだ電線に繋ぎ、ジーカタカタカタと廻りだすころには、もう廻りは「ひとやまのくろだかり・・・黒山の人だかり」
「こら!前の奴、座らんかい!」「見えんやないか」とか、怒声が暫く続くが、そのうち、トーキーのくぐもった声がしゃべり始め、一昔も前のニュースに引き込まれて皆静かに見入る訳だ・・・
お金を払って映画館に見に行くのは、母親と行くか正月に兄弟に連れていってもらうか、もっと高学年になって大きくなってからの事だった
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