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もう泣いても笑っても今年も師走。
毎年、この時期の季節のニュースだが、山口県防府市の 鎌倉時代から伝わる防府市台道小俣地区の奇祭「 笑い講 」が今年も12月3日(日)、あったそうだ。
調べてみると、
「全国的にも珍しい笑いの神事、「 笑い講 」。市の無形民俗文化財にも指定されているこの祭りは、 1199年 、台道小俣地区を開墾した当時の農家、21戸が集まり、収穫の感謝と来年の豊作を占う神事として始められたのが起源となって 以来800年以上続く行事だそうだが・・・
現代は、12月の第1日曜日、この子孫21戸が講をつくり、毎年持ち回りで開催される。講員と呼ばれる出席者は、羽織はかま姿で現れる。
各自の席は、昔から定められた席順どおりに決められており、今日まで守られている。
鎌倉時代の貴重な遺風、風習が踏襲されているのである。お酒を飲んで、ほろ酔い気分になった後、上座と下座に対座する講員同士が、大声で3度笑い合う。
このとき、笑い声が小さかったり、心がこもっていないときは、講員の中の長老が瀬戸物の器を「カン」とたたき、何度でもやり直しをさせるなど、規律は今なお厳しいそうだ。
ちなみに、笑い声の 第1声は、今年の豊作を喜んで 、 第2声は、来年の豊作を祈って 、 第3声は、今年苦しかったこと、悲しかったことを忘れるため に 、という思いが込められている。」
とあったが、鎌倉時代の始まりは、源平合戦直後の1185年、源頼朝が鎌倉に幕府を開いて以来だから、武士階級は兎も角、支配される農民層は年貢を取り垂れられるばかりの辛い時代であったに違いない。
そんな折、表向、支配階級に不平不満を言う訳にいかない農民が、日頃のうさを晴らす為に、神事と称して、「 ワーッハッハ」 と笑いあう姿を想像するに、 日本の庶民のバイタリティーの凄い原点を感じる・・ 。
ある意味「 七人の侍
」の映画の最後にも出てくるが、お百姓が田植え歌を唄い、笑いながら逞しく生き抜き、その田圃道を戦い終えて、生き残った 志村喬演ずる「 勘兵衛」 以下の侍が村を去っていく場面すら思い浮かぶ・・。
南北朝・室町・安土桃山・江戸・明治・大正・昭和と、連綿と笑い講で、「 ワーッハッハ
」と笑いあつた内容はその土地に、どんな辛い天災や・事件があったのだろうか・・・
平成の御世とは云え、今尚暗い話題や、お上と言われる、お役人や政治屋さんの手前味噌な施政に日々ウンザリしている下々は、
これを見習い、馬鹿馬鹿しくも、大いに「 ワーッハッハ、々々、々々 」と笑い飛ばすのも、一つの処世の方法かも知れないと・・思い至った次第。
H氏も先ずは、今年も何とか日々、米の飯食べさせてもらったお礼に、「 ワーッハッハ 」
来年も商売繁盛を祈って、大きく、「 ワーッハッハ 」
まだまだ続く世相の嫌な事、お上のいい加減な施政の 腹立たしさに、辛抱たまらず、まだまだ笑い飛ばさずにはおれないので、このブログ上でも大いに笑おう・・・、「 ワーッハッハ
」
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