年功序列、定期昇給、退職金、定年制が崩壊して何年になるだろう
何時肩を叩かれても可笑しくない時世、不安な毎日を過ごしているのは
この男だけではない。
男は今年40歳を迎えたが経済的な問題と容姿、性格、才能も無ければ
技能も無い為結婚も出来ないでいた。
世渡り上手な同期が次々出世し不動の位置を占めているのに対し男は不器用だった
与えられた仕事は文句も言わず黙々とこなすのだが其れ以外の事は出来ず
「使えない男」のレッテルを貼られていたが、男の耳には届いていない。
昨日も入社2年目の若造が男の上司に就任した、昨日まで『君』付けで呼んでいた男を
今日から役職名を付けて呼び頭を下げなければならないのだ情けなくて辞めたくなる
だが失業率も2桁になっている現在、退職したら次の仕事は望めない。
失業保険制度など遠い昔に廃止されていた失業は即「死」に繋がる、憲法も改正に
改正を重ね生活保護もなくなったからだ、どんな事があろうと耐えるしかなかった。
今日は足取りも重く出社、選りにもよって入社以来最も嫌いだった奴が上司になったのだ
その男にこれから毎日頭を下げなければならない「ああ、気が重い屈辱だ。」
しかし生活の為だ、男は意を決して上司となった男の席に向かう。
苦虫を噛み潰したような顔を見られないように挨拶しサッサと自分の席に戻ろうとしたが
呼び戻され一枚の紙を手渡された、男が嫌いなら相手の方も嫌いだったらしい
「早く目の前から消えろ。」と言わんばかりに顎をしゃくり
「今日中に手続きを済ませてくれ。」それだけ言うと背を向けた。
男に手渡された紙には「僕はあんたが嫌いだから解雇を命じる。」何ともふりじんな
理由が書かれてあった、余りにも突然の解雇通告に男の頭は混乱し問い詰めに行く
勇気すらない。
呆然と机の引き出しを整理しながら涙が頬を伝う、何気なく手にした鋏を見詰めていると
男の頭の中で何かが弾けた「あの男が俺を死に追いやるのだ。」若い上司を睨むが上司は
素知らぬ顔で仕事をしている。
目の前が白くなり掴んだ鋏を持って一直線に上司の元に走った、異変を察した上司は
逃げ惑ったが死の宣告を受けたも同然の男には適わない、捕まえた上司の腹に数ヶ所
夢中で突き刺し辺り一面血の海になったが最後の一刺しが心臓を貫き今迄もがいていた
上司がピクリとも動かなくなった、誰かが通報したのだろう数人の警備員に取り押さえられ
放心状態の男は警察に引き渡されたが警官は「又か。」と言いながらパトカーに連行した。
パトカーの中で警官が発した言葉は信じられないものだった。
「最近リストラされたら食えないから、何か事件を起こして刑務所で食おって奴が多くて
刑務所も一杯なんだ、家まで送ってやるから他で食う道を考えなさい。」警官は男の
住所を聞いた。