ロンツーは終わらない!バイクで救われた男の日記。
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先週初めて友人二人でツーリングしましたが、その余韻かまたまたガッツリ走りたくなりました。ツーリングマップルで選んだ目的地は、、、『沼津』です。沼津の漁港には食堂や食べ物屋さんストリートがあるそうなのでそこに行ってみようと思います!しかし、問題が一つ。昨日神奈川県はしっかりとした雨が振りました。ニュースでは箱根はかなりの積雪。。うーん、1号線はやばいな。。。でも熱海から峠越えていくと先週とおんなじ感じだし。。。悩んだ結果246号線で行くことにしました。富士小山あたりはかなり寒いはずなので凍結が心配ですが、でもトラックの通行も多いしきっと溶けてるだろうと読みました!小田原飯泉のスタバでルート確認。246号線裾野バイパスですが通ったのが8時前。まだ気温は2度ぐらいしかありません。道の脇には雪が残っておりところどころ凍ってます。雪はなかったので良かったですがカーブで道がキラリとひかると滑らないかヒヤッとします。。。かなり気を使ってなんとかふじおやま道の駅に到着。今日は小さめの魔法瓶に熱々のお茶を持参しました。寒くてコンビニ入ったときにその都度コーヒー飲むと膀胱がすぐにパンパンになります。。。寒いですし。なので一口飲むために魔法瓶です。これなかなか良かったです!ふじおやまの駐車場で1枚。まだ時間があるので沼津漁港に行く前に沼津日枝神社によることにしました。沿革は神社のHPから拝借いたします。『この地域は平安時代大岡庄と称され、関白藤原師通の領地でした。嘉保2年(1095年)美濃守源義綱が延暦寺の僧、山王の神主を殺害する事件があり、関白藤原師通はこの訴えを拒絶した為、僧・神主の呪詛により38才で死亡しました。師通の母は近江國の日吉大社の御神霊を分祀し八町八反の田を寄進して謝罪の礼を表されたのが当社の起源です。第73代 堀河天皇、永長元年(1096年)のことです。』 (日枝神社HP 山王さんについて より)呪いで殺すとは。。。怖いですね。。がっつりお参りしたあとはお待ちかね沼津漁港でランチです。日枝神社から10分ちょっとで到着です。気持ちのよい漁港です。綺麗だし景色も良い。11時過ぎに到着しましたが無料の漁港駐車場はもういっぱい。。。でもバイクは別に置き場所がありますので大丈夫です!と言っても魚市場の裏の海沿いですが。ちょうど上の写真のところが置き場所です!駐輪場というか単に空きスペースですがちゃんとバイク置き場はこちらという案内が車の駐車場に出ています。お店は魚市場の外にもいっぱいあったのですが僕は魚市場の2階にある沼津魚市場食堂さんにしました。刺身定食1,480円。味は文句なしですが漁港ならばもう少し量をガッツリにしてもよいのでは??と思いました。食後は千本浜をプラプラ走りました。そこで見つけた興味深い史跡。その名も「首塚」明治33年に暴風雨で倒れた松の木の下から数多くの頭蓋骨が出てきたのですが、このあたりでは北条氏と武田氏の戦で死んだ人のものだという言い伝えがあったようです。頭蓋骨が出てきたので学者先生に調べてもらったところ、正真正銘小田原北条氏と甲州武田氏の戦である千本浜の合戦の戦死者であることが判明したとのことです。バイクで走っていて偶然に見つけたこういう史跡はとっても興味深く楽しいです。教科書にはのってないけど昔確かにあった人の歴史。気付けてよかった。ぼちぼち帰路につきます。ここからは三島に出て行きは敬遠した1号線で箱根超えしようと思います。午後から急に暖かくなり12度以上あります。これならきっと雪も溶けてるはず!三島から登っていく道も気持ちいもんね!!!ということで登っていきましたが、やっぱり箱根は寒いわ。。。雪はあっちこっちに残ってましたが道路には雪はありませんでした。でも、凍結防止剤なんでしょうか、道が真っ白。。ホイルへの影響考えると「走るの嫌だな〜」って思っちゃいます。帰宅は16:30。220kmのツーリングでした!#沼津#沼津魚市場食堂
February 2, 2019
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