2003年10月03日
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オリックスはとりあえずブラウン、オーティスの両外国人については残留の方向に傾いたようだ。
しかし、いまのところ川尻に藪、田口に新庄とその補強戦略(?)は「なんでも欲しがる・・」の域を出ていない。

そのオリックスの GMに就任した中村勝広氏について考えてみる。
氏は1972年、早稲田大学からD2位で阪神に入団。同期は85年阪神優勝当時の左の抑え山本和行だ。
入団当初から「将来の幹部候補」といわれ、10年間の現役生活を終えると、コーチ、2軍監督として経験をつんだ。
そして、90年。吉田、村山という阪神OB2大巨頭がそれぞれ2度の監督を終えたところで監督に抜擢。そのとき40歳。
阪神の監督としては異例の6期(6期目95年途中で退団)の監督を務めたがその間の成績は6,6、2,4,5,6だ。
2位になった92年は亀山、新庄がブレイクし、仲田など投手陣が2点台のチーム防御率で抑えるなど大活躍した。

GMの本業である編成面についてこの間の阪神はどうだったかというと、これはとてもほめられたものではない。
なかでも、松永(オリックス)と野田のトレードは、松永がFA流出したことで大損となった。
それだけでなく、野田は入団以降悪かったのはこの年(92年)だけで、あとはずっと先発、抑えと大車輪で活躍し、年齢もそのとき24ぐらいだったはず。(この年入団してくる薮と同い年)。
というわけで、野田という人選もどうだったかと思わせるトレードだった。

あとは、92年の躍進をささえた大石コーチをなぜか2軍担当にまわしたり・・ということもあった。
クビをきったオマリーがヤクルトで大活躍したり。
ただ、この辺は阪神の「お家騒動」の範疇で、中村個人の意向かどうかは分からないが。

とGMとしての能力としてはいくらか疑問を持たざるを得ないと思うが、わずかながら希望の光はある。

それは、彼が2軍監督を経験し、92年の躍進のときは、亀山、新庄、仲田幸司、中込といった高校卒、ファーム育ちの選手の活躍があったことを考えると、彼の深層心理のなかに、
「長期のスパンでチーム強化を考えるなら、高校卒選手育成のファーム機能は欠かせない」
というのがはずだ。

この点はオリックスに最もかけている点で是非改善してもらいたい。
育てるのがヘタというよりは、高校卒選手を獲得すらしていないのだ。
この5年でたったの5人。広島、近鉄、横浜なら1年で獲っている人数だ。
数がいないと中での競争も起こらないし、コーチ陣のノウハウの蓄積もできない。
ただ、これは新しいことではなくて、普通の状態に戻すだけなのだが・・

なんにしろ、ちょっとやそっとのことで改革はすすみそうにはないので、どんな手をうってくるかには興味はある。





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最終更新日  2003年10月03日 18時10分16秒
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