雅の日記~お気楽生活をめざして

雅の日記~お気楽生活をめざして

2016年11月24日
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カテゴリ: その他
「昔者荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也」は、荘子の『胡蝶の夢』の冒頭である。「わたし荘周は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた」という意味だ。このあと著者・壮周は目が醒めるのだが、起きた己が現実なのか、それとも胡蝶が本当の私の姿なのか、どちらが本当の姿かわからない、と続く。これがいわゆる『胡蝶の夢』の話である。

昨晩、夢を見た。
楽しい日常の夢だった。友達と道端で偶然出会って歩きながら談笑し、夕食でも一緒に食べようか、という話になって食事をしている途中で目が醒めた。あまりにもリアルすぎて、途中までは夢だとは気付かなかった。時計を見るとまだ午前3時前で、就寝してからほとんど時間が経っていなかった。
夢の中の時間では3時間以上経過して、カウンターで酒を呑みながら、とりとめのない話であははと笑っていた私。
「ああ、そんなこともあったよな」と思いながら、現実と夢の落差と、深夜のあまりの静けさに呑み込まれて、なんだかものすごくさびしい気持ちになったのだった。

2007年の映画 『コッポラの胡蝶の夢』 を観たときにも思ったのだけれど、自分が夢なり現実なりで感じたり、記憶していることをそれぞれのパーツにして、何が夢で、何が現実かは関係なく、時間軸を入れ替えてひとつのお話(人生)にしてみると、とてもハッピーな話になったり、逆に頭がおかしくなったのか?と思うくらい悲話になったり、あるいはわけのわからない話にもなる。
人間は時間がある一定方向に流れていると思い、過去と未来を分けて考えるけれど、それは脳の中で整理された出来事であって、本当は順番が違っていたら?と考えると、いろんな人生の姿かたちにわかれていくのだと思う。

私は仕事上、プレゼンその他でお話(ストーリー)を作ることが多い。身の回りで起こった超絶嬉しいことや、身を切られる悲しいことを、時系列を入れ替えて考えてみたりすると、本当に恐ろしいくらいいろんなエンディングに辿りつく。

自分の身に起こったことの順番を入れかえることができたら…と思うことがあれば、それは「後悔」と呼ぶものなのかもしれない。








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最終更新日  2016年11月24日 16時21分49秒
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