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久しぶりに夢を見ました…。暗闇の中で何故かパパに電話をしなければならないと思い携帯を持つ私…。でも、使い方がわからなくて凄く焦ってた。どのボタンを押しても全然違う画面になる。どーしたら良いんだろう…でもパパに電話しなくちゃ…。そしたら薄明かりの中、目の前にパパが。事故の当日にも着ていた、パジャマ代わりのスウェットを着てコーヒーを片手に座ってた。私もその隣に座る…。手の中にはいつの間にか温かいコーヒーが。会話は少なかったけど、パパが横にいてるだけで安心できた…。急に寒くなったので「パパ、寒い?」って聞くと「寒い…」と一言。思わず両手を首に回して抱き締めた。腕の中のパパはとても冷たくて涙が出てきた。泣きながら、思いっきりパパをギュッと抱き締める…。そこで、目が覚める。やっぱり泣いてた…。そのまま、ひとしきり泣いて泣き疲れて泣きやんだ。久しぶりに思いっきり泣けて、少しだけど胸のつかえが取れた感じがした。時計を見ると午前6時前。今までパパが夢に出てきても(そんなに出てくる事ないけど)会話もできなければ触る事もできなかったように思う。夢の中とはいえ、久しぶりにパパの声が聞けて抱き締める事ができた。嬉しかった。私を見る表情はとても優しかった。でも、腕の中のパパは氷のように冷たくて…。寒くなってくると体温の温もりがとても恋しくなる。夜一人で眠りにつくのが辛くて夜更かしばっかり。気を失う位眠くなってから寝ると、あんまり夢も見ない。流石にこんな毎日を過ごしてるとダメだなあと自分でも思う。昼間にボーっとしてる私を見るに見かねてか?この前、お母さんに「早く寝なさい!」と怒られた。やれやれ。 訳ありで、只今部屋を片付け中。するとどーしても出てくるのが、しまい込んでるパパの物。手に取ると時間が止まる。作業が全く進まない。気分を変えようとCDをかけたら、パパとドライブに行った時によく聴いてた曲だった…とどめの一発。音楽を聴いて泣けるような自分になるなんて思いもしなかった。槇原敬之は天敵だな…でもこれから泣きたい時に聴こうっと。思い出しては泣きながら、遅々と作業を進める。子供がアルバムをみつけて見せてと言う。パパをみつけては話しかけてくるのも、辛かった。なかなか片づかないとお母さんに話すとお母さんは良い物(高価な物?)だけを残して処分していきなさいと言う。やっぱり考え方が違うのかな…?全部を残しておく事はできないので多少の処分は仕方ないと思うけど、やっぱりなかなか捨てられない。全てパパに繋がってるから…全てが愛おしく思える。知人で数年前にご主人を亡くされた方がいるけれど物への執着がなくなるのに3年かかったと言ってた。物がなくても、いつも心の中に大切な人はいてるから…と。ある意味、悟りの境地だと思った。私はまだまだだな…まだ1年。後2年で悟れるのかな…?
October 30, 2004
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もう、10月も終わりですね。夕暮れ時の微妙な色合いの空が綺麗です。私的には冬のピンと張りつめたような早朝の空気が好きなんですけど。そんなこんなで、また泣き言を呟きにきました。寒くなってくると気持ちも滅入るのか?それとも1年が過ぎようとしてるからなのか?とにかく、最近かなり凹み気味です…。1年かあ…まだ昨日の事のように感じるけど…。日を追うごとに、遠ざかって行くのではなくあの日に近付いて行ってるような気さえする…。パパと一緒に過ごした10年足らずの歳月よりもこれから、一人で生きていかなければならない時間の方が長いんだと改めて気が付いて、涙が出てきました。やっぱり、できるだけ早くパパの所に行きたくなってしまった。子供たちを放ったらかしにして行ったらパパに怒られそうやけどなあ…パパも私をおいて行ったクセに。上の子は6才やったから、まだ少しはパパとの思い出の記憶があるけど…下の子は2才、流石に覚えてないだろうなあ。それが、最近可哀相に思えてきました。この頃、お絵描きが好きな下の子(私の影響か…?)描いた絵をパパに見せに御仏壇の所に行きます。「パパ、ほら上手に描けたでしょ?」パパ、何て言ってた?と聞くと「上手に描けたねって、優しい声で言ってくれた!!」って、無邪気に答えてくれました。下の子には本当にパパの声が聞こえてるのかも知れないなあ…。写真とビデオ(まだ見れない;;)の中だけ存在するパパ。成長した時、パパがいない事を自覚するようになった時の事を考えると切なくなります。今日のアニメの「ブラックジャック」を見てこんなお医者さんがいてくれてたら、パパ助かってたのかな?なんて、子供じみた事を真剣に思ってみたり…。1千万、2千万出しても助けてもらったのになあ…。まとめて払うの無理やから、分割で。私も一生懸命頑張って働いてお金払うのに…。洗い物をしながら、久しぶりに泣けました。何だか…。自分だけがツライ思いをしてる訳じゃないのはわかってるけど日本中、世界中で考えれば、もっとツライ思いをしてる人がきっとたくさんいるんだろう。みんな、どうやって乗り越えてるんだろう…。私はアカンなあと思いながらも気持ちに押し潰されそうになってる。台風や地震も大変な事になってますよね。親戚や知人はいないけれど、とても心配です。ライフラインも断たれて、ご飯もまともに食べれない子供の写真が今日の夕刊に載ってた。最近、こーゆーのに弱い。自分自身を重ね合わせて考えてしまうから、新聞を読みがら泣く事も多くなった。そろそろ、一周忌の準備もしないといけない。粗供養や法要を行う場所、来て貰う人も考えて連絡しないと…食事や飲み物、本当に身内だけで済ませるつもりやけど。気持ちとは裏腹に現実的な事は容赦なくやってくる。やっぱり前に出て挨拶しないといけないのかな?やだな…。11月、パパの一周忌の他にも裁判や祖母の四十九日、そして幼稚園から葉書が届いて入園前の健康診断にも行かないといけなくなった。う~ん、11月は忙しいぞ…。まあ、痛い事ばかりじゃなくなったけど。弁護士さんに連絡すると、1回目の裁判は1時間足らずで終わるらしい。そして公判当日に次の公判日も決まるそうです。加害者が検察側の訴えをそのまま認めた場合、2回、多くても3回の公判で終了すると言う事です。ただ、加害者が認めなかった時は否認した事に対して、ひとつひとつ証明していかないといけないので2年、3年とかかる場合もあると…。賠償の時効は2年。もし長引くような事があればそちらの方を先に進めないといけない事になるでしょう。当日は弁護士さんも傍聴に来てくれると言う事なので少し心強いです…。警察、検察、裁判所、労働基準監督署…自分には全く縁のないものだと思っていた所だったのになあ。あ、労基署にも電話しないと…。月に一度の報告。いつまでしないといけないのか?パパの勤めてた会社の労働基準法違反の件もあるしこちらも長い付き合いになりそうな感じ…。沈んでばかりもいられない。泣き言はこの日記だけにして、とにかく乗り切ろう。
October 25, 2004
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今日、子供たちとおでかけする時にポストを見ると少し大きめの茶封筒が届いてました。帰ってきてから、見ると検察庁からのものでした。「ああ、来たか…」と思った。早く確認したいような、見たくもないような複雑な気持ちになりました。結局、開封するのは後回しにして先に昼ご飯を食べる事に。お昼ご飯を食べてから、子供たちが隣の部屋でビデオを見てる間に封を開けました。11月15日に裁判が行われます。思ってたよりも早かった。それにしても11月なんて…。その6日後はパパの一周忌です。その後には、祖母の四十九日もあるのに…。裁判、ドラマでしか見た事がないので、実際はどんなものなのか想像もつかない。何だかちょっと怖い気がする。この日だけですべてが終わる訳ではないけれど…。いつ迄こんなのが続くのかと思うと胸が苦しくなる。裁判が終わって、判決が出てもパパが帰って来る訳ではない。行政、司法、民事、すべて終わっても私たちはずっとパパの死と向き合って生きていかないといけない。加害者にとっては判決が出たら全てが終わるのかな?月曜日に弁護士さんに連絡しないと…。全ては裁判官の判断に委ねるしかないけれど、少しでも私たちの意に添った結果を願う事しか出来ない…。業務上過失致死だと、そんなに重い刑にはならないと思う。殺人とどう違うのか?殺意がなければ人の命を奪ってもそんな軽い刑で許されるなんておかしいと最近思う。できる事なら加害者に向かって「人殺し!!」と叫びたい。子供たちに「あの人がパパを殺した人だよ」って言いたい。そんな事できる訳ないけど…。初盆の時に加害者に会ってから、その態度を見てから私の中で何かが変わったように感じる。あんなに平然と遺族の前で振る舞えるものなんだろうか?態度や表情がどうしても納得できない。日が経つにつれ加害者に対する憎しみみたいな物が沸々と湧き上がってきた感じがします。あの人さえいなければ…みたいな…黒い感情。そんな事を思う自分自身も嫌になる。1日に2回、精神安定剤を飲む時も悲しくなる。薬を飲んでる所を子供にみられると「ママ、病気なん?何の薬飲んでるの??」って聞かれる。私は何にも答えられなくて、ただ言葉を濁すだけ…。こんな薬に頼らなければ自分の感情もコントロールできなくなってるなんて…。薬もいつまで、服用しないといけないのだろうか?自分の気持ちが落ち着くまで?誰がそれを判断してくれるんだろう?今通ってる病院の先生は正直な気持ちを打ち明けられないので、やっぱり違う病院にも行ってみた方が良いのかな?何か、いろいろ考えるのが嫌になってきた。 今、生活してる環境の中ではパパが亡くなった事を知ってる人たちに囲まれて暮らしているのでパパについて聞かれる事も話題になる事も滅多にないけど。ネットで知り合いになった人はごく限られた人しか知らない。お絵描きが好きなのでお絵描き掲示板で描いた絵を並べてるだけのサイト作ってるんやけど…そんな中、久しぶりにサラッと「旦那さん」って言葉が出てきて、結構こたえました…。そーだよなー、知らない人は「主婦」って書いてあると「=旦那さん」がいてるって思うよね…。知ってる人は気遣って、その話題に触れないようにしてくれる。久々に何も知らない人から、その話題を振られてエラク凹んでしまいました。アカンなあ…。何もない文章なのに、その「旦那さん」ってゆー言葉の所を見ると涙が出てきました。でも、そこから目が離せない。その日、一日憂鬱に過ごしてしまいました…。何か悲しいとか辛いとか、泣き言ばっかり言ってるけど信じられない中でも、やっぱりパパのいない生活に嫌でも順応していってる自分がまた嫌になる。いつでも、もしパパがいてくれたら今頃どんな生活をしてるんだろうと考える。パパが仕事休みの日曜日はとくに…。あんな事故がなかったら、それが当たり前の生活だったのに。あ~あ、結局泣き言ばっかり書きに来てる…。
October 16, 2004
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10月12日、今日はパパの誕生日でした。本当なら一足先に35才になってる私に追いつく日です。いつもいつも、たかが半年くらいの差で「自分の方が若い」なんて事を言ってたパパやったけど…。これから、私だけが歳をとって行くんやなあ…。パパは34才のまま、たった半年だけの差やったのにこれからはどんどん歳が離れていっちゃうよ…。パパの好きだったケーキ屋さんで買おうと思ってたけどお義母さんが外出ついでに違うお店で買ってきてしまった。まあ、良しとしましょう…。ひとのケーキでも一番喜ぶ上の子が小学校から帰って来るのを待ってケーキを食べる事にした。お義母さんは仕事があったので一緒に食べれなくて残念。子供が学校から帰って来て、宿題を済ませてからケーキを食べることに…。お母さん、ローソクの数間違ってるやん(笑でも享年で数えると確かに36本で良いんやけど…。どっちで数えるべきなんだろうか???でも、やっぱり大きいローソク3本と小さいの5本立てて火を点けました。暫く、子供と3人でボーっとケーキを見つめる…。本人のいない誕生日ががこんなに寂しいものなんて初めて知った。これから何回、こんな誕生日を迎えなければいけないんだろう…。ケーキの上のチョコレートには「HappyBirthdayパパ」誕生日の歌を3人で歌いながら、その文字を見てると思わず涙が溢れてきそうになった。ローソクの炎がユラユラ揺れてるのがかすんでくる。子供の前で泣く事なんてできないからジッとこらえたけど本当は大泣きしたかったな…。泣いたら少しはスッとするから…。最近、泣きたい時に泣けないから泣けなくなってきた。やっぱり子供の前で涙は見せられない。子供心に心配するから…下の子でさえ、つい私が泣いてる所を見つけると「パパがいないから?」と顔を覗き込んでくる。そんな時「大丈夫!パパ、もうすぐ帰ってくるから!!」と無邪気に励ましてくれる言葉を聞くと、尚更泣けてくる。3才くらいじゃ、わかってるようでまだわかってないんやな…。いつも何かの記念日の時はお母さんが子供たちを見てくれたので私たちは二人で映画だの買い物だのとデートしてた。もちろん誕生日も…今だったら映画にでも行ったかな?「LOVERS」あたり見に行ってたかも知れない。近くで「STAR WARS展」してるからそっちに行ってたかな?パパ、STAR WARSが大好きだったから…。考えると寂しさが増してくる。パパがいない事実が重くのし掛かってくる…。来月で一周忌、でもまだ信じられない。信じたくない。1年経って、心の傷は益々深くなるばかりのようだ…。いなくなって、尚更パパの存在の大切さが身に染みる。悲しみ、寂しさ、悔しさ、怒り、後悔…いろいろな感情が心の中で入り乱れて自分でも訳がわからなくなる。これからも、きっと毎年こんな誕生日を迎えるんだろうな…。パパのいない、パパの誕生日。ローソクの数だけは毎年増えて行くだろうけど…。誕生日の歌を歌うたびにきっと、悲しくなる。パパ、35才の誕生日おめでとう。
October 12, 2004
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10月8日、パパの父方のおばあちゃんが亡くなりました。昨日がお通夜で今日、告別式に行って参りました。やっぱり、こーゆー場は何回行っても慣れません…。早いもので来月にはパパの一周忌です。もう一年間もパパのいない生活を送っていたんだなあと改めて思いました。パパがいてる時はパパの存在無しでは絶対に生きていけないと思っていたのに、人間って結構強いものなんだ…。ツライながらも生きてる、生きていかないとしょうがない。おばあちゃんのお通夜、告別式ではどうしてもパパの時の事を思い出してしまって泣いてしまいました。長男の嫁という事でパパの代わりに父、父の現在の嫁さんに続いて3番目にお焼香させてもらいました。本当はパパがこの席に座ってた筈なのに…、そう思うとまた涙が溢れてきました。何でこんなに早くに逝ってしまったのだろう…。その場にいても、パパのいない現実が不思議で信じられなくて。告別式が終わって、火葬場に移動しなければなりませんでした。パパの告別式をした斎場です。義弟が「お骨上げは行かんとく?」って聞いてきたので「何で?」と聞くと「兄ちゃんの時、普通やなかったから」って言われました…全然自覚してなかったけどそんなに取り乱していたのだろうか…。ってゆーか、自分にとって自分自身より大切な人があんな姿になって目の前に現れて普通にしてられる方がおかしいと思うんやけど…。今、思い出しても胸が苦しくなります…。私の今の精神状態のせいか?楽しかった思い出よりも事故当日にパパの事を警察で確認した時の事、棺に横たわってるパパの姿ばかり思い出します。実際に見ていないけれど、後で聞いた事故の時の状況からその時の場面が目の前で起こった事のように頭に浮かぶんです。胸が締め付けられるようで、すごく悲しくなるのにそんな事しか考えられないし、思い出せない。先日、パパと私が勤めていた会社の先輩が家に遊びに来てくれました。まだ貰ってなかった古い写真を持って…。写真の中のパパは楽しそうに笑っていました。この時に戻りたい…本当に心からそう思いました。おばあちゃんの告別式やったけど私の心の中では完全にあの日に帰ってた。何か、二度体験したような気分で流石に気分が滅入ってます。パパの一周忌とおばあちゃんの四十九日が近いのでより忙しくなりそうです…。 今回の告別式でややこしい話がひとつ…。義母と義父は離婚している上、義父は既に再婚してるのでおばあちゃんの事で連絡があった時に義母に告別式には来ないでくれと言われました。義母も一時期(といっても10年以上)嫁としておばあちゃんと一緒に住んでいたのによくそんな事が言えるもんだなあと、思ってしまった。離婚の原因は義父が今の再婚相手と浮気したせいなのに。自分たちが負い目を感じているからなのだろうか?それにしても、そんな自己的な考えで義母に最後のお別れもさせてくれないなんて非道過ぎると思う…。義母自身、その話をするまでは告別式に行くつもりだったのに。義父と別れてからも、おばあちゃんの事を何かと気にしていた義母が可哀相になりました。そのクセ、パパの時はその再婚相手を連れて来ようとしてた。何考えてるんだか…。義母とおばあちゃんにはいろんな思い出もあるし、告別式に参列しても全然おかしくない筈なのに。じゃあ、再婚相手は?パパから父親を奪い取り、パパ自身もその人の事を嫌っていた。義父には孫の顔も見せたらなアカンと言って、たまに連れて行ってたけどおばちゃん(再婚相手)には絶対に抱かせようとしなかった。何でそんな人がパパの告別式に来る資格があると思うのだろうか?義父は義父なりにパパに先立たれた私たちの事をいろいろ気使ってくれてるけど、今回の事で少し不信感が…。義母は表面はあまり気にしてないようだったけどきっと最後におばあちゃんにお別れを言いたかったと思う。告別式、人生最後の大舞台。私が死んだ時はどんな告別式になるんだろうか?死んでしまってからじゃ、見る事もできないね。
October 9, 2004
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いつも覗いてるサイトでたまたま管理人さんが「死後の世界」をテーマに日記を書いてました。死後の世界って存在するのかな?パパがいなくなるまで、漠然としか考えた事なかったけど…。今になって、あって欲しいと思うようなった。だって、なかったらもう二度と会えないやん。そんなん、嫌や。後を追っかける事はできないけど、やっぱり死んだら又会えるのかなあ…と思って毎日を過ごしているのに。ある意味、早くその時が来て欲しいとすら思ってるのに…。こんな事ばっかり考えてたらアカンのはわかってるけど、どうしようもない。パパがいないのが、寂しくて悲しくてどうしようもない。まだ去年の11月21日が昨日の事のように感じられる。あんな日、無くなってしまえば良いのに…。あの日さえ無ければ…。その日記を読んで、ある人がこんな意見を書いてました。自分が死んだ後は自分が守りたい誰かを見守る存在になるんじゃないかと…。パパも私たちの事を見守ってくれてるのかな?こんな時、霊感があればパパの存在を感じ取れるかも知れないのにと思ってしまう。どーなんだろー?霊感があればわかるのかな??もしかしたら、ずっと後ろで見守ってくれてるのかも知れない。パパがいなくなってから車を運転するようになったけど、何回か道路標識にぶつけそうになったり、お店の駐車場で柱の存在を忘れてサイドミラーをぶっ飛ばしそうになったりしたけど、ギリギリの所で気が付いた事がありました。こんな時は、やっぱりパパが知らず知らずのうちに教えてくれてるのかなあ~なんて思ったりします。パパ、車大事にしてたもんな~。傷つけるなって事か…(__;)大事な人をなくした人は多かれ少なかれ、死後の世界って信じてかないと精神的にやっていかれないように思うのは私だけ?だって、大切な人がいる筈の世界だもん。何年後、何十年後になるかはわからないけど、その世界でまたパパと一緒に過ごせる事を思い描いて毎日を過ごしています。さあ、月曜日は下の子の幼稚園の願書を提出しに行かなアカン~。まだ、自宅から幼稚園までの地図書いてない…(__;)ママ友情報によると、105名の募集で既に120名以上が願書取りに来てるらしい。おいおい、抽選かっっ!!??パパ、お願いします~~~~~こんな時は泣きつきたくなる。上の子の小学校の入学式もパパ楽しみにしてたのにな…。幼稚園の入園式も見たかったやろな…。きっと天国からずっと見てくれてるんやろうけど。天国なんかじゃなく、一緒に見たかったな…。
October 3, 2004
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