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戦後まもなくの事で正確には覚えていないが、我が家へ、母の一番下の弟が、暫く寄留していた事がある。
この 叔父さんはニューギニア戦線の生き残りで、末っ子のH氏を含め、男兄弟4人を集めては、生々しい戦場での戦いとその生き残りの苦労話をしてくれた。
極く最近、ニューギニア戦線の実態を調べてみると、それは、戦争というよりは、行軍と飢餓との戦いであった事が判る。
「 ニューギニアの安達二十三中将麾下の 第十八軍の当初の兵力は、三個師団と海軍守備隊を基幹とする 約十四万八千人で
陸続きと思った原始林のジャングルを伐り拓いて、 八百キロ以上の死の大行進をして、西へ西へと進んだが、
米軍の飛び石作戦の方が先に進んでしまって、アイタぺに兵力を集結し終えた時には、
第十八軍は完全に米軍の後ろに取り残されていた。日本からの船での補給は完全に遮断され、米軍から見てもはや戦力では無く、
太平洋と同じようなジャングルの海の孤島で、彼等の前に立ちはだかったのは饑餓と熱帯病であった。
戦後の資料によると、生還して日本の土を踏んだ者は 一万二千人であるから、実に 九十パーセント以上の兵士が無残にも命を落としてしまったことになる。」
我が家には父がいない関係で、夜毎せがんでせがんで話を聞かせてもらったが、叔父さんの話は子供心に良く染込み、大変な思いで、良く生き残って還って来られたな~と、尊敬したものだった。
前振りが長くなったが、その叔父さんが、引越す際に置いていった「ギター」が我が家に残り、それが、我が家の子供達が音楽へ親しむ全てのきっかけとなった・・
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