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元禄四年 、 九月二十八日 、 膳所を後にし 、 江戸日本橋橘町の彦右衛門方借家に帰着したのは 十 月二十九 日であったと云う 。
今ひとたび思い起こせば 、 元禄二年三月二十七日 奥の細道に出立する際の 、 有名な序文に
「 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして、旅を栖とす。 古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、
海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の空に、白川の関こえんと、そヾろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて取もの手につかず、
もゝ引の破をつヾり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先ず心にかゝりて、住むる方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、
「 草の戸も住み替る代ぞ雛の家」 ( くさのとも すみかわるよぞ ひなのいえ ) とある如く 、
深川の芭蕉庵も路銀に換え 、 奥の細道を周遊し 、 一年半に及ぶ大津など湖南を中心とした生活を終えて帰ってきたこの頃 、 生憎 住処は人手に渡っていたため 、 しばらくの間住む家が無く 仮住まいを余儀なくされた 。
「雛の家」というように芭蕉が立ち退いた後の芭蕉庵は 、 娘子のいる家族が移り住んだようで 。
江戸の弟子
杉風らが奔走して買い戻そうとしたが果たせなかったという
。
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