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黒猫は悪魔の手先とされ縁起が悪いとしてイタリアでは1年間に推定6万匹が殺害されたという
November 24, 2007
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パールバックの大地で描かれたイナゴの大群、昔は大群で押し寄せ、農地に壊滅的打撃を与えたのはイナゴと思われていたが、イナゴは大群で飛び回ることはないそうだ。バッタは普段はおとなしく緑色で孤独な生活をしているが、旱魃で食べ物が減ると、えさをもとめ幼虫が密集し、刺激物質を発散し、互いに刺激し合い、体は黒くなり、顔も四角になり、凶暴な群生バッタに変身するということだ。1880~1884年(明治13年~17年)頃、北海道で農作物を全滅させた記録がある。
November 23, 2007
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ゲリマン だぁ?小樽の東端、手稲山口にバッタ塚というのがある。明治時代の北海道はバッタの大量発生で被害甚大だった名残である。北海道でイナゴの大群?、まるでパールバックの大地じゃないか?映画『北の零年』の一シーンに疑問を持ったのだが、これが動かぬ証拠であった。映画『北の零年』は稲田騒動から始まる。江戸時代、徳島藩家老の稲田氏が淡路島を支配し、稲田家臣は、徳島本藩からは陪臣として扱われていた。明治2年、政府は武士の身分を改め、稲田家当主は士族としたが、家臣は陪臣のため卒族とした。稲田家臣は士族への編入と分藩独立を求めるに至り、この動きは徳島家臣の激しい怒りを買い、明治3年、稲田家臣が襲撃される事件が起きた。 政府は徳島藩側に斬首など厳しい処罰を下し、稲田家側には北海道開拓を命じ、静内に移住させた。この映画、史実は参考程度と割り切り過ぎた娯楽活劇ではあった。さて、小樽の領土はバッタ塚よりさらに北東に延びる。そこは、小樽が石狩との新港利権を巡る経済戦争で得た領地であり、小樽版ゲリマンダーである。
November 18, 2007
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「死後、裁きにあう」だって?生前ろくなことしてない奴は、死後さばかれるとしたら極刑は間違いない!って、極刑というと当然『 死刑 』!?死後に死刑になる、って、それはどういうこと?「でもそんなの関係ねぇ!」
November 17, 2007
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膝枕って、良いけど もう、死語かな? ヒザが痛くなるようなお年になったら 関係ないってか
November 14, 2007
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11月13日 「良いヒザ」の日だって
November 13, 2007
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