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暫く振りで、このテーマ に戻る事ができたが、この間、「 靖国神社
」問題で国論が揺れている。
明治以来、先の大戦を含め、国富を増やすには、自国より軍事力他にて劣った国を併合するか、植民地化する事こそ、富国強兵の国の方針としてきた結果、
多大な犠牲を他国や自国民に強いてきた国としての慰霊のありかたの総括を、先延ばししてきた事により、(ある意味、 コイズミさんの大手柄
?でもあるが)今頃、その問題が噴出してきたものと思われる。
結論からいえば、先の大戦下では、日本全土が戦場であり、銃を持つ持たないに関わらず、共に時代を戦い、結果的に
各地で戦災で死亡した一般臣民やその他、沖縄のひめゆり部隊の女学生達、サイパン島でバンザイ岬に身を投じた数多臣民。
満州開拓団の犠牲者・戦時下にて銃後における過酷な労働や、市民を守る業務にて病に倒れた方も全て、英霊として、国や靖国神社は慰霊する義務を負うべきであろう。
廣島・長崎
の死者は特例としてその慰霊祭が行われて首相もお参りには来ているが、東京・名古屋・大阪爆撃時の日に合わせ、ひっそり慰霊が行われている遺族の方々には、
今のままでは首相以下、 プレスリーの慰霊には行くが、他は とても
お忙しくて?
、お参りには永久にきて頂けないわけで、その方々も一旦全て 靖国神社
側が旧厚生省に問い合わせるなりして、名簿他をお引き受けしてお祀りしてこそ首尾一貫した、国の慰霊場所となる訳ではないだろうか・・・
昭和27日本が完全独立する迄戦いが続いていたとする理屈は一理もあり、是とするが、それを通すのであれば、松本清張の小説で有名な「 黒地の絵 」にある如く、

小倉祇園太鼓の鳴り響く夜、 朝鮮戦争
の死地に行かされる為、集団脱走した黒人兵達の陵辱を受けた妻や女性達の犠牲者も同様に英霊である筈。
なにも天皇の兵士として登録されていた英霊以外にも、 松岡洋佑
・以下の文民まで英霊扱いするならば、そこの処は分け隔てなく合祀すべきで、
編者の選別行為に一点の思惑あれば何の意味もなき、神宮宮司の 歴史認識の思い上がりとしか
思えない。
実の処、昭和36~40年の東京在の学生時代にも勿論、H氏は一度も靖国神社に行った事がないし、
戦死された英霊に、感謝、慰霊の気持ちは大いに多とするが・・・傍を通りかかっても、お参りには行っていない。
( 少年老い易く )の前振りにも書いた如く、H氏の父は戦地には行けず、銃後の警防団として、体力を消耗し、戦後、即病没したが、同じ片親の子として、国からはその扱いに大差があることを小さい折に実感させられたからだが・・・、
小学生頃の子供心に、遊び仲間の子の父は戦死で、靖国神社参拝に東京見物を兼ね、国から費用が出て、うれしそうに旅行に出かけるのがうらやましく
「 何で親父は戦争で戦死しなかったか
?」と、母親に質問しては困らせていたものだった・・・・。
一種の僻み癖は以来、トラウマとなり、神前で亡き父に会える思いの方々には悪いが、上記の神社側の遺族の慰霊行為を私物化する事をやめない限り、今後も、行く積りはない。
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