教授のおすすめ!セレクトショップ

教授のおすすめ!セレクトショップ

PR

Profile

釈迦楽

釈迦楽

Keyword Search

▼キーワード検索

Shopping List

お買いものレビューがまだ書かれていません。
July 31, 2011
XML
カテゴリ: 教授の追悼記




 先生がこの本を出版されたのは1978年。で、私が先生からこの本をいただいたのは、先生のご署名によれば、1992年4月25日。実はこの14年の間に、残念ながら本書は絶版になっていたんですな。で、先生のお手元にも先生の分の一冊しか無くなっていた。

 そこで先生は、それでもこの本を私にくださるために、あることを思いつかれ、実行されたと。

 そう、先生は私のために、お手元にある『神の残した黒い穴』を全頁コピーされ、それをご自身の手で製本され、私に贈って下さったのです。


 本を一冊まるごとコピーするのは、時間はかかるでしょうが、まあ簡単な作業かもしれません。しかし、それを製本するとなると、これは大変です。とりわけ、先生がなさったようなやり方で製本するとなると、相当な時間がかかったはず。

 本のコピーを製本する、といった場合、普通ならばコピーされた面が表になるように山折りにし、それを束ねて金具で留めるなりするでしょう。しかし、そうやって再現した本は、オリジナルと比べて奇数ページと偶数ページが逆になってしまいます。つまり、本を開いたとき、オリジナルとは逆に奇数ページが右側に、偶数ページが左側にきてしまう。それを先生は嫌われた。

 そこで先生は、コピーされた面が隠れるように谷折りにし、それを束ねられたんですな。すると、コピーしたものの裏面にあたる白紙同士が隣り合わせになりますから、その部分を一ページずつ丹念に糊付けされていったわけ。何しろまるまる本1冊分ですから、この糊付け作業は何百回にも及んだはずですが、先生はオリジナルとまったく同じものを作るために、その労を厭わなかった。

 それだけではありません。先生はさらに完璧を期すため、見返しはもちろん、背表紙と本体の間に「花ぎれ」までつけ、分厚いボール紙か何かで作ったと思しき硬い表紙もつけられ、そこにオリジナルと同様の表紙デザインを施し、さらにオリジナルと同じカバーをつけ、さらにオリジナルと同じ販売促進用の帯までつけて、それこそ見た目は、公刊された『神の残した黒い穴』と寸分違わぬものを作ってしまわれた。で、そうやって何日も時間をかけて作られた、世界でただ一冊の手作りのご著書を、当時、名古屋の大学に赴任したばかりの私に宛てて、いわば「就職祝い」として送って下さったのでした。

 その後、今から数年ほど前のことでしたか、私は東京の某デパートで開催された古本市で、『神の残した黒い穴』の美本を見つけて購入しましたので、今、私の手元にはこの本が二冊あります。しかし、私が自分の所蔵する本の中でも最重要ランクの本として愛蔵しているのは、S先生が私のために作って下さった、世界でたった一冊の『神の残した黒い穴』であることは、言うまでもありません。


ところで、この本のことで私が今なお鮮明に覚えていることがもう一つありまして。それは、送られてきた小包の中からこの先生お手製の本を取り出した時、強いタバコの香りがしたことです。それはそうでしょう、ヘビー・スモーカーであられたS先生が、ご自分の書斎で何日もかけて切ったり貼ったりして「製作」されたものなのですから、本だって相当燻されていたに違いない。

 しかし、その時とっさに思ったのは、ああ、これは先生がこの本の原稿を書いていらした間、先生が煙にしたはずの何千本ものタバコの、その残り香なのではないか、という幻想でした。そしてそのごく自然に発生した思いを、先生への礼状の中に認めたところ、私のその奇想をS先生は大変に喜ばれ、「よくぞ言ってくれた」という内容のお返事をいただいたのでした。そのお手紙は、もちろん、今も大切にとってあります。


 ところで、この本に限らず、S先生はこの種の手作業というか、自らの手で何かを作るということが決してお嫌いではなかった。というか、もともと「造船科」のご出身ですから、手作業に関しては相当な自信がおありになったと思われるフシがあります。

 それに、ただ手先が器用というのではなく、先生は創意工夫の才もお持ちでしたので、時々、非常に面白いものを作られた。

 例えば本棚。先生のお宅にある本棚は、ほとんどすべてが先生のお手製で、これは製材所から同じ大きさの木板をいくつも買ってきて、この木版を無駄なく使いきれるような形で箱を作り、この箱を積み重ねて本棚にしてあるのですが、ただ木箱を積み上げてあるだけですから、ばらそうと思えばすぐにばらせる。このような分割可能な本棚にしておくと、引っ越しなどの際、本の持ち出しが非常に楽なんです。一個一個の箱に本を入れたままトラックに積み込み、新しい家についたらそれを積み上げれば、もうそれで本の引っ越しが完了してしまうのですから。

 ちなみに、昨年の秋、アメリカ19世紀の文豪、ナサニエル・ホーソーンがかつて住んだ家をボストン郊外に尋ねた時、私はかのホーソーンもまた、S先生とまったく同じような「積み上げ式本棚」を使っていたことを発見し、この意外な一致に驚いたものでした。


 S先生が編み出した手作業と創意工夫のもう一つの例として、先生考案になる「入試採点マシーン」のこともお話ししておきましょうか。

 かつて先生がお若かった頃、勤務先大学の入試問題を作るときに、先生は一つの工夫をされた。まず入試問題を記号解答式にし、正しいと思う記号に受験生が丸をつけるような解答方法にしたんですな。で、その一方、採点用として「穴あき式シート」を作りましてね、受験生が提出した解答用紙にこの穴あきシートをかぶせると、その受験生が正答したか、間違ったかが一目でわかる、という風にされたんです。これなら、誰が採点するにしても、点数をつけるのがすごく楽になるわけ・・・少なくとも、理論的には。

 ところがこの世紀の大発明、実際には大失敗に終わります。というのも、このシートは解答用紙にピッタリ重ねるようにして置かないと効力を発揮しないわけですが、お年を召したベテランの先生方の中には、その辺、いい加減にする人がいらして、受験生が正答しているのに、穴あきシートが少しずれたおかげで間違った解答をしたと見做されるケースが続出し、結局、最初から採点のやり直しをする羽目になってしまった、というのですな。

 ま、この例は、S先生のせっかくの創意工夫が失敗に終わった例ではあるのですが、私はこの話を先生から伺った時、いかにも先生らしいなと思ったのでした。


 しかし、先生の「手作業好き」が最高度に発揮された例は、実は先生のご自宅の奥にあったのです。そしてそれを初めて見せていただいた時、私はまさしく唖然としてしまったのでした。(この項、続く)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  August 1, 2011 02:41:31 AM
コメント(0) | コメントを書く
[教授の追悼記] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: