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December 4, 2024
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カテゴリ: 教授の読書日記
常盤新平さんの『片隅の人たち』という連作短篇集を読みましたので、心覚えをつけておきましょう。

 これ、常盤さんの直木賞受賞作である『遠いアメリカ』の続編とも言うべきもので、それに続く常盤さんの自伝小説です。

 自伝小説だから結構は『遠いアメリカ』と変わらないのだけど、そこは一応別物ということで、登場人物の名前だけは変えてある。『遠いアメリカ』の主人公は重吉だったけど、『片隅』では矢内。重吉の恋人だった椙枝は、『片隅』では沙知。『遠いアメリカ』で重吉に下訳を回してくれた翻訳家の師匠・遠山は、『片隅』では村山・・・という具合。ややこしい。どうせなら同じ名前にして欲しい。

 ちなみに、遠山/村山という人物のモデルは翻訳家の中田耕治ですな。それから『片隅』に登場する黒メガネの翻訳家のモデルは清水俊二。それから矢内が就職する小さな出版社・北山書店のモデルは早川書房、そして矢内の上司となる加藤のモデルは福島正美・・・という具合で、特定しようと思えば登場人物のほとんどにモデルがあることが分かる。要するに、この小説は、小説といいながらほとんどが実話というか、若き日の常盤さん実際に体験したことなのでありましょう。

 だから、この連作短篇に登場するのは、常盤さんが実際に出会った人たちばかりであり、そうなるとそれは結局常盤さんの同業者、つまりは出版社関係、翻訳家関係の人たちということになる。

 で、それはとりもなおさず通常のサラリーマンの生活とは大分異なる人たちということであり、簡単に言えば奇人変人の群れということになる。翻訳家というヤクザな商売に手を染めたばっかりに、まともな社会人ではない人たちばかりと付き合うことになった常盤さんが、そういう変わった人たちのスケッチをした、というのが、本作の内容と言えばいいでしょうか。

 で、自分だってその変わった人たちの一員だという自覚も込めて、彼らを『片隅の人たち』と呼んだわけね。社会の真ん中にいるべき人たちではない、と。

 まあ、前に常盤さんのエッセイを読んだ時、常盤さんには「お上りさん意識」というものがあるということを指摘しましたが、「片隅の人たち」という卑下もまた、常盤さんの意識の中にはあったのでしょう。もっとも、卑下と言っても本当に自嘲しているわけではなく、自分なんて片隅の人間だ、でもそうだっていいじゃないか、という開き直りでもあるわけで、それは常盤さんの強さでもある。自負の裏返しとしての卑下、という感じですかね。

 で、本作の中には色々な変人が登場し、その変人のために時折、常盤さんは迷惑をこうむったりもするのですけど、変人には変人なりの事情というものがあって、それを踏まえて常盤さんは彼らのことを全否定はしない。むしろ、彼らに対して同情しているところもあって、彼らにじゃけんな態度を取ってしまった時など、「自分はなんて冷たい人間なんだ」と反省をしたりする。そこがとてもいい。

 変わった連中との付き合いを、そういうスタンスで綴っているという意味では、スタインベックの『キャナリー・ロウ』とちょっと似ているところもあるかな。

 で、『遠いアメリカ』では、重吉と椙枝が結婚しそうなところまでが描かれていましたが、『片隅』では矢内と沙知はもう結婚していて、最後の方では子供まで生まれている。相変わらず椙枝/沙知はとても素敵な奥さんで、若い夫婦の物語としてなかなか微笑ましく描けております。

 ということで、本作は常盤さんが翻訳家として世に出始めた頃の、業界の様子とか、翻訳家仲間の様子とか、そういうことを知るという興味も含めて、私にとっては非常に面白い「実話に基づく小説」になっておりました。

 まあ、ただ一つだけ苦言を呈したいところがありました。小説ですから、本作の中でも登場人物の誰かが笑うシーンがあるのだけれど、そういう場合、常盤さんはほとんどの例外なく「にやにやした」と書く。「にやにや」という言葉には、あまり好ましくないニュアンスもあるので、そればかりを笑いの描写に使うのは如何なものかと・・・。もっとも、常盤さんはもう亡くなっているから、こんなことを言っても意味ないのですけどね。


これこれ!
 ↓

片隅の人たち (中公文庫 と37-1) [ 常盤 新平 ]





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Last updated  December 4, 2024 02:50:07 PM
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