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February 24, 2010
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カテゴリ: 教授の読書日記



 一つは小谷野敦(こやの・とん)さんの『文学研究という不幸』(ベスト新書)。この著者、以前は「こやの・あつし」と言っていたのではないかと思うのですが、名前の読みを「とん」に変えたんですかね? 里見とんさんの評伝を書いたことと関係があるのかしら。

 で、なにしろこちらも文学研究を生業にしているだけあって、我が身の不幸とはいかなるものかと思って読み始めたのですが、この本、著述の大半が東大の人文系を中心とする学科所属の研究者総覧みたいな感じでした。

 で、とにかく驚くのは、さまざまなジャンルの研究者たちのことをよくまあここまで知ってるな(調べたな)、ということ。小谷野さんは最近、『翻訳家列伝101』(新書館)なる本も編著で(実際にはほとんど一人で書いているけれど)出していますが、とりあえず過去から現在に至るまでの日本の人文系・文学系の研究者が何をしてきたか、ということを実証的に検証する、ということに興味を持っているのでしょう。

 でまあ、そういうふうにずらっと研究者たちの業績を一覧しつつ、著者が言いたいのは結局、日本の学問の中心に位置すると思われている「東大」の、さらに中核をなす「本郷」なるところで、いかに学問が停滞しているか、ということですね。逆に言えば、少なくともここ三十年とか四十円くらいの間、東大の本丸たる本郷に受け入れられなかった研究者たちが、(その恨みもエネルギーに変えながら)いかに学問的にいい業績を上げてきたか、ということでもあるのですが。

 ま、そういうことを言うと、世間的には「なんだかスケールの小さい話だなあ」と思われてしまいそうですけど、実際、学問を生業にする人々の世界は小さいですからね。そういう個人個人の恨みがエネルギーとなって学問を前に動かす、ということは十分あり得る。一方、そうやって学問を前に動かしてきた人々から見ると、東大、本郷、何やっとんじゃ! と強く言いたくなるのも良く分る。

 で、またこういう状況を生み出す元凶として、「自分より優れた、あるいは派手に活躍しそうな若手を、後進として迎えたくない」という保身の心根が東大・本郷にはあると。それでいいのか、と。

 で、こういうことを提起する一方、こういう問題はいわゆる一流大学の間の話なのであって、問題外の大学で文学を教えることに意味はあるのか、という問題も、小谷野さんはあわせて提起しているんですな。

 たとえば、某私立大学の文学部では、ドイツ文学の授業として『アルプスの少女ハイジ』のアニメを見てその感想を書く、というのが半期の到達目標になっている、といった驚きの現状を紹介しつつ、学生のレベルも問題だが、もともと寄生的な学問である文学研究を、そんなところでまで教える意味があるのか、ということも問うているわけ。

 ということで、一生懸命文学研究しても東大・本郷のようなところには迎え入れられないし、三流大学の現状は悲惨だし、そもそも世間で役に立つというようなものでもない文学研究を、日本中の大学で教える意味も分らんし、文学研究なんてことに足を踏み入れた人々(自分も含め)は、不幸であるなあ、というのが本書の趣旨、ということになりましょうか。

 でまあ、読後の感想ですが、日本の大学の(人文系の)実情という点から言うと、少なくとも私の知るところでは、著者の言っていることはかなりの部分、当たっているんじゃないかと思いますね。

 ただ小谷野さんが、昔から文学研究で世間的に名を挙げた人なんかほとんどいないし、そういう意味では文学研究ってのはしがない商売であると。それにそもそも文学研究なんて寄生的な学問であり、またそれを研究している人間というのは実作者になれなかった人間であって、そのコンプレックスが、例えば「実作もする文学研究者」を疎んじる要因になっている、というような趣旨のことを言いたいのかな、と思わせるところがあるのですが、そこはね、それほどのことかな、という感じはします。

 大体、「文学研究なんて所詮、文学あっての寄生的な学問」という概念が昔からありますが、それを言ったらすべての学問は寄生的ではないかと。病気というものがあるから、どうして病気になるのか、どうしたら病気にならないのかを考える医学が出てくるわけで、その意味では医学とは病気に寄生する学問である、ということになる。経済学も同じ。経済学がなくても経済はあるわけでね。

 だから、医者が「どうせ俺たちは、病気に寄生しているだけなんだよな・・・」などと思わないのと同じく、たいていの文学研究者は自分たちが文学に寄生しているとは思っていないような気がするんですよね。

 もちろん、文学研究者ってのは基本的に文学が好きなんだから、自分のお気に入りの作家の作品を読めば、「俺もこんな風に書けたらな!」と思うとは思いますよ。私も含めて。だけど、それと同じことを映画を見ても思うし、ジャズを聴いても思うわけ。「もし『ビッグ・フィッシュ』みたいな映画が自分にも撮れたらいいだろうな」と思うし、エバンスのようにピアノが弾けたら死んでもいい、とも思う。

 もっと卑近な例を出せば、今、オリンピックのフィギュアとか見て、誰だって「あんな風にスケートが滑れたら気持ちいいだろうな!」と思うでしょ? 「金メダルを獲れなくてもいいから、せめて10位の選手と同じくらい上手に滑れたらな」って。「せめて」って、世界で10番目に上手に滑れる人に失礼な話ですが。

 だけど、当然、誰もが「せめて」オリンピックの10位の選手と同じくらいに滑れるわけではないし、そのことをコンプレックスとして抱え込むこともない。それと同じで、別に文学研究者の誰もが実作者に対してそこまでのコンプレックスを持っているとは思えないんですな。

 ただ、学生の時から本を読んだり、批判したり、面白い読み方を発見して有頂天になったり、ってなことが好きで、それで大学の先生になったら、そういう好きなことをやって給料もらえると聞いて自分もなりたいと思い、願い出てみたらなれた、と。ラッキー、と。そう思っていると思います。自分のことを考えても。

 で、ラッキーと思っていたことも忘れ、やれ近頃の学生は出来が悪い、自分が学生の時はこんなじゃなかった、とか不満は言いますけど、その程度のことなのでありましてね。

 ただ、先にも言いましたが、そこから先に起こって来る大学内のこと、特に人事のことなどについては、小谷野さんの批判は正論だと思います。実際、学問の世界で高い地位に居る人が優れた業績を残しているとは限らないし、また大きな賞などを獲った若手の研究者がしかるべき地位に就けないということも現実にある。だからこれらの点について小谷野さんの批判に答えようとしたら、「業績は優秀だけど、人格が破たんしている」というような、ギリギリ正当な理由(この点については小谷野さんも認めている)だけでなく、およそ世間には公表できないような、どろどろした理由まで言わなければならなくなるでしょう。ま、こういうことは、たとえば企業や官庁の人事でも同じなのかもしれませんが。

 とにかく、この本読むと、現在の日本の人文系・文学系の研究者の系譜みたいなものが分りますし、大学という小さな世界の中のあまり芳しからぬ伝統、みたいなものも分りますから、そういう意味で、興味のあるむきには一読して損はないのではないかと思います。


 さて、もう一冊読み始めたのは、ちょっと前に出て、私の仲間内でもちょっと話題になった都甲幸治著『偽アメリカ文学の誕生』(水声社)という本です。

 この本、日本人がアメリカ文学を研究することにどういう意味があるのかという、まあ、日本人のアメリカ文学研究者が一度は自問する(ウソ。実は大半の人が自問しない)問いに対し、都甲さんなりに答えを出そうとした、という本でありまして。

 その意味では、本質的に興味深い本なわけですね。しかし・・・

 冒頭にある「序にかえて」というセクションを読んでいて、私は次のような一行にぶち当たったのであります。


 「・・・何を学ぶというヴィジョンもまったくないまま、ただクソがんばりだけで入った東大で最もよかったことはと言えば、柴田元幸と出会えたことだった。/そのころのぼくは、柴田元幸がものすごく優秀な教師かつ学者であることなど知らなかった・・・」


 自分の恩師を呼び捨てで呼ぶ。このセンス。私にはないものでございます。

 こういう文章を読むと、その後を読もうという気が急に失せるんだよなあ・・・。ま、私には自分より若い年齢の人の著作を読むことができない、という悪い癖があるのですが、それにしても、悪い意味で「若々しい」文章だよね! ま、私が文章を書く時、一番注意するのは「若々しい文章にならないようにする」ということでありまして、その点でも私と都甲氏とでは、まったく志すところが違う。違うんだなあ・・・。

 さて、この本、最後まで読み切れるかどうか・・・。





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Last updated  February 24, 2010 03:54:57 PM
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