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2021.08.19
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カテゴリ: カテゴリ未分類
僕は小説家になりたいと思っていた。ということは、小説家になった訳ではないということになる。いつ頃からそう、つまり小説家になりたいと思っていたのか。まだ10代の頃で、高校生で受験勉強をしていた。その合間に小説なるものを書いた事があって、数人の友人に読んでもらったけど、感想としておおむね好評だった。そして私はいつかは小説を書こうと考えたけど、結局今だに一つもまとまった小説と言えるものを書いていない。けれどまだ諦めたのではない。
 そもそも、小説家とは何者なのか。そんな事を漠然と考えていた時、手に取って何気なく広げた本に次の文章を見つけた。「何を目指しているのか、叶えられなくとも良いさ、夢を追い歩いて行ければ幸せだから 」偶然にも私の気持ちを押してくれる言葉を見つけた。しかも実はその本を手に取った段階では、私はこの本は処分しようと考えていたのだから、それでもページをめくって見たのは幸運だったと思う。と言ったが私は未だ諦めていない。杜子春という小説に金はもういらないという台詞があるけど、何故か諦めると考えた時このセリフが浮かんできた。
 そもそも小説とは何か、作家と言うけれど、小説家も作家なのだ。小説、つまり作られたもので、作者が居る。創作という言い方があるけれど、創造するということには私は魅力を感じる。
世の中は思いがけないことの連続だと言っていいだろう。そして、自分がその渦中にある時もそこから逃げ出すことは出来ない。それでも、必ずしもしっかり向き合っているとは言えない時の方が多いとも思う。結果は必ずなんらかの形で現れますが、結果が全てではない。その結果を受け入れる時もあるし、違った結果を求めてチャレンジする時もあるのは当然だと思う。つまり一喜一憂の繰り返しなのだと、諦めているのかも知れない。
 なぜ小説家になりたいと考えたのかという事を記しておくと、小説家の仕事は、どこででも出来る?仕事をするために必要なのは自由な時間。今考えてみると、私は考え違いをしていたと気付いた。だから私は小説家になれなかったのだと、皆さんにわかってもらえるよに説明できない自分に足りないものが多すぎる。自由というのは曖昧模糊なのだろう。





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Last updated  2021.09.18 04:16:40
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