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すっかり夏が来たような暑さ。玄関先の、かいずかいぶきが、大きくなりすぎて門扉を圧迫してる。4段ほど階段を上がるが、両脇から迫り、門灯の名前も見えにくい。毎日見てると慣れてしまうが、ごみの収集が来るまでにと、少し切った。ごみ袋3杯分。あんまり多いと、持って行ってくれないかも。植木バサミで切ったり、のこぎりで切ったりと、かなりあせをかいた。リハビリと車やさん行くので、きっちりは出来ないが、大急ぎ緑がなくなって、所どころ木の枝が見えてるが、すっきりしたそのまま、シャワーを浴びる。これからこんな日が、くるんだなーと、去年のことを思い出す午後からは雨、中途半端な庭を眺めながら、まあ、いいか、 また今度私の体力ではちょうど良いかも。
2004年05月31日
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今日はお休み日曜が公休になるのは珍しい。2ヶ月おきで交代してるので、6月20日までの事。でも、日曜が休みというのは、この所帯には、ちと苦痛。子供の小さい時は、ひたすら日祭日休ませてくれる条件のパートを探したもんだが。無理でも、平日、めーいっぱい頑張って、日曜暇なおばさんにお願いしたりと。今じゃ、暇なおばさんじゃないけど、日曜お願いされたら 「ああ、いいよ」とだって日曜だんなが居るから、片づかない。よけい用事が増える。そんな中で、ゴロゴロされたら、ムムッとムカつく。 疲れる。出かけても、何処も、いっぱいでサービスも悪い。友人も、家族につかまって、自由か利きにくい。私の唯一の癒し「温泉つきプール」も会員権での料金が跳ね上がる。どうも面白くない、と、思っていたら、本日だんな、出かけました。仕事みたい (気楽な嫁さんだろう、ウッシッシ)でも、力がわいてきた。 (不思議)だから、片付けしようと思って、活動中暑いね!山ほど、作業が有ります。内の中も、外も。ぼちぼち、やっか!!
2004年05月30日
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今朝、出勤時事務所でチーフ(総婦長)に肩を、ポンとたたかれた。近頃、私のリーダー(婦長)に対する不満をしっての事だ。あんまり喋べる間なかったけど、ふんふん、ヨシヨシと言う感じ。午前中、土曜は軽い大掃除、かなり疲れた。40畳敷きの部屋の畳を雑巾がけしたら、足がこむら返りを起す。でも、午後からは、のんびり過ごせた。どーしようもない手のかかる、わがままな患者さんでも、じっくり話しを聞いてたら、それなりに心触れる所がある。こちらがそういう姿勢で、接していると、感じるのだろう、嘆き、なげきでも、本音で話してくる。メチャクチャ、ごんたなおばさんが、道理の付かんことで、なきわめいていたが、ブツブツ言いながらも収まってきた。身内からも、見放されてかわいそうと思う。こうしていつまで生きられるんだろう。何とも切ないものを感じる。かぎの掛かった中での世界。
2004年05月29日
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だんだん、暑くなってきた。年1度の健康診断の時期、今日胸のレントゲンを撮った。心電図は一昨日、採血は1週間前、新人の練習代として、 全て病院内でする。今日は給料日だった。給料明細はだれかが、経理へ行って、出勤してる人の分をまとめてもらってきて、詰所のテーブルに置いてあるだけ。各人「あ、あるわ、」程度の意識で勝手に自分のを探して持っとくだけ。一応封はしてあるが、あとはキャッシュコーナーで現金を下ろす。何ともありがたみも無いので、変な気分だったが、もうなれてしまった。過去に他所では、経営者とか上司とかにおもむろに手渡されて、「ごくろうさま」「ありがとうございます」なんて、やってたんだけど、今時そんな事しないんかねー。私の知ってる感覚は古い零細企業の姿なんかなぁ。うちの職員も給料もらってありがたいなんて思って無いもんね少ないの、なんのって、文句ばかり言ってる。もうボーナスの査定の時期になる。事己評価表と事己申告書を書かねばならない。これが又じゃまくさい。自分で自分に点数をつけるようなもの。あぁ、もう眠くなってきた。誰か、書いておくれよう。
2004年05月28日
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今日は市民病院の診察日レントゲンをいろんな角度から撮った。診察「痛い」と私。仕事行ってたら、疲れ果てて、必要なリハビリもする元気なくなる。痛いところが増えてゆく。というと「そうか」というような顔をしてる。結局ここの病院での診察治療は今日でおしまい。近くの、開業医院へ戻してもらう。紹介状はファックスしときます、とのこと。良かった、もうここの病院へ来なくていい。友人が今日ハワイへ行く。用事があったので、病院近くだから、立ち寄る。すぐ帰ると言いつつ、職場の話なかなか切りあがらない。これから旅行に行くと言うのに、仕事の話なんぞ、忘れりゃいいものを、一生懸命話してる。本来真面目なんだわ。まぁ機嫌よく、いってらしゃ~い。私は、雑事に追われる。恐ろしく溜まった洗濯物。ずーとしんどかったので、だんなの洗濯物しなかった。いつまでこのままあり続けるのか、やたら溜まっている。「自分は何でしないの?」と思ってしまう。干しきれない。途中で「銀行も行かなくちゃ」自動車税収めに。そして又洗濯。いっぱい、したいことがある。1日、24時間では、足らない感じ。リハビリ目的のプール、温泉へ行く。
2004年05月27日
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今、目半分閉じてる。眠いなぁ~今日、パワー大部使ったかなぁーリーダー、サブリーダー、考えの通じるしっかりした看護婦さん出勤してたので、ちょっと根回しして、カンファレンスしました。昨日の続き。私の考え、思いも言った。新人も前向きな子は、ふんふんと、うなづいて聞いていた。サブリーダーも、言ってもらってよかった、と。問題視して、話はすすむ。ただ、リーダーが煮え切らないが。で、なんで私が、こんなん言ってるんか。看護助手なのに。こりゃ、ちょっと特殊だね、と思った。まあ、ねむたい、 うつら、うつら
2004年05月26日
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病棟にご意見箱なるものがある。患者さんからの投書です。月に1度かぎを開けて確認、内容を検討して、回答を文章化し掲示していく仕事を、若い2年目の看護婦さん1人と、私が担当している。最近、職員個人名を上げての非難の投書が重なり、あった。名前をだすのを、辛がった若い看護婦に対して、相談を持ちかけたリーダーは、名前を伏せて、カンファレンスするよう指導した・私の休み中に1回目のカンファレンスしたようだが、その日はリーダーも休み。参加してたサブリーダーに内容を聞くと何となく漠然と気を付けましょう、という程度の頼りないものとか。言葉使いが悪いとか、えらそうにしてるとか、弱い立場の患者さんを見下した姿勢から出る対応の悪さに対しての不満や、怒り。又職員自身の都合を押し付けた身勝手さの腹立ちなど、3件程あり、3名の名が挙がってた。だがその3名、職員仲間から見てもワースト3ではないか!患者さんは、良く見ている。正直。こんな場合、名前を出さずに、カンファレンスすると、本来注意すべき人は自分じゃない、他人事と思っている。そして程ほどに出来てる人が、敏感に反応して、反発したり、又反省したり、反省しすぎて萎縮したりと、ピタッと来ない。つまりダメな人は、トコトンダメ。棚に上がってしまって、改善されない。そして出来てる人、解ってる人のみで、こうだといいのに、アアだといいのに、と堂々巡りしてしまう。何か、困ったもんだ。今、我が職場で起こっていることです。
2004年05月25日
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私のお里は京都、ここから2時間位はかかる。今日、姉と待ち合わせて墓参りに行って来ました。その寺に、納骨堂が出来、11月に落慶法要する話、ちょっとまだ、決心出来てないけど詳しく聞いてきました。京都の繁華街にある小さなお寺のことなので、そこにゆかりのある人の為という感じ。ふつうのお墓のかなり大きめの石碑が立って、その横に戒名を刻む石碑、衝立の様なものが4枚左右に立っている。そこに戒名を刻んでいくよう。こじんまりしてて、娘にはふさわしい感じがする。近くに私の両親の墓がある。そこには、娘個人の墓を作らず、納骨堂にするのは、一応夫への配慮からだ。私の実家の寺だから。私の姉は、自分も行きやすいし他の従姉妹達も詣でるここが良いと思うしそうして欲しいなぁ、といってくれる。家へ帰ったら、だんなは寝てる。会わないつもり、逃げてんの?!息子に相談して意見を聞いたら、寂しい最後を送ったお姉ちゃんだから、みなが来てくれる、京都がいいのとちゃう、と街中より静かな田舎、野山や海の好きな子だったけど、京都は特別、好きなところだった。だんだん思いが固まりつつある。だんながどんな反応を示すか、気がかりだが何もしないのなら仕方ないでしょ、だまっててもらいましょ。姉とたくさんおしゃべりして、姉の方が疲れた様子、今訳有ってちょっと落ち込みぎみとか、けっこう聞き役にもまわったつもり。早くしっかり元気になって欲しいとの思いがよぎる。
2004年05月24日
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「世界の中心で愛を叫ぶ」観てきました。日曜だったせいか、いっぱいなのにまず驚いた。感想を書くのが、ちと辛い。冬のソナタ、同様純愛もの。切なく、悲しい‥‥‥今、うけてるんだなぁー。でも、何か物足りない。そう思うのは、わたし一人かな??終ったとき、けっこう泣いてた人たちいたが、私はぜんぜん、ケロッとしてる。どーしてだろう、どーしたんだろう?と逆に、不思議になってしまった。そして、帰り道、別のことで涙が出てきた。去年の今頃、娘とマトリックス観に行った。ついこの間のよう。その時横にいた娘は、今は居ない。あとかたも無く、永遠に。涙が出てくる。いっぱい、タラタラと。人の死と言うものが、当然、必然の様におこる。映画じゃ無いんだ。愛する人が、亡くしてはならない人が、逝ってしまう。実体験でたくさん悲しみ、多くの涙を流したので、映画では泣けなかったのかな!?逝ってしまった人のその後の物語はないが、残された者の生き様は、悲しく、切なく、苦しく突きつけられる。サクのように、いつまでも心にあり続けるというのは充分、痛いほど、わかる気がする。
2004年05月23日
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姉から朝、携帯に着信があった。仕事中は取れないし、今気が付いた。車で2時間はかかる所に居る。手術の連絡しなかったが、案じて、聞いてきてくれた。専業主婦であんまりうろうろしない人なのでなかなか会えない5月25日、私の父の命日、没して29年になる。娘時代に亡くなった。その墓参りに一緒にいこうとのお誘い。いつも私の方が誘うのだけど。私のその後と、娘の墓のことも含んで案じてくれての事。25日は仕事なので、休みの24日に京都まで行く事にした。京都駅で待ち合わせる。墓の件は、私自身、まだ少し迷うところがある。山の中のメモリアルパークに墓を建てるか、京都の街中、実家のお寺の納骨堂に収めるか。どちらもいいところがあり、どちらも問題がある。どちらかにするつもりだが‥‥‥姉とも相談してこよう、結局決めるのは、私だけど。
2004年05月22日
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朝、車の営業所へ。昨日損傷した部分、一応直してもらい、ホッと一安心。定期点検と修理は改めて出す事に。新車なもんで、昨日は、がっくり落ち込んだが、ちょっと元気が出てきた。今日は3日前から有給休暇をとってある。親友とちかくの、リゾートホテルのランチバイキング、その後温泉へ。食事はゆっくり、喋りながら、美味しかった。そして、しばらく、腹ごなしに又おしゃべり。プールもあって私は、リハビリにと平日の会員になって、良く利用しているが、親友は初めて。今日はプールは行かず、温泉のみ。お天気も良くなって、露天風呂も利用できる。お湯のまわりで、さんざんおしゃべり。そして、私の家に帰ってさらにおしゃべり。この親友、5日後から、ハワイ旅行、娘さんとする予定。私も、誘われたが、今回はまだ体力が無い。そのうち、沖縄とイタリアへ行こう。「沖縄はすぐいけるが、イタリアはすぐ行けない。 2週間ほどいたいので定年してからにするか。」っと「ええっ、そんな年いってからじゃ、元気ないよ」と私。幸せな気分に浸れました。
2004年05月21日
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今日は、どうも調子が良くない。仕事行きたくないと思いながら、行ってしまった。ここの所みな休みたがる、私は、体が持たないので、休みたいんだけど、先に休まれると、どうも言い出しにくくて、行ってしまった。メンバーがかなり悪い。うっかり動くと体を酷使してしまうので、変な発想だけど、我が身大事と、気をつけた。しかし、振り返れば、けっこうやってるな、と思う。帰り、スーパーに寄ったが、全く夕食のイメージがつかめない何ともどうしょうもならん、気分。多少買物はしたが。外は雨、暗い。自宅のガレージ入庫の際、息子の単車にすってしまった。単車がこけて、車のバンバーに、傷が。すっごく落ち込んだ。なみだが出る位。しんどくなって、(元からしんどかったのかも)夕食作れないと言って、寝た。今、私は、LDKでベットを置いて寝てる。だんなは、じっーとしてたみたいだけど、勝手にお酒でも飲んで、テレビと電気を半分消して寝に行ったみたい。そんな1日、だめだねー。明日はいい日にするから‥‥‥
2004年05月20日
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病棟内で、同じ立場の仕事仲間があと3人いる。交代制だから、滅多に4人は揃わない。皆、同じ位の年格好。入職時やキャリアも大差ない。これが、今大変な、バトルを繰り広げている。もう呆れる、疲れる。私が、病棟内では、1番古いが、最近来たAさんとその前に来たKさんが、犬猿の仲といわれてるほど、何かとかみ付き合ってる。今まで、5病棟しかない所、追っかけっこの移動をして、歴史ある不仲。Kさんはあんまり仕事できないのに、Aさんにえらそうに雑用を言いつけ、興奮しながら必死になって、まとはずれな仕事の仕方してる。Aさんは、偉そうにするKさんに怒りながら、本来働きたくないので、さかっらて屁理屈が多い。それをうるさい、両方共働かんと、バカにしながら自分のやり方だけを、正しいと押し付けてるIさん。そして私は????以外と、みんなの気持ちがわかるのです。其々、自分なりの思いと、やり方、立場があったりして。けっこうみんな、本気で必死なんです。でも、もめないで欲しい。相手を認めて欲しい。一歩引いて、協調して欲しい。他病棟に行った親友が私にいってくれた。 「ほっとき、ほっとき、かまわんときやー」でもここんとこ、それぞれに、ちょっと突っ込んだことを言ってきている。各人言いに来るもんだから。あーぁ、やめとこ。お地蔵さまみたいにしてよかな!ダメだやっぱり無理。なんとか穏やかに、仲良くして欲しいものです。
2004年05月19日
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今日簡易裁判所から、息子に通知が来た。お正月に、バイクで事故った件、相手さんが意に反して非を認めず、解決が見られないので、息子本人が少額訴訟なるものを起したから。訴訟となると、ややこしそうで、しかめっつい、大そうな感じだが、うやむやにするのが、息子も嫌いな性分。当初から、本人に任せてあったし、本人も自分ですると、保険屋にも、対応してたので私は1歩引いていた。保険屋さんは相手が、「へんな奴や、あかんわー、こんなん初めてやー」それでしまい。息子は解決できないから、暗い顔してる、それがいやだった。ほかの保険屋さんに相談したら、本人がいやじゃなかったら社会勉強だと思ってやってみたらいいと。私も、そう思った。でもなかなか、やるような事言っておきながら、手続きしないので、ちょっと気分が疲れてしまってたが、やっと動きだした。相手方と裁判官を挟んで話し合って、合意できなければ、裁判官の、審判が下る、というもの。つまり結論が出る。いい事だと思う。今日、偶然、出廷するその日、休みを取った。なんかただ休みたくて、こんな事めったにないが。20歳の息子、ちょつと今日は、元気にしっかりした顔に見えた。
2004年05月18日
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近くの個人の整形外科へ行ってきた。手術前にかかってて、リハビリして診てもらってたところ。今も痛むし、片足じゃなく両足痛い、手術したほうだけ見てくれてるが、こっちも、痛いと訴える。仕事休んでるとマシだけど、又行くと辛いと言うと、診断書書いても良いよ、と言ってくれた。もっと早くに行っておけばよかったと思うが、今だからこそ、そういう言葉が、出てきたのかも。先生も、手術した総合病院の先生に少しは気を使ってる。I先生が書かんというのを、僕が書くのも変だけど、と言いながら今更、休むのも私の性分として、抵抗がある。絶対動けないわけではないのだから。ただ、きついしごとは、出来ない、と言うこと。つまり、仲間にかぶせてる事になる。そして、やっぱり無理してしまう。いないなら、あきらめもしょうが、もう出勤して、別の意味であてにされてしまっている。ちょっと、考えて、どうしてもダメなら、先生お願いします、と言ってきた。わからずやの総合病院の先生がいなきゃ良かった。と思う。ご近所の友人のご主人亡くなってお葬式、行こうかまよってたけど、整形外科行ってたら、ちょっと時間なくなった。リハビリだけのつもりが、以外と空いてたので、診察してもらったから。お陰で、ちょっとは、癒された。これが、診察、医療だよね。お葬式の方は、お通夜も行ったので、また行くと、娘の時のことがオーバーラップして辛い、から、いいと思う。
2004年05月17日
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朝、だんなが自分の姉の1周忌から帰ってきた。墓を建て納骨したよう。だんなとはあんまり、しゃべらないが、一応夫婦となっておる??娘が去年そのあと、亡くなって、親戚内で不幸が重なった。8月に娘の、初盆と1周忌を重ねてしたく思ってるが、まだ、なにも決まってない。お骨はお寺に預け、分骨を自宅に置いている。墓はまだ、手をつけてない。姉の1周忌の席では、きっとそんな話が出て、聞かれただろうに、その話をすると、「あぁ、とか、うぅ、とか返事がない」そして、会話は終わり。だんなはこのまま、8月がきても平気で居るだろう。さあ、どうしようかな!?訃報が入った。近所の友人、子供会で一緒に役員をした仲間、最近会ってなかったが、ご主人を病気でなくされた。27歳の長男が喪主を務めてた。去年から、病床に付してたらしい。私はしばらく、会ってなかったけど、他のメンバーの誰もが。知らなかった。一切黙って過ごされていた。気丈にも今日は参列した人達に笑顔さえ見せていた。おとなしいけど、芯は、しっかりした人だった。先のことは解らん。思わぬことがおこりうる。
2004年05月16日
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いいお天気、庭のお花がしっかり、一杯咲き乱れてる。風が、少しあるよう。さあ、仕事行ってこよう。今日は仲間内で協調性のかけてる人が休みだったので、仕事がやりやすかった。私たちの仕事は、その場その時に応じた対応をしていかなければならないので、簡単な様で難しい、楽なようでしんどい。どんだけやっても、きりがないし、しないならしないでも、時は経っていく。だからこそ、人間関係が大事。大変な事、困難な事でも、協力的にはかどっていけば、楽しみにすらなるが、逆らい非協力的な人が入ってくると、簡単なことでも、しんどくなってきて面白くない。働き者の、彼女がわたしに「あ、うん、の呼吸よ!」と言ってくれてた。其々別の仕事を、自分の判断でしているが、見えない所に居ても大体なにをしてるか、察していて、ちょと手を貸して欲しいなという時には、スーッと現れる。これはやっぱり、本気で仕事してる者同志でないと、出来ないこと。しんどいんだけど、なんか、納得してる、1日。明日が休みで、ゆとり、です。
2004年05月15日
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1日休んだら、ちょっと、復活した気分で出勤出来た。だんなは、明日、関東で自分の姉の1周忌があるので夜行のバスで、10時ごろ出発した。自宅近くから、品川行きの夜行バスがあり、朝6時ごろ着く。東京行くには、これがとても便利。 去年5月、夫の姉が、看病疲れからか、がんである義兄を残して、急死した。娘の亡くなる3ヶ月前のこと。その後寂しいながらも、持ちこたえて1周忌も義兄が主催する私は、足の具合が悪いので、案内がきたときから、今回は欠席するつもりだった。親戚関係で、何かあるたびに、いろいろ、気をもむことが出てくる。主にだんなに対しての思いだが。夫は、親戚付き合いほとんどしてない。冠婚葬祭のみ。皆、遠方なのでだんなを通り越して私がするというまでもなくだんなの意識に、任せ、したがっているが、どうも納得できない。冠婚葬祭ならば、お金のやり取りがある。いくらか解らんというから私が、常識的な額をいうが、大体そのかなり上を、せよという。家計は私がやりくりしてるので、だんなは言うだけ。私は、けちって言うのじゃない。バランスや立場というものがある。大体皆、普通のサラリーマン、収入、生活パターン大差ない。なのに三男のうちがほかの2倍や3倍もすれば、いやみじゃない?そして、相談は勿論、連絡もなかなかしない。勝手にやってる。そんなときに、目立ちたがるより、普段にもうすこし、優しい心使いをしめすべきだと思う。母親にも、父親なくしてから1人暮らしなのに電話1本しない。顔、見に行くこともない。3回忌、7回忌と呼ばれた法事に行くのみ。だからといってわたしが何かすれば、どどっと、私のみに負担が来て手に負えなくなりそうで怖い。自分の母親ほっといて、自分の子供たちには、面倒を見てもらおうと思っているよう。とんでもない。あァ、嫌だ恥じをさらしてるよう。何か、書いてていやんなってきたからもうやめよ。やすらかに寝よおっと。、
2004年05月14日
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正直者がバカを見る。そうかな? ど~かな?私は正直者?のつもり。昨日仕事帰り、駐車場で以前のメンバー、気の会うスタッフが、一緒になった。自称正直者、4名。滅多に、揃って顔会わせられないので、しばし話の花が咲く。精一杯仕事して、患者さんのことを思い、自分の良心に誠実に対応しても、報いられない、認められない。まわりの常識と自分の方がかけ離れているような、孤独感さえ感じる。まわりを、非難しても、そっちのほうが、数的に多い。協調性も正当性もないのに、数的につるまれたら、常識の一線が狂ってくる。そこを正して、統率するのが、上司であり幹部であり、経営者側のトップだろうに。そこが又、なってない。などなどと、息盛んに帰るのを忘れておしゃべり。ホント、イヤーーンなるよね。働き者の子なんか、もういやんなった、働かへん、とか言いながら、せっせと働いている。(笑)私たちだけで病棟を作ったら上司も前の上司をよんできて、そしたら、お手本をつくってやるから、と懐かしむ。バラバラになって、初めて、おたがいのよさが、よりよくわかった。だんなはどーなんだろう・????????????づーーとおるから、わからん。おらんかったらいいのに、と思った記憶はしっかり、いくつもある。でも、いてくれて、良かったと思うことは‥‥‥今、考えない事としょう。気の毒だけど (おたがいに)その 2息子君、この正月、単車で事故に合い、相手の乗用車運転の娘さん、最初は非を認めていたものの保険屋さんとの話の中、自分は全く悪くないと開き直った。いろいろ、有った中、保険屋さん途中でさじ投げてほったらかし。こちらの損害うめあわせたくば、かってに、少額訴訟を起せということに。息子が自分ですると言いつつ、ただただ、不機嫌に過ごしているので、気分が暗かった。聞くと怒ったようになる。面倒だけど解決するんなら訴訟したら、と思っているが、一向に動かなかった。それが一昨日、書類裁判所へ提出したそうな。まぁ、良かった。動き出したのなら。20歳の息子が自分ですることに、価値があると思っていたので、ホッと一息。
2004年05月13日
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こころ、波立つ。膝、足腰とかなり痛く辛い。仕事帰りに、手術前、見てもらってた開業医のK先生とこ行く手術した総合病院の、「I先生から電話もらったよ。」と。 (元、同僚で知り合いの仲。)でも、認識と対応がかなり違う。仕事行ってる、と言うと「えっ、そう」と以外な感じ。「痛いし、しんどい」と言うと、その状態なら、そりゃあしんどいでしょう。と認めてくれるので、なんか、ホッとした。じゃ、休んでても不思議じゃない体なんだ!このK先生は、筋力が落ちてるのでリハビリをどんどんしなさいと言う。I先生は、「リハビリなんか、ぜんぜんいらん、仕事してたらいい」と言った。I先生は仕事がリハビリになると解してるようだが、私にとって仕事はリハビリじゃあなく負担になる。K先生はそこは分かっているようだ。リハビリとして必要な動きは仕事の中での動作とは又違う、といってる。仕事でエネルギー使い果たして、リハビリできる体力なんて残ってない。と、体は、不都合だけを訴えて固くなってる。K先生は子供なら、勝手に直るが、大人はリハビリせんと元に戻らんよと言う。I先生にやっぱり腹が立ってきた。無理しないようにとは、職場の人も言ってくれるし自分もそう思う。でも、職場に出れば、早々甘えられない。無理なら休んでてくればいいと、ゆとりを持ってくれてるものを、I先生だけが、休むの許さないみたい言って、行かされたけど「なんやねん」と取り返しの付かない、悲しい腹立ちがある。明日は、とにかく有給もらったけど、あまり行ったり休んだりしたくない。I先生はしんどいというのを認めてくれない。自分の手術は成功してる、ひざ以外の支障は自分に関係ないと言う。それって、医療???何か、いやな気分になるから、考えるの止めよ。とにかく明日は休み、嬉しい。今日、帰ってから、すぐ夕飯作る気力なく、この現状を主人に愚痴ってたら、なんか、むにゃ無にゃと訳の分からんこと言ってたかと思うと。そのまま、寝に行ったよう。息子と2人晩御飯食べ、だんなのは、いまだにテーブルの上においたまま。いらんかったか、作らんぞーー息子の「お風呂は入れるよー」の言葉に救われる。 (ご飯も、作って~ー、誰か!!」夜中に起きたけど、又眠くなってきた。 (-。-)y-zzz 又、ねよーーぉおう
2004年05月12日
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2日目、帰ってきて、夕飯作って食べたら、ダウン。汗かいて、気が付いたら、今。アレッ、こんなにねたんだ。お風呂に入る事に。もうー、ヨレヨレ。それなりにやってたんだけど、忙しくって、膝コクンと打ってしまって、あ痛たたっ。もう終わり頃だから、よかったものの、痛いまま。かばうと、足の付けねまで痛くなる。診断書書いた先生が、なを恨めしくなる。現状わかってないくせにと。でも、グダグダ言ってらんないのが、私の性分 (まっ、言ってるか?!)乗り越えて、行きましょう。1晩寝たら、元気になりましょ!明日、行けば次はおやすみにしたから。現状はややこしいけど、私、個人的には、そんなに辛くない。やっぱり5年目になって、まわりの事もわかるようになったのか、ゆとりが出てきた。酷い職場だとばかり思ってたが、内容はホント大変なんだけどなんか、それなりに自分の居場所があるというか、そんなありがたいものを感じる。こんな発想、自分で、ちょっと驚く。おばんくさい。年とったなあーー。でも、時々、人にも言うのだけど、逆境や、思いもしないマイナス事にあったとき、今まで全然見えなかったものが、見えてきたりする。そして、これもまた、人生。全てのことを受け入れ、穏やかに納得して、いま居ることに感謝できれば、おのずと道は開ける。 (たいそうな、話になってきたが)そんなことを感じる、今日このごろでした。
2004年05月11日
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疲れたぁ~ー 9時間は長い。でも、なんとか過ぎた。一応、1月間シフト表では、休みとなってるので、「もう、いいの~?」と声をかけてくれる。3週間のごふ沙汰でした。 これ、職員患者さんが、面白い、それぞれの反応。笑顔でなつかしそうに迎えてくれる、人たち。無関係に”バチン”と頭をたたかれる。 「なにすんねん!!」又、別人だが、かまって欲しさからか、悪態をついて乱暴な態度でいたかと思うと、急に「あんたが、足悪いって聞いて、どんだけ心配していたか!!」と泣きだす。 「ホンマかいな?」とまだ、午前中なのに「背中になんかついてるよ!」とう○こだった。ほんの少しだけど、今着たばっかりなのに、もう着替え。さっき、泣きついて来た患者さんに付けられてた。午前中だけで、こんなもん。でも休む前より、微妙に病棟内の空気が変わってるのを感じるしまりがない。若い子と少ししゃべったが、やっぱ、面白くないと言ってる。責任者が頼りない。まあ、初日からあんまり思わない様にしょ!と思いつつ、初日だから、感じるのよねー、と思った。そして、家にたどり着いたら、 もう、寝たい (ーー゛)zzz しばし、休憩。今日の夕飯は、親子丼と冷奴でした。
2004年05月10日
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朝、職場の同僚から携帯へ電話あり。「今日出勤になってるけど、なんでこないのーー。どうしたの??」と。ええっ!、おどろき、リーダーとの相談の中で、行き違いがあったよう。私は明日から、のつもりが、今日行って明日は休みになってるとの事、「皆その気になって、業務割もついてるよ」だって。確認したんだけどなーー。遅刻出勤も考えたけど、また休日のリーダーに連絡、相談したら、。「はぁ、フウン、今日出勤にしたよ、ほなら明日からにしたらーー。」と。どうも、リーダーが変わってから、しっくりいかない。皆もそう思っているみたいだけど、私は「すみません」とただ謝るのみ。ちょっと、気が抜けた。改めて、職場へ電話したら、「大丈夫ですか!?」と言ってくれた若い職員の、元気な明るい声にちょっと、救われた。これが今日の始まり。美容院、予約した。ちょっと、すきっりしたかったので。明日からの復活に向けて、気分一新。予約遅い時間になったので、その前に、と冬物衣類整理しかけたがこれが大変、娘のも含めていっぱいある。休んでる間にしときたかったが、体がゆうことを、聞かなかった。仕事行きだしたらまた出来なくなる。と、ごそごそしてたら、又時間切れ。ハイ、ここまで、と美容院へ。短くなるなぁ、と思いつつ、「短くしましょうか?!」といわれて、「ハイ」といってしまう。でも結果的には、先生上手で、うまく仕上げてくれる。パーマをかけて、家中で一番、短髪の人になった。夜、朝に電話くれた同僚から、又電話。明日どおぉー、と言う続きでがちゃがちゃ、グチャグチャっと、職場の今のありようと人間関係を愚痴ってくれる。彼女、興奮気味だから、ひたすら、なだめる。30分位は、しゃべりつづけたろうな。でも、「やっと○○さん来てくれるから嬉しい」といってくれる。まんざら、うそでもないようだが、なんかが、ドドオーーッと迫ってくる様な、気分になった。復活前夜、めでたくもあり、目出度くもなし。 (たいそうな!!)
2004年05月09日
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今日オシャベリ会します、 職場の友人。一人は親友だけどもう1人は私たち2人に非常に会いたがってくれてる、大先輩。メールでいつも、愚痴ってくるので、会って喋ろうかて事になったら、休み取って朝から来るという。さすがに、お昼食べるとこから始めようとことになった。この大先輩、面白い人だけど、パワー強いので、職場では、いいけど、個人的には、いつも友人と2人で対応する事としてる。(笑)休んでるとき位仕事の話なんぞ、ほっときゃ良いのに、と思いつつ、引っ張られてる思いあり。うなぎ食べに、(ハハハ)いってきまあーす。帰って来ました。うなぎはおいしかった。しゃべる事、しゃべること。お店にあんまり、居座ってもと、喫茶店行く代わりに、友人宅にお邪魔する。実は、娘の亡くなったこと、私の職場には言ってません。ちょうど、骨折入院して2ヶ月半の休職中で、お見舞いも頂き又不幸というのも言いづらかったし、親友を通じて、その時の上司1人だけには見舞いも来ていただき、娘と会話も会ったので、伝えました。あまりのおおきな悲しみを、おおげさに発表して欲しくなかった思いを、上司も汲んでくれたよう。職場は、となりの市で、娘も地元の学校に行ってなかったし自宅に同居もしてなかったので、私が言わない限りは、職場の者は知りません。足の治療と平行して心の傷も癒しながら、5ヶ月休んだ後、職場復帰しました。今、自宅は娘のメモリアルイメージいっぱいです。ゆえに、親友は私の家じゃなく、彼女の家をオシャベリ会場に提供してくれました。悲しみが大きすぎると、生意気な様ですが、お義理や興味でかけられる、言葉や思いがあったとき、よけい辛くなる。との思いを、親友と上司が、そう判断してくれました。勿論私も、それでありがたかったと、今も思ってます。今日あった、先輩さんも、とても楽しい良い人だけど、絶対黙ってられない人。やはり一線を引いてしまう。何よりも、全てを理解してくれてる信頼出来る友人が居るということは、ありがたい事だと思う。彼女とは、前の職場で知り合った友人で、偶然また同じ職場に来てしまっただけ。だから歴史がある。今、職場では、派閥が有ったり、強い者にのみ、尻尾を振る人々が居たり、こっちむいてふんふんといってたかと思うと、すぐ反対向いて悪口言ってる、と不可解だらけの現状が蔓延してる。そんな中、まわりに左右されない、私と彼女の存在が、今日会った先輩さんもうらやましいと言ってくれる。そうだろうなあ、ありがたい事だな、と彼女に感謝の思いを再確認した本日でした。
2004年05月08日
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朝、病院の事務から電話があった。診断書できたけど、内容が今日までの休養を要するとなっているが、いいですか?と聞いてくれる。なってるものなら、仕方ないでしょうに、「結構です」と。でも明日出勤するのは、ちと困った。職場、先輩筋の方が、休暇まで取って来てくれる予定が定まっている。断れない。もう一人に相談すると、ダメ、休んじゃいな。だって。仕方ないから、直属の上司に相談、明日、1日有給休暇をとって、事務処理上は明日から復帰する事としてもらうようたのんだ。明後日その次と公休なので、あと3日は余裕がある。ややこしい事。でも上司、公休ずらすから、土曜、日曜休んで、月曜からいらっしゃいと言ってくれたので、そうする事にした。やっと、復帰決定、まあ、日増しに楽になりつつあるので何とか、頑張ろうと思えるようになってきた。休んでる間に、いろいろしようと思ってたけど、何も出来なかった。まぁ、何も出来ないから、休んでるんだけど。(ーー;)も一つ上の上司にも、電話で報告しておいた。あぁーまた始まるンだなー、今、病棟は、大変つまらない、と聞かされてる。リーダーが変わって、メンバーチェンジがあって、収集がつかないよう。まっ、行ってから考えよ!なんやかやと、気ぜわしく時間がたった。買物に行ったけど、途中から、いやんなった。疲れちゃうんです。お米を買うのに、息子につきあってもらい、さっさと帰ってくる。庭に水まきもしなくっちゃ、と思ってやれたの、夜の9時でした。ううーーー。先がおもいやられる、と言いつつ、お茶碗洗い置いといて、パソコンに向かってる私です。ハイ。まだお休みなさいではありません。
2004年05月07日
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連休済んでまず病院行った。診断書もらいに。3日から1週間、休職延長ののための証明。受付で申し込んで、診察は無しで、1週間ぐらい先に出来たら電話してくれる、との事。とにかく、用事は済ませた。 午後から、社会保険庁に行った。今さわがれてる年金。国民年金と厚生年金と手帳が2冊あり、各々番号が違う。疑問だったのでききに行った。県庁所在地まで、1時間以上かかる。息子に運転してもらって。基礎年金番号が有って、それが有効だそうだ。用事がすんで、「さあ、どうーしよう」と息子君。津、の海岸に行くことにした。「うわーー、気持ちいい、」久しぶりの”うみ”白い波がたっている。娘は海がすきだった。ヨットハーバー、ヨットに乗っている娘に会いにきた所だ。、多くのヨットが置かれている。なつかしい。横の砂浜へ降りてゆく。シャキッ、シャキッと砂の感触、気持ちいい。白い貝がらが、そこここにある。アレッ、ヒトデちゃんの干からびたのを、発見。もみじのお手てが、するめの様に、ぺロリンと起せばひっくり返る。ようく見たら、いっぱい有った。引き潮の時、ぐずぐずしてて、潮に乗りそびれて、干されちゃったのかな?気のどくに。ふと、振り向くと、元気なお兄ちゃん。たこ上げしてる。すばらしいそのたこの浮力で、サーフボードをするの!カイトをあやつりながら、ロープつきのボードを引きずり海に入ったかと思うと、立ち上がった。ひろーーい、海岸線を1人、空に向かって、引き上げられながら、カイトと共に波の上をボードでおどってる。きれい、だった。写真にはまってる息子が、ずーっと、レンズで追いかける。息子のホームページにきっと、この写真出てくるでしょう。自分が乗ってる様な気分になり、20分ばかりひたすら眺めてしまった。帰り道、何もしていない私が疲れて、しばし居眠る。ふと目をさましたら、大きな星が輝いていた。
2004年05月06日
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曇空の為か、物静かな気がする。世間は帰省や渋滞、ラッシュと、にぎやかに、動いてるのだろうが、わたしの周りは、止まっている。毎年仕事がいくらか入っていたので、さわぐ世間を横目に見てそれなりに過ごした。でも今年は休養中の身、なんか(このまま人生終ったら、何を息子に言い残しておこう。 私はいくつまで、生きるんだろう?)なんて、ことを、ふと、考えてしまった。階下一応、掃除なるものをした。掃除機かけたの‥‥これから、庭にでて、花がらつみと草引きでもしようかと思うだんなはまた、ねてる。目に入らぬ様、視野にはいっても、ほかす。連休前に、草抜き要請したが、実行されず。働かざる者、食うべからず、昼食は、個人的にすませた。私の父は暖かい人だった。娘が、こんな、生き方するとは、想像できなかった事と思う。まぁ、とりあえず、庭にでてみようーーっと。 ちっちゃい庭だけど ♪(^J^)その 2 庭で、毛虫に会った。柿の木があり、その新芽を襲っている。今週何回も会う。消えてもらった。気の毒だけど。草引きしてたら、ミミズに会った。びっくりする。本当は、こわい (>_
2004年05月05日
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朝、だんなが出て行った。メンテナンスの仕事だから、休日に動く事もある。嬉しい (^_^)v息ができる。今年度、地域の当番制の世話役が廻ってきた。 「組長」て、言う。なんか”やくざ”みたいでいやだったけど、もう慣れた。町費集金、持ってきてくれるが、集めたものを区長に届ける。やってない。催促された。この地域では夫が動く。主人が不在や、忙しい人は奥さんが手伝うが、家は、忙しくない、ただ寝てるだけ。一度手伝うと、ずーーっとしなくなる。忙しいのは、わたしだけ、のパターン朝、職場の友人からメールあり違うこと考えよ‥‥その 2雨、しとしと、じゃあじゃあ良く降る事。ちょと、出かけてみたけど、とても、悲しくなった。雨のせいかな?娘の住んでたアパートの前まで、行っていた。誰か、入ってる。(';') 窓にカーテンが。ずーーと、空き家だったのに、古い、ぼろっちい所だから、借り手ないんだと思ってたけど。 とられた、って感じ何するつもりだったのかな?!!その 3ちょっとブルーな1日締めくくりに、職場の友人に電話した。休みの報告に。パワーのある人だから、元気をもらう。職場の愚痴がたくさん入ってくる。休んでいる身には、ちょっと、なつかしく、また新鮮 変なの、愚痴がだよ!! いかに、愚痴多き職場かが見とおせる。電話では、足りず、今度もう一人の同志を加えしゃべろーではないかと、盛り上がる。少し、元気が出てきました。人は働かないと、ダメですね!ハイ
2004年05月04日
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連休だから、家出したくなった。やっぱり、ダメ。片付けものしたら、出てきます。その 2充分一人で居たかった。2週間ぶりで自分の車、運転した。オートマだから、不都合の左足は使わなくても、運転できる。途中で、メロンパン(移動販売の)買った。おいしいね、これ。友人宅は行かなかった。足がもう少し、しっかりしてたら、温泉いくんだけどなーー。傷口、ガバッ、はちと困る。本屋で本を物色。夕飯なんか、作る気しない。8時半ごろかえったら、あきれた、電気、消えてる、というより付いてない。ホント、死んでる。なんと、ぐーだらな、人生を送っていることか。息子とだんながそれぞれ無関係に何もしないで、ただねてる。病気でも無いのに。息子は「俺のまわりは、しょうむ無い奴ばかりいる。」と言っていた。それは、自分の居場所、見方がしょうむないから。自ら、価値あるものをもとめないから、といったら、切れていた。わたしも、切れる。旦那においては、多くを語りたくないが、ひどい!!!酷い、元凶がここにある。連休、想像したとおりのパターン。明日はなんとすごそうか。まァ午前中、職場の上司に電話して、相談。もう1週間お休みすることに、決定。すこしは 気分が落ち着いた。
2004年05月03日
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今日は誕生日だった。近頃、自分の年を忘れてる。何かで聞かれても、本気で幾つだったっけ??と人に聞いたりする。毎年変わるから覚えられない。(笑)ああぁー最近記憶力、落ちた。手術の後遺症かな? \(◎o◎)/!ハハハ本当にあるんだって。だんなが珍しく、「免許更新行くかぁ」と言ってきた。いつ、行くか気にはなっていたが。運転免許センター行くと、日曜窓口が有って講習受けたら、即日交付される。1時間ほどかかるが、一緒に行こうと言うこと。珍しい、朝から動くことを計画して、いいだすなんて。へえェーと思って、1時からの受付に、いってきまーす。 その 2帰ってきました。やっぱり足痛い。2時間以上、講習でじっとしてたからかなぁ。行きの車の中でずーーと考えていた。3日から、出勤しようかと。わりと歩けたので。異物が入っている時から思うと大部、楽。でも、帰りやっぱ無理しないほうがいいかな、1週間伸ばそうかな、と又、思った。すごくいろんな事、思ってるのに、だんなとは一言も話さない講習終ったとき迎えに来てくれるはずが、来ない。携帯も繋がらない。40分ほど待った。閉館近くなって、「どうされたんですか?」と、係員に聞かれてしまった。やっぱり、そういう人だと思った。帰りは痛いなー、と思いながら、本読んでた。自分の世界 ・ ・ ・ ・しあわせって、なんかなぁふしあわせって、どんなんかなぁ ↓ ↓わたしはしあわせ ? ?しあわせなんだろうなー なんとか、いきてるから ☆それがしあわせ?? ▼今、こたえは、わからない。 ! ! (ー_ー)!!でも、前向きに生きてるんだよな! わたし
2004年05月02日
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今日から、5月外は良いお天気。でも私の心は晴れない、もやもや、(;一_一)ずーーと頭をもたげるのは、いつから仕事復帰しよう???明日まで休んで、3日から、出勤するとG、Wの4、5日、2日間分が代休、取れるので、その週の6,9日に振り変えれば5日間のうち3日間出勤した事で、公休含め1週間仕事した事になる。もう1週間、休みたい気もするが、診断書も出せて無いし。休業補償も開けて見ないとあてにならない。職場がお情けで少しでもくれると、でなくなる。そして、ボーナスでガバッと引かれる。どうせ、ボーナス、ガバッと引かれるだろうけど。お金のこと等、二の次で長い目で見て体大事にしたい。なんて、考えてたら、気分晴れない。昨日、職場の友人が、テレくれた。どおう?と直属の上司に相談すればいいんだけど、これがまた、 へぇ--、とか、ふう~~とか、腑抜けみたいな人。話にならん、・・・・・・でも、なんとか、するべ!!今日はお客さん、来るので、気分変えて、お掃除しなきゃと思いつつ、びっこの私なんです。あァあ、イタ!!その2 10時前掃除しかけたらテレ、もう近くのコンビニまで来てるって。昨日夜中に出発したらしい。2歳の瑞希(みずき)ちゃんも、元気。娘が6年前、心因性失語症で辛かったとき、とりあえず、おいでと言ってくれて、夜行のバスに1人乗せた。帰る予定の無い旅だった。私の郵便局のカードを持たせて。その時、バス停まで迎えに来て、其のまま預かってくれたのが一人暮らしの彼女と、当時のフィアンセ。そして、3ヶ月ほど世話になってた間、一緒に遊んでくれた彼のお友達もいっしょに。娘はそこで、言葉を取り戻した。父親との関係に起因して声が出なくなり学校(寮)にも、戻れなくなり、5ヶ月が過ぎたとき、自宅にいては、回復しない、と勇気を持って、遠く離れた、友人(先輩)の誘いに乗ってわずかの荷物を持ち、でかけていった。6年ぶりに会う。娘は寮生活だったので、こちらへは、初めて。なつかしい。声が出るようになって、自宅に帰って4ヶ月ほどして改めてひとり立ちして行った。ちょうど、6年前のあす5月2日私の誕生日のこと事だった。学校を休学して、とりあえず働くといって初めてお給料をもらった直後、自分の意思で。其のまま亡くなる日まで、そのクラシカルなアパートに住んでいた。生きていたら、生きていたら、の思いが重なる。一緒に食事して、次は鳥羽に向かうといって、帰って行った。娘のドナルドの人形を瑞希ちゃん抱えて、またおいで、と言ったら手を振ってた。だんなはメンテナンスの仕事、ちょうど良った。今、アルバムが、散らばっている。ぼんやり花を、眺める‥‥‥‥
2004年05月01日
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