しんの米国神学生日記

しんの米国神学生日記

2003年11月07日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
序:
2003年10月より(同年12月、終了。)、母教会の山口兄と、「インターネットによる聖研」を始めた。山口氏は携帯から、タイムリーに返信してくれるので、こちらとしても張り合いがあった。私は新約聖書のクラスを、前クオーターに取ったので、『ヤコブ書』をこの聖研のテキストとして選んだ。そのクラスは、神学校の単位には含まれない神学生未満対象の学びであった(しかし受講し、試験をパスすることは要求されていた。)が、オズワルド博士は、新約聖書学、特に『ルカによる福音書』の研究者なので、とても勉強になった。

アウトライン:
『ヤコブ書』の研究をしてゆきたいと思います。この学びのアウトラインは、
① まず、著者はだれか?という問題。そして、
② この手紙が書かれた背景について。さらに、
③ 旧約聖書との関わりについて。これらの3点について、一章から少しずつ学びながら、進めていきたいと思います。(引用箇所は、ちょっと面倒でも、引いて調べてみましょう!)

Ⅰ:「『ヤコブ書』の著者問題」
・・・まず、手紙のはじめに、「神と主イエス・キリストの僕であるヤコブ」(1:1)とあります。このヤコブさんとは、いったいだれでしょうか。・・・聖書には、色々なヤコブが登場しますが、とくに可能性があるのは、「主の兄弟ヤコブ」(ガラテヤ1:19)という人物です。ご存知のように、ナザレのイエスには、何人かの兄弟、姉妹がいました。「・・・母親はマリアといい、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。姉妹たちは皆、我々と一緒に住んでいるではないか」(マタイ13:55~56)とあるとおりです。 福音書執筆者のヨハネによれば、以前はこのヤコブも、兄のイエスを信じていなかったようです(ヨハネ7:5)。そんな不信仰なヤコブでしたが、復活なさったイエスに出会い(1コリント15:7)、使徒たちやイエスの母らとともに、心を合わせ、熱心に祈るまでになりました(使徒1:14)。以前は、信じられなかった者が信じるようにされています(マタイ13:57)。

Ⅱ:「『ヤコブ書』の背景について」
・・・『ヤコブ書』はごらんのとおり、ユダヤ人に宛てて書かれており、旧約の知識を必要とします。これについては、おいおい学んでゆきます。ご心配無用です。まず、使徒言行録時代の背景と、初期のユダヤ人キリスト者が抱えていた問題について知ることが求められています。そこで、著者問題の次に、『使徒言行録』1章から12章の終わりまでを読み、その背景を学びたいと思います。大切にしたい視点はとにかく、
① どうやって、ユダヤ人が異邦人信仰者を受けいれていったのか。また、
② 彼らがどのように、ユダヤ教から主イエスの教えを信じるに至ったかという2点です。

Ⅲ:「『ヤコブ書』と旧約聖書の関わりについて」
・・・聖書を細かく読むことも大切ですが、背景や流れをつかむために、通読することもよいことです。さて、「ヤコブ書」はごらんのとおり、ユダヤ人に宛てて書かれた、初期の手紙です。(新約の書簡のなかで、一番先に書かれた可能性もあるとのこと。)そのため、使徒言行録時代の背景と、初期のユダヤ人キリスト者が抱えていた問題について、『使徒言行録』1章~12章から知っていただきました。ご苦労様でした。それでは、さっそく、本命の『ヤコブ書』を読んでゆきましょう。

Ⅲ-ⅰ:『ヤコブ書』1章
『ヤコブ書』1章を読んで、以下の質問にお答えください。ご返答よろしくお願いします。
(1)ユダヤ人キリスト者は、どのような「試練」(1:2,12)に遭っていたのでしょうか(参照、1:1~8、12~18)。 
(2)貧しい者と富んだ者について。イエスのたとえ話「金持ちとラザロ」を参考に(参照、1:9~11、ルカ16:19~31、サムエル上2:8)。 
(3)あなたの実践とは(参照、1:19~27)。

『ヤコブ書』の研究の回答を送ります。(1)試練:自分自身の欲望→誘惑→罪→死。(2)貧者と富者:地上での貧者は天国では神によって高められ富者は草花の様に滅び、低くされこの二者の隔たりは、大でとても行き交う距離でない。(3)実践とは?:御言葉を行う、自分の心を欺かない人になる事…以上クリスチャンに対しては、時代・場所を越えて迫害がある。
山口兄、ごくろうさま。1章では、“試練”について考えました。試練を試練と思わない弟子たちがいたことも、覚えておきたいものです(使徒5:41)。

Ⅲ-ⅱ:『ヤコブ書』2章
では、二章にゆきましょう。
(1)さらに富める者と貧しい者の比較があります(2:1~13)。人を分け隔てないとは、どういう意味でしょうか(参考、使徒10章)。
(2)ヤコブ、特有の「行いのともなう信仰」について、どう想いますか(2:14~26)。

>回答(1)分け隔てについて:神側でなく人間達が勝手にユダヤ人と異邦人、富者と貧者の様に差別していると思える。---> ヤコブ2:1~13は、俗に“キリスト者の標準”ともいわれる大切な箇所です。もうすこし深くとらえてみましょう。ユダヤ人とは?富める者とは?という質問におこたえください。特に2:5「世の貧しい人たちをあえて選んで、信仰に富ませ・・・」と2:13「人に憐れみをかけない者・・・」に注目(参考、ローマ3:1~10、1コリント1:26、ガラテヤ5:6)。

再回答(1)分け隔てについて:ユダヤ人とは神が選び神の言葉を委ねられた人々→クリスチャン即ち私達イエスキリストの信仰者全てを含むと思います。ローマ3:9~10より指摘の「ユダヤ人、ギリシャ人も皆、罪の下にある…正しい者はいない。一人もいない。」この内容から別け隔てはない点と、貧しい人→弱者、小さい者に恵みの対象者と成ることが強調されているのではないかと思える。


>回答(2)行いの伴う信仰:両者は一身同体で信仰のみでなく行いを伴う事により信仰は強められる。---> 山口兄、もう少し深く、考えてみましょう!ここで鍵となる聖句は、まず、2:17「行いと伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです。」これについてヤコブは、2つの事例を引いていることに、注目してみましょう。「アブラハムの信仰」(参考、創世記22:1~19)と「娼婦ラハブの信仰」(参考、ヨシュア記2:1~21、6:17~25)です。
再回答2の件(1)創22:1~19アブラハムの息子イサクを主の試みにより献げ物として献げた行為を主が認められ祝福が与えられた。(2)ヨシュア2:1~21.6:17~25よりヨシュアの送った斥候2人をエリコの王の追っ手から逃がした遊女ラハブの行為に対して一緒にいる家の中にいる者達を主は滅ぼさなかった。これらの事を通して主は信仰に基づく行為に対して高い評価を与えられている様子が伺えます。

山口兄、ご苦労さま。(1)のアブラハムの信仰は、なんとへブライ書によれば、「神が人を死者の中から生き返らせることもおできになると信じた」(へブ11:19)とあります。当時のアブラハムの信仰が、いかにすごかったかを、うかがい知ることができましょう。では、次にゆきましょう!

Ⅲ-ⅲ:『ヤコブ書』3章
さて、『ヤコブ書』3章は、“舌”についてです。特におしゃべりな山口兄には、意味深いのでは(?)なんてごめんなさい。ご感想をよろしく。
(1)悪い舌について、説明してください。
(2)良い舌について、説明してください。

3章の回答(1)悪い舌:不義の世界、全身を汚し、人生を焼き尽くす、疲れを知らない悪、死をもたらす毒に満ちている、神に象って造られた人を呪う、自慢したり、真理に逆らって嘘をつく。(2)良い舌:主を賛美し、純真、温和、優しく、従順、憐れみ、偏見なく、偽善的でない…以上からこの小さな器官だが舌の使い方に注意!→3:13~18上からの智恵に頼る必要性。






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Last updated  2004年02月17日 03時19分32秒
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ぷりたん@ 超ラッキー!(* ̄ー ̄) 今まで風イ谷に金出してた俺って超バカスww…
突き男@ 腰痛くなるまでやってきました 綺麗な顔しててあんなに激しいなんて、正…
キタキタ@ イヤッホォォォォォウ! やべーこの女やべー! 終始そんなこと考…
コースケ@ お、俺のおtmtmがぁ――!! もう、もう……なんも出まへぇーん!(TT…
鳥蘭丸@ うにゅぅぅぅぅ…… 可愛がってもらうだけ可愛がってもらって…

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