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私 : 山極寿一 氏は、 ゴリラが専門の霊長類学者 。
山極 氏は、 この春、 「人間とは何か」 という問いに、 AIとゴリラと仏教の視点から考えるシンポに参加。
大乗仏教 では、 世界を構成するあらゆるものは「縁起」によってつながっている と考え、一見、 AIによるネットワークの拡大と似ているが、AIがデータ化された情報によってつながっている のに対し、 仏教は「直観」により世界を把握しようとする。
たとえば、 科学は人間の身体や心の動きを図や画像、数式によって捉えようとするが、それは生物の一側面に過ぎない。
生物は本来、仲間や他の生物の動きを様々な「感覚」を用いて「直観」的に予測し反応しており、そこに情報には還元できない認識力や生物どうしの関係が存在 する。
宗教学者の中沢新一 氏は、 言葉や自然科学など、事物を分類して整理する「ロゴスの論理」 に対し、 事物を独立したものとして取り出さず、関係の網の目の中の作用として認識する「レンマの論理」 が、 人間に新しい世界観をもたらすかもしれない と述べている。
「レンマの論理」 に対応するのが 西洋の「ロゴスの論理」 で 「 A 」か「非 A 」か、「善」か「悪」か、というふうに、常に二者択一。
A 氏 : 「レンマの思想」は、大正から昭和初期に発展した「西田哲学」や、今西錦司氏の「自然学」にも反映されている もので、 現代の科学は時間を空間的に理解しようとするが、生物はその二つを同時に「直観」的に認識し、それが生命の流れを感じる ことだと 西田幾多郎 氏は言う。
今西 氏は、 この世界の構造も機能も一つのものから分化したものであるから、生物は互いに理解しあい共存する能力を持っていおり、その生命の認識や相互作用、生物どうしが織りなす全体像 を、 現代の科学技術はつかむことができない という。
私 : AIも「レンマ」もつながりを重視することに変わりはない が、 手法が違うので、結果はまるで異なったものになる。
情報によって効率的な暮らしを与えてくれるAI社会 は、 個体がデータに置き換わり差別や格差を広げる危険をはらむ。
一方で「レンマ」は生命のつながりや流れに目を開かせ 、 私たちに新しく生きる目的をもたらしてくれるかもしれない と 山極 氏は 指摘 する。
AI社会 になっても ブログ 「死を考えること 人に優しい社会への一歩」 でふれているように 「レンマ」 の 「宗教意識」は重要 なようだね。