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>彼女からは、とてつもない抑圧と苦しみを引き受けながらも、>生きることの喜びを見い出している人特有の、切ない愛しさが>にじみ出ている。前回の日記の一文です。なんかね、愛情いっぱいにはじけている人も魅力的なんだけど、どこかに陰を持った人の愛情に、すごく惹きつけられるよね。陰があっていつもどこか淋しそうとか、ニヒルとかってのも違うの。ぱっと見とっても明るいの。愛情と喜びにあふれているの。喜びの粒子が重なっている感じかな。立体的なの。だから、その喜びや愛情の裏側に、支えてくれるものとして悲しみがあるの。そんな深みのある明るさが好きだ。そんな素敵な人が2人いるの。テノール歌手の新垣勉さん。CD「命どぅ宝(ぬちどぅたから)~沖縄の心 平和への祈り」に収録されている「千の風になって」や、「あなたに」が、すごくいいよ。(紅白で「千の風」はこの人に歌ってほしかったなぁ)もう1人はスウェーデンの歌手、Lena Mariaさん。CD「Every Little Note」は、いつも私を支えてくれている。(CD「Heartfilled 」も聞きたいなぁ。誰か、持ってない?)新垣さんが全盲なのは知っていたけど、レーナさんも腕がないハンディを持っているのは最近知った。2人に同じものを感じていたのはだからかな。障害がある人を賛美しているわけじゃないけどね。自分の中の陰を愛しんであげたいんだと思う。彼らを通じてそれをしているんだと思う。2人の歌、シンプルにいいよ。生きていることが、愛しくて、嬉しくて、仕方ないって感じ(^^聞いてみて。
2007.05.30
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丁度一年ほど前から、脳性マヒで全介助を必要としている知り合いのところにお泊り介護に行っている。月に1、2回のこととは言え、仕事を終えた後の体で1時間半急行をぶっとばし、1晩中の力仕事をするのは、正直楽じゃない。それでもこうして1年間続けてきたのは、彼女のことが好きだからだ。生まれてすぐ医療ミスによって脳性マヒになった彼女は、体右半分と首から上をなんとか動かすのが精一杯で、ほとんどしゃべることも出来ない。そんな体の不便さを持ちながらも、彼女は立派に独立して生活している。自分の好きな服を選んで着て、食事もヘルパーに細かく指示を出して、自分の食べたいものをきちんと作ってもらって食べる。外にも活発に出ていくし、マラソンにも参加する程のバイタリティーだ。歯磨きにかかる時間は80分。電動歯ブラシをなんとか右手につかんで、不器用に口の中を前後させる。1分磨いたら、私が歯ブラシをイソジン入りの水ですすぎ、また彼女に渡す。それを80分。ひたすら、ひたすら、磨き続ける。ぎこちない右手をそれだけ動かし続ける方も大変だろうが、横でじっと座って待っている方も大変なのだ。思わず「私が磨いてあげるから貸して!」と手を出して、早く終わらせたくなる。だけど、彼女は、自分に出来ることは全て自分でやるのだ。ヘルパーは決して利用者の主体性を奪ってはいけない。必要なサポートを、利用者が主体的に頼んだことのみやるのが仕事なのである。言葉を話せないから、音声がでる機械に文字を打ち込んで意思疎通する。簡単な思いを伝えるために、かなりの時間が必要だ。「レ・イ・ゾ・ウ・コ・ノ・オ・チ・ャ・ノ・ム」彼女との時間は、ゆっくり、ゆっくりと過ぎていく。彼女からは、とてつもない抑圧と苦しみを引き受けながらも、生きることの喜びを見い出している人特有の、切ない愛しさがにじみ出ている。一緒にいて心が落ち着くし、励まされる。優しくなれる。時々ハグしたり、おでこをくっつけたりしてじゃれあったりもする。もしかしたら前世のお母さんだったのかもしれない。私が赤ちゃんの時に見てもらったご恩を、今返してるのかもしれない。そう思える程、不思議な安らぎがあるのだ。もっとも、たくさんのヘルパー達が彼女を慕っているのだから、その安らぎをもらっているのは、私だけではないと思うのだが…。さぁ、今日も、辛くて優しい夜が始まる。
2007.05.25
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「働く」って、苦労の動き「労働」じゃなく、人と動く(=働)ことで、傍(はた)を楽(らく)にすること。前から知っていた言い回しだけど、やっと自分の芯にすえられた感じがする。自分のちっちゃな感情の揺れや怠け心に支配されず、自分が果たすべき役割を全うするために、社会のために、人のために働く。ということ。「相手のため」が一番にくること。だけど、自分じゃない誰かになってそれをしようとしたら、きっと自己犠牲に留まってしまう。自分を信じて自分の道を貫いてそれが相手のためになる場所を創り上げる。さぁ、どんな場所ができるかな。
2007.05.21
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最近周りに合わせられるようになった分、 こだわりも薄くなって来た気がしている。 大学卒業後すぐの、 不器用で、 クソ真面目で、 でも真っ直ぐで、 純粋で、 夢に真剣だった自分…。 あの自分の持っていた熱っぽさは 大志は どこに行ったのだろう。 今の自分が学んで来たことに、 意味と感謝を感じるから、 あの時に戻りたいとは思わないけど、 失った何かは大きい。 グルグル グルグル 目が回っていた。 フと、携帯にメールが入ってきた。 着信音が鳴った瞬間、大事なメッセージのように思えて、すぐに開けてみた。 沖縄で塾講師していた時の、 中学校時代の私によく似た女子生徒から、 実に一年ぶりのメールだった。 「ミサ先生~、覚えてますか? 急にミサ先生の顔が浮かんで、 私のこと忘れてないかなーと思って☆」 あっけない無邪気なメール。 まるで、中学時代の自分から言われたような気がして、 思わず爆笑して泣けてしまった。 「モチロン!忘れてないよっ」 出来すぎてるなと笑いながら、 偶然の一致に感謝して、 中学時代の自分に返事した。 「ちゃんと一緒にいるよ。忘れないでね。」 そう時空を越えて伝えてくれた15歳の私を心の中で抱きしめた。 さぁ、一緒にどこに行こうか。
2007.05.06
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木々に 人に 空に 土に 大統領に アリに 日々に 等しく 太陽は昇る
2007.05.04
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前回の日記の続きです。へんてこ素人ダンスを世界中でかましているこのオジサン。初めて映像を見たときは、なんじゃこりゃ?って感じだったが、見ているうちに惹きつけられる惹きつけられる。踊る位置は中央で変わらず、背景だけが世界をまたにかけて変化する。その映像と、ソウルフルな音楽に、「あぁ、地球って一つなんだなぁ。。。」なんてことを、体の細胞で感じてしまった。しかも、Mattの楽しそうな顔!純粋に好きなことをやっている人の自己表現は、なんてパワフルで感動的なんだ。。。さらにこの映像が出来上がるまでのことを考えると、別の意味でまた泣かせる映像なのだ。Mattはおそらく単純におもしろいと思ったから、世界を旅して、踊っている自分を撮影した。そしてそれをYouTubeにアップ。それがものすごいアクセス数を生み、結果スポンサーをつけてしまった。そして、彼は企業からのお金で、結局また旅に出ることができたというわけ。す、す、す、すごい!!もしも40過ぎたクライアントさんが、「私、ダンスで世界公演したいの!」なんて言ったら、心からあなたは出来る!って思えたかしら。。。世界公演するダンサーになるには技術が必要。若さが必要。大きなステージが必要。そんな枠組みを勝手に作って、どこかで信じきれなかったかもしれない。。だけど、この人は、ダンスの技術もないまま、見事仕事として世界中を回り、何十万人の人に見てもらい、感動を呼んでいる。可能性ってなんて無限なんだ!そんなことを教えてくれたこの映像に感謝!Mattに感謝!そして、私も無限に枠を超えて、自己表現を続けるぞ~~~(^▽^※映像見てない人は、前回の日記から必須チェックだよん。
2007.05.01
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