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ヤモリは夜 人家の壁などをぺたぺたと歩き回り 光に集まる虫を食べます。
害虫を食べてくれるところからか 昔から家を守ると言われ 「 家 守 」として 親しまれてきました。つくりはトカゲやイモリとまったく同じなのに、家の中で見かけてもあまり嫌われることがないのは あの大きくて丸い 頭と手と目がなんとなく お人好しな感じがするからでしょうか。
さて、このお話では、ヤモリは「家」を守るの「家守」ではなく、病から人々を守るという意味の「 病 守 」として登場しますよ。
むかし むかし ある村に ハナちゃんという六つになる女の子が住んでいました。
ハナちゃんはウメさんというおばあちゃんと二人だけで暮らしていました。
二人は家の近くの石の地蔵様をとても大切にしていて 朝な夕なに拝むと 掃除をしたり地蔵様の赤い 涎掛 けを洗ってやったりしていました。
その日も まだ暗いうちからハナちゃんはおばあちゃんと一緒に地蔵様の掃除にやってきました。
庭から切ってきた黄色い 蝋梅 の花をハナちゃんが地蔵様にお供えすると、地蔵様は目を細め
『ああ、きれいだね。 満月のようだね ありがとう。よい子だよい子だ。』 と喜びました。
そして夜 地蔵様はいつものように 地蔵様の台座に住んでいるヤモリのヤモ吉を呼んでこういうのです。
「ヤモ吉や 今夜もハナちゃんとウメさんが病にかからないように見てきてくれるかい。」
「はい 行ってまいります。」
ヤモ吉は二人の住む家に急ぎました。 夕方見かけたハナちゃんが少し咳き込んでいたことが 心配だったのです。
二人の家は小さな粗末な家ですが 村の人たちがよく手入れをしてくれるので 小ざっぱりとした住みよい家でした。
ヤモ吉はいつものように 軒下の隙間から家の中に入るとハナちゃんたちの寝ている部屋を見に行きました。
ヤモ吉は部屋に近づくと 嫌な気配に気がつきました。
「病の臭いがする。ハナちゃんかな、ウメさんかな。」
ヤモ吉はどちらにしても病気の重くないことを祈りながら 襖の間から中に入っていきました。
おでこに濡らした手拭を載せて 赤い顔をして苦しそうに寝ていたのは ハナちゃんでした。
「ああ、やっぱり。 可哀想に。」
ヤモ吉の心配したとおり ハナちゃんは風邪をひき 熱を出していたのです。
ハナちゃんの横では おばあちゃんが体をまるめて水で手拭を絞ってはハナちゃんの顔を拭いてあげていました。
ヤモ吉は天井の隅に張り付きました。
そして手足に力を入れて体を支えると 大きな口を開け ごくん、ごくん と何かを飲み込んでいきました。
ヤモ吉が飲み込んでいるのは ハナちゃんの体の中の病の気でした。
ヤモ吉が ごくん、ごくん とするたびに ハナちゃんの体はほんの少しずつ楽になっていきました。
夜もふけた頃 おばあちゃんはハナちゃんのおでこの手拭を絞りなおそうとして ハナちゃんの体がもう カッカとしていないことに気がつきました。
「地蔵様 ハナの熱を取って下さってありがとうございました。」
おばあちゃんは 地蔵様のおらっしゃる方角を向くと 手を合わせてお礼を言いました。
ヤモ吉はその様子を見て安心すると ゆっくりと家の外へと出ていきました。
小さな体で人の病の気を食べるのですから このままではヤモ吉は死んでしまいます。
ですから 秋から冬の間なら 南天 の赤い実を、春なら 蕗 の 薹 や 土筆 の頭など、夏なら 山椒 の葉を食べて毒を消すのです。
今は冬なので 裏庭の南天の赤い実をヤモ吉はひとつ食べました。
そして まっすぐ地蔵様のもとに帰ると 地蔵様の石の背中にくっついて何日も眠るのです。
次の日 元気になったハナちゃんが、おばあちゃんと一緒に地蔵様のところにやってきました。
「昨日の晩は、ハナの熱を取って頂いて ありがとうございました。 この通りハナも元気になりました。」
おばあちゃんがお礼を言うと ハナちゃんも小さな手を合わせて
「地蔵様ありがとうございました。ヤモ吉様お熱を食べてくれて ありがとうございました。」とお礼をいいました。
「ヤモ吉様っていうのは うちによくいるヤモリのヤモ吉かい?」
おばあちゃんが聞きました。
「うん、ヤモ吉がハナのお熱を食べてくれている夢を見たの。」
地蔵様の背中にくっついて眠っていたヤモ吉はうれしくて体が熱くなりました。
地蔵様もほほえんで 「そうだ そうだ」 と頷きました。
けれども それから十日もしないうちに今度はハナちゃんが一人で地蔵様のところにやってきて 心配そうにいうのです。
「地蔵様 おばあちゃんが昨日の夜から高いお熱です。 どうぞおばあちゃんをお助けください。」
地蔵様とヤモ吉は はっとしました。
ヤモ吉の体がまだ元に戻っていなかったので 二人の様子を見てやることができなかったのです。
ヤモ吉は地蔵様の前に這い出るといいました。
「地蔵様 わたしはもう大丈夫ですからハナちゃんの家にいってまいります。」
地蔵様は 心配そうにヤモ吉を見送りました。
その年は 村中で高い熱を出す病が流行り 体の弱い年寄りや赤ん坊のいる家では どこも心配していたのです。
ハナちゃんの家には 村の人が数人、おばあちゃんの看病とハナちゃんのお世話をしに来ていました。
ヤモ吉はハナちゃんが一人ぼっちではなかったことにほっとしました。
そして おばあちゃんの寝ている部屋に急ぎました。
おばあちゃんは静かに眠っていましたが ヤモ吉にはおばあちゃんの体から重い病の気がでていることがわかりました。
ハナちゃんはお手伝いの村の人の後ろから じっとおばあちゃんの様子を見守っています。
ヤモ吉は天井に登りました。 手足に力を入れて目を硬く閉じると ごくん、ごくん とおばあちゃんの病の気を飲み込んでいきました。
天井にヤモ吉がいることに気がついた花ちゃんは おばあちゃんの枕元に座り 小さな手を合わせて心の中でヤモ吉を応援しました。
夕方 村の人がハナちゃんの食事を持ってきましたが ハナちゃんは手を合わせたまま首を横に振りました。
村の人が帰っていくときもハナちゃんはこくんと頭を下げるだけで ずっとずっと手を合わせたままでした。
帰り道 村の人たちは地蔵様の前で足を止めると おばあちゃんの回復と 小さなハナちゃんの幸せを心から祈っていきました。
石の地蔵様も ずっと祈っておられました。
ヤモ吉はそのお陰で頑張ることができました。
おばあちゃんの体からあふれていた 重い病の気を辛抱強く飲み込み続けました。
明け方 ヤモ吉はいくらかおばあちゃんの体の中が晴れてきたように感じました。
『もう大丈夫。』
ヤモ吉の目はもう何も見ることができません。
『南天の実を食べないと。』
ヤモ吉はぼんやりと思いました。
部屋に朝日が差し込み ハナちゃんはそっと目を開けました。 おばあちゃんの頬にうっすら赤みが差していました。
恐る恐るおでこに手をやると おばあちゃんはゆっくりと目を開けハナちゃんを見ると 優しく微笑みました。
ハナちゃんは おばあちゃんの胸に顔を埋めて声を出さずに泣きました。
涙だけがいくらでも出てきたのです。
朝ごはんを持ってやってきた村の人たちも 「病の峠を越えたから もう大丈夫だ」と みんな喜んでくれました。
ハナちゃんは安心するとご飯も食べずに おばあちゃんの隣でぐっすりと眠りました。
夕方 目を覚ましたハナちゃんはヤモ吉を探しました。 けれどもヤモ吉は見つかりません。
「地蔵様のところかしら。」
ハナちゃんが探しに行こうと裏庭に出ると 南天の木の下で動かなくなっているヤモ吉がいたのです。
「ああ、ヤモ吉。 おばあちゃんの為に命を使ってしまったんだね。 ごめんね、ごめんね。」
ハナちゃんは また静かに涙を流しました。 そしてヤモ吉を手に取ると南天の赤い実と緑の葉を折りました。
そして地蔵様のところへ行くと南天の葉を敷き 赤い実とヤモ吉をそっと置きました。
「地蔵様 おばあちゃんの病気を治して下さって ありがとうございました。 ヤモ吉様が病気を食べてくれました。 どうかヤモ吉様が仏様のもとで暮らせますように。」
ハナちゃんが手を合わせお祈りをすると 地蔵様はヤモ吉の体を優しく手に乗せ小さな背中をなぜました。
『ヤモ吉ご苦労様でした ゆっくり休みなさい。』
橙色 黄金色 に染めました。
目を閉じ 手を合わせているハナちゃんの瞼には 明るい光の中の道をヤモ吉が歩いていくのが見えました。
その道の両側には赤い実をたくさん付けた南天の並木がずっとずっと続いて見えました。
さて ヤモ吉は 今では仏様の世界で 小さな石の地蔵様の姿となって 仏様のお手伝いをしているのですよ。
おしまい