朝日新聞が弁護のために探し出してきたのが、望月五三郎という故人が書いた私家本『私の支那事変』だった。朝日新聞が証拠として法廷で読み上げた中には、こんな一節があった。『おい望月あそこにいるシナ人を連れてこい』命令のままにシナ人を引っ張って来た。助けてくれと哀願するが、やがてあきらめて前に座る。(野田)少尉の振り上げた軍刀を背にしてふり返り、憎しみ丸出しの笑いをこめて、軍刀をにらめつける。一刀のもとに首がとんで胴体が、がっくりと前に倒れる。・・・
自分に向かって振り上げられた軍刀に、「憎しみ丸出しの笑いをこめて」にらみつける、とは、まるで出来の悪いホラー映画のようで、現実にどんな光景だったのか想像し難い。南京事件の研究家・阿羅健一氏は、この本を検証して、200カ所にも及ぶ間違いがあるとの意見書を提出した。たとえば、「戦車が城門めがけて激突破した、城門がギイイと音をたててくずれた」とあるが、厚さ20センチの扉は内側から土嚢を積まれ、戦車が激突すれば、戦車の方が壊れてしまう。実際には、歩兵が崩れた城壁を登って内側に入り、土嚢を取り除いて、ようやく戦車が入ったのである。この本の著者が、見てきたような嘘を書く人物だということが、この点だけでもよく分かる。朝日新聞がその強大な取材力を駆使して、多くの南京戦従軍者や両少尉の関係者を取材し、唯一「百人斬り」を裏付ける証拠として提出できたのが、こんな本であった。
7.「一見して明白に虚偽とは言えない」
8.「大きな力」がこの裁判の後ろに動いていた納得できない原告側は東京高等裁判所への控訴に踏み切ったが、たった一日の審理で弁論を打ち切って、「控訴棄却」の判決を下した
すぐに最高裁への上告を行ったが、これも「上告棄却」との門前払いを食わされた。エミコ・クーパーさんは、敗訴の理由が分からず、それを考え続けて1日4時間ほどしか眠れなくなるほど、苦しんだ。[2,p164]
何度も何度も堂々巡りを繰り返し、同じところに落ち着く。それは、何かの「大きな力」がこの裁判の後ろに動いていたか、何かが仕組まれての「結果」ではなかったか、ということであった。ある人たちは裁判官を批判したりしていたが、私には、裁判官たちも「この力」によって、本人たちの意志、判断に反して、動かされていたのでは----? と思えば思える気がした。
そして、エミコさんは、この白を黒と言いくるめる「大きな力」が、国を支える多く事柄にも当然、行われているのではないか、と考える。[2,p168]
そう考えると、私は居ても立ってもいられない「恐怖」と「危機」を、故国日本と日本国民の将来に感じて泣き叫びたくなる。平成17(2005)年8月15日、第一審判決の直前、稲田さんは靖国神社での国民集会に参加した際に、安部晋三幹事長代理(当時)から、衆議院選挙に立候補しないか、と打診を受けた。白を黒と言いくるめる大きな力と戦って、国家の名誉を守り、また虚偽を教えられて誇りを奪われている子供たちを救うのは、裁判所の役割ではなく、政治家の務めではないか。わずか373票という僅差で当選した時、向井、野田両少尉を含む264万余の英霊の後押しがあったのかも知れない、と稲田さんは思った。稲田さんはこう決意を語る。[1,p198}
国家の名誉を守る。私はそのことのために永田町にきた。闘いは今、始まった。
(文責:伊勢雅臣)
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