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曲水や本間主馬宅での歌仙など行事のある日々以外は、 義仲寺無名庵にて江戸から帰ってくる二郎兵衛を待ち、ひっそりと暮らしていた訳だが・・
長年 主の居なかった期間もあり、当然かなり荒れ果てていたに違いない
。
その義仲寺無名庵には一面雑草も生え
道ほそし相撲取り草の花の露
( みちほそしすもうとりぐさの はなのつゆ
)
や
この宿は水鶏も知らぬ扉かな
( このやどは
くいなもしらぬ とぼそかな
)
の句に詠み取れる
。
無名庵に夜の帳が下り 蝋燭を灯し
、
皿鉢もほのかに闇の宵涼み
(
さらばちもほのかにやみの よいすずみ
)
と
、
静かに宵涼みの時間を過ごしつつ
、
一人食台に向かう
老身の芭蕉の心情がほの透けてみえる
。
『 笈の小文
』 の旅中
、 芭蕉が美濃を通過したときに入門して以来の門人で
、 今は京に住む維
然と
、 同じく美濃生まれで芭蕉が幻住庵に入った頃入門した
破戒僧
? 支考
などの気の置けぬ弟子は
その僅かな間を惜しみ
、 孤独に浸る師匠を訪ね来て
、
いまや溜まり場になっている大津の医師の
木節亭に何度も
連れ出し
、 こじんまりと句会を持っては
、 芭蕉の無聊を慰めた
。 芭蕉もそれを喜び、
木節亭の四畳半の俳席で
秋近き心の寄るや四畳半
(
あきちかきこころのよるや よじょうはん
)
としんみり心情を吐露し
、 更にはその狭い四畳半に蚊帳を吊るし、
「 師匠
日の当たらぬ北壁は涼しゅう御座れば
」 と弟子どもの声に
「 如何にも
」 と 茶気たっぷりに応え
、 皆で足を揃え、ごろりと昼寝でもしたのか
ひやひやと壁をふまえて昼寝哉
( ひやひやとかべをふまえて ひるねかな
)
と詠み
心許す者のみに
安心立命の生身の境地を
見せる芭蕉であった
。
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