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タイトルは「ジョイマン」風に読んでね・・・などとふざけられるシチュエーションじゃないんですけどね。前に書いたとおり、春休みに入ってすぐ、「七回忌」でおとうさんの故郷である長崎に行ってきました。27日、8時20分羽田発全日空朝5時半頃家を出て、羽田まで。まだラッシュ時では無いとは言え、山手線は既に座席があげられていて(朝10時までは多くの人が乗れるように座席がしまってあります)貨物車に乗ってる気分滑走路が混んでるとのことで、少々遅れての離陸、大村空港に着いたのは10半過ぎでした。着陸して、飛行機から降りるのを待っているところで、ヒロがゲロッピーもうすぐ中3、大丈夫だろうと思ったが、やってしまいました。空港で少し休憩してから、新地(中華街)行きのバスに乗り、そこで義父母と待ち合わせしていました。2年ぶりに会うヒロとミカリ、ヒロは背が高くなっていて驚いたみたい。丁度お昼だったので、新地でちゃんぽんや皿うどんなどをさっそく食べました。この日はもう予定が無く、ホテルでのんびり・・・・・時間があったので、入院しているK叔母さん(義父の亡弟のおくさん)のお見舞いに歩いていきました。K叔母さんのダンナさんであるTおじさんは、おとうさんが亡くなった後、おとうさんの精霊船の相談をしているときに突然亡くなってしまいました。商売をしていたので、新盆には巨大な3連の精霊船を商工会や仲間の人たちが造ってくれて、おとうさんもそれに便乗して流したものです。(その時の模様は「フリーページ」を見てね)夕飯は近くのダイエーでお総菜を買い込み、部屋で食べることに「このしろ」という鰺に似たお刺身が美味しかった!東京ではあまり見かけません。それから、義母が作ってきた「ぼうぶら寿司」とかいうもの。お寿司と言っても酢飯じゃないし、鯨とかカボチャを使っているらしいです。おとうさんが好きで「作り方を教えて」って電話があって、本当は義兄の義父(おとうさんの、お兄さんのお嫁さんのお父さん、ね)のお盆の時に作ってもってくるつもりだったそうです。でもその前におとうさんがあっちに行っちゃって、食べずじまい・・・・だから作ってきたって。「鯨」が効いていて、ボリュームあるんだけど美味しかったです。長崎が大好きだったよね。おとうさん。翌日午前中は、前記K叔母さんのところのお嫁さんとその子供達、F君(高一)とYちゃん(中2)と共に先祖代々のお墓参り。お墓は、拝観料がかかるような、確か何かの文化財になってる由緒あるお寺にあります。あ、お墓参りに人には当然拝観料はかかりませんが。山の斜面にお墓が並んでます。かなり広いスペースで、そこを掃除してから、お線香を焚いて。お線香は「竹線香」という、細い竹の持ち手の先に「線香」部分がついていて、まるで花火みたいです。精霊流しの時の爆竹には、これで火をつけます。燃やすオモチャのお金も、中国のものらしい。さすが長崎。異国文化。お墓参りの後はマックでお昼を食べ、午後1時半にK叔母さん宅にお坊さんが来てくれるそうなので、そこに向かいました。K叔母さん宅、かなり狭い。1階は営んでいる電気屋さんの店舗になっていて、這ってあがるほど急な階段の上に6畳と4畳半くらいがくっついているんだけど、何しろ物が多い人がいるスペースは多分3畳分くらい。そこで飼っている猫を触ったりしてのんびりしていて、いよいよお坊さんが来る時間と、その時、ヒロが「顔がすごい」見ると、顔のあちこちが赤くかぶれたようになっていて「痒い、痒い」と言う。そう言えばヒロは血液検査で「猫アレルギー」が出ていたっけ・・・・でも家のハクを触ってもなんでもないんだけど?しかしどうしようも無いまま、お坊さんが来てしまい、狭いところにみんな座ってお経をあげて貰いました。最初お坊さん、この家のTおじさんの供養かと思ったのか、命日と名前を間違える。。。義母が「Y(おとうさん)の方です・・」と訂正神妙にお経は聞いてましたが、なんか別におとうさん、ここにいない気分皆普段着だし時々お店の無線の音声が入ってくるし全然「法事」っぽくないそれに、隣にくっついて座っていたヒロの様子がおかしい。鼻息荒いなんだか苦しそうに手を握ったり開いたり(顔が痒いのか? もっと具合が悪くなったのか?)と気になって仕方がない。ようやくお経が終わり、聞いてみると正座していた足が痛かったそうなやれやれで、法話も別になく、お坊さんが帰った後は子供達同士は古本屋に出かけ、義父母と私はホテルに一度戻ってから夕方からは新地の中華料理屋さんで会食です。メンツも昼間と変わらず、勿論普段着で、お食事しました。最初の挨拶はミカリにさせようかと決めていて、数日前に「ミカリ、挨拶してね」と言っておいたのですが、「今日はお集まりいただきありがとうございました。こうして毎日元気で過ごしています」などと言ってました。ついでに献杯の音頭(?)をいきなりヒロにさせてみました。前に出るのが好きじゃないヒロ、困惑した顔で「・・・献杯」きっと「けんぱい」の漢字も分からなかったに違いない。5月にはT叔父さんの七回忌も予定されているので、「その時はF(前述高一。T叔父さんの孫ね)に挨拶させるか~~」などと話題提供にもなり。時間は2時間半ほどでしたが、内輪でこぢんまりと会食が出来ました。次の日はもう帰る日。11時の遅いチェックアウトギリギリまでホテルでゆっくりし、午前中にお土産を買い求め再びちゃんぽんと皿うどんのお昼を食べてから空港に向かいました。帰りの飛行機はバスみたいな小ささ。そのためか?離陸、着陸の時、とても耳が痛かったそしてそのためか?着陸後、再度ヒロが「頭が痛い。気持ち悪い」羽田で「酔ってからでも効く」という酔い止めを買い求めて飲ませる。しかし、モノレールに乗っても、山手線に乗っても西武線に乗ってもずっと情けなく、具合悪そうなヒロまさか「もう持たなくていいだろう」と思っていたが、ヒロの荷物を担ぐ私ヒロは「持てる」と言っているが、吐かれても困るのでねそして飛行機の中にあったエチケット袋を握りしめ、電車の中のヒロまあ、あの大きさで電車の中で吐くわけにもいかないでしょうが元々車酔いになりやすい家族ですが、富士山でもヒロだけが高山病的になったし、飛行機のように気圧の変化があるのには弱いのかも知れません。最寄りの駅に着いてから行きつけの居酒屋で夕飯にする予定でしたが、ヒロがあまりにも情けない様子なので、コンビニで食べるものを買って、実家にチャチャを迎えに行きました。おとうさん無しで長崎に何回行っただろう。。。。新地周辺の位置関係も少し覚えたよ。きっとおとうさんがいたら、何時までもくっついて歩いているだけで、覚えなかったよね。空から見た「NAGASAKI」の文字は、の向こう側にありました
2009.03.30
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昨日は初フルマラソンチャレンジ、東京マラソンでしたまさか当たるとは思わずに応募した私どうなることかと・・・それでも練習は週1くらいしか出来ずバレエとジャズダンスはいい筋トレにはなりましたが・・・同じ中学の保護者で当選した人が、一緒に走ってくれました彼女はフルは10回以上経験していて、4時間も切っているのですが「初フルをサポートしたい」と、わざわざ私のいる最終ブロックスタートに下がってきてくれたのです。朝から風と雨模様の天気でしたが、「イベント」と言われるだけあって楽しく走れました。やっぱり二人で喋りながら走ったのが大きいですね。スタートの花火が打ち上がってから、我々最終ブロックは20分ちょっとでスタートラインに到着・・・・・思ったより早い。都心のビルを眺めたり、途中では色んな演奏や踊りやチアダンスがやっていて面白かったです。最初の目標はハーフ越えハーフ地点を通過して、「あーー距離更新!」とガッツポーズ~~次は銀座木村やの前友達が待っていてくれるはず舗道よりに二人で走っていたら、いましたいました!役員仲間の友達があんパンを持って待っていてくれました丁度お昼頃だったのであんパンを食べながら走りましたそれから浅草雷門の前で大勢が携帯で写真撮っていたので誰かと思ったら「気合いだ!」の浜口でしたどこだったか、「ゴールにいるね」と言っていた友達も見つけてくれました更に驚いたのは、母がいました~~~「もしかしたらゴールに行くかも」とは聞いていたのですが、まさか沿道にいるとは!ラストの方になると歩いている人も多くなり、さすがに36キロくらいから足に少々きましたが、やはり一緒に走っている人がいると心強い。二人でPTAで作ったピンクのTシャツを着ていたのですが、「ピンク二人頑張れ!」と応援して貰って、嬉しかったです。あとちょっと、のあたりでは坂がいくつかあり、ここで歩いてしまう光景も見られましたが、以前10キロでゴルフ場を走っていたのが今思えば良かったのか、あれに比べたら坂とも言えない坂だわ、と思うことが出来て、今となってはゴルフ場に感謝いよいよ1キロを残すあたりで友達が「5時間切ろう」と言い出す・・・・内心・・・全然予想がつかない1キロもをスパートするのは無理で、ゴールが見えてきたところで5時間まであと1分くらいさすがにちょっと頑張るゴールは二人で万歳して笑顔で入ることが出来ましたグロスタイムで(スタートが鳴ってからのタイム)4時間59分50秒くらいだったと思います。とりあえず、「歩かない」という目標も達成できました。「同じペースで」というのは5~10キロ 33分46秒 ~15 32分32秒 ~20 31分52秒 ~25 33分28秒 ~30 34分25秒 ~35 33分58秒 ~40 34分00秒だったらしいですさすがに段々遅くなってますが、まあ、厳密なことは目指してませんので、こんなもんじゃないかなあ?と楽しかった先月のハーフは辛いばかりでしたが、今回は終わった後楽しかったと思えました。友達に、応援の人に、ボランティアの人たちに感謝ですえっと、見かけた有名人は谷川眞理・・・・まあ美しい~~ 走りも美しい~~野球解説の金村・・・・・でかい! すごくでかい他にもテレビスタッフが撮している光景は結構見ましたが、誰だか分からなかったよ
2009.03.23
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三送会からこっち、なんたらバタバタとした日が続いてました。確定申告書を仕上げたり、珍しく登記の依頼などもあり(珍しい、って困るんだけど)13日は6度目の命日・・・・でも自分の中では12日なので、「どうやって過ごそうか?」12日は特別な日。はい。焼き肉に行きました。日本酒を結構飲んだわ~~最近焼き肉屋さんに行っても、私の口にはあまり肉は入らないような気がします・・・・13日、なにかミラクルが起きないかなあと期待したけど、別に起きませんでした・・・・・あ、2年間依頼が無かったところから、仕事の依頼が来たのがミラクルと言えばミラクル?それになんだかんだバタバタせざるを得ないのがおとうさんの意に添っているような気もしないではありませんが13日が本当の命日なんだけど、まあそれは宣告されたのが日付が変わっていたからであってヒロは公○だしミカリも塾の面談だし二人とも遅いのよね。えっと~~ 私もバレエに行ってしまおう。どうせ家にいても、 してるだけだもんな。 私。来週のフルマラソンに備えて、動いておきたいし。そして週末中学の卒業式で述べる祝辞を復習(暗記ね)で、とてもよい天気の今日中学校の卒業式でした。祝辞、完璧に暗記したわけじゃないけど、自分で考えた内容だから、内容さえ伝わればいいかな? と開き直り。ちなみに私が学校に行くのが嫌なヒロは「お母さん、今日卒業式休んでもいいよ」ですと。そう言うわけにはいかないよね・・・私もこの祝辞さえ無ければ、何年会長やってもいいんだけど、仕方ありません。三送会に続き、卒業式も感動的でした6年生の時、あんなに大変だったあの子達が、とても立派な中学生になり本当に感慨深いものがありました。自分の子の卒業式でも無いのに、泣いてしまいそうでしたあーー祝辞が終わってホッとしたよ。6年前の今日、葬儀の日もこんな風によい天気でしたね。来年のヒロの卒業式では泣いちゃうかなあ。ミカリの時は泣かなかったんだけどなあ。本当は来賓席じゃなくて保護者席にいたいなあ・・・来賓席におとうさんの写真持って行くわけにもいかないし。帰ってきたヒロには「来年はもっと、喋ること短くていいから」と言われましたあーー来年は何を話そう・・・・
2009.03.16
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昨日は中学校の三送会・・・・「三年生を送る会」でした。期末テスト直後、三年生にとっては公立発表の直前のこの時期、毎年行われます。一年生、二年生は、学年ごとに三年生を贈るための「出し物」を練習して披露三年生は毎年歌先生方も出し物をします今年の一年生は「光のパフォーマンス」会場を暗くして、色とりどりの蛍光ランプを手に手に、流行の音楽に合わせて丁度「光バトン」みたいに一年生全員ですから結構迫力があって見事ステージの上の子達は振りもちょっと複雑で、よく練習したなあと思います幕間の準備中には「ありがとうメッセージ」1,2年生から3年生へ3年生から後輩や先生に、友達に「ありがとう」の言葉を贈ります「○○先輩、いつも・・・・てくれてありがとう」まじめなのもあれば、ウケ狙いのメッセージもあり、3年生からは誰かの名前が出る度に歓声が上がり、大いに盛り上がりますヒロ達2年生は劇でした「グッドバイ・マイ・・・・・・」という芝居ヒロはキャストではありませんでしたが、いや~~感動しましたオリジナル台本ではなく、中学の演劇コンクールなどで上演される作品らしいです話は、生まれる前の4人の子供達が、生まれた後の自分の未来を途中まで知って、生まれることに悩むのです勿論芝居的には本当につたなくて、発声もダメだし全然上手じゃないんだけど、一生懸命練習して、試験中によく頑張ったなあと思うし、これから巣立っていく3年生に向けてのメッセージが込められた内容で、1年生も「さすが2年生」と思ったのではないかと思います。「グッバイ・マイ・・・」で検索すると台本見られるので、興味のある方は是非!次は特学の「和太鼓」役員仲間のお子さんもいて、結構ノリノリで一生懸命叩いていました。続いて先生方の「劇」行き場所のないゾウのオリバーが、頑張って自分の居場所を見つけるというショートストーリーでした。普段そんなことをしそうにもない先生が、ゾウの着ぐるみを着たり、台詞を喋ってる様子に生徒たちは大喜びその後は「思い出ビデオ」生徒会の子達が、入学から今までの行事や学校生活の様子をスライドにまとめ、又他の学校に移動してしまった先生方からのビデオメッセージを流しました。あーー毎年感動だけど今年も感動今の3年生は、実は6年生の時大変問題があって(うちの小学校だけですが)中学に入学してきてどうなることかと心配していた学年でした。それが中学生になって、先輩達や先生方を見て成長したのか、いい伝統を受け継いで立派な三年生になりましたその姿を、今の1,2年生もしっかり見て、受け継いで欲しいなあと思います
2009.03.06
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頑張って、って言われたら「頑張ってるじゃん」って内心悪態をついてやってきた日々だけど、そうとしか言えませんでした・・・・心の中でね一昨日、大学のサークルメールで、2年上の先輩が亡くなったとの連絡がありました。Sさんとは卒業以来、だからもう25年以上会ってなかったけど、一瞬のうちにその笑顔が蘇ってきました。単身赴任先の路上で倒れているところを発見されたそうです。すぐにサークル同期にも連絡が行って(きっとずっとつき合いが合ったのでしょう)病院に駆けつけたのけど、、、と簡単な事情も書かれてました。メールを見て、最近やはり自分も気持ちが不安定になっているので動揺してしまい、お別れに行きたいけれどそこで平静でいられる自信がないし、、、と散々迷い。でも、少なくとも私があっちに行くまではもう会えなくなってしまうのだからと、行くことにしました。奥様でしょうか、もう泣き崩れてしまって自分を支えているのがやっとのようでした。そのためなのか、高校生くらいの息子さんが喪主を務めていました。隣では、次男君かな?お母さんの背中をさすってました。私はきっと恐い顔つきになっていたと思う。大学の頃と変わらぬ、優しそうな笑顔の写真それなのに、こんなに悲しませて、なにやってるんですか?悲しいよりも怒りに似た思いがあふれてきて。最近の流行(?)なのか、ロビーではお子さんが小さい頃からの写真がスライドのように流れていました。飲み会で大騒ぎのSさん幼稚園の入園式のSさん奥様とお揃いのTシャツで笑っている二人まったく~~~家族にこんな思いをさせてさあ。斎場では何人かのサークルの人に会ったけど、あまり話をしたくなかったので早々に帰ってきちゃった。今日、もうすぐSさんは空にのぼります。Sさんの家族に、心の中で、頑張ってね、一緒に頑張ろうね、と思ってる。
2009.03.05
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