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・年をとった方は我慢ができない人であることが多いなと思うのですが、そういう自分も外部からのショックに耐えられる総量がずいぶん小さくなってきていることを実感してます。
ここからは科学的な根拠もないし、そういう本を読んだこともないただの感覚なのですが、
生まれてから時間が経過することによって肉体的な体にはどこかにガタが来るように、脳の中もいろいろと経験することにより傷がついてしまい、完全にはもう修復しないような気がしてます。
その傷には、塗れる塩があって、外部からどんぴしゃの塩が来るととたんにそれが苦痛になるような。
若い頃はそれは経験になるから受け止めて社会に出る訓練が必要だと思うのですが、一度社会に出ると、もう十分みたいな。
ただ、それはある一定の傷については訓練(洗脳)することによって、塩を塗っても大丈夫になったり、痛いけど我慢できたり、そもそも痛みを感じず逆に快感になったりすると。
リタイアしたい人たちはこんな苦痛の感覚もっているのかな?いわゆる企業戦士というか社畜とかの人たちは、その傷を意図的に麻痺させて行動しているのかな?
・で、何が言いたいかというと、
株式投資における保有株式の下落が、上記の損をしたことに対するどんぴしゃの塩にあたると。
最初に投資したときは一つの銘柄で2万円下がるだけで、「時給1000円なら20時間やん」なんてショックを受けていましたが、今ではバフェット教の信者になったからなのか、1日でその1000倍下がっても大してショックは受けません。(下方修正は別)
一方で、たとえば交通違反で罰金2万円払うようなことがあったら、非常にショックを受けるはずです。なんでここで一時停止をしなかったのか、あいつ、なんでここで見張っているんだ、とか。
結論:
1 株式投資の非合理的なショック耐性を見につけた私は、合理性を優位に働かせ、企業戦士のように株式投資を天職として生きていける
のか、それとも
2 バフェット教の信者となった私は、妄想を持ち続け、社畜のように株式マーケットに奉仕し続け、最後はぼろぼろになって捨てられる
のか、どっちだろうか。
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