フィギュアスケート時々バレエ~浅田真央とパトリック・チャン応援記

フィギュアスケート時々バレエ~浅田真央とパトリック・チャン応援記

2007年11月20日
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いやはや、「椿姫」6日の公演から早くも二週間経ってしまった。一応最後まで感想だけは書いておかないとと思うのですが、もう既に記憶が大分薄らいでる・・のであくまで「てきと~」な私個人の感想であるということでお許し下さい。

さて、「椿姫」第2幕2場(最終場面)は、照明が素晴らしく美しくて、マルグリットの寝室を美しく出現させることに成功していました。暗闇の中、僅かに残された家具類が光に当たって輝く光景は、ちょっとうまく言葉に出来ないくらいに美しかったです。マルグリットは財産を差し押さえられ、困窮し、既に病は重く、後は死を待つばかり、という悲惨な状況です。髪を降ろし、部屋着姿のザハロワが踊る姿は本当に美しく、ただただ見惚れるばかりでした。今回ザハロワは全ての場面で丈の長いドレス姿で、本当に美しく似合っていて良かったんですけれど、脚が見えないのがファンとしては少しばかり残念なところではありました(まぁ、今の時期のザハロワは若干ふっくらしているとはいえ)。この場面でも長い部屋着姿だったのですが、身体のラインが透けて見えるような素材だったので(え~、上手く説明出来ないです、こんな言い方でよいのでしょうか?)それが嬉しかったですね。丈が長い衣装なので脚なんか殆ど見えないのですが、プロポーションが写し出されるような素材だったので、彼女の美しいラインを堪能することが出来ました。しかし裾の長い、引きずるような衣装だったのであれで踊るというのはすごく難しそう。一歩間違えば裾を踏んづけて転んじゃいそうなデザインで。あれでずっと踊るのかなぁと思っていたら、さすがにそれはなかったですね。アルマンから会いに行くという手紙を届けられて?慌てて鏡に向かうマルグリット。身づくろいする姿が可愛かったです。こんなに困窮し、病に臥せっていてもやっぱりアルマンには綺麗な姿で会いたい、というマルグリットの気持ちがよく伝わってくる。というか、その前にマルグリットが昔を回想して踊るシーンがありましたけどその時も鏡に向かって、昔(第1幕に)着ていたドレスを身体に当ててみたりするシーンがあり、華やかなりし昔の象徴であるドレス(そのドレスは彼女がアルマンと初めて出会った時に着ていた思い出のドレスだ)を愛しそうに眺めるマルグリット、というかザハロワ、の姿が印象的でしたね。何度も言うようだけど、人間っぽい(という言い方も変かもですけど)ザハロワの姿がすごく新鮮で。おとぎ話の世界のヒロインではない「お姫様」ではない「ひとりの女性」としてのザハロワの姿が今回はすごく印象に残りました。回想の中で「あの」ブランコも登場し、それを見つめるザハロワ、じゃないマルグリット。幸せだったあの日々。マルグリットにとってアルマンと田舎で過ごしたあの日々は、決して忘れることの出来ない人生で最も幸福だった日々。その思い出を宝物にして、彼女は今、決して不幸なのではなく、むしろ幸せなんじゃないか、とさえ思える。この最終場でのマルグリットは、私には「不幸」には見えませんでした。あの素晴らしかった日々を宝物にすることが出来た彼女は、きっと本当に幸福だったに違いない、と。唯一不幸に見えたのがかつての高級娼婦としての暮らしを回想した時で、着飾った人々の群れが彼女の周りを取り囲み、輪になって踊り続けます。忌まわしい過去を怯えたような眼で見るマルグリット。この辺りもまぁ「マノン」みたいではありましたが、なかなかよかったと思います。彼女にとって幸せだったのは、高級娼婦として華やかに暮らした日々なのでは決してなく、あくまでアルマンと共に過ごした、田舎での質素な暮らしだったのですね。
しかし、すみません。私があまりにザハロワばかり観ていたせいだと思うのですが、いつこの場面にアルマンが現れたのか、思い出すことが出来ません。なんかいつの間にかそこにいた、ように思うんですけど。それはよいとして、アルマンの父まで現れたというのは一体なんだったのか・・この三人によるパ・ド・トロワがありましたよね。プログラムによると牧先生なりの思いがおありになったようで、それでこのような踊りが創られたそうですが、正直要らないんじゃないかなぁ、アルマンのパパは(笑)。この場面はやっぱりアルマンとマルグリット、二人きりの方が絶対よいと思う。まぁそのうちパパはいなくなっちゃったから別にいいんだけどね。で、最後死に瀕したマルグリットとアルマンのパ・ド・ドゥが踊られるんだけど、う~ん、なんか今となってはどんな踊りだったのか、全く思い出せない・・何と言うか、この二人のパ・ド・ドゥって、この作品中何度か踊られるけど、どれも正直似たような感じの踊りばかりで、そりゃあザハロワとマトヴィエンコが踊るのだから悪いはずはないし、その場面場面ではそれなりに良いとは思えるんだけど、なんか「後に残る」ものがあまりないと言うか。美しいことは美しいんだけど、振り付けがありきたりで、はっきり言えば物すごく平凡。この最後の場面においてもそれだから、「椿姫」の悲劇に相応しいか、と言われれば正直全然、とさえ思える。マルグリットはひたすら美しく死んでいき、残されたアルマンが呆然と立ち尽くして幕が降りる。観ている最中はそれなりに素晴らしいと思えたんだけど、今になってみるとマルグリットの最後という最も盛り上がる筈の場面が思い出せないというのは、これはちょっとど~なんだろうか。二人のパ・ド・ドゥは「マノン」~沼地のパ・ド・ドゥの始まりの振り、デ・グリューが瀕死のマノンの身体を持ち上げる、あの写真なんかでもよく見る有名な振りと同じ振りで始まるんだけど(え~、記憶違いだったらすみません)あの劇的な沼地の場面とは違って全然印象に残ってないのね。勿論私の記憶力が悪いという、決定的な要因もあるのですが、それにしてもマルグリットはマノンのように「生」への執着を見せることもなく、ただひたすら美しく死んでいく。まぁそれはそれでよいとも思うけど、またこれまでのこの作品の流れから言ってもこの場面だけいきなり劇的になったらちょっと唐突と思えるかも知れないけど、それにしてもこんなに「記憶(こころ)に残らない」最後で果たしてよいのだろ~か?観てる最中はそんなこと思わなかったのですが、それは私がザハロワが好きで、ひと時も眼を離せない状態だったからであって、もしザハロワのファンじゃなかったり、またザハロワ以外の人がマルグリットであったとしたなら、観ている最中でも不満を抱いたかも知れない。いくら「美しい詩」とは言っても心に残らなければ、心に刻み付けられなければ、それは「成功した作品」とは言えないでしょう。私は美しいザハロワが観られただけで満足だけど、それではザハロワファン以外の観客には受け入れては貰えないし、またこの作品でのザハロワの演技、表現力には眼を見張る程のものがあっただけに(事前にあまり期待していなかった、というのも大きいとは思いますが)、こんな終わり方では勿体無い、と思いましたね。このザハロワならば、「美しさ」以外のところでも観客を唸らせるだけの力を持っていたと思うし、マトヴィエンコは言わずもがな、ドラマティックにアルマンを好演していたのだから、最後のシーンはもっと劇的に盛り上げても良かったんじゃないかな。私はこの作品の1幕はかなり気に入ったので、2幕をもう少し工夫して頂ければ、と思います。淡々と「美しい詩」を語って行って、最後バーン!と盛り上げて終わる、という形でも良かったんじゃないか?と思いますが・・





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最終更新日  2007年11月20日 15時54分45秒
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