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純文学の小説を中心に読書録を書いています。基本的にネタばれしています。
小説の構成や描写技法を中心に考察しているので、小説家を目指す人にとっては参考になる部分もあるかもしれないし、小説家を目指すつもりでない人も次に読む本を選ぶ参考程度にはなるかもしれません。
古いほう読書録はほとんどこのブログへの訪問者がいなくて日記代わりに雑感をメモしていただけなので他の人が読むほどの内容じゃないです。自分で読書録を読み返してもあらすじを思い出せない本があって、もうちょいあらすじなり特徴なりを詳しく書いておけばよかったと反省したので、最近は時間をかけてちゃんとレビューするようにしています。
いち本好きとして良いと思った小説は賞賛して悪いと思った小説は罵詈雑言を浴びせているのですが、小説の感想というのは個人の知識や価値観を反映させるので、結局のところ自分で読んでみないと意味がないのです。
ネットの中をさまよって偶然この読書録にたどりついた人は、面白いと賞賛しているのを読んでみたり、逆に罵倒している小説がそんなにつまらないはずはないと読んでみたりするのもよいでしょう。
この読書録がきっかけとなって他の人にも本が読まれることで、小説の発展にほんの少しでも貢献できればよいと思っているのです。

 ∧ ∧
(=‘ω‘ =)つお勧め本
辻原登『東京大学で世界文学を学ぶ』
辻原登『東大で文学を学ぶ ドストエフスキーから谷崎潤一郎へ』

評価基準:
★★★★★:感動したニャー
★★★★☆:技術や感性に芸術性があって面白いニャー
★★★☆☆:暇つぶし大衆小説程度ニャー
★★☆☆☆:描写技術や知識が出版に満たないレベルニャー
★☆☆☆☆:ゴミニャー

 ∧ ∧
(=‘ω‘ =)< Amazonのほしいものリスト から私にギフトを送れるよ。
2026.04.30
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最近は京都でいろいろ問題があったけれど、知事選で勝った西脇知事が多文化共生推進の新部署を作るそうで、これもまた問題になりかねない。ヨーロッパでは既に多文化共生に失敗してキリスト教の教会に放火されたりして文化が破壊されているのに、なぜ日本の伝統文化の担い手である京都で多文化共生を推進するのか、ヨーロッパでできなかった社会統合をどうやったら日本でできるのか疑問である。というわけで徒然なるままに移民の社会統合について考えることにした。

●悪人とは共生できない

悪人とは共生できないという点では多くの人が同意できるのじゃないかと思う。しかし何を悪と見なすのかは人によって意見が違うだろうし、国によって法律が違っていて違法とみなされる行為も異なる。例えば胎児については日本では胎児が母体外において生命を保続することのできない時期を22週未満と定めていて、22週未満なら中絶できて22週以降は中絶を禁止しているけれど、アメリカのキリスト教保守派は胎児の時期に関わらず中絶を殺人と見なしていて、堕胎手術をする医師を悪人として非難している。文化や宗教によって悪の定義が異なることが社会統合の上で問題になるし、悪人を社会から排除する方法も問題になる。自然界なら天敵の動物同士は共存できないとはっきりしているけれど、人間同士だと誰が敵なのかはっきりしないのがやっかいである。

・悪人を社会から排除する方法の是非

悪人と共生できないとはいえ、悪人を排除する際にどこまで人権に配慮するかが問題になる。エルサルバドルはギャングの抗争に市民が巻き込まれて大量に殺害されたのでブケレ大統領が2022年に非常事態宣言を出して、4万人収容可能なテロリスト監禁センター(CECOT、セコット)を作って令状なしでギャングを収容して、常に照明をつけて監視して食べて排泄して寝る事以外は雑談さえもさせない環境に隔離して二度と社会に復帰できないようにして犯罪率を劇的に改善させた。死刑になったほうがましかもしれないくらいのひどい環境である。
フィリピンでは2016年にドゥテルテ大統領が違法薬物の撲滅のために国民に犯罪容疑者や麻薬中毒者を殺害するよう促して警察官にも麻薬密売人を射殺するように命令して、人権団体からは超法規的殺人を批判されて、ドゥテルテは国際刑事裁判所に人道に対する罪で逮捕された。
悪人を排除するためなら悪人の人権を侵害してよいのかというと、よくないだろう。というのも何を悪とみなすのかは主観によるので、イランみたいにイスラム教に反するものが悪だとみなす国ではほとんどの非イスラム教徒は悪人として処刑されてしまうことになりかねない。それに冤罪の可能性もあるので、令状や裁判なしで投獄や射殺をするのは問題である。
しかし悪人を全く罰しないのもよくなくて、悪人を罰しないとそれが犯罪のインセンティブになって悪人だらけになる。スペインだと不法占拠(オクパ)が多発していて、家族旅行中にモロッコ人の不法移民とかに家を乗っ取られても不法侵入後の48時間以内に通報しないと警察が逮捕しなくて、不法占拠者に居住権が発生して家の所有者は裁判をしないと家を取り戻せなくて苦労しているようである。本来は福祉でホームレスや不法移民に対処するべきなのに個人に対処をゆだねているので不法占拠された被害者の負担が大きくなっている。スウェーデンでは少年法の不備で未成年が犯罪をしてもたいした罰がないのでギャングが未成年に金を渡して銃撃や爆破とかの実行役をやらせるようになって、15歳未満による殺人が100件以上起きている。イギリスだとパキスタン人とかのイスラム教徒が女児をレイプしても犯罪だと知らなかったと言い訳してリベラル裁判官がイスラム教に配慮して微罪にするので性犯罪が急増していて、それをSNSで批判するとイスラモフォビアとして逮捕されるというどうしようもない状態になっている。アメリカでもリベラル判事が犯罪者に甘くてすぐに釈放する一方で更生や生活の支援がないので、窃盗や強盗を繰り返すようになって26州で三振法があっても犯罪が減らない。
悪人をいきなり処刑するのでもなく、かといってたいして罰を与えずに野放しにするのでもなく、社会から隔離して刑罰を与えたうえで倫理観の矯正や社会復帰支援とかが必要だろう。不法占拠に甘いスペインで不法占拠が多発して、少年犯罪に甘いスウェーデンで少年犯罪が多発しているように、それぞれの国で法の不備がある部分の犯罪が増えているので、ちゃんと罰を与えて犯罪のインセンティブをなくすことが重要である。

・そもそも悪人を入国させなければ移民による犯罪は起きない

大抵の国でビザや在留資格の基準が厳しいのは当然で、前科がある人は悪行為をする可能性が高いのでビザが許可されなくて入国できないし、生産手段を持たない人が在留しても生計を立てられなくて犯罪をする可能性があるし福祉の負担が増えるので観光客は長期滞在できないようになっている。その抜け穴になっているのが観光ビザで入国してから難民申請して不法滞在する偽装難民で、言語を理解しなくて生産手段を持たないうえに善悪の基準が異なって悪行為を平然と行うので、偽装難民を受け入れることは治安の悪化や福祉のひっ迫につながる。2025年12月末時点で日本に不法に残留して退去強制命令を拒否した3103人の外国人のうち994人は有罪判決を受けていたそうで、懲役刑になった後に難民申請して居座ろうとする偽装難民は日本にとって害にしかならない。有害な移民は玉つきのように世界各国を転々としていて、どこかの国で難民申請を却下されたり犯罪をしたりして追放されても別の国に居座ろうとして、イギリスで前科があるパキスタン人が書類を偽造してスペインに押し寄せているのが問題になっているそうな。
ヨーロッパではアフリカや中東から来たイスラム教徒の移民と社会統合できなくて移民政策が失敗していて、フランスでは外国人が長期滞在するには市民試験の合格を必須にしたりして移民の受け入れ基準を厳格化しているけれど、日本は外国の失敗から学ばずに自民党や経団連が発展途上国から大量の移民を入れようとしているので移民政策の見直しが必要だろう。

●善悪の判断基準

日本は高信頼社会で、無宗教の人が多くて信仰心がなくても世界で有数の治安の良さを保てている。宗教的な価値観に頼らずに善悪を判断するにはどうすればよいかというと、群れを作る動物は群れの利益になる行動をするように進化して、自分と群れとの関係性の中でもやって良い事と悪いことの基準ができあがるので、これが善悪の基準になりうる。人間に比べて知能が劣る犬や猫でも子供が悪いことをしたら親が叱ってやってはいけないことを教えている。人間では言っていることよりもやっていることがその人の本性だと言われているように、発言よりも行為が善か悪として判断されうる。というわけで利益と損害の有無で行為を単純化したパターンを考えてみる。

1.自分に利益があって他人にも利益がある行為
これは所属する集団の文明を発展させる善行為と言える。例えば美味しい料理を作れる料理人が適正価格で料理を提供すると、客は幸せになれるし料理人は収入を得ることができるし、調理技術や食材とかの文化水準も上がって文明が発展する。科学技術や学術研究や芸術とかの特殊な技能を持った外国人は社会を発展させるので移民として歓迎される。

2.自分に利益があって他人には利益がない行為
例えば美味しい料理を作って一人で食べたり、筋トレして贅肉を落として健康になるのは自分には利益があるけれど、他人にはどうでもよいことである。レシピや筋トレのやり方を他人に教えるとかして他人にも利益があるようにしないと善行為とは言えないだろう。自己中心的で知識や技術が社会に還元されないと社会の発展に寄与しない。

3.自分に利益があって他人には損害がある行為
これは利己的な悪行為と言える。例えば窃盗や強盗や詐欺とかの他人を害して利益を得る行為は生産者を害して生産力を低下させて文明を衰退させるので、たいていの国では違法である。軽犯罪の場合は刑期を終えた後に社会復帰できるけれど、強盗殺人とかの利己的な重犯罪を犯した極悪人は死刑や終身刑や無期懲役とかで社会から恒久的に排除される。外国だと被害者がいないのは犯罪じゃないという考え方をする人がいて、ごみを道端や川に不法投棄してごみ処理費用を浮かせようとするけれど、土地の所有者や自治体が土壌汚染や清掃費用の被害を受けているので悪行為と言える。働けるにもかかわらず生産活動をせずに福祉に依存してもっと金をよこせと際限なく支援を要求するのも悪行為である。

4.自分に利益がなくて他人には利益がある行為
利他主義的な行為がこれにあたる。例えばボランティアで清掃活動をしたり小学生の登下校の見守りをしたりして他人の役に立つ行動は善行為と言える。

5.自分に利益がなくて他人にも利益がない行為
これは誰の役にも立たない不毛な行為である。例えば暇を持て余してトー横でだべって無為に過ごしている若者たちは誰かの邪魔になっているわけでもないので善でも悪でもないけれど、勉強や仕事とかの何か生産的な活動をするほうがよいだろう。

6.自分に利益がなくて他人には損害がある行為
これは誰も利益を得ない悪行為である。例えば道に迷った人に道を聞かれてからかってやろうと思ってわざと違う道を教えるのは悪行為と言えるし、むしゃくしゃして飲食店の立て看板に八つ当たりして蹴る器物破損も悪行為である。子供の誕生日のお祝いに寿司を作ったら子供が食中毒で死んでしまった場合、他人を害する意図がなくても物事をうまく行えないせいで被害を出したのならそれも悪行為と言えるので、頭が悪かったり不器用だったりして他人に損害をもたらす可能性が高い場合はその行為をやらないほうがよい。ヨーロッパの環境活動家が道路に座り込んで車を止めて交通を妨げたりするのも生産活動を妨げる悪行為で、車による環境負荷を減らしたいならクリーンエネルギーの研究とかをするのが本筋である。道端に倒れている人がいるときに自分が救急車を呼べば十分助けられるけれど、自分には利益がないし関係がないからと見殺しにするのは、善を成しうるときに意図的に善を選択せずに損害を生み出す悪行為と言える。しかし中国だと助けられる側が悪人だった場合に助け方が悪かったせいで後遺症が残ったといちゃもんをつけて損害賠償請求したりするので、行き倒れた人を助けるのを躊躇するようになった。この場合は自分に損害がある可能性が高いので、助けるのをためらっても悪行為とはいえないだろう。

7.自分に損害があって他人には利益がある行為
自己犠牲と呼ばれる行為はこれにあたる。例えば火事が起きている家にまだ人が取り残されていたときに通りすがりの人がわざわざ危険を冒して他人を助けるメリットはないけれど、それでも損得を考えずに他人のために行動出来る人は英雄視されて名誉を得る。これは善行為だけれど、自分に損害を出さないで済むならそのほうがよい。

8.自分に損害があって他人には利益がない行為
これは6と逆のパターンの誰も利益を得ない悪行為である。例えばリストカットや過食嘔吐はやらないに越したことはなくて、自分を害する異常行動をする人には精神的な治療が必要である。

9.自分に損害があって他人にも損害がある行為
これは明確な悪行為と言える。例えば無理心中で家族を殺して自殺したり、ビルから飛び降り自殺をして無関係な人を巻き込んだり、自爆テロで大勢を道連れにしたりするのは社会の破壊や人間性の否定である。文明人ならやってはいけない。

ざっくりとまとめると、他人に利益がある行為はだいたい善で、自分や他人に損害をもたらす行為はだいたい悪で、1が一番良いと言えるし、9が一番悪いと言える。善は強制するものではないし各宗教で善の基準が違っても大きな問題は起きないけれど、悪行為はしないように強制しないと社会が維持できなくなる。社会全体の損害や不幸を最小化するために法律を制定するのが国家の存在意義だろう。
この善悪の度合いで移民の社会統合の難易度が変わってくる。1や4の善人はコミュニティへの寄与が大きいので社会統合しやすいだろうし、3や6や9の悪人は国籍や人種や宗教に関わらず入国や滞在を拒否するべきで、そうしないと悪人に国が破壊される。エジプトはパレスチナを支持しつつも国境を閉ざしてパレスチナ難民の受け入れを拒否しているけれど、これはパレスチナ人がいままで悪行をしてきた自業自得で、ハマスのテロを支持したり移住先で犯罪をしたりして受け入れ側の負担が大きいので歓迎されない。デンマークの統計だと1992年に321人のパレスチナ難民を受け入れて30年追跡したら64%の204人が有罪判決を受けていたそうで、イスラエルに虐殺されたパレスチナ人には同情する部分もあるけれど、だからといってDQNを難民として受け入れて一緒に仲良く暮らせるわけではない。ドイツ連邦捜査局(BKA)は​ 移民の国籍別の犯罪統計 ​(PKS 2025 Bund T62)を出していて、このデータを分析した​ SmirkleyというXのユーザー ​によるとドイツ人の犯罪率(10万人あたり1770件)を基準にした場合に日本人の犯罪は最低で0.19倍、その一方でアルジェリア人は最高で18.4倍だそうで、殺人、レイプ、スリ、万引きとかのあらゆる犯罪でアルジェリア人の犯罪率が高い。わざわざドイツに行く日本人はドイツ語がわかるくらい高学歴の留学生や音楽家とかの日本人の中でも上澄みの人しかいないだろうからドイツにいる日本人の犯罪率がドイツ人全体よりも低いのはある意味当然だけれど、アルジェリア人はわざわざドイツまで犯罪しに行っているのかという話になる。このデータを基に判断するならどの国籍の外国人が日本に来ても日本人よりも犯罪率が高くなって治安が悪くなることになるし、移民に日本人並みの倫理観を求めるとヨーロッパ以上に社会統合が難しくなる。
日本のスペイン大使館のXアカウントが「注意:「重要でない」ように見える「無断で何か持ち去る」行為も、日本では重大な犯罪です。窃盗は非常に厳しく罰せられ、重大な法的問題を引き起こす可能性があります。日本への旅行を楽しみましょう、でも常に敬意と責任を持って」(grokの自動翻訳)と注意喚起したように、国によって窃盗への倫理観も違う。ヨーロッパではスリや置き引きや押し売りやぼったくりが横行しているけれど、そういう倫理観が低い人が大勢移民として来たとき、財布やスマホを落としてもちゃんと落し物として保管されて返却されるような日本の高信頼社会が崩れていくだろう。だもんで社会統合のためには移民がただ日本語を理解して仕事に就くだけでなくて、日本の儒教や仏教由来の道徳観を理解するための倫理教育も必要だと思う。

・法律の重要性

古代の国では優れた王がいても代替わりしたら悪政をして内乱が起きて国が亡びるパターンが多かった。しかし法律があれば誰が指導者になってもある程度の規範は維持できるので、内政のための法律が発達してきた。中世までは宗教の戒律が法律の代わりをしていたのでキリスト教の教皇は王以上の権威を持つようになったけれど、宗教を取り締まる法律がないので権威化したカトリック教会が腐敗して影響力を失っていって、近代的な議会制民主主義の国家では政教分離して選挙で選ばれた議員が議会で議論して法律を制定しているし、宗教的行為でも法律に違反したら罰せられる。日本では憲法で国民主権が定められていて、民主的手続きを経て作られた法律があることこそが国民主権の体現であるので、法律は外国政府や外国人によって勝手に変えられるものではない。
法律は制定から時間が経って時代遅れになったりして問題があれば改定や廃止ができるけれど、宗教の経典は改定できないし批判したら宗教戦争になるのが問題で、だからこそ政教分離する必要がある。基本的人権に信教の自由があるのでどんな宗教でも信仰するのは自由だけれど、法律を侵害する自由はない。イスラム教徒が法律を無視して勝手に土葬したら死体遺棄として検挙するべきだし、公道で礼拝して人や車の往来を妨げたら道路交通法違反で検挙するべきだし、それはイスラモフォビアでも何でもない。法治国家では法律に従う必要があるということが理解できずに違法行為をする外国人とは共生できないので国外追放するしかないだろう。イスラム教徒に配慮するべきだと言う人もいるけれど、イスラム法を理由に外国人が日本の法律を変えようとするのは主権の侵害である。

●善が社会を発展させて悪が社会を荒廃させる

人類は学問によって知識を蓄積して科学を発展させてきたけれど、必ずしも知識や科学が社会を発展させるとは限らなくて、悪人が知識や科学を手にしたら侵略や詐欺や強盗とかの悪行為に使う。だもんで社会を発展させるには善人を増やして悪人を減らすのが重要である。悪人が少ないほど警察や刑務所や裁判所とかの行政コストも少なくなるし、善良な人々が生産活動に専念できる。何を善行為とみなすのかは国家が強制する必要はなくて各人や各宗教で違っていてよいし、仏教は人格修養をすればよいしキリスト教はチャリティーをすればよいけれど、悪の認識が宗教によって異なるのでは統治ができないので法律で罰を強制する必要がある。
法治国家では法律を無視してイスラム法を優先するイスラム原理主義者とは社会統合できないので、移民として受け入れるべきではない。イスラム原理主義者はコーランが絶対正しいという前提で物事を認知するので、イスラム教以外は間違っているものとして上から目線でイスラム法を押し付けようとするし、学校給食にハラール食品を強制しようとするし、ラマダン中に異教徒が食事していると文句を言うし、異教の寺や神社を破壊するし、肌の露出が多い女性はビッチだからレイプしてもいいと考える。イタリアではしばしばイスラム教のイマーム(宗教指導者)を国外追放していて、モロッコ出身のブーリキ・ブチュタがビンラディンを賞賛したことで国外追放して、パキスタン出身のズルフィカール・カーンが異教徒と戦うべきだと説教したことで国外追放して、パキスタン出身のアリ・カシフが初潮を迎えた9歳少女が結婚可能だと主張したことで国外追放した。テロを礼賛したり児童と結婚したりしたいイスラム教徒はその行為が悪として違法になっている先進国に行かずにイスラム教徒だらけの母国で野蛮な中世の価値観のまま中世の様式で暮らせばいい。

・劣等感による窃盗と破壊

ヨーロッパやニューヨークに移住したイスラム教徒が「この国は俺たちの物だ」と我が物顔で騒いでXに自慢げに投稿しているし、侍の起源は黒人だという妄言をXに投稿する黒人もいて、発展途上国の知能が低い人たちは先進国のインフラや文化を盗んで自分の物にできると思っているようである。白人がいなくなった後のジンバブエや南アフリカが荒廃したように、自分たちで立派な文明を築けなかった人が他の文明を盗んだところで発展させるどころか維持することさえできない。生産することの苦労やインフラの重要性を理解しない人を移民として受け入れるのは危険である。
昔の韓国は日本の文化は韓国が起源だと主張していたけれど、インターネットが普及してすぐに嘘がばれるようになったし、反日教育に洗脳されなくなった賢い若い世代に知日派も増えたし、経済成長してサムスンとかのブランドができてKPOPや韓国ドラマが世界進出して自信をつけたおかげか最近は起源説を言わなくなった。起源を主張して文化を自分のものにしょうとするのは劣等感が根底にあるのだろう。
劣等感がある人が権威を破壊することで自分がより優れた存在になろうとするパターンもある。世界中の左翼活動家が国旗を燃やしているのが典型的で、良いものを作れなくて自己実現できない人でも他人が作ったものを壊すことはできるので、既にある文化や伝統を破壊することで何かすごいことをした気分になっている。これは新しいものを作るための創造的破壊ではなくて単なる破壊である。
フェミニストがフィクションや広告から美女を無くそうとするキャンセルカルチャーも嫉妬が根底にあると思う。最近はカプコンの『プラグマタ』というゲームのアンドロイドの白人金髪美少女のディアナが小児性愛的だとwokeな人たちが批判しているけれど、美少女を好ましい存在として表現して何が悪いのか。父親の子育て体験ゲームなので性的な要素はないし、仮にロリコンが喜ぶコンテンツだとしても日本よりも性犯罪が多い国の人に言われる筋合いはない。

●フィクションの役割

フィクションはただの娯楽ではなくて善悪の価値観を教育したり共有したりする役割がある。移民が移住先の国を尊重できるようになるには国民性を理解することが必要だろうし、そのためにフィクションの鑑賞が役立ちうる。最近は星新一賞の一般部門受賞作4作品のうち3作品がAIを利用して執筆されたそうで、アイデア頼みのショートショートでは無限にブレーンストーミングができてネタ切れしないAIに対して人間は敵わなくなっている。しかし人間や社会はどうあるべきかという思想や人類の未来像を書くことは人間にしかできないので、AIが発達しても人力でのフィクション製作がなくなるわけではないだろう。

・海賊版はよくない

最近はXで外国人が日本の漫画やアニメの海賊版を見ていることについて議論があったけれど、外国人は海賊版は物を盗んでいるわけではないと正当化していた。日本のクリエイターは主に日本市場で生計をたてているので外国で海賊版が流通して収入が減っても廃業までには至らないけれど、海賊版が流通している国では独自のコンテンツが生まれないことが大きな問題で、海賊版を擁護する外国人自身がその問題に気付いていない。例えば日本の人気漫画作品をファンが勝手に翻訳して公開した海賊版が無料で読める国で新人漫画家が未熟な作品を販売して生計を立てられるかというと無理だろう。新人が出てこない環境では優れたクリエイターは生まれないし、自国から優れたクリエイターが生まれないということは自国の善悪の価値観を共有できないということである。だからこそコンテンツを生み出せていない発展途上国ほど海賊版を許容してはいけない。日本の漫画家はもともと絵がうまいわけではなくて、昭和の漫画家は現代の基準で言うと下手な絵だけれど、それでも漫画家にお金が入ってアシスタントを雇って次代の漫画家を育成する仕組みを作ってきたことで徐々に絵もストーリーも質が上がっていった。昭和はインターネットがなかった時代だったので日本の文化が保護されて発展したといえるし、インターネットがある現代は海賊版の問題を自覚して自国のクリエイターを保護しないといけない。
外国で日本の作品が公式に発売されないからファンが勝手に翻訳して海賊版を見るのでなくて、まず自国でコンテンツを作るのが先で、外国のコンテンツに依存するのをやめるべきである。日本の漫画やアニメに黒人が出てこないと文句を言う暇があったら自分で黒人が活躍するコンテンツを作ればよい。なろう小説なんて素人が書いたリアリティやオリジナリティがない下手な小説だし、その程度のコンテンツさえ自国で作れないことに危機感を持つべきで、黒人が異世界のナーフリカで凄腕の黒魔術師になって無双する物語やヒスパニックが異世界のナーンベイでデグーに転生して柔術で無双する物語やアラブ人が異世界のナーラブで石油魔法で無双する物語を自分で書けばよい。
Xの投稿で父親がいなくて母親に虐待されて育ったからドラゴンボールやナルトに男らしさを学んだというようなことを言っていたロシア人がいたけれど、外国のコンテンツに善悪の価値観を安易に感化されるのは文化の継承という点で危険で、なるべく自国のコンテンツで価値観の教育や共有ができるようにするべきである。例えば『鬼滅の刃』は昔話の桃太郎の鬼退治の勧善懲悪の価値観の延長線上にある物語で、日本人は子供のころからこの種の勧善懲悪の価値観を刷り込まれている。外国人が『鬼滅の刃』のコスプレをするのは別に悪い事ではないけれど、アニメを通して日本を知ろうとしても浅い理解にしかならないし、まずはそれぞれの国の歴史や文化を反映した価値観を継承するほうがよい。イギリスには義賊のロビンフッドの伝承があるし、ジョージアには竜退治の聖ゲオルギウスの伝承があるし、どこの国にも偉人や英雄はいるだろうからそれぞれの国の英雄からコンテンツを発展させて善悪の価値観を表現すればよい。世界各国が独自のコンテンツを作って価値観を表明すると、各国の文化の共通点や相違点が明らかになって相互理解につながっていくだろう。移住先の国のフィクションに共感できず、相手の国の価値観に合わせて自分のアイデンティティを変えるつもりがない人は社会統合できないだろうから、他の国に行かずに自分の国で暮らせばよい。





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最終更新日  2026.05.03 04:40:17
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