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2004年05月29日
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 第一船は、予定とはまったく違う場所に漂着してしまった。
 上陸の許可がおりない。
 説明しようにも、通訳の第四船は難破。
 言葉が通じない。
 第一船の大使(責任者)、葛野麻呂は、頭をかかえた。
 「ああ、最悪の状態だ」

 ゆらりと、ひとりの男が、前に出た。
 空海、三十一歳。まだ、無名の一修行僧である。

 「なんだ、おまえは」葛野麻呂が言うと、
 「空海と申す、ただの一沙門でございます。」
 「おまえ、唐の言葉に詳しいのか。」
 「いえ、ちと、かじった程度にございます。」
 「おい、誰か、紙と筆をもて(もってこい)。」


 みなが、注目するなか、空海は、筆をとった。

  「賀能啓」

 光っていた。唐の言葉ができるなどというレベルではない。
 その文章は、詩のように美しく、
 そして、その文字たるや、一文字ひともじが、輝きを放っている。


○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○


 賀能(葛野麻呂の中国名)が申し上げます。
 高山は静かで沈黙したままであっても、鳥や獣は労苦を口にすることなく競って集まってくる。
 深い水はものを言わないが、魚も龍も倦(う)むことをいとわずに急いでそこへおもむく。

 山を越え海を渡る危険は、時に身を滅ぼすことは、承知の上でございます。
 しかし、わたくしどもは、天子(唐の国王)さまの有徳を慕って命を捨ててやってまいりました。

 天子が治めている御代は、霧や霜が季節正しくやってくる土地柄。天子がここに宮殿を建てることはまことにふさわしい。
 賢明な天子が皇位を継承して、すぐれた皇帝が次々と出てこられた。
 天下をおおいつくして、天子の徳の及ぶところ、八方の遠い土地を牢籠(ろうろう とらえ、おしこめること)している。

 だからこそ、わが日本国の人々は、有徳の天子を慕って、身命をかえりみず、渡海してまいりました。すでに暴風雨が帆を破り大風が舵(かじ)を折ってしまった。高い波は天の河にそそぐほどであり、小舟はただ、きりきり舞う様子でありました。波の上で風にまかせて二ヶ月あまり、ついに飲み水も尽き、人は疲れ果てて余力もなし。

 ようやく八月のはじめに突然山々(陸地)が見えたとき、その喜びたるや、赤子(あかちゃん)が母に会った喜びよりも大きく、ああ、今生きて再び日の目を見ることができたのも、これまさに、唐の皇帝の威徳のたまものでありもわたし自身の力の及ばざるものであります。

 しかし、いま、わたしたちはまったく予定外の場所に漂着してしまいました。ここ福建省の役人のみなさまは、悲しいことに、われわれを、日本国の使いの者であるということを疑っていらっしゃるようです。

 わたしは大使として、天子様に誠意を伝えるために唐の朝廷にやってきました。蓬莱(ほうらい)の国といわれる、わが日本国の宝を持ってまいりました。

 伏してお願い申し上げます。皇帝の徳風に随順する者をして、遣唐使がいつも待遇されたように、わたくちたちを迎え入れてください。ささやかなねがいです。謹んで申し上げます。


○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○


 のちに、空海は、平安の三筆(さんぴつ)と称えられる。
 その第一文字が、大使、葛野麻呂の目の前で鮮やかに踊った。

 この手紙は、唐の天子に届けられ、
 上陸の許可が、あつさりと降りた。

 空海、三十一歳、唐へ上陸。
 この無名の男、その天才ぶりは、まだ氷山の一角を見せたに過ぎない。





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最終更新日  2004年06月14日 13時17分44秒
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