2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全6件 (6件中 1-6件目)
1

メル散歩 いきあたりばったり2 大森編「二つの貝塚」京浜東北線大森駅で降りました。なんとなく目的はあったのです。「馬込文士村」探訪・・ですが、さっそく方向音痴ですし、特に地図ももたず、あっちかな~と歩き出しました。駅前のゴミゴミした感じ・・後ろの山は「天祖神社」途中で見かけた木造住宅小学校か中学校のころ社会科の授業で、モース博士が品川を列車で通り過ぎたとき線路の脇に貝塚があるのを発見しました。と勉強しました。日本の貝塚発見の始めてです。貝塚は縄文時時代からそこにずっとあったのに、だれもが縄文期のゴミ捨て場とは気付かなかったのです。ゴミ捨て場だからかえりみられなかったのかな? モース博士は大森貝塚の住所をしっかり記録していなかったのです。それで、後世、どこが貝塚なのか正確な住所がわからなくなってしまいました。 大田区の大森駅近くのNTTビルの敷地に大森貝墟という大きな碑があります。そこから数百メートル離れた品川区に大森貝塚史跡公園があります。こちらは貝の層が見られますので、こちらが発掘された大森貝塚の場所というのが現在の通説です。ただし両方とも大森貝塚として国の史跡になっています。 どちらも線路がすぐ脇を走っています。 モース博士が列車の中から貝塚を見つけた話しを習って、私はモースおじさんも電車に乗ると外の景色ばかりみていたのだな~とちょっと親しみを感じました。ですが私が外を見ていても、世紀の発見は出来ないのです。残念。モース博士史跡公園内にある貝殻が見える土壌もう一つの貝塚の碑電車がすぐ目の前を猛スピードで!昨日は雨ですので、散歩はどうしようかと思いながら、電車に乗りました。大森駅で降りまして、思い付きでぶらぶらしたのです。 まず駅前の天祖神社に行ってみました。急な階段を上がり神社を撮影しようと思いましたら、怖そうなおじさんが煙草を吸いながら裏から出てきました。カメラを向けることができず、社殿は撮れませんでした。 うろうろするばかりで、なかなかいい被写体に巡り会えません。やっと花が咲いた可愛い紫陽花 アジサイが少しづつ色づき始めています。 街路樹の根方にも綺麗なアジサイがありました。写真を撮っていますと、そのアジサイ綺麗でしょう。と声がかかりました。「はい」と振り返りますと、前のお店から、ちょっと美人の奥さんが出てきました。「それね、鉢植えで景品でもらったの。そのときは咲いていたけれど、次の年から花がつかなくて、それでも一生懸命水をやったりして育てていたけれど、何年も葉っぱばかり立派で花がつかないのよ。そうしている打ちに大きくなったので、その街路樹の所に植え替えたの。そうしたら去年1つ花がついて、とてもうれしかったの。今年は4つもついて」「本当に綺麗な色ですね。来年はもっと咲くでしょう」「もう、うれしくて、うれしくて」誰かに喜びを話したかった野でしょうね。それからも延々花の話しが・・、仕舞には道路の向こう側に咲いている紫陽花よりこっちが綺麗だと言い出して。花も自分の家の方が可愛いのですね。散歩をしていますと時に一期一会の出会いがあります。 その他に訪れた場所は品川歴史館、日枝神社、大森不動尊(円能寺)、鹿島神社、と神社仏閣ばかり歩いてしまいました。貝塚を二つ。アジサイ。鹿島神社は品川区100景に選ばれています。緑が多く区の保護林となっています。鹿島立ちという言葉があるそうです。筑紫に派遣される防人が鹿島神社で祈願したことを現しています。そこから交通安全、旅行の安全に御利益があるといわれています。鹿島神宮でお宮参りをしている一家に出会いました。写真に入らないよう気をつけて神社を撮りました。本日はどうも人に出会います。昼ご飯を藍屋という和食のファミレスに入りました。すると、そのお宮参りの一家が後からやってきました。縁ですね。この一家は赤ちゃんをなぜか若いパパがずっと抱いていました。普通はお嫁さんのお母さん、もしくはママが抱えていますよね。まあパパが育児に参加するのはいいことですが、慣れない抱き方にハラハラしました。品川歴史館にもよりました。まあなんというかそれほどでもないかな・・という展示でした。建物は立派ですね。成田山大森不動尊ともよばれている円能寺はこの辺りの地名の元である(山王様)日枝神社の隣にあります。目的を定めず、曲がり角をみれば曲がりまた元に戻りと同じようなところをグルグル歩きました。雨でしたので、いまいち盛り上がりに欠けましたね。カメラも一眼レフは濡らしたくないので、雨用のカメラを持っていきました。こちらのカメラはシャープに撮れません。雨の日はこのぼんやりもいいかなと思います。
2009.05.25
コメント(0)

谷津駅京成谷津駅前谷津バラ園への道巨人軍発祥の碑メル散歩 行き当たりばったりの旅方角だけ決めて家を出ました。日暮里から京成線にのりました。何処に行こうか、市川の先まで行こうか・・八幡でおりました。先日来たところでした。また電車に乗り船橋競馬場でおりました。競馬を楽しみたい訳ではなく、快速の停車駅だったので降りたのです。昔は近くに谷津遊園があったはず。遊園地は無くなったが、バラ園があるはずだ、と思い、線路際を歩いて谷津駅まで行きました。谷津駅前からバラ園まで遊歩道になっていました。雰囲気は世田谷の私鉄駅前に似ています。緑したたる並木の遊歩道の両側には古着屋さんやカフェがあり、お洒落な雰囲気です。そして安い八百屋さんもありました。心引かれるお蕎麦屋さんもありました。でもここはぐっと我慢。はやく綺麗な薔薇をみたいのです。暫く歩きますと京葉道路の下をくぐります。そこから公園になっていました。公園をなおも行きますと谷津バラ園がありました。360円払って中に入りますと、意外に狭いです。入り口から、ぐるりとバラ園全体が見渡せるほどの狭さです。しかし薔薇は多いです。びっくりするほど沢山咲いていました。今が満開。見頃ですね。いろいろなバラ園に行きましたが、狭いがこれだけ見事なバラ園は初めてでした。次回は京成バラ園にも行ってみようと思います。もっと見事でなことしょう。正直、薔薇はもう結構というほどでした。沢山見まして写真も撮りました。バラ園の後方には谷津干潟が広がっています。時期が悪いのか、水鳥は少なく、水も少なく、厭な匂いがしていました。早々に駅に戻りました。もう帰ろうかと上野行きに乗りました。のってすぐ、大神宮下という駅につきました。大神宮というぐらいだから立派な神社があるのだろうと思い、思い付きで降りてみました。降りましたらすぐ近くに大きな鳥居が見えています。船橋大神宮(意富比神社(おおひじんじゃ)という神社でした。新緑が溢れるほど多くて静かな神社でした。日本一小さい大神宮とも言われているそうです。延喜は古く、日本武尊が東征の折、祈願をしたのが始まりといわれています。ゆきあたりばったりなので、境内には灯明台(灯台)があるそうなのですが、気付きませんでした。残念!そこから駅に戻り海側へと歩いて行きました。橋を渡り、なおも海へ海へといきました。そこは船橋港です。船橋港親水公園になっています。船橋港親水公園の左側は船橋ララポートです。以前は船橋ヘルスセンターといっていた所です。小学生の頃、谷津の浜辺で潮干狩りをして、帰りに船橋ヘルスセンターでお風呂に入った記憶があります。もしかしますと、さきほどみてきました、あの干潟が昔は遠浅の海岸だったのかもしれませんね。懐かしいですが、ララポートにはよりませんでした。船橋港から左側へ京葉線の線路にそって歩いていきますと船橋オートレース場が見えてきます。オートレース場の隣はIKEAです。IKEAに入ってみました。2階のレストランは楽しそうな所です、私は谷津バラ園でお弁当を使ってきたので、食事はしませんでした。フリードリンクの200円を支払い、たっぷりアイスティーやペプシコーラを飲んできました。南船橋駅から京葉線で帰りました。南船橋駅前の空き地にチガヤがいっぱい、風に揺れ光っていました。
2009.05.24
コメント(0)

荒川の河川敷で標題の駅伝大会が開催されました。私も出ました・・思いっきり嘘です!!見に行きました。応援するつもりでしたが、沢山の人が出場されて、わかりませんでした。写真を撮ってきました。10時出走ですが、会場のアナウンスでは、32℃は超えているとのことでした。日向はとっても暑かったです。コスプレランナーもいらして、ほとんど拷問じゃないかという衣装の人もいました。
2009.05.10
コメント(0)
物質文明から精神文明へ標題からみると少しオカルトっぽいかもしれません。いま、文明が大きく変化する時がやってきているのかもしれないのです。過去、人々は大きく文明の変革を遂げながら進化してきたといえます。大きな変革は樹上から地上に生活の場を替えたときでしょう。サルからヒトになった時です。ヒトは枝をつかんでいた両手が自由になったことから道具を使うようになりました。道具は、より使いやすく効果の高い物に変わっていきました。何もかも燃え尽くす怖い火も、ヒトは上手にコントロールするようになりました。道具を使い、自由に火を点けたり消したり、持ち運んだりできるようになったのは、ヒトの第二の進化、変革でしょう。火を使えるようになると、道具は木や石から鉄器に変わっていきます。また狩猟生活から農耕生活に変わったのも第三の変革です。農耕生活というと穏やかな人たちを想像させられますが、実際は戦闘に明け暮れる時代の始まりだったのです。食糧が安定供給されると人口が増えます。人口が増えると田畑を広げなくてはなりません。土地の争奪戦がはじまり、戦いがおきます。第三の変革はヒト同士が殺し合う戦いの時代になったことです。そこから文明は駆け足になりました。よりよい武器を開発することは生活の道具も同時に開発されていくのです。メソポタミアや中国に文明が花開いてから、せいぜい四、五千年です。地球の歴史からみるとほんの短い期間です。人間が初めて地上に降りて暮らし始めた頃は、氷河期だと言われています。寒いし、餌は乏しい、夜になると野獣に怯えながら眠ります。生活の質は最低です。動物と人間との大きな違いは現状に満足しないことだそうです。恒に不満を持つ性格なのだそうです。そう言われてみれば、満足ということがなかったかもしれません。どんなに素晴らしいことがあっても、つぎはもっと素晴らしいかもしれないと思うからです。話が大きく飛びますが、バブル時代の日本人は、刹那的な楽しみに熱中ていしました。欲しければ何でもローンで買い、いらなくなれば捨てる。新しい物、高い物、ブランド品が飛ぶように売れました。そんな素晴らしい毎日だったのに。ある日、その生活に不満を感じます。遊んでばかりでいいのか、借金まみれの生活でいいのか。これも現状への不満です。正しい道に戻ったというより、恒に満足しない性格からきているのです。バブル期はサラリーマンの一生の給与より家が高くなってしまいました。立ち止まったのはそのためです。家もなく年老いていいのか・・、不安がバブルに穴を開けてはじけてしまいました。今、100年の不況といわれ、経済界はバブルの再来を待ち望んでいます。思えばあのころは良かった。人は借金までして物を買いあさった。バブル期の生活は貸借対照表は債務超過なのに、生活の質は高かった。実質は貧しかったのに。今は、人々の財布の紐は堅いです。物を買いません。安ければ買うけれど~、という時代が長くつづいています。さて、もう一度振り返ってみましょう。原始時代の人の生活はどのようなものだったでしょうか?動物園のチンパンジーのような暮らし方でしょうか?もっとも動物園では餌の心配がないので、野生時代とは大きく隔たっているでしょう。人間が食べるものを与えるわけですから、栽培された野菜や果物、穀物などを食べています。野生なら木の葉や皮、実、酸っぱくて小さくて種の多い果物になります。その上、危険なことがありません。野獣に襲われる心配がないのです。夜も昼も安心して寝ることが出来ます人の目からみますと動物園の方が、野生よりも生活の質が高くなります。食事は豪華、掃除はしてくれる、セキュリティー万全、病気になれば医者が飛んできてくれる。ホテルのスィートで生活しているような物です。しかし、ヒトは至れり尽くせりの生活でも満足しません。いってみれば刑務所の暮らしです。刑務所は食事も寝るところも医療もあるのに、刑罰になるのは、その暮らしが辛いからです。ああ、だが、現代は刑務所志願の人が増えています。わざわざ大きな犯罪を起こして刑務所に入る人がいます。刑務所が刑罰にならなくなるというのは、浮き世の暮らしが物質的ばかりではなく心から貧しくなったからでしょう。心の貧しさとは、大きな不満が物質文明の中に起き始めているからかもしれません。浮き世の暮らしが不満になっているのでしょう。が、これは、ヒトの時代に大きな変革が起きかけているのかもしれません。いい方にいくのかは、わかりません。いま人々は不満の固まりです。物質文明への不満なのでしょうか?私たちは携帯やPCにお金をつぎ込み、形のない物に囲まれるようになりました。生活の質が変化しつつあります。物質文明の崩壊が来ているのなら、この苦しい過渡期を乗り越えれば、新しい時代がやってくるのかもしれません。人口は爆発的に増加し、地球上はヒトに覆い尽くされました。聖書などを読むと、ヒトは傲慢になり地に溢れ、そのたびに神の怒りを買って大洪水などがおきていました。大洪水の後、生き残った人々は今までの文明を捨て、また一から新しく始めていたのです。さあ、生活の質を高めながら、そこそこの幸福感を得るための文明を人類は求めるときにきました。変革をいい方に向けるのは私たちヒトの力なのです。またまた長くなりました。
2009.05.09
コメント(0)

昨日は5月4日みどりの日ということで入園は無料でした。只ほどうれしい物はない~♪子供連れがわんさかわんさか・・私たちも只に釣られて、やってきたのでした。いい大人が動物をみて楽しいか! という意見もあるかもしれません。しかし好奇心旺盛の精神年齢10歳の私は面白いです。ちょいと臭いことを我慢すればいいのです。もし町で出会えば、心臓ぱくぱく、腰抜け状態になるほど怖い野獣たちを間近に観ることが出来るからです。多摩動物園ではライオン園の中をサファリバスで巡るライオンバスがあります。私たちは柵の上から眺めることにしました。広いので始めはライオンたちが何処にいるのか見えません。目を懲らすと木陰の下に寝そべっているのが見えます。丸太の台のようなものがあり、そこで寝そべっているのもいます。そのうちあちらでごろごろ、魚河岸ののマグロ状態でゴロゴロいるのを発見しました。バスでライオンを観る楽しみはガラス一枚隔てたすぐ外でライオンが牙を剥いてみせることです。昨日は暑いためか、ほとんどのライオンが日陰でゴロゴロ・・一匹狼的に群れない奴がところどころにゴロゴロ・・丸太の台でバスのお客にせっせとサービスするのは、若い雌ライオン1頭だけでした。立派なたてがみの雄はちょっとサービスすると、日陰に入ってごろり・・だらだらゴロゴロ・・休日の午後ですね・・動物占いではないですが、種固有の性格というものを、動物園で諮り知ることが出来るようです。百獣の王、ライオンは怠けられるものなら、怠けて暮らしたいという性格みたいです。共感する人多いのではないですか? あ、かくいう私もですが・・狼の所に行きました。狼たちは互いに喧嘩することもなく行ったり来たり・・、寝ていたり。その中でボスなのでしょうか。一匹だけ、ほぼ中央で人間達をしっかりと見つめて居るやつがいます。目つきは睨んでいると言うより、人間を観察しているというのでしょうか。縄張りを侵してこないように見張っているのかもしれません。ですが、狼も人間に飼われる環境の中では、目つきが柔らかいような気がします。虎はライオンのように寝そべっていません。柵の中を割に素早くいったりきたり。人間を睨むことも忘れません。目が笑っていないのは虎だけかもしれません。繊細かもしれませんね。虎とライオンとでは狩りの仕方が違います。ライオンは犬に近く、数頭で協力して狩りをします。虎は猫に近く、一頭で狩りをします。獲物を見つけると、猫は体を低くして前足を伸ばしながら前進し、パッと飛びかかります。 虎も草の茂みに潜んで獲物の隙を狙っています。虎は目の前に美味しそうな獲物が一杯いるのに飛びかかることも出来ず、イライラしているように思えます。美しいのはユキヒョウです。白い豹です。ユキヒョウも柵の近くで見物の人たちにサービスしてくれます。金網一枚で隔てられています。注意書きに「手を出すとかじられるよ!」とあります。手をかじられる近さでみられます。オランウータンは午前11:30からスカイウォークをするそうです。その時間にはライオンを観察していたので、残念ながら観られませんでした。高い鉄塔に貼られたワイヤーをつたって移動する所が観られるのです。オランウータンの所に行ったときは、すでに終わって疲れていたところらしく、子供が一匹遊んでいるだけでした。アフリカ象は太い竹を牙や前足、鼻を器用に使って割ります。細く裂いて食べています。歯堅めなんでしょうか。バリっとかみ砕く音がします。遊んでいるようにも見えます。アジア象はアフリカ象より肌が綺麗なように見えました。大きな糞を運動場のヘリにしています。人間との境界にウンコをするのです。もしかしますと人が入ってこないようにバリアをしているのかもしれません・・想像ですが・・いま、写真の整理をしていたら、あまり撮っていませんでした。これは一人で行かなかった為だと思います。だから一人で散歩したいてぇ~の!動物園から高幡不動駅まで歩きました。これで8km以上は歩いたでしょう。高幡不動には時々行っています。それでお参りはせず、門前の蕎麦屋に入りました。ちょっと、入るのを躊躇したくなるような店構えです。小汚いというか、ごたごたしているというか・・。中に入りますと意外に広い・・それほど汚くはないです。濡れ落ち葉氏は三昧蕎麦(蕎麦、うどん、ヨモギうどんの盛り合わせ)、私は地蔵蕎麦です。蕎麦に大根おろしや貝割れなどがのっており、たれを掛け回して食べます。ここの蕎麦屋さんはネットでみますと味の評判はあまり良くないですね。でも、思ったより美味しかったです。うどんもツルツルシコシコ・・。たれも甘くなく、こんな感じかなと。ビールものみました。エビスビールです。これもよしといたしましょう。
2009.05.05
コメント(2)

私個人の考えですが、日本国憲法は素晴らしい物だと思っています。 たしかにアメリカから押しつけられたのかもしれません。 それだけに、理想論のみで制定された憲法といえます。 理想論だけではやっていけませんが、これが歯止めとなって急な坂を転がり落ちないで済んでいると思います。私が憲法改正に反対の本当の理由は、9条にこだわっていることもありますが、日本の政治家を誰一人として信じていないことです。そして憲法の条文を作成するだろう官僚も信じていません。自分たちにとって都合のいい憲法を作ることが考えられます。何度も言いますが、介護保険法は言葉ばかり美しい悪法でした。建前で条文を書き、その裏に本音の介護に国の金を出したくないといことが隠れていたのです。 そうなのです。私たちはついつい都合のいい考えに囚われがちです。 たとえば某政治家秘書は政治資金の虚偽記載で逮捕され、いまだ保釈されていませんよね。 虚偽記載で逮捕されるのなら、私なんか間違いの多い、オールミス女性ですから、うっかりミスとわかってくれなければ虚偽記載がごろごろあるはずです。 それに嘘と知りつつ書きました・・という場合もあるはずです。 どこかに理想論の法律が、憲法があるから、嘘と知りつつ書いても、歯止めが利いてやりすぎない。ほどほどという所で止められます。 水は低きに流れ、人は易きに流れるといいます。理想論の歯止めがないと、自分本意主義に流されていきます。さて、国民の法律違反ばかりではなく、国も自らを縛る憲法の違反をしています。がんじがらめに縛られて苦しいからモゾモゾしているうちに緩んでくるのでしょう。 極論、いえ正論でいえば、自衛隊は憲法違反です。 海外に自衛隊が派遣されていますが、これも憲法違反です。論拠第2章 戦争の放棄第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 派遣切りでホームレスになる若者もいます。これも国家の憲法違反です。 生活保護の独居老人を蛸部屋のような無許可施設に送り込み、火だるまにして殺す地方自治体も憲法違反を犯しています。論拠は・・ 第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない憲法は国民の権利だけを制定しているのではありません。義務も制定しています。その義務とは、教育を受ける義務、職業に就く義務です。そして税金を納付する義務です。教育を受ける権利と義務のお陰で日本国民の識字率は世界でも高いのです。憲法の理念が現代に合っていないと言うことは、現代が理想的な社会ではないからです。理想的な社会にしたいのに結局の所、たがが緩み、水漏れが起きているのです。たしかに時代に合わなくなったのかもしれません。私が生まれた年に制定されたのですから、確かにおばあさんです。 でも私は若いつもりです。 憲法を制定した時代背景はいろいろあったでしょうが、生まれた憲法には罪がないでしょうね。 きっと憲法君も言っています。「私は国民生活のガードレールの役割を果たしてきました。 でも、皆がいろいろいじったり、物をぶつけてきたからヘゴヘゴになってしまいました。これでも精一杯踏ん張ってきました。私はまだまだ働けるはずです。」 といっていると思います。 もっともっと一つ一つの条項を読み直し、様々な論議を尽くしたいと私自身は思っています。私は社会の時間に憲法の勉強をして、日本って良い国だなあ、と思いました。それは9条の戦争放棄に感動したからです。偉い!第一章第一条の天皇の所もいいなあと思いました。ですが、現代ではこの部分に、まだまだ論議を尽くすことになるでしょう。第三章の国民の権利と義務も良い法律だと思いました。ところで、いま読んで気付いたのですが、憲法が拡大解釈されたりするのは、国だけではなく国民にも責任があったのです。それは第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。前にも書いたかもしれませんが、理想の固まりですが、日本国憲法前文を掲載いたします。日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。日本国憲法http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM#s2
2009.05.03
コメント(2)
全6件 (6件中 1-6件目)
1


