ホラー、近未来、童話、独り言

ホラー、近未来、童話、独り言

2007年05月24日
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カテゴリ: 少し考える小説
題名 「お婆ちゃんの日」


「あら嫌だ、今日はお婆ちゃんの日じゃない。」

カレンダーを見ながら慌てて二階に声を掛ける

「お婆ちゃん、今日はお婆ちゃんの日ですよ支度は出来ているんですか。」

静まり返っている二階に、ドスドスと象のような足音を響かせ上がって行くと

仏壇の前に身支度を整えチンマリ座って手を合わせている老婆が目に入った

まるで化石になったかのように微動だにしない。

「お婆さん今日はお婆さんの日ですよ、お爺さんもきっと待っていますよ

早く下に降りてきてくださいね。」

振り向きもしない老婆の背に言うだけ言うと又象の足音で降りていくと

夫がフィルム新聞を見ながら食卓にいる。

「何時だったかな。」ボソっと妻に聞く「何がです、あ~お婆さんの出発時間ね

家の前の公園に10時集合ですから、もう少し時間はありますよ。」

まるで今日の天気を話すように滑らかに喋る、夫は憮然としながら

「ちょと上に行ってくる。」と妻とは正反対の静かな足音で階段を上がっていった。

暫くして一向に降りてくる気配のない二人に「幾等なんでもソロソロ集合場所に

行かないと置いていかれてしまいますよ、置いていかれたりしたら警備隊に

連行されて私達も御叱りをうけるんですからね、嫌ですよそんな見っとも無い

事は。」大声で二階に向かって叫んだ。

妻の叫び声が終わらない内に化石のような老婆を支えるようにして二人は降りてきた

夫の目は充血していたが「あなたが連れて行って下さるの。」妻は素知らぬ顔で聞く

「いや俺は仕事が残っているから、お前が行ってくれ。」サッサと書斎に入ってしまった

「面倒な事は全部私に押し付けるんだから。」口調は悪いが顔は笑っている

「あんまりギリギリでも慌しいから、ソロソロ行きましょうお義母さん。」

しわくちゃの小さな手を引き摺るようにして外に出ると、もう殆ど集まっているようだ

顔見知りの女性が手を振っている、道路一本隔てた公園に急ぐと何分もしないで

マイクロバスが来た色鮮やかにペイントされた国営バスのドアが開けられると

サッサと自分から乗り込む人、足がすくんで動けず数人がかりで乗せなければ

ならない人、様々だが何とか全員乗り込んだ。

バスはまるで葬送のようにクラクションを二回鳴らし出発した、後に残された人も

様々で泣き崩れる人、何時までもバスの去った方向を見詰めている人

妻のようにまるでゴミを捨てた後のように顔見知りの女性と話しこむ者

妻は顔見知りの女性に「お茶でも飲んで行かない。」と誘っていた

二人で賑やかに帰宅すると玄関に夫が立っている。

「あら御主人いらっしゃるの、悪いから又今度伺うわ。」ばつが悪そうに帰ってしまった

妻は夫を睨みつけ「何よ何時までも暗い顔をして、そんな顔をするなら自分で行けば

よかったでしょう。」

夫を押しのけ茶の間に入る、夫は何も言えず又書斎に篭ったが妻は住人の居なくなった

部屋の使いみちを考えていた。

平均寿命は90歳を超えていたが少子化に歯止めがかからず国家も市民も高齢者を

支えきれなくなっていた、苦肉の策として国家が提案したのは「70歳人生定年法であった

「満70歳に達した者は国が定める地域に移住し、国家が保障する生活の中で余生を

送る権利と義務が生じる。」と言う馬鹿げた法案だった。

其の頃バスに乗せられた老人達は国営施設に到着し一人づつ降ろされ大きな

ベルトコンベアーの上に座らされ施設の中に吸い込まれていった

中で何が行われているのか知る者は少ない。

バスの運転手同士の会話も無い、只その施設にそびえ立つ大きな煙突から

煙の出ない日は無い。





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最終更新日  2007年05月24日 20時39分25秒
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