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夫が出張して早5日。日中はまだしも、暗くなってからの音1つだけでも“ぞっ”としてしまう私。駐在3年目を迎えたとはいえ、やはりこの国では気が抜けないし、休まることもない愛犬・ごんぞうはというと、相変わらず午前中は陽の入る寝室、午後はリビングで寝ていて(午後は寝室に陽が入らなくなるので)、いること自体が忘れそうになるくらい静か。そして夜、いつもは夫という遊び相手と遊んでからうたた寝に入るのだが、今週はそれが私の役目・・・といいたいところだが、ごんぞうも夫不在が不安なのか、物寂しげな表情で私を見ては、リビングでは私に寄り添って寝ている。私がソファに座ると、いつも以上にべーーーったり。でも、胎動を聞いているかのような格好で寝ている時は、私も穏やかな気分になる。そして、私と2人なのが不安なのか、それとも私を守ってくれる一心なのか、いつもは夜、それほど物音がしても吠えないのに、この留守番中にいたっては、ちょっと人の声がするだけで大声で吠えまくる(寝室で)。嬉しいような、逆に私は余計“ぞっ”としてしまうのだけれど。ごんぞうと、こうやっていられるのも、もうあと僅か。犬にはないと信じているけれど、“赤ちゃんがえり”がないかが、目下の心配事。当分は、かまってあげる相手がごんぞうから娘になるわけで、予期せぬことが起きるのではないかと思っている。特に妊娠してからそうなのですが、ごんぞうには人間同様に話しかけている。他の人に聞かれたら、“??”と思われるくらい。そのお陰か、ごんぞうとは意思疎通ができている(と思っている)。逆に、“こら~”と言うと逃げ出してしまうし、“ごめんね、ごめんね”というと、しっぽをびゅんびゅんふりまわして、おやつをねだってくる。ごんぞう的には、自分が何をして私にそう言われているのかはたいして分かっていなくて、言葉の響きで覚えてしまっているのだろう。そして、1日1回はごんぞうの目線で一緒に遊ぶようにしている。狭い寝室をぐるぐる追いかけっこしたり。だんだんとおなかの大きくなってきている私は息切れしてしまうときもあるけれど、一緒に遊んでもらえるとごんぞうも嬉しいらしく、その後の聞き分けもよくなる。この留守中、一時帰国時に買ってきた、おやつ(キシリトール入り、青りんご味)を初めて与えてみた。(我が家では、おやつ=留守番を頑張った・私がごんぞうを誤って壁とかにぶつけてしまった・手入れをやった後 にしかあげません。あと、ちゃんとトイレする度に、犬用ビスケット1個あげています)目をギンギンに輝かせて、“もっと欲しい”オーラを発するごんぞう。この躾方法にしてからというもの、ごんぞうはシャンプー、耳の掃除等のお手入れを嫌がることはありません。むしろ、お手入れの後にはおやつが貰えると覚えているので、自ら私の足にのっかってきます。ごんぞうは大事な我が家の家族の一員。「おなかの子に優しくしてあげてね」って、ごんぞうにいつも話しかけています。ごんぞうが大声で吠える時、たまにおなかの娘は激しく反応するのだけれど、その時は「ごんぞうが我が家を守るために、吠えてくれているんだよ」と話しかけています。お父さん(=夫)、お母さん(=私)、頑張るから、当面4人で仲良くやっていこうね。
2006.08.31
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今日から夫は出張で日本です。昨年11月以来、9ヶ月振りの出張です。南アには今月6日に戻ってきたばかりなので、本人もあまり感動はないのですが(笑)。私は私で人前では「いや~、夫が日本に帰るから嬉しいわ~(=食料品や書籍、育児グッズを持って帰ってきてもらえるから)」なんて言っているけれど、いない間に(妊婦の身)何が起こるか分からないし、南アでの1人は本当に寂しい。出張が多い夫を持つ奥様って、本当にすごいと思う。夫は6月から激忙で、一時帰国中も“一体何しに日本に帰ってきたの?”と言われてもおかしくないくらい、体調が悪く、夫の実家に帰った日などは39度近い熱も出し、病院にも世話になった。南アに戻ってきてからも、疲労によるジンマシンがなかなか消えなかった。この日本出張が終わればようやく一段落つくらしい。そして先週1週間は出張者が続いたこともあり、夫は外食続きで私は1人夕食続きだった。今までの私(妊娠前)だと、夫からの“夕食いらないコール”にガッツポーズしていたのだが、今は違う。おなかの娘のことを思うと、ちゃんと作らなければならないし、そしてちゃんと作っている。1人のために作る料理って、本当に面倒だけれど。で、この留守番中も当然、1人夕食。夫がいなくて寂しいけれど、食だけは寂しくならないように、今週も頑張ります!
2006.08.27
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今日で駐在3年目に突入しました。夫は2004年6月から赴任してきているのですが、赴任期間は一応3年と言われているので、今年が最後の1年になります。出産を控えた今になって、(昨年の今頃もそう思っていたけれど)○○をやっておけばよかった、と思うことが多いのです。相変わらずの英語力のなさ、とても大学受験時に英語が超得意科目だったとは思えない。我ながらそして、目下一番気になっているのが本帰国後の住むところ会合の場でも、よく話題になるのがこの問題です。私には話を聞いたところでピンとこないのですが、実際問題として色々あるようです(いじめとか・・・)。そういえば、実家の近くの某地区も海外経験組が多い、と雑誌で読んだことがあります。なんでも、そこの地区に最初からある小学校が人気なのです。今では人口増に追いつかず、小学校は全部で3つありますが・・・。来年だったか、インターも出来るし。うちの実家周辺は教育水準は確かに高いと思います。よい環境で子供も、私たちも住みたいのが本心ですが、今のところ私たち夫婦にはその某地区に住みたいという気持ちがありません。もし同じ京葉線沿いなら新浦安かな、って思ってしまいます。しかし、首都圏で今、一番地価の上昇率が高いのが新浦安。マンションも即日完売してしまうんだそうです。この一時帰国時、新浦安を何度か利用する機会があったけれど、電車から見える以上にマンションがたくさんあって、びっくりしました。犬もいるので、できるだけ広い家にまずは賃貸で、数年後に家購入・・・ステップになりそうです。本帰国時は、子供・犬もいる上、家探し、家具や家電一式買わなければならず、私にとってはかなり精神的に辛い時期になるだろうな。今までは漠然とした気持ちでしか考えていなかったけれど、段々と現実味を帯び、真剣に考えなければならない時になってきました。
2006.08.26
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私の一時帰国中、週末は夫が引き取ってはいたものの、たくさんの犬がいるケンネルで(昨年、さんざんお世話になったとはいえ)ごんぞうは痩せていってしまった。そして夫の一時帰国とが重なった7月24日~8月7日は2週間預けぱなしだったのだが、その2週間で(夫曰く)更に激ヤセしてしまったごんぞう。引き取った8月7日は勿論のこと、その週はほぼ終日、寝ていたごんぞう。あまりの痩せぶりに病気ではないかと思い、8日に病院にも連れていったが、異常なしでした。その時、病院で体重を計ったところ4.2kg!4月に病院に行った時の体重が(これも問題ありですが・・・)6kg弱あったので、体重の1/3弱がおちてしまったのです。ごんぞうを手で持ち上げるのも怖いくらい、“骨”を感じました。そして2週間以上たった今、体重は4.7kgまで回復。メイドさんがいないこともあって、実は引き取ってからまだ一度も散歩に連れていっていません(だって、こんな痩せた状態で連れていったら、私たちが何かしたのかと、疑われそうだったし)。そして、だんだんと我が家の躾を思い出してきたのか(?)、ちゃんとトイレをすると、別部屋に私がいるとわざわざ呼びにきます。失敗すると、そ知らぬ顔をします。どんなに熟睡していても、家の前に車が通ったり、人間の声が聞こえると大声で吠えます。番犬の役目も十分果たしてくれます。たまにですが、私のおなかに顔をうずめて寝ていたり、前足をちょこんとのせてみたりして。犬なりに洋服の上から胎動を感じているのかな?とても微笑ましい光景です。どんなお兄ちゃん(?)になるかな?写真は、引き取った8月7日のものです。
2006.08.24
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一時帰国直後の今月8日、7ヶ月検診に行った。私たちには、どうしても聞いておかなければならない事があったのです。一時帰国中の先月、キャセイパシフィック(以下CX)航空に電話して聞いたところ、飛行機に乗る際に、診断書が必要だと言う。私が聞いていたところでは、8ヶ月までは診断書は必要ないらしいとのことだった。或いは、空港のカウンターで免責の書類を書かされるとのことだった。が、方針が変わったのかも知れない、もし診断書がなくて乗れないなんていう事態だけは避けたかったので、自分の予定になかった、日本で産婦人科に行くことになった。実家のある学区内に産婦人科があるけれど、近すぎてどうも行く気になれず、看板等でよく目にしていたM産婦人科に電話した。今まで一度も診たことのない妊婦のために診断書を書くということのせいか、電話はかなり待たされたが、OKをもらった。それを友人のもじょもじょさんに話したところ、「M産婦人科は良くないよ~M産婦人科の近くに、昨年12月に新しい産婦人科が出来たから、そっちの方がいいみたいよ」とのこと。早速、その産婦人科に電話してみたが、即決で×でした「一度診ただけで、診断書など書けない」と。確かに、理屈的にはそうだと思う。でも、その言い方とか、ちょっと私には気に食わなかった。もうちょっと、言い方があるだろうとそして、7月29日午前中、M産婦人科へ。HPに書かれていた、かなりキツメの看護士さんとはこの人か!なんて思いながら(笑)、受診。そして、想像もしていなかった事を次々と言われた。「子宮口が指1本分弱(たぶん、1cmくらい)、開いていますね。南アに帰ったら、ちゃんとお医者さんに診てもらって下さい」←膣ではなく、おなかの上からの触診でこう言われました。「頭が若干小さいですね。今までの検診で、頭が小さいって言われた事、なかったですか?」「逆子です。でも、まだこの時期は心配することないですよ」その時の私は、頭が小さいといわれたことがショックだった。当然ながら、今までの南アでの検診でそんな事は言われたことはなかった。そんなに小さいの?しかし、もじょもじょさん始め、何人かの友人に聞いたところ、頭の大きさの事より子宮口が開いている事の方が大問題だということが分かった一時帰国していた間、当然ながら南アで生活しているより運動量も多かった。それが良くなかったのかな?と思ったりしたが、自覚症状も全くないし、たぶん、もともとそんな体質なんだと思う。その日の夕方、夫が日本に到着するので成田空港まで迎えに行ったのだが、頭はうわの空で、夫の到着を待つ間、1人お茶しながらずっと泣いていた。翌日、本屋で立ち読み。確かに、検診時(27週)に標準と言われる頭の大きさより2mmほど小さかった。ただ、私的には、たった2mmくらいでああ言われなければならなかったのか?という疑問がある。その際、8月8日の検診(28週)であるべき頭の大きさをメモしていたが、ちゃんとクリアしていましたよ、念のため。問題の子宮口。どうやら、子宮頚管無気力症というものではないかと確信。それからの1週間、私の頭の中はそればかりで、(全然意味ないと思うけれど)歩幅を狭くして歩いたりしていた。ちょっとの移動もタクシーを使った。そして8月8日の検診日。夫は専門用語を英語で駆使(?)してドクターに説明してくれた。膣にエコーを入れてもらい、子宮頚管の長さを計ってもらったところ、5cm以上もあり、「no problem」とのこと。(通常、子宮頚管は4~5cmあり、今の時期で3cmをきっていたら、かなり危険な状態)私は勿論だが、夫もドクターの専門用語オンパレードの英語についていけず、結局、本当に子宮口が開いているのかどうか、未だに分からずじまい。(注:夫はTOEIC930くらいあります)現在29週5日。今週金曜から30週。肺などの呼吸器系の器官が最後にできあがるのだが、それが34週あたり。仮に今産まれたとしても、今の医療であれば十分生きていけるけれど、とにかく最低あと1ヶ月、おなかの娘に頑張って欲しい南アに戻ってきて2週間あまり。いつ産まれてもいいように、ベビーベッドも先週末購入。日本からたくさん買って帰ってきた育児グッズも整理し終えた。簡単ではあるが、出産時に病院に持っていくグッズも用意した。結局、日本を出国する際のCXのカウンターでは、“にんぷですか?”の“に”も言われなかった。つまり、診断書は必要なかった。思うに、日本の今の風潮として、何かあればすぐ裁判起こしたり、学校に文句言ったり、そんな世の中だから、わずか頭2mm小さくても、子宮口が1cm弱開いていても、日本ではちゃんと説明してくれるのでしょう。ただ、南アフリカにおいては、それは“no problem”の範疇なんだと、勝手に解釈している。偏見と言われるかも知れませんが、1つ気になったのは、M産婦人科の先生、かなりお年で、目が殆ど見えていないようです(老眼とは明らかに違っていた)。エコーをあてた時、ベビーの大きさを計る時の(マウスの)クリックは出来るんだけど、大きさ(数字)は、先生は読めなくて、看護士さんが大声で読み上げていました。触診、エコーの検診等の一連の流れも、流れ作業みたいな感じで、正直、もし日本で産むとしてもM産婦人科にはお世話になりたくないな。実家から車で15分前後で行ける範囲に幾つか産婦人科はあるけれど、どれもこれも評判が悪い。一番近くて大きい、K病院はその極み。産婦人科に限らず、どの科も評判がすこぶる悪い。しかし、2人目の出産は実家近くの病院にお世話になると思うし・・・今のところ、昨年、実家のある市で一番お産をとりあげた数が多い、T産婦人科が候補かな。T産婦人科だったらちょっと離れているけれど、実家から車で20分くらいで行けるから。あまりこの事で考えすぎると、おなかの娘にもよくないと思うので、気にしないようにしているけれど・・・出産まで、私の不安は続く。
2006.08.22
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先日友人宅に遊びに行った時にいただいたのが、このあずきのミルクゼリー。彼女曰く“超がつくくらいの、簡単さ”。ということで、私はそのレシピを写し、家で作ってみました。 いやはや、簡単。赴任時に持ってきた、“ゆであずき”が丸2年たって初めて活躍しました(笑)。夫も食べたところ、「また作って」とのリクエストがきたので、この1週間で2回作りました。そば茶と一緒にいただくのが、私たちの通です。型は何でもOKだけれど、私はフレキシパンのミニマフィン型を使いました。底をポンと押すだけでOKなので、便利です。ただ、型に流し込み冷蔵庫に入れる時はまだゆるゆるで、持ち上げるとこぼれてしまうので、フレキシパンの下に、ロール型の天板などを敷いてくださいね。フレキシパンの購入は、是非こちらで。 ついでに、彼女の夫は、このゼリー、いまいちだったよう。実は私、あずきが苦手です。でも、海外マジックか?今はあずきがとっても美味しく感じます。あ、それでもぜんざいは無理です。
2006.08.21
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まだ夫とお付き合いしていた頃、私の毎週金曜夜といえば、ごまのシフォンケーキを作る事でした。お菓子というより、私たちにとっては日曜の朝と昼を兼ねたブランチに食べる事が目的でした。とてもヘルシーで、1ホールを2人であっという間に食べてしまったものでした。だから今回、久々に作って(夫のリクエスト)、しみじみ、付き合っていた時の頃を思い出しながら2人で食べました。夫と付き合っていた頃、毎週末乗っていた小田急。この一時帰国中、戸籍謄本をとるべく、小田急線に乗りました。目的の駅で降り、小田急OXにちょこっと立ち寄った時も、色んな事が思い出されました。あの時の新鮮さ、ついつい忘れてしまいがちだけれど、いつまでもこの新鮮さを保ち続けたいものです。
2006.08.18
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妊娠していることもあって、この一時帰国前後から、以前よりまして体によいものを食べたい・(おなかの子に)食べさせたいと思う気持ちが強くなった。悪阻のひどかった時は、食べられるものが極端に限られていたので、マックのポテトもよく食べていた。帰国前、“がっちりマンデー”のDVDを見た時、マックやケンタッキーの社長さんが相次いで出演されていて、見ると“美味しそう~”と思っていたのに、結局帰国中にマックを食べることは一度もなかったし、ケンタッキーは友達の家に行く手土産として買った1回しか行く事はなかった。そもそも、実家の近くにはケンタッキーがなく、私はケンタッキーのものを今まで殆ど口にしたことがないのです。そういえば、この一時帰国中を含め、妊娠してから炭酸飲料を飲んだこと自体が殆どないのです。これも、両親のお陰だと思っている。私が物心ついた頃から母は生協をとっていて(少なくとも、私が幼稚園児の頃から)、口癖のように“色のついたものを食べたら体に悪い”“形のきれいな野菜は農薬だらけ”といったようなことを私に教えてくれていた。スーパーに行くとウインナーやハム等の試食コーナーがあるけれど、母は私に“試食しては駄目”だとずっと教えてきた。母にとっては、添加物のことの他にも、試食させなかった理由が幾つかあって、だから私が試食コーナーでつまむようになったのはここ2.3年の話。今もスーパーで売っている、ハム・ウインナー・(色のきつい)漬物だけは絶対買わないし、そもそも眼中にない。←あくまで、日本での話。炭酸飲料にいたっては、子供の頃は、やっぱり生協のサイダーしか飲ませてくれなかったので、確か小4くらいの時に一世を風靡した“メローイエロー”を見た時のあの衝撃は今でも忘れられない。実家はマンションの1階で小さな庭があるので、今でも家庭菜園をやっているし、弟にいたっては某市の畑の一角を借りてやはり野菜を作っている。産直野菜もお願いしている、うちの実家。出産を2ヶ月半後に控えた今、自分が生まれてくる子に対して何ができるかということを考えてみたら、体によいものを食べさせてあげることしか出来ないなぁと思う。残念ながら南アに駐在している間は、どうしても日本のようにはいかないけれど(添加物・農薬のことであれこれ言っていたら、たぶん、ここでは生活できない)、出来るだけオーガニックのものを買ったりと、出来る限りは努力しているつもり。そして今日、久々にオーガニックマーケットに行ってきた。とはいっても、フランスのマルシェとはほど遠い雰囲気で、お洋服、アクセサリー等々色んなお店が軒を連ねているところです。食料を扱っているお店の方が少ないくらい。今日はほうれん草とブロッコリーを買った。ものの15分くらいで場所を後にしたけれど、これからも行きたいと思う。そして、母が私に教えてきてくれたことをこれからは、自分の娘に伝えていきたいと思う。
2006.08.17
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実は先週10日、メイドさんのお母さんが亡くなられました。ここ数ヶ月、半身不随だったようで毎週1回、仕事が終わった後にメイドさんはお母さんの住むところ(=ここでは、お母さんを雇っていた方の家のこと)に行っていたのですが、私が一時帰国している間に容態は更に悪くなり、この10日、息を引き取りました。メイドさんの出身はレソトという、まわりが南アに囲まれた小さな国です(詳しくは世界地図をご覧下さい)。本当は8月第1週の週末に連れて帰る予定だったそうですが、あまりの寒さで(その時点でほぼ、意識不明だったよう)連れて帰るのも可哀想だということで、第2週の週末に連れて帰ろうとしていた矢先のことだったそうです。こういう事は初めてだったので、どうすればよいのか分かりませんでしたただ、もともと、メイドさんの娘さんが今月下旬にダーバンに修学旅行に行くから、色々手伝いしてあげたいからお休みが欲しい、と言われていて、私たちは許可していたので、今回のこともあり、今月は結局2日しか働いていないけれどフルの給料をあげ、その他にお餞別をあげ、そして今月いっぱいお休みをあげることにしました。先週、このお母さんを雇っていたマダムとお会いする機会があったのですが、とても感じのよい方で、気持ち的に救われた気がしました。 そんな訳で、私は今月、久々に主婦らしいことをやることになってしまいました。もともと、家事は嫌いじゃありません。普段、メイドさんが働いている時だって、洗濯物がたまる週末は洗濯機をまわしていたし、割られたくない食器類は自分で洗っていたし。ただ、南アにきてから、所謂主婦の仕事をフルにやっていた訳じゃない。おまけに妊娠8ヶ月の今、ちょっと何かしただけでもおなかが張ったり、疲れたり考えようによっては、これからますますおなかも大きくなる訳だから、今でよかった、と思うようにしているけれど・・・。一番私を苦しめる家事は、掃除でしょうか。日本に比べればやっぱり広い家。かかる時間もそれなり。いつもは、タイルのところは更にモップをかけてもらっているけれど、今の自分でやるにはちょっと辛くて結局、クイックルワイパーが大活躍!こう思うと、いかに自分がここでの生活に甘えているかが分かる。ただ、家事が多い分、時間を有効に使わなくてはと思い、朝からはりきっている自分がいる。独身時代、(自分で言うのもなんですが)時間の使い方がうまいと思っていた。そして南アにきてから、メイドさんがいる、グーたら生活に慣れてしまい、時間の使い方が下手になっていた。久々に昔の自分が戻ってきた感じがしています。
2006.08.15
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久々のブログ更新です。6日に南アに戻ってきてはいたのですが、日本のあの暑さから一転、この寒さ(といっても、その前週はもっと寒かったそうで、ヨハネでは雪が降ったそうです)で微熱出したり、頭痛がしたりと、本調子ではなかったのですが、ようやく復活してきました。一時帰国していた1ヶ月強、これでもかというくらい親に甘え、そして親(特に母親)は妊婦の私を気遣って色々助けてくれました。だんだん日本の生活に飽き、早く南アに帰りたいな~なんて言っていたのに(夫は約4週間、南アで1人、留守番だったので)いざ日本をたつとなるととても悲しく、実家で私たちを見送ってくれた父は、(父から)手を出して「頑張りなさい」と言って握手を求められ、うるうるしてしまいました。成田空港で見送ってくれた母が泣いてしまった時にも、悲しくなってしまい、その後免税店で買い物をしていた時、(成田空港の)CXのラウンジにいた時も、香港行きの機内でも、香港に着いた時にも泣いてしまいました。成田空港行きのバス停に(今回も)見送りに来てくれた、もじょもじょさんにも泣かれてしまい、これが最期の別れでもないのに、何故か今回、日本をたつのがとても悲しく、2年前の渡航時をつい思い出しました。夫は日本に戻ってきてから体調崩し、病院にも世話になったし、私自身も精神的に辛いことがあったりして、正直、出発前の1週間は心が落ち着かない状況でした。そして、ヨハネに戻ってきて、久々に会ったごんぞう(愛犬)は、約2kg体重がおちていました。痩せこけ、見るのも哀れで(これが人間だったら、児童相談所に通報されそうなくらいの痩せっぷり)、いくら7月の週末3回、夫が引き取ってたとはいえ、デブ犬だったとはいえ、ここまで痩せてしまったことに思わず「ごんぞう、お母さん(私)日本で遊んできて、ごめんね」と謝る自分がいました。南アに戻ってきて、たいしたことをやっている訳でもないのにちょっと何かをしただけで疲れてしまい、午後になるとぐったり、夕方になると早々に眠気が襲ってきます。胎動も更に激しくなってきて、一昨日には、おなかが動いたのが自分の目でも分かりました。いつ産まれてもいいように、昨日から少しずつ育児グッズの整理も始めました。この一時帰国時の、私の活動度合いに比べたら全く大した事ないのですが、無理をせず、少しずつ、母になる準備を本格的にしていきたいと思います。
2006.08.14
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