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数学基礎学力研究会のホームページ URLは http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku
2014.07.31
2014年7月31日 7:00人は何故、詳しく知りもしない事について間違った憶測で判断するのでしょうか?そして何故、 正しい知識を持っている人が仲間外れにされる様な場面が多く存在するのでしょうか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11132986251多くの人はふらふら まわりの雰囲気やムードで動いていますが、少し世の中が見えている人の適切な意見でも 思い込み、習慣、囚われ、大勢でながされ、 適切な意見を判断できないのですね。 世の常、人も社会もそう賢くは ないですね。
2014.07.31
2014年7月31日 7:01 実験のほかに真実を立証する方法はあるか?哲学カテゴリー皆さんのご回答のほど、お待ち申しております!http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13132983123これはしっかりした事実から、論理的に導けば、立証に成りますね。数学の世界では実験は本質的に必要なく、 論理だけで、 証明、立証に成りますね。
2014.07.31
2014年7月31日 7:03帰納法、演繹法は対照的なものだと習いましたが、演繹法の"一般的な命題から個別的な命題を導き出す"の中の一般的な命題というのは帰納法的な経験から得たものではないのですか?帰納法が演繹法とつながっているように思うのですがなぜ対照的と言われているのでしょうか。教えてください。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10132972915これは一般的に逆の関係ですね。帰納法は色々な結果から、一般原理を を導く方法であり、 演繹法は原理からいろいろな結果を論理的に導く方法ですね。具体的には、いろいろ混じる場合が有りますね。論理や結果が複雑な状態ではそう簡単ではないですね。
2014.07.31
2014年7月31日 7:08 「反日」朴大統領を叱責 米政府高官が極秘訪韓「安倍首相に反対するな」 (1/3ページ)2014.07.29 韓国紙・東亜日報(日本語電子版)は28日、非公式訪韓したズムワルト氏が、李京秀( イ・ギョンス)外交省次官補や、朴氏を支える大統領外交安保首席室関係者らと会談したことをスクープし、「日本の集団的自衛権行使に対し、米政府が韓国の協力を求めてきた」と報じた。 米国の安全保障政策に詳しい杏林大の田久保忠衛名誉教授は「米国にとって、北東アジアの安全保障政策の要は『日米韓の三角形』だ。これで中国やロシアなど、ユーラシア大陸からの圧力を防ごうとしている。ズムワルト氏が訪韓したのは『そんなことも分からないのか』『いい加減、反対するな』と説得しに行ったということだ」と解説した。 集団的自衛権をめぐっては、オバマ米大統領やヘーゲル国防長官らが繰り返し「歓迎」の意志を表明している。韓国政府も今月1日に日本政府が憲法解釈の見直し を閣議決定した際には「戦後の平和憲法に従った防衛安保政策の重大な変更とみなし、鋭意注視する」と抑制された対応にとどまっていた。http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140729/frn1407291820007-n1.htm韓国大統領の対応がおかしく、オバマ大統領の対応が 適切、 賢明ですね。
2014.07.31
2014年7月31日 8:53 抗議を受けた室井佑月 「あたしの意見は福島差別になるのだろうか」 そしたら、「福島を差別するな!」と、ものすごい数の抗議を受けた。 あたしの意見は福島差別になるのだろうか。 今、現在、福島に住んでいる人たちがいるのもわかる。福島では、線量の高いところも低いところもあるのも知っている。 だが、福島ではなにも起きていないといってしまえば、東電の起こした原発事故のその後のすべてが風評被害であるというすり替えが可能になってしまう。国も東電も、被害者に対して手厚い保護など考えなくていいことになってゆく。 現に、この国の環境を守るのが仕事の環境省の大臣が、汚染土の中間貯蔵施設建設をめぐり、「最後は金目でしょ」という発言をした。「もっと丁寧に安全だということを説明しないと」ではない、「金でなんとかなるでしょ」ということだ。 正直にいえば、もうこうなった以上、最後は金で解決しかないのかもしれない。が、それは事故の責任者が被害者に謝り倒し、どうかこれで勘弁してくださいというお金であるべきだ。劣悪な環境も「金を払えばいいんでしょ」という金ではない。金は金じゃんという人もいるだろうが、そういう心根の在り方が差別なんだとあたしは思う。 政府が全国の学校の修学旅行先に福島を推奨する件だって、本当に差別されるのは、普通の家の子や貧しい家の子たち、公立の学校に通う子どもたちではないか。希望者を募っていくボランティアならともかく、全員が行く修学旅行で、裕福な家に生まれた私立の子たちが行くのかな? 福島と隣接する県にある私立の全寮制の学校が、震災後、子どもたちを避難させた。そして、今いる生徒たちの卒業をもって、学校を閉じるらしい。 もっと大変な環境で頑張ってる子どもたちはいるのに! そう怒る人はいるかも。でも、そういったところで、大変な環境の中で生活を強いられる子のためにはならない。それどころか、なにもなかったことにされ、逆に足を引っ張ることになる。 あたしは自分の学校の生徒をなにがなんでも守るという選択をした、この私立校の英断を偉いと思う。 そうそう、仲が良い大学教授の先生が、原発事故・放射能問題を、「戦争責任問題と似ていますよね。結局、1億総懺悔で、戦争責任は追及せず、です」 といっていた。その通りだとあたしも思う。※週刊朝日 2014年8月1日号http://blog.livedoor.jp/ryoma307/archives/7785678.html これは確かにおかしいですね。もう少し、科学的な、真面目な対応が 大事では?
2014.07.31
2014年7月31日 9:00 日本人は凄いという内容の本やテレビ番組をみて喜んでいるとアホになる世界には様々な意見を持った人がいます。その中から「日本のここが凄い」とか「日本人はこんなに尊敬されている」なんていう、自分達にとって耳当たりの良い話だけを集めてもそれは客観的評価ではありません。自分にとって耳当たりの良い話だけを聞いて喜んでいるというのでは裸の王様と同じです。テレビ局は視聴率の取りやすい番組を作ろうとします。こういうバカげた番組を作って視聴率を稼ごうとするテレビ局の倫理観の低さにはもちろん問題がありますが、こういうバカげた番組の視聴率を上げてしまう視聴者にこそ最も大きな問題があります。そもそも、もし仮に日本人全般の評価が高いとしても、それによってテレビを見ている一個人の価値が高まるわけではありません。もし仮に日本人の平均能力が世界の他の国々と比べて高いとしても、それはそこに属するすべての人の能力が高いという証明にはなりません。個人の存在に価値があるかどうかはどこまで行っても個人の問題でしかありません。そういうくだらない番組を作って視聴率を稼ぐテレビ局も、そういうくだらない本を売って儲ける人達も、その後の世界がどうなるかなんて考えていません。彼等はただ無責任に目先の小銭を拾ってまわっているだけで、それ以外なにも考えていません。相手を褒めていい気にならせて稼ぐというキャバクラ嬢的な商売にいつまでも騙されていてはいけません。たかが低俗なテレビ番組の話ということで済ましてしまうべきではありません。太平洋戦争に突入する前後の日本では、大衆は戦争に勝つことを望みました。マスメディアは、大衆に現実を説明する役割を放棄し、大衆の望む勇ましい内容ばかりを書きたてて売上を伸ばそうとしました。同様に、世論に迎合する政治家は現実を無視して強硬な外交姿勢を貫きました。その結果、勝つ見込みのない無謀な戦争を始めてしまいました。日本人は凄いという内容の本やテレビ番組を見ている側も作っている側も、かつての失敗から何も学んでいません。マスメディアのやるべき事はお金儲けだけではありませんし、大衆の側もいつまでも裸の王様のままではいけません。関東大震災の直後、パニックに陥った人々は朝鮮人が井戸に毒を入れたというデマを信じて朝鮮人を虐殺しました。東日本大震災の被災者はパニックには陥りませんでしたし、略奪や暴動も起こりませんでした。この間、日本人とその社会は間違いなく進歩しています。しかし、すでに完成しているわけではありません。ひとりひとりの人間も社会も、まだ発展の途上にあります。いま自分が生きている社会に生きにくい部分があるなら、その責任は自分にもあります。自分は常に被害者で加害者は自分以外の誰かということではありません。社会に問題があるならば、その社会に属するすべての人が被害者であり加害者でもあるのです。すべての人がそれぞれの幸せを実現できる社会、すべての人が自分に適した生きやすい環境をえられる社会を実現するためには技術の革新だけでは十分ではありません。ひとりひとりの人が寛容性を高められれば、社会全体の寛容性も高まります。ひとりひとりの人が多様性を受け入れられれば、社会全体も多様性を受け入れられます。社会をよりよくするためには、まずひとりひとりの人間が進歩する必要があります。残念ながら、自分を褒めてくれるテレビ番組を見て喜んでいても、まったく前には進みません。あなたはどう思いますか?ふとい眼鏡の電子書籍「愛というストレス、幸せという強迫」(アマゾン Kindleストア)(2014年6月4日「誰かが言わねば」より転載)http://www.huffingtonpost.jp/futoimegane/story_b_5604629.html大変良い意見ですね。 良いですね。 もっともです。 日本には 素晴らしい文化、美しい自然が有りますが、野蛮性もありますね。いろいろですね。
2014.07.31
複素解析・特異点:特異点解明の歩み100/0=0,0/0=0: 関係者:5年ぶりの盛夏を 懐かしく楽しんでいます。ところで、4月1日 次のように述べて、複素解析に取り掛かりました: 複素解析学では、1/0として、無限遠点が存在して、美しい世界です。しかしながら、1/0=0 は 動かせない真実です。それで、勇気をもって進まざるを得ない:― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。― 再生核研究所声明148. 私には 無理かと思いますが、世の秀才の方々に 挑戦して頂きたい。空論に付き合うのはまっぴらだ と考える方も多いかと思いますが、面白いと考えられる方で、楽しく交流できれば幸いです。宜しくお願い致します。 添付 物語を続けたい。 敬具齋藤三郎2014.4.1.11:10 6月、帰国後、気に成っていた、金子晃先生の 30年以上前に購入した超函数入門の本に 極めて面白い記述があり、そのため結構進みました。取り掛かってから、4か月添付のように、進める事ができました。上手く行くと、 ゼロ除算が捉えた世界:特異積分におけるアダマードの有限部分や、コーシーの主値積分は、弾性体やクラック、破壊理論など広い世界で、自然現象を記述するのに用いられている。面白いのは 積分が、もともと有限部分と発散部分に分けられ、 極限は 無限たす、有限量の形になっていて、積分は 実は、普通の積分ではなく、そこに現れる有限量を便宜的に表わしている。ところが、その有限量が実は、 ゼロ除算にいう、 解析関数の孤立特異点での 確定値に成っていることを発見した。これはゼロ除算の結果が、広く、自然現象を記述していることを示している。2014.7.6.16:53 となるのですが、内容がとんでもないことを述べているので、容易に進められるものではないと感じています。そこで、広く意見を求めて、慎重に、慎重に進めたいので何でも助言や、ご意見を頂ければ、幸いです。もちろん、共同研究に参加して頂ければ誠に幸いです。私たちは、素人の楽しみクラブと考えて頂ければ幸いです。宜しく御願い致します。敬 具齋藤三郎 今朝の直観: ゼロ除算の確立していない数学は 不完全であり、数学は、実は美しく、完璧になっていた。 2014.7.31.05:502014.7.31.08:55
2014.07.31
ゼロ除算が確立していない数学は、不完全な数学だったと言える。数学は 実は、美しく 完璧なもの であった。214.7.31.06:30
2014.07.31
2014年7月30日 7:01 人間は100パーセント「世界内存在」なのですか?世界内存在に世界を俯瞰することは不可能なように思われますが、世界を超越して外側から世界を観ることが出来るような人はいないでしょうか?もし、いるとすれば人間は100パーセントの世界内存在ではないということになりますか??http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10132951190発想が極端ですね。 いろいろ影響し合っているのが、人間の存在ですね。
2014.07.30
2014年7月30日 7:02 伝統や文化とみなされるものの中には、時に一見非常に非合理的にも見えるものも多くあるわけであるが、かといっても、そういう伝統というものの上において、現在の自分らの存在があるというのもまた、厳然とした事実であるし、しかし、それは過去は過去だとした考え方でもって、未来に向けた考え方、時流にそった考え方をしないといけないということで、その一見不合理とも見える伝統を一挙に消し去ってしまうというようなことが、果たして妥当性を持つものなのかどうか。直前の質問の回答から改めて湧いた疑問なのであります。補足fez_gmさんが言われたように、この質問は、「抽象度が高くて質問する資格がありません」ってことになりますでしょうか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13132950788自分でも、そんな気がしないではないです。伝統や文化の尊重は 大事ですが、野蛮性や」矛盾性のあるものは、上手く修正して行くのが大事では。 尊重しながら、活かして行くようにですね。
2014.07.30
2014年7月30日 7:02 その民族が、その民族にとって重要な血統というものを守ろうとして、多大な犠牲を払ってでも、そうするということに対して、そのことの是非なども含めて、あなたが思うことを、お願い致します。補足王制を取る国の多くがそうであろうが、王家の血統というものに関して、その民族の中には、それを守ろうとする意識があるわけだと思うのですが、近代国家において、王家というものを守ろうとすることの意義について、是非も含めたお話を伺いたい。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12132950607アジアに強い、伝統的な考えと思いますが、あまり進んだ考えとは言えないのでは。 基本的な人権や、個人の尊厳などに 矛盾するのでは?その辺は、欧米の考えが 進んでいるのでは?
2014.07.30
2014年7月30日 7:08国際結婚の破綻に限らず、今回のように同じ国籍の夫婦にも適用される。主要8カ国(G8)では日本だけが未加盟だったため、欧米から強く加盟を迫られ、昨年の通常国会でようやく承認された。外務省などによると、今回のケースは、別居中の日本人母が今年3月末、7歳の子供を連れて英国に渡り、帰国しなかったため、父親がハーグ条約に基づき、子供の返還を求めていた。英国政府は5月末、父親への支援を決定。英国の裁判所は7月下旬、「約束した期間を超えて英国に滞在させる のは違法な状態」と判断、子供を日本に戻すよう命じた。日本では母親側からの離婚調停が申し立てられている。英団体「日本の家族法は『人さらい憲章』」英国の市民団体チルドレン・アンド・ファミリーズ・アクロス・ボーダーズ(CFAB)は、英国人男性と離婚した日本人女性が無断で子供を日本に連れ去った事案を取り扱ってきた。最高経営責任者(CEO)のアンディ・エルビン氏は2010年、日本の政府と政治家にハーグ条約への加盟を説得するため日本を訪れたこともある。以前、エルビン氏に話をうかがうと、かなり厳しい言葉が返ってきた。「これまでは連れ去られた子供を英国に連れ戻す手段がなかった。英国人の親は日本の裁判所に提訴することもできなかった」「英国人の多くは日本の家族法を、夫婦間に葛藤が生じたとき連れ去りや面会拒否を促す悪名高き『人さらい憲章』とみな してきた」エルビン氏は日本のハーグ条約加盟について、「とてもうれしい。両親が離婚したとしても、子供には両方の親と建設的な関係を保ちながら育つ権利がある。連れ去りや面会拒否は子供を含めた当事者全員を苦しめる」と語っていた。国際離婚が激増今回は日本人夫婦間の争いだったが、ハーグ条約は主に国際結婚が破綻したケースを想定している。日本人と外国人の国際結婚は1970年には年間5千件程度だったが、80年代後半から急増、05年には年間4万件を超えた。一方、日本国内での日本人と外国人夫婦の離婚は1992年に7716件(離婚全体の4.3%)だったのが、2010年には1万8968件(同7.5%)にまで膨らんだ。それに伴って、日本人が外国から無断で子供を日本に連れ帰ったり、逆に外国人の親が日本から子供を国外に連れ去ったりする事例が増えている。外国政府から日本政府に対して提起されている子供の連れ去り事案は米国81件、英国39件、カナダ39件、フランス33件となっている(昨年6月時点、日本外務省調べ )。米国では6億円超の支払い命令、テロリスト扱いも11年、米国のテネシー州では、離婚後に子供を無断で日本に連れ帰った日本人の元妻を相手に米国人男性が損害賠償を求めた裁判で、元妻は610万ドル(約6億2千万円)という巨額の支払いを命じられた。米連邦捜査局(FBI)の最重要指名手配犯リストでは、米国人の元夫に無断で子供を連れて日本に帰国した日本人女性の名前がテロリストと同様に扱われていた。http://blogos.com/article/91480/「国境越えた子供の連れ去りは違法」ハーグ条約 は 当たり前にみえますね。
2014.07.30
2014年7月30日 7:08 記事井戸まさえ2014年07月29日 09:16「義父の精子で118人誕生」から見えてくる最高裁判決の大矛盾「義父の精子で118人誕生」http://sp.mainichi.jp/select/news/20140728k0000e040170000c.html この記事を見た時に、ギョッとする女性は多いのではないか。(数字等の部分がとてもわかりにくい記事ですが)一方で、姉妹から卵子提供を受けて出産と言ったら、生理的拒否反応のレベルは格段に下がる人は多いだろうし、むしろ理解する女性が多いような気がする。この辺は別途考察が必要である。さて、記事に戻る。例えば私が義父の精子提供を受けて妊娠・出産した子に対して夫の子と思うかなあ、と思ったら、多分違う。やっぱり「父」は義父だろうと意識してしまうと思う。夫と「夫の兄弟」でもある子どもを育てる。子どもは将来、そのことを知っても、「真実の父」である義父には認知も請求出来ない。この場合、「医療行為」を行っているため、夫の子 でないことは外観的にはっきりしているので、今回の最高裁判決で言えば「推定の及ばない子」となってしかるべきである。なにせ、夫婦が「生きた婚姻」をしていたとしていても「収監」等で、子どもが生物学的に夫の子であり得ない時には「推定の及ばない子」とするとはっきり書いているから。今までの運用もそうなっている。が、昨年12月には全く逆の判決を出している。つまり精子提供で生まれた子と外観上わかっても「夫の子」とする、という。これはDNAの話ではない。見ているのはあくまで「妊娠の可能性」なのだ。判決の中で一方は排除しつつ、一方ではそれは問題ではない、という。本来ならば「『収監』や『海外渡航』等の事情があっても、懐胎時に平和な家庭が 気づかれていた場合については嫡出推定が及ぶ」としないといけない。しかし、そうした判断をしてしまったら、今までずっとそれで来ているから大混乱が起こる。最高裁の苦渋の判断はこうした「大矛盾」を抱え込むことになったのだ。しかし、あらためて思う。こんな適当でいいのか、親子関係!!と。http://blogos.com/article/91442/真実の尊重は 大事、それで、運用について、慣性の法則、文化、慣例などを参照して、運用では?決して真実に 逆らってはいけないのでは。
2014.07.30
2014年7月30日 7:10 集団的自衛権賛成派で、アメリカの戦争に巻き込まれる事は無い、とお考え方にお聞きします。あなたは、歴史的事実を直視出来てますか?日本は、国外において戦争行為は出来ない事に成ってます。にも関わらず、近年において2度も戦争に参加してます。アフガン戦争では海上給油を、イラク戦争では物資と人員の輸送を行いました。どちらも、明確な戦争行為です。これが、集団的自衛権の行使が合法と成ったら、どうしてアメリカの戦争に巻き込まれ無い、などと言えるのでしょうか?アメリカの要請(実質は指図、あるいは命令)を断れない自民党や霞が関の官僚を考えれば、アメリカが自衛名目で始めた戦争に巻き込まれるのは明白では無いでしょうか?以上の事に対して、論理的な反論をお願いします。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12132943827歴史を見れば、アメリカも日本も 自衛の戦争ではなく、 それぞれの国外での戦争ですね。そのような国が 連携すれば、日本が戦争に巻き込まれる危険性が高くなるの 当然では?アメリカも、日本も 慎ましくして、国連に世界の平和の問題は 委ねた方が 良いのでは?そのために 両国は、国連軍として 献軍して 明治政府を作ったようにすれば良いのでは。その時、軍は、地球軍、国連公務員ですから、軍人も良いのでは?
2014.07.30
2014年7月30日 7:12 イスラエルのガザ攻撃、パレスチナ人殉教者の数が1130人にいづれの国も 対立する国の意見を 聞き、相手の立場の理解が、 問題解決の基本では。
2014.07.30
2014年7月30日 8:24 ロシアのプーチン大統領は5月、ロシアは日本と交渉する用意があるが、日本が対ロシア制裁に加わったという情報を聞いて驚いていると指摘し、日本に交渉する意向があるのか分からないと述べた。 リア・ノーヴォスチhttp://japanese.ruvr.ru/news/2014_07_29/275249663/続きを読む: http://japanese.ruvr.ru/news/2014_07_29/275249663/一方の意見ばかりを聞くのではなく、 いろいろな意見を聞くのは大事では?特に、反対意見や、対立意見は 特に注目ですね。
2014.07.30
2014年7月29日 6:55僕は生命現象は連続的で生と死は重なる部分があってどこまでが生きていてどこまでが死んでいるとはいえないと思います。なので人の死は脳死か心臓死かなどという議論に意味があるとは思えません。皆様にとっての生命現象は連続的ですか?離散的ですか?皆様の意見をお聞かせください。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11132904811それは両方有り得るのでは。連続的な場合も、不連続の場合も。段々に意識が薄れて行く場合もありますが、突然、気を失う場合もありますね。
2014.07.29
2014年7月29日 6:56 完璧な人間なんていないとか言いますがそしたら完璧な答えや物なんてないんでしょうか?でも1+1=2で完璧としか考えられません。それともイデア論???http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13132904673確かに完璧な人はおらず、 単細胞の集まりのようですね。 ただ、世に分を弁えた、賢い人は沢山いますね。
2014.07.29
2014年7月29日 6:58 宗教が存在する理由ってなんですか?ある程度原始的な時代においては宗教というひとつの精神的なよりどころがある方が迷いがなくなり精神的に安定するのかな~とか考えたりしますが、現代のように膨大な情報が溢れ、考え方も様々な時代に宗教って必要なのでしょうか?人間ってなにもよりどころがないと不安なのはわかります。思春期に自分はこれからどういう方向に何のために生きていけばいいのか漠然とした悩みに陥ることも多いと思います。ただ、人間ってそういう悩みを経験して乗り越えるからこそより人間として深みが増して成長していくんだと思います。そういった時に、宗教みたいなよりどころがあると、かえって、悩んで苦しんで、自分の頭で考えるということをしなくなるのではと思うんですよね。苦しいことから逃げて、自分の頭で考えることを放棄するとあまり成長しないんじゃないかと思います。みなさんはどう思いますか?補足イスラム教徒が1日5回も崇拝している姿とか北朝鮮の国民が必死に第一書記に手を降ったり拝んでいる姿を見ると自分の頭で考えることや物事の本質を考えることを放棄したり諦めたりして、ただ何かにすがることによって安心したいだけなんだと、どうしても思ってしまうのです。日本のような先進国に住んでいるからそう思うのかもしれませんが。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12132896957何か頼りたいこと、 しんじられるもの を人間は求めているのでは?それが宗教に結びつくは多いのでは?
2014.07.29
2014年7月29日 7:01 頭のおかしい客大学生(男)ドラッグストアで働いています。毎回毎回、頭のおかしい客の接客をしていると日本が心配になってきます。この間、「○○○クリームは、EUでは禁止されている成分を使っている。こんな危ない物を販売するあなた方に責任はあるのか?ここで買ったこともあるから賠償しろ!あなたも薬剤師なら知らない筈はないだろう!」と、どっかの怪しいブログからコピーしてきた紙を僕に見せてクレームをつけてきました。文系アルバイトで薬剤師じゃないし、それ以前にドラッグストアの店員の全てが全て薬剤師だと思っていることに衝撃を受けました。僕はその客に対して「当店は小売店でして、お客様のニーズにお応えするのがモットーですので、商品の成分内容のお問い合わせでしたらメーカーに直接お問い合わせ致したほうがお客様のお悩みも解消されるかと思います」と返したら帰っていきました。その客は違うスタッフにも同じことをしていました。また、薬の質問をされて、「専門的知識なため薬剤師か登録販売者をお呼び致します」と返して呼びに行こうとしたら、「何でスタッフであるアンタが知らないんだ!職務の怠慢だ!」とキレられました。以上はほんの一例ですが、ものすごく横柄な態度で接してきたり、目の前にお金の受け皿があるのにそこに置かない客とか、騒ぎ出すDQNとか、列に割り込みしてきた客に対して「お並び下さい」といったらキレられたりとか・・・数えきれません。正直、頭のおかしい客はどんな教育を受けてきたんだと思います。とくに中年以降に多い気がします。モラルの低下がどうだこうだとメディアでは騒がれていますが、団塊前後の年代の人に若者のモラルを語る資格はないと僕は思います。人を思いやる気持ちが足りないと思います。お店側が「お客様は神様だ」と勝手に主張するのはいいかもしれませんが、客側が「俺は神様だ」と思って好き勝手やるのは何か違うと思います。人を思いやる気持ちを養うためにも、小中高で接客業の職場体験を学習要領に取り入れるべきだと思います。みなさんはどう思いますか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1372628928日本は民度が高いと思っていましたが、そのようなこともあるのですか?
2014.07.29
2014年7月29日 7:05 世界から見た日本の本当の評価を教えてくださいよく日本は世界的に好感度が高いと言われていますが本当でしょうか?よくソースとして出されるのがイギリスBBCぼ好感度調査2013年度、日本は4位でしたしかしこれしか日本の好感度を伝えるソースがありません日本人は英語が分からないので世界で日本がどう報じられているか分からないのですイギリスのthe top tenというインターネットのアンケート調査でMost Hated Countries(最も嫌いな国)の1位が日本でしたhttp://www.thetoptens.com/most-hated-countries/NYTの読者が日本の軍国主義を非難しているという記事です【米国】 「戦争できる国、日本?」「オバマ政権は‘韓国の警戒’という難問に直面している」~NYT読者の憂慮に注目http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1380981224ドイツの反応というサイトでの日本の評価ドイツ紙die Zeit「世界大戦の過ちを反省するかわりに軍備拡張を進める日本」http://blog.livedoor.jp/trans_vienna/archives/6741755.htmlフランスの週刊紙カナール・アンシェネでは日本の原発事故を揶揄する風刺がが掲載されました仏紙が五輪と原発事故を揶揄…「胸がすく思い」http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0916&f=national_0916_...海外在住の日本人女性が過去の戦争犯罪を反省しない日本政府に対し抗議集会を開いているのを知ってますか?ドイツ首都で抗議行動・「慰安婦」問題 日本政府の態度ひどすぎます在住日本人女性ら活動 注目集めるhttp://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-09-30/2013093003_01_1.html海外に住んでいれば日本の評判が最悪なことが分かるかもしれないのですが、自民党・安部政権で軍事独裁国家となった日本は情報統制されて国民は正しい情報を知ることが出来ないのだと思います<質問>政府の垂れ流す嘘の情報しか信じない哀れな日本人たちに世界から見た日本の本当の評価を教えてください.http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14114562679ポルトガルに5年居たのですが、民主党政権の頃までは政治も相当高いj評価でしたが、安倍政権でおかしな日本の政治状況が出て来たのでは?日本の文化や、国に対しては、 評価は 高いのでは。文化、生活の質も世界て模範位にレヴェルが 高いのでは?
2014.07.29
再生核研究所声明171(2014.7.30)掛け算の意味と割り算の意味 ― ゼロ除算100/0=0は自明である? 原理は日本語の表現にあるという、掛け算は 足し算で定義され、割り算は 引き算で定義されるという。割り算を考えるのに 掛け算の考えは不要であるという。 実際、2 x3 は 2+2+2=6と繰り返して加法を用いて計算され、定義もできる。 割り算は、問題になっているので、少し詳しく触れよう。 声明は一般向きであるから、本質を分かり易く説明しよう。 そのため、ゼロ以上の数の世界で考え、まず、100/2を次のように考えよう: 100-2-2-2-,...,-2. ここで、2 を何回引けるかと考え、いまは 50 回引いてゼロになるから分数は50であると考える。100を2つに分ければ50である。 次に 3/2 を考えよう。まず、 3 - 2 = 1 で、余り1である。そこで、余り1を10倍して、 同様に 10-2-2-2-2-2=0 であるから、10/2=5 となり 3/2 =1+0.5= 1.5 とする。3を2つに分ければ、1.5である。 これは筆算で割り算を行うことを 減法の繰り返しで考える方法を示している。a がゼロでなければ、分数b/aは 現代数学の定義と同じに定義される。 そこで、100/0 を上記の精神で考えてみよう。 まず、 100 - 0 = 100, であるが、0を引いても 100は減少しないから、何も引いたことにはならず、引いた回数は、ゼロと解釈するのが自然ではないだろうか (ここはもちろん数学的に厳格に そう定義できる)。ゼロで割るとは、100を分けないこと、よって、分けられた数もない、ゼロであると考えられる。 この意味で、分数を定義すれば、分数の意味で、 100割るゼロはゼロ、すなわち、100/0=0である。(ここに、絶妙に面白い状況がある、0をどんどん引いても変わらないから、無限回引けると解釈すると、無限とも解釈でき、ゼロ除算は 0と無限の不思議な関係を長く尾を引いている。) 同様に0割る0は ゼロであること0/0=0が簡単に分かる。 上記が千年以上も掛かったゼロ除算の解明であり、 ニュートンやアインシュタインを悩ましてきたゼロ除算の簡単な解決であると 世の人は、受けいれられるであろうか? いずれにしても、ゼロ除算z/0=0は 既に数学的に確定している と考えられる。そこで、結果の 世への影響 に関心が移っている。 以 上 文献: M. Kuroda, H. Michiwaki, S. Saitoh, and M. Yamane, New meanings of the division by zero and interpretations on 100/0=0 and on 0/0=0, Int. J. Appl. Math. Vol. 27, No 2 (2014), pp. 191-198, DOI: 10.12732/ijam.v27i2.9. S. Saitoh, Generalized inversions of Hadamard and tensor products for matrices, Advances in Linear Algebra \& Matrix Theory. Vol.4 No.2 (2014), 87-95. http://www.scirp.org/journal/ALAMT/ 2014.7.24.15:10 2014.7.24.17:08 良い 2014.7.24.18:40 2014.7.24.20:15 2014.7.25.05:55 2014.7.25.08:55 2014.7.25.12:20 買い物、昼食後 2014.7.25.16:15 道脇、山根氏からメール。 2014.7.25.19:20 2014.7.25.20:45 2014.7.26.06:05 2014.7.26.13:05 昼食後1時間、炎天下散歩後 2014.7.26.19 : 20夕食後1時間散歩 2014.7.27.05:35 鶯が啼いている、今日は東京に出かける。梅雨は24日には明けている。 2014.7.28.05:35 2014.7.28.16:05 ハンガリー手続き書類纏め。 2014,7,29.17:50 修正なし、鶯の。 2014.7.29.07:55 完成、公表。
2014.07.29
再生核研究所声明171(2014.7.30)掛け算の意味と割り算の意味 ― ゼロ除算100/0=0は自明である? (2014.7.11小柴誠一、山根正巳氏との会合で、道脇裕氏の 割り算と掛け算は別であり、ゼロ除算100/0=0は自明であるとの考えを分析して得た考えを纏めたものである。) ゼロ除算100/0=0は2014.2.2 偶然に論文出筆中に 原稿の中で発見したものである。チコノフ正則化法の応用として、自然に分数、割り算を拡張して得られたものであるが、歴史上不可能であるとされていること、結果がゼロであると言う意味で、驚嘆すべきことであること、さらに、高校生から小学生にも分る内容であると言う意味で、極めて面白い歴史的な事件と言える。そればかりか、物理学など世界の理解に大きな影響を与えることも注目される。詳しい経過などは 一連の声明を参照: 再生核研究所声明148(2014.2.12)100/0=0, 0/0=0 - 割り算の考えを自然に拡張すると ― 神の意志 再生核研究所声明154(2014.4.22)新しい世界、ゼロで割る、奇妙な世界、考え方 再生核研究所声明157(2014.5.8)知りたい 神の意志、ゼロで割る、どうして 無限遠点と原点が一致しているのか? 再生核研究所声明161(2014.5.30)ゼロ除算から学ぶ、数学の精神 と 真理の追究 再生核研究所声明163(2014.6.17)ゼロで割る(零除算)- 堪らなく楽しい数学、探そう零除算 ― 愛好サークルの提案 再生核研究所声明166(2014.6.20)ゼロで割る(ゼロ除算)から学ぶ 世界観 しかるに いろいろな人たちと広く議論しているところであるが、世界の指導的な数学者でさえ、高校生でも理解できる発表済みの論文 その後の結果について、現代数学の常識を変えるものであり、受け入れられない、と言ってきている。まことに不思議なことであり、如何に驚くべき結果であるかを示していると言える。 多くの数学者は、内容を理解せず、100/0=0 は100=0 x 0 =0 で矛盾であると即断している。しかるに論文は 100/0 は 割り算の意味を自然に拡張するとゼロの結果を得るのであって、ゼロ除算の結果は 100=0 x 0 =0を意味しないと説明している。 逆に、無限大、無限遠点は数と言えるかと問うている。 ところが面白いことに 既に3月18日付文書で、道脇裕氏は 掛け算と割り算は別であり、ゼロ除算100/0は 自明であると述べていた。しかし、その文書は、一見すると 矛盾や間違いに満ちていたので、詳しく分析してこなかった。しかるに上記7月11日の会合で、詳しい状況を聞いて、道脇氏の文書を解読して、始めて道脇氏の偉大な考えに気づいた。結論は、ゼロ除算100/0は分数、割り算の固有の意味から、自明であると言うことである。これはチコノフ正則化法や一般逆とは関係なく、分数、割り算の意味から、自明であるというのであるから、驚嘆すべき結果である。千年を越えて、未明であった真実を明らかにした意味で、極めて面白い知見である。またそれは、割り算が掛け算の逆であり、ゼロ除算は不可能であるという長い囚われた考えから、解放した考えであると評価できる。
2014.07.29
再生核研究所声明170(2014.7.25)NHK連続テレビ小説「花子とアン」― 蓮子様の気持ち (再生核研究所声明に関心を抱く人から、最近の朝ドラの展開について 所見を求められたので、纏めてみることにした) まず、NHKのドラマ制作の能力は 実に素晴らしく、どうして、あのように美しい画面、演出ができるのか不思議で、不思議で仕方がない。朝ドラ、大河ドラマ ともに実に素晴らしく、見るのが楽しく、楽しみにしている。俳優さんたちの演出も上手く、神秘的である。もっとも、楽し過ぎて、そのような虚像にうつつを抜かしていて良いものかとの気持ちも湧くが、適当に楽しみと心得れば、良いのではないだろうか。生活のはりにもなる。 ところで、今回の状況は、時代背景を異常に美しく表現しているが ― 実情は相当に貧相しいものではなかったろうか ―、恋の在りようについての課題が大きな比重を占めて来ていると言える。恋は 再生核の元であり、人生の大事であるから、再生核研究声明でも真剣に取り上げて来ている: 再生核研究所声明 36 (2010.5.14): 恋の原理と心得 再生核研究所声明 124(2013.8.20):恋の機微 - 恋の極意 再生核研究所声明159(2014.5.28):恋する男女は強い - 何故か? 今回の展開は ありふれた小説の題材で、いわば定番の展開であるから、全人生や社会との関係で 状況の理解と在るべき在りようは 明瞭にみえる。 その前に、上手く展開した花子様の例は、恋の原理、恋の機微にしたがって、恋の目覚めに始まって、順調に進んだのであるから、ハッピィーとして、評価すれば良い。世に言う、おめでとう という 祝辞を送りたくなる。― 関係者達は、それぞれに素晴らしい人たちに見える。 さて、蓮子様は 恋に目覚めず、空しい、息苦しい10年間を送ったと告白されている。 結婚生活を長く続けていても、そのような例は、世に多いとされている。子供ができれば、恋を越えて、新しい段階に進むのが世の常であるが、このように子を儲けない場合には、よりそのような可能性を高める状況が有ると考えられる。他方、石炭王嘉納 様は、大事に、大事にしてきたのに、結果について無念を表明している。娘のように、御飾りもののように 大事にされて来た様子が伺える。 家を中心とした古い社会のこと、蓮子様が 愛や、恋に目覚めることなく、嫁いだ状況は 当時は やむを得ない状況であると考えられる。ところがふとしたことから、恋に目覚め、一身を掛けたいとの熱情が湧いて、男女の愛に生きたいと決断、反社会的な駆け落ちの事態を迎えた。 人生の意義は 感動すること にあると、人生の基本定理は述べている、また、最も大事なこと、人類の存在は 如何なるものをも 超えている を考えれば、蓮子様の行為は諒として 判断されるべきであり、多くの女性の共感を得るだろう。そのとき、ぼんやりと人生とは何か、どの様な意味があるかと、回想するだろう。 他方、女性の気持ちを理解できなかったこと、恋の本質、女性の本質的な存在を理解できなかったことは 嘉納氏の大きな過ちであるが、このような事態になっては 大いに反省するとともに 愛する女性の新しい人生を暖かくみて、逆に協力、援助などを行うべきである。花子さんの ご主人の元奥様の 大きな愛に 学ぶべきである。 恋は 人生の大事ではあるが、恋だけが 人生ではなく、人生にはどんどん先があり、より高い精神的な段階があり、人間としての精進を志向して、まこと人物たる人間になるように成長を志向すべきである。 以 上 2014.7.29.06:25 嘉納氏の漢字の間違いを指摘された、修正。嘉納氏はこの声明のように立派に対応されたと言える。
2014.07.29
2014年7月28日 6:54 生まれか育ちか論争にはどんな意義があるのでしょうか?スティーブンピンカーなど、人間は生まれながらにして言語や行動、心さえも遺伝子や脳によって作られているという生得論。反対に心は空白であり、経験や学習が人間を作るという環境論。両者は人間の本性を巡って長い歴史の中争ってきましたが、その決着をつけることに何の意義があるのでしょうか?私はどちらも相互に作用する、それが人間だと思うのですが、環境論の人々はそれを認めることができず、生得論を激しく弾劾するそうです。いったいそれはなぜなのでしょうか?この議論を続けることになんの意義があるのか、その研究はどんな風に人の役に立つのでしょうか。教えていただけると幸いです。よろしくおねがいします。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10132492125これは両方、相互的なものである 現実は明らかではないでしょうか。幾らでも例が有りますね。
2014.07.28
2014年7月28日 6:55 何を為すにしても評価によってその為したことの価値は変わりますか?為したことはいかなる評価にも左右されずその価値は不変ですか?わたしは、何を見て、ことを為せばいいですか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12132467452評価によって左右される現実が有りますね。人間はどうしても周りの影響をうける現実が有ります。自分の判断が基本ですが、適当に周りに合わせるも 大事な処世では?
2014.07.28
2014年7月28日 6:59 中学校校長に嫌がらせをされています。悩んだ末、相談させていただきます。ここで相談してもと怒られそうですが。。。担任や平の教師からの嫌がらせならば校長に相談して解決ということができますが、校長本人が嫌がらせというのはあまり聞いたことがないと思います。簡単な説明になりますが、昨年学校で上の子がトラブルで同級生に殴られるということがありました。その際、学校からの連絡はなく、子供が帰宅してから私が顔の傷に気が付いて連絡を入れました。学校側はもう話し合いで解決しましたと勝手に決め、謝罪もなかったので警察に被害届をだし、市、県教育委員会にも相談しました。そのあと、ちょっとした嫌がらせのようなものはありましたが、気にしないようにしました。しかし、今年4月に下の子が入学してから、担任を使って嫌がらせというか潰そうとしてきます。下の子は学年でも上位の成績で、明るく活発、ハッキリ意見も言うし、小学校ではオール5をとっていました。それなのに、学級委員、作文、英語弁論大会、合唱コンクールのピアノ伴奏、立候補しましたが、選ばれませんでした。理由を聞くと適当にごまかされたそうです。運動会リレーの選手だけは、うちの子の次に早い子に声をかけたけれどその子がうちの子の方が早いからやりたくないと言ったので、渋々決めたようです。担任は今年赴任してきたばかりで、校長の指示としか考えられませんが、証拠がない。器が小さい人間だと思いますが、こういうやり方をずっとされるのは耐えられません。証拠もないように用意周到だと思うので、どこに訴えても相手にされないでしょうか?教育委員会は校長や担任をそう簡単にやめさせたりしませんから、最悪、転校も考えています。まとまりのない文ですみません。何か方法がありましたら教えてください。よろしくお願いいたします。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13132485808世の中には変な人もいますから、取り合わず 上を行く処世が有りますね。 余り相手にせず、 淡々として、 軽く流す態度ですね。これは、修行に成って 活かせるぞ ですね。
2014.07.28
2014年7月28日 6:59 中学校校長に嫌がらせをされています。悩んだ末、相談させていただきます。ここで相談してもと怒られそうですが。。。担任や平の教師からの嫌がらせならば校長に相談して解決ということができますが、校長本人が嫌がらせというのはあまり聞いたことがないと思います。簡単な説明になりますが、昨年学校で上の子がトラブルで同級生に殴られるということがありました。その際、学校からの連絡はなく、子供が帰宅してから私が顔の傷に気が付いて連絡を入れました。学校側はもう話し合いで解決しましたと勝手に決め、謝罪もなかったので警察に被害届をだし、市、県教育委員会にも相談しました。そのあと、ちょっとした嫌がらせのようなものはありましたが、気にしないようにしました。しかし、今年4月に下の子が入学してから、担任を使って嫌がらせというか潰そうとしてきます。下の子は学年でも上位の成績で、明るく活発、ハッキリ意見も言うし、小学校ではオール5をとっていました。それなのに、学級委員、作文、英語弁論大会、合唱コンクールのピアノ伴奏、立候補しましたが、選ばれませんでした。理由を聞くと適当にごまかされたそうです。運動会リレーの選手だけは、うちの子の次に早い子に声をかけたけれどその子がうちの子の方が早いからやりたくないと言ったので、渋々決めたようです。担任は今年赴任してきたばかりで、校長の指示としか考えられませんが、証拠がない。器が小さい人間だと思いますが、こういうやり方をずっとされるのは耐えられません。証拠もないように用意周到だと思うので、どこに訴えても相手にされないでしょうか?教育委員会は校長や担任をそう簡単にやめさせたりしませんから、最悪、転校も考えています。まとまりのない文ですみません。何か方法がありましたら教えてください。よろしくお願いいたします。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13132485808世の中には変な人もいますから、取り合わず 上を行く処世が有りますね。 余り相手にせず、 淡々として、 軽く流す態度ですね。これは、修行に成って 活かせるぞ ですね。
2014.07.28
2014年7月28日 7:01読書量について情報取得手段がかつて(自分は今は40代後半)に較べきわめて多彩になっており、読書量は特に年齢が若いほど減っているような気がします。自分の学生時代(1980年代)は情報取得手段が印刷媒体(新聞、雑誌、本)とキー局を中心とする電波媒体(テレビ、ラジオ)くらいでした。この世代以前は情報取得を読書に頼る傾向が若い世代より高い?のでしょうか。今は電波媒体ですら、BS他山ほど増えているうえ、モバイル端末で容易に情報が得られる時代、印刷媒体、紙媒体から情報を得る必要性自体が低いのでしょうか。良し悪しの問題ではなく、必要性自体が下がってきているのでしょうか。放送大学、ネットの大学まである時代、わざわざ印刷・紙媒体の必要性は低い・・・逆に資源節約の観点から印刷・紙媒体は駆逐される?時代の到来でしょうか。要約が瞬時にネット検索で得られる時代、紙で長々と読む必要はないうえ、映像媒 体からの情報量の方がはるかに多い?のでしょうか。読書することが多々ある自分が古い人間に思えてきました・・・http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10132442970読書の在りようや、情報の入れようは色々であって、場合、場合によって 利用する、 方法の質や種類などもいろいろ考える必要が有りますね。 若い世代に読書で得た世界や知識が、性格や、人生観の公正に大きな影響を与えますね。対応は極めて、多様で、微妙で難しいですが、好きなものを手に入れて行くが 基本では?
2014.07.28
2014年7月28日 7:03 憲法9条が、平和を守ると言う意見の方に質問です。教育カテゴリーで同じ質問をしたのですが、一切回答がないのでこちらで投稿します。あなたは、憲法9条が平和を守るという意見の持ち主です。そこで、中学校の講演会に呼ばれました。中学の一クラス30名ほどの生徒に、憲法9条がいかに日本の平和を守って来たか、教える事になりました。そして、当日教室に入り、クラス全員の生徒に向けて話をしました。そんな中、ある生徒が「1947年5月3日に憲法9条が誕生した後、自衛隊設立前の1952年1月18日に韓国は竹島を侵略したので、「憲法9条が平和を守る」とのあなたの主張は誤りです。」と、ある生徒が発言してきました。あなたなら、なんと言い返しますか?http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8694322.htmlこれは判断が、短絡的で、難しいのでは。 1947年とは、敗戦間もなく、 無条件降伏したばかり、日本は壊滅、侵略されていたのですから、自治権もなく、アメリカが 日本の運命をににっていたころ、日本は 何をされても、どうしようもない時代では?敗戦とはそのようなものでは。そこで、大局的に 大きな視野と、総合的な戦略を 考えるべきでは。反撃する、防衛力は 何時でも必要では?専守防衛に徹すれば、少ない軍事力で、有効な手段を持てるのでは? 愚かな、 軍拡競争など したくはないですね。
2014.07.28
賛成です。 時代を逆行させるのではなくて、世界史の進化を 図るべきでは。日本は、軍事ではなく、 平和憲法で世界に貢献できるのでは?
2014.07.28
2014年7月27日 7:10 道徳観や倫理観がなければ人類の科学は進歩したでしょうか?それとも破滅の道をたどったでしょうか?補足人間のクローンを認めていないのはどうでしょうか?宗教で道を曲げられた技術や知識はなかったでしょうか?てところですかね、、、http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10132427560これは難しいですね。 どんどん 変な化けもの 社会が出来て、大混乱を 起こすのでは?破滅ですね。
2014.07.27
2014年7月27日 7:11 人間の幸福について。時間が経過し過去、現在、未来と進むとするならば、時間の経過と人間の幸福増大は概ね比例するのでしょうか。それとも全く無関係でしょうか?ご教示下さい。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10132417275 人間の幸福観は、極めて複雑で、そんなに単純ではないのでは?
2014.07.27
2014年7月27日 7:13確かにアメリカは敵国でしたし、日本を負かしましたが、アメリカは日本を植民地にせずに、平和な国にしたと解釈していいですか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13132450018日本の現実を見れば、アメリカの占領政策は、成功している、評価すべきでは。
2014.07.27
2014年7月27日 7:15原発を今すぐに停止しろっていう論者の言い分がよく分かりません。自分は特に何か勉強をしたわけでは無いので一般市民の感覚なのですが、単純に核の廃棄物は適切な処理が完了するのに想像を絶する年月がかかるとのことですが、でしたら逆転の発想で、今すぐ廃止するよりも、原発で利益を出し続けて、その中で無理なく脱原発の技術を確立させていく方が現実的な気がします。どうせアホみたいな年月かかるなら、十年や二十年、今更遅れた所で変わらないのでは?と思うわけです。それに放射線脅威があるからと脊髄反射で即廃止にしたところで、どのみち日本よりも技術の無いアジア各国にも原発はある訳ですし、これら脅威から逃れられる気がしません。あと、これは友達の受け売りですが、原発の潜在的危険性よりも、車社会の方がよほど危険だと。毎年おびただしい数の人が死傷しているわけですし。論点がずれているようにも感じますが、本質でもある気がします。どうでしょうか。有識者の方、稚拙な僕に知識を下さい。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13132446173これは実際難しい判断では。 真実や実状、評価できない難しさですね。素人として、当然避けられれば避けたい、危険性が極めて高いからですね。 他方使用して来たのを直ぐに全廃では、 凄い投資が無駄になる事実もある。 非常に判断は難しく、 分らないところの議論になる要素が高いですね。
2014.07.27
2014年7月27日 7:体罰教師と暴力教師。賛成も反対もたくさんのご回答をお待ちしております。まず、私の意見を述べさせて頂きます。体罰教師と暴力教師は別物です。昨今の「体罰教師が~」との報道の多くは暴力教師です。自殺に追い込むようなものも暴力教師です。報道によって、多くの国民の皆さんは、体罰と暴力を誤解されていると思います。体罰は教育です。暴力は暴力です。「体罰教師は人目につかない場所や大人しい生徒を対象に選ぶ。」と言われることがありますが、これは暴力教師のすることです。私が見てきたことも踏まえてになりますが、本物の体罰教師は、すなわち自分の教育理念に基づいて時として生徒に体罰をする教師は、顔面を殴る時も平手打ちです。つまり、ビンタ。それも執拗に殴り続けたり蹴りを混ぜることはありません。暴力教師はこういうことをします。また、自分の体罰で問題になれば退職も覚悟しています。その点、暴力教師は行為を否定したり証拠隠滅をしたり生徒に口止めしたりします。更に、体罰教師は相手を選びません、良い意味で。自分より体のデカい不良生徒でも複数の不良生徒でも殴る時は殴ります、平手打ちです。しかし、暴力教師は不良が相手になると基本的に動きません。何故か、自分が一番大切なので自分は痛い思いをしたくないからです。私が見た体罰教師は自分よりも体のデカい生徒でもその生徒が悪さを重ねたり他の生徒に害を与えていたりすれば自分の身体を張ってでも止めていました。その結果、取っ組み合いになるのも見たことがあります。しかし、私はそのような教師は嫌いではありません。何故か、正直だからです。生徒への真剣みが感じられるからです。事なかれ主義で悪い事をした生徒に対しても適当に済ませるような教師よりよっぽど筋が通っています。警察を呼べばよいのだ、教師は絶対に体罰はダメだ、と言われる方がいますが警察はすぐには到着しません。警察を学校に常駐させることは不可能です。問題を起こす前に停学や退学にしておけば良いと言われる方がいますがそれは教育の放棄です。長くなってもあれなのでこの辺にしておきます。最後に最もお伝えしたいことをまとめます。◎体罰と暴力は全く別である。◎体罰も含めて全ての肉体的接触を禁ずることは現場の教師の手足を縛り、生徒の悪行を助長させることになる。また、教師の事なかれ主義を助長させることになる為、良くない。どうでしょうか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13132439713暴力を使うは、基本的におかしいのでは。暴力によらずに教育は出来るのでは。 考えたい。
2014.07.27
2014年7月26日 6:57 <文体の良し悪しというものは科学的に分析したり量ったりすることが可能でしょうか。できなければどういう基準で客観的に判断することができるでしょうか。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12132403152詩や音楽のように少しは有りますが、基本は感性で個人によって変わり、 芸術のように曖昧な感性、感情の世界ですね。しかし、どんどん、科学的に捉えられる 方向には進みますね。
2014.07.26
2014年7月26日 6:57 生と死をどうやって比較しますか?人は、知人や動物の死を観察して勝手に死というものについて想像し、死を生と比較してあらゆる面で劣っていると思ってしまいがちです。ところが、よく考えてみると、私は死んだことがないの、生は経験していますが、死は未だ経験したことがありません。だとすれば、上記の想像は厳密には意味をなさない筈です。死を生と比較することは、できるのでしょうか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11132402936おっしゃるとうりですね。 すべて、生の世界の出来事で、死の世界は無意識、分からない世界ですね。 ちょうど、 生まれてくる前のような世界ですね。あるいは、熟睡しているとき、麻酔を打っているとき。すなわち、分からない世界ですから、死は恐れるに 足らない天国と思えば 良いですね。苦しみは みんな生きている世界での 出来事ですね。
2014.07.26
2014年7月26日 6:58 物理の授業で 「慣性系に対して等速度で運動する座標系も慣性系であるため無限にあり、そのどれも平等である」このことが物理の発展に伴い発見されたため西欧文化において相対主義が根付いたと先生が言っていたのですが本当ですか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14132395394ユークリッド 幾何学に対して、非ユークリッド幾何の出現、アインシュタインの相対性理論は、絶対の否定、 相対的な世界観を世界史にもたらしましたね。 世界観が変わりましたね。
2014.07.26
2014-07-26 6:59 GMT+09:00 洗脳と教育の違いを教えて下さい><http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14132383159良いことを取り入れるか 否か、強制的か 自由を尊重して 進めるかなどでは?
2014.07.26
2014年7月26日 7:00世界は存在する必然性があるのでしょうか?こんなことを質問するのは、私が若いときから世界が存在する理由とか根拠がどうしても分からず、なぜ、世界が存在しているのだろう? という疑問に長年にわたって苦しめられてきたからです。もし、神のような存在がいれば、世界は存在する理由もあるし、神がその根拠なんだから、分かります。だけど、神のような超越者がいないと世界は存在する必然性はなく、偶然のように思えてきます。そしてもし世界が偶然に存在しているとしたら、存在しなかった可能性もあることになりますから、現在、目の前に存在していることは奇跡としてしか考えられません。神のような超越者を引き合いに出さずとも、この世界が存在する必然性というものがあるのでしょうか?お尋ねします。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12132379907それは難問で分らず、 気付いたら生きていた、みんながやっているので、真似してやっている、何も定かに分かりませんね。まるで、ロボットのように、本能や感情で動かされていますね。食欲でさえ、生体の保持のために 食をいれろと命令されていますね。 胃袋に使われている人間ですね。 胃袋も、生命維持のために働かされていますね。人間て、何者かに生かされているのですね。よく分かるのは、生きよと 命令されていることでは?
2014.07.26
2014年7月26日 7:00 〈概念〉とは、ある類の全成員にひとしく共通するものであり、したがってそれはつねに抽象である。しかし「存在」は概念ではない、――それはつねに具体的であり、抽象ではない。〈存在〉は思考されえず、ただ遭遇されるのみ。だから人間はいつも孤独だとはどういう意味ですか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12132371967基本的に良いですが、厳格には言いきれず、存在も、概念も曖昧ですね。所詮、人間の心には、深い霧がかかっていて、何も定かにみえませんね。知ることもできない。 ぼんやり感じているだけですね。
2014.07.26
2014年7月26日 7:03 記事石井登志郎2014年07月24日 22:55雰囲気で進む小学校英語政府は、急速に進むグローバル化に対応し、国際社会でも活躍できる人材を育成するために、小学校英語の開始時期を5年生から3年生に前倒しするなどの英語教育改革実施計画を発表し、それを実現するための学習指導要領全面改定に向けて動き始めています。現在、小学校5~6年で週に1時限程度のものを、英語の授業を小学3~4年で週1~2時限程度、5~6年で週3時限程度実施を目指すとともに、中学校では授業を原則英語で行い、高校では発表や討論を通じ、より高度な英語力を身につけさせる、という方向のようです。英語教育の早期化は、もっともらしい、選挙受けする政策です。東京オリンピックが2020年にありますから、それに向けて日本の若者が世界からの観光客に英語で 日本を紹介できるようにする、というのも聞こえは悪くありません。語学は、年が若いうちから始めた方がいいということは、半ば常識化しています。ただ、実際に早めるとなると、誰が教えるのか、他教科への影響はないのか等、超えるべき高いハードルが山積しています。また、東京オリンピックと言うけれど、たった6年先に向けて、今の小学生を鍛えようとする考えには、相当無理があります。英語教育の早期化は、実態の検証なく、雰囲気のみが先行しているように思えます。英語教育においては、有名な「平泉・渡部論争」とも呼ばれる、1975年に「英語教育大論争」として取り交わされた有名な論争があります。元外交官で自民党衆議院議員であった平泉渉氏と、上智大学教授であった渡 部昇一氏との間の英語教育に対する論争ですが、今も答えの出ない、そして意義深い論争です。私なりの解釈によるそれぞれの主張は、平泉氏は本当に英語が必要な人間に徹底的に十分な英語を身につけさせるべきとしているのに対し、渡部氏は教養の一環として全国民が英語を学ぶべきという立場です。私も国会の文部科学委員会で取り上げましたが、今もこの論争に完全な白黒はついていない、それだけ大きなインパクトを後世にまで残した論争です。さて、平泉・渡部論争から40年が経ち、時代環境は確かに大きく変化しました。平泉・渡部論争が勃発した1975年の日本への短期滞在者(主に観光客)は年間37万人程度であったのが、今では30倍の1000万人を超えるようになっています。将来はさらに2000万人を見 込みます。ビジネスの面でも、海外とのやりとりをするシーンは劇的に増え、インターネットの発達もあり国際公用語としての英語の重要性は増すばかりです。そう考えると、時代の変化は渡部氏の主張に合理性を見出すように傾いてきたようにも思えます。しかし、地方や職種によっては、今でも全く外国語と関わりのない人生を送る人が相当数いるのも事実です。また、英語を話せることだけで国の繁栄に直結するわけではありません。フィリピンやインドは、日本よりもはるかに英語を操る人口比率は高いですが、必ずしもそのアドバンテージを活かしきれていません。そう見ると、平泉氏の主張が完全に合理性を失ったとは言い切れないと思います。兎にも角にも、何となくの雰囲気だけで英語教育早 期化を進めるばかりでなく、地に足をつけた、実態を踏まえた日本人の英語力向上に向けて議論を深めるべきです。私の考えの一端を述べれば、一部の積極的ないし環境の整った自治体を除き、立派な小学校英語を提供できている学校がそう多くない以上、スタンダートは中学英語の強化に集中したらよいと考えます。誤解なきように重ねて書きますが、十分に体制を整えることができている学校、自治体は小学校一年からでも始めたらよいのです。しかし、無理を強いて小学校から英語を始めている地域では、今回の政府方針にさらなる動揺をしていることと推察されます。英語はあくまでコミュニケーションツールです。ツール=道具の習得に心血注ぎ、本質磨きが疎かになってもいけません。未来の我が 国と子供たちの将来を決める議論です。思い込みや偏見なく、分け隔てなく議論し、しっかり実をとるべきと考えます。http://blogos.com/article/91192/文化として英語を早期に取り入れて行くのは大事ですが、英語の教育があまりに重きをなすのは、 問題では?教育は基本をしっかりさせる。 では?学校教育でなくても 英語の普及は可能では?
2014.07.26
2014年7月26日 7:04資本主義社会が、一番優れた社会の仕組みですか? 今の世の中が完成された人間社会でしょうか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13132403993自由を尊重するを基本とするは 理想では。しかし、抑制や、社会性から 条件を付けたり、修正して行くのが 大事では?
2014.07.26
2014年7月26日 8:40 置き去りにされてる女の人を見ました。今日ドライブで、市街地から20Km程の所にある海に行きました。私達のほかにカップルが一組いて、ちょうど車に戻っているところでした。そこで突然彼氏のほうが猛ダッシュで走り出し、車に乗り込み、ひとりで帰ってしまったんです・・・彼女のほうは泣きながら裸足で追いかけていました。様子を見ていた限りではケンカとかしている雰囲気ではなかったし、いたって普通でした。多分彼氏のほうは冗談のつもりでやったんだと思います。ゲラゲラ笑いながら去って行きましたし。でも、それにしてもひどいと思いませんか?他人の目の前でそんな恥をかかせるなんて。。私達のほかには誰もいなくて、しばらく様子を見てたんですけど、その彼女があまりにも可哀相で・・・家まで送ってあげようと思って車で彼女のところへ行く途中に、彼氏が戻ってきてました。乗せてもらってたので私たちはそのまま戻りましたけど。冗談だったとしても、こんなことされたら別れますよね?これから先も同じことされるかもしれないし、結婚とかして子供ができたら、今度は子供に同じことをするかもしれませんし。ああいう男の人、はじめて見ました。鬼です。これを読んで、どう思われますか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1023188880冗談にも程があるという言葉が有りますね。大事では。死の問題など、有りますね。それを言っては御終いだもありますね。行き過ぎは気を付けたい。
2014.07.26
ゼロ除算が捉えた世界: 特異積分におけるアダマードの有限部分や、コーシーの主値積分は、弾性体やクラック、破壊理論など広い世界で、自然現象を記述するのに用いられている。 面白いのは 積分が、もともと有限部分と発散部分に分けられ、 極限は 無限たす、有限量の形になっていて、積分は 実は、普通の積分ではなく、そこに現れる有限量を便宜的に表わしている。 ところが、その有限量が実は、 ゼロ除算にいう、 解析関数の孤立特異点の 確定値、無限遠点における値に成っていることを発見した。 これはゼロ除算の結果が、広く、自然現象を記述していることを示している。 2014.7.6.16:53 論文原稿を結構、送付した日。 ゼロ除算100/0=0 は 割り算に意味から、何も かも当たり前である という知見が 広がりつつある。2014.7.26.10:20
2014.07.26
2014年7月25日 7:47 他人の心って、存在するのでしょうか?存在するとしても、それをどうやって認識したらいいんでしょうか?常識的には私たちは他人には意識や心はあると思っています。だけど、他人の意識や心って、私たちからは見えませんよね?見えるのは他人の仕草や、表情や、振る舞いだけです。また、他人が喋るのを聞いたり、他人のまなざしを感じるだけです。そうしたものの向こうに、見えないけれども、他人の意識はや心があるものと私たちは思っています。だけど、いずれも感覚器官を通して間接的にあるだろうと想定しているだけですね?そして、デカルトが言ったように感覚器官を通して外界を認識するものはそれが存在しない可能性があると疑うことができます。もしかしたら人間でなくてロボットかもしれない可能性もあるわけです。それに対して私が意識を持っていたり、心を持っていることは直接的に知ることができます。それは疑えない確実性がありますが、他人のそれは確実性がありません。それなのになぜ私たちは他人に意識や心があると、当然のように思うのでしょうか?私にはそれが不思議でしようがありません。他人の意識や心は私には認識もできないし、感覚もできないのに、どうして他人に意識や心があると私たちは思うのでしょうか?ちなみに、私は意識とか心は私一人にしかないと思っています。皆さんはどう思いますか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11132351876これは詳しく考えると認識の問題で難しいですが、自分もぼんやりあるように、 他人もぼんやりあるのでは。全体の像が見えますね。ある纏まりのある考えを持てるのでは。曖昧ですが。
2014.07.25
2014-07-25 7:49 GMT+09:00 悪人と善人の決定的な違いは、何ですか。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13132321948簡単に考えれば、自分中心に考えるか、他の人にも気遣い、共感、共鳴できるかでは?
2014.07.25
2014年7月25日 7:53 国連の人権委員会が行った対日に対する判断は一方的だと思います。なぜなら、もう平和条約を結んだ以上、韓国政府に払った賠償を韓国政府が支払わない。 しかもアメリカにおいてもオーストラリアにおいても慰安婦として売春してるのに、日本だけはおかしいです。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10132352655それはおかしいですね。戦争には悪いことが起きるのは当然で、全体的な反省が 大事で、個々の問題を議論するのは おかしいのでは?再生核研究所声明 101(2012.10.3) 慰安婦問題 ― おかしな韓国の認識、日本の認識戦後60年を過ぎても 韓国は 第2次世界大戦以前の問題、 慰安婦問題や日本の植民地支配を批判したり、さらに謝罪を求めたり、賠償を求めたり、繰り返しているように見える。これらは、そもそもおかしいのではないだろうか。日本に侵略されたり、 虐待されたりしたとすれば、それは そもそも、自らの国家が、侵略を受けたり、乱暴をゆるしたのであるから、国家としての最も基本的な在りようを疎かにした、自分の国のだらしなさであって、 恥ずべきことではないだろうか。そもそも 第2次世界大戦以前は 強い国が弱い国を侵略し、滅ぼしたり、虐殺するなど、世界の常識であり、力が世界を支配していたと言える。古くは、平和に暮らしていた国を滅ぼしたり、略奪したりしてきた歴史は幾らでもある。大和はアイヌ人を騙して、侵略を続け、アメリカでもアメリカインデアンを同じように追い詰め、 第2次世界大戦中ですら、愚かにも戦争を仕掛けた、日本国など、原爆を2つも落とされ、何十万という非戦闘員の命を落とされている。大和もアメリカも ご免なさいと謝ったり、賠償をしているだろうか。日本の韓国における非道など、世界史や、第2次世界大戦中でも無視できるほどのことではないだろうか。ドイツはユダヤ人の根絶さえ狙っていたように見える。どうして、 自分の国のだらしなさを 世界に繰り返し、宣伝し、侵略を受けたことへの反省がないのだろうか。 日本は原爆など落とされ、あるいは非戦闘員を多数失ったが、それは戦争であり、自分の国の無力さ、愚かさを反省して、アメリカを批判したり、賠償を求めたり、せず、 友好関係を進め、世界の歴史を進化させようとしている。弱い、だらしのない国は 侵略を受け、滅ぼされるのも止むを得ないと考えるのが世界史の原理ではないだろうか。 2500年も前、古代中国では、国はどのように軍を備えるべきか、議論しており、孔子も隣国を侵略するように進言している。再生核研究所は 世界は未だ、野蛮性を有しているから、世界史を進化させ、より良い世界を具体的に示し、世界平和の問題や、人類の在るべき姿について 提案している。未来志向である。世界史を進化させようではないかと訴えている。韓国の慰安婦問題や植民地時代の問題のぶり返しは、再生核研究所声明 49: アジアの愚か者、アジアの野蛮性 そのものであり、そのような見識では、同じ民族も、国家も統一できないのではないかと 憂慮している。日本の大陸侵略の 時代背景、日本人の存念は 大谷杉郎 元群馬大学名誉教授が 心をこめて残された手記 (第二次世界大戦と日本の良心: 夜明け前 よっちゃんの想い (文芸社、84-86ページ) ― 第二次世界大戦の本質は、 世界列強の世界侵略に対する日本の切ない反逆です。― )を参照されたい。より良い対応は有ったと考えるが、日本は 欧米のアジア侵略に正面から反逆して、 結果として、敗れはしたが、アジアの独立を導いた面 も 正当に評価されるべきであると考える。元慰安婦などとの、日本政府との個別の問題対応などは、韓国への内政干渉であり、そのようなことは 韓国政府を侮辱するものである。そのような対応をとるべきではなく、元慰安婦などが 歴史的事実に不満が有れば、 それは、自分の国家の責任者に対して行うのが道理である。また、いろいろな国際舞台で 韓国は慰安婦問題や植民地時代の政策を批判などしているが、それらは、上記のように、自らの国の 自分達の無能力さを世界に表明しているものであり、いちいち反論したり、議論をすべきではない。無視すべきである。そのようなことで、言い争っていると、 外からみれば、どっちもどっちのアジアの愚か者の仲間と見えるだろう。
2014.07.25
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