日記はこれから書かれるところです。

日記はこれから書かれるところです。

2005.12.01
XML
カテゴリ: 今日の言葉

つまり、「迷惑をかけない限りにおいて」と言うのだが、その「迷惑」とは何か。「他人に危害を加えない限り」と言うのだが、その「危害」とは何か。例えば、ある人がある行いをするのを、あるいはある装いをするのを別の人が見て、その人がむっとするのはどうだろうか。私の美意識を逆なでするのはどうだろうか。このようにありとあらゆることが迷惑なことでありうる。迷惑だと言う人が一人でもいたとしたら、それは迷惑をかける行為である。そのように言えば言える。
・・・
自己決定(権)という言葉のもとに主張されてきたことの一つは、実は「迷惑をかける権利」だったのだとも言える。――立岩真也『弱くある自由へ』



立岩が「自己決定権とは迷惑を掛ける権利だ」というとき、自由は、われわれが普通に持っている素朴な(ミル的な;理念的な)理解を徹底的に破壊し、他者の存在との関わりにおける<自由>という実践的なものに一気に姿を変えさせる。この地点における立岩の「自己決定権」は、ロナルド・ドゥウォーキンが合衆国憲法の中枢に見出した「平等な尊重と配慮を求める権利」とほぼ同じ地点にまで近接しているはずだ。これが、自己決定権をして、近代を動かす原理と、国家の起源を見出すヒントにまで上げしむるものとなるのであるように思える。そして、自由を<実践>へと。かつて書いたように「条文カタログとしての権利」ではなく、人類の不断の営為としての<権利>という概念を与えてくれるように思う。前回と同じことを繰り返し言えば、<自由>とは、この弱くある人間に価値を見出し尊厳を見出せる者たちの生き方の<実践的倫理>なのである。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2005.12.02 01:47:46
コメント(0) | コメントを書く
[今日の言葉] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: