日記はこれから書かれるところです。

日記はこれから書かれるところです。

2006.02.19
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今日はちょっと更新ができそうな予感(笑)

まあ、書きたいことを書く前に、ちょっといろいろ書こうかと。


■決定論

何度かァイザイア・バーリンに言及したが、知の世界と同様、主に彼の「 二つの自由概念 」に関してであった。

しかし、個人的に読んでて思うのは、バーリン個人が結構熱を入れて語っていたことのメインは「決定論」批判であったように思う。

物事は必然的に決まっていて、それは無理だ、どうしようもない。といった言明に繋がる考え方を徹底的に叩こうとしていたように思う。

俺も同意するところだ。

決定論は、いいところで「質の悪いニヒリズム」にしかなりえず、酷いのは(というは、頭が悪い奴に使われると)「偏狭なナショナリズム」になってしまう(「民族」とか「血」とか言い出すんだよなぁ)。

「日本NIPPON」には立憲主義が根付かないとか、まともな論理力と、引き篭もらないで外の世界を見るだけのほんのちょっとの行動力さえあれば、出てくるはずがない頭の悪い見解も、決定論に支えられているからこそ生じる。

彼らは、「日本人は放っておいても日本語を話すようになる」とでも信じているんだろうか? 「純血」の「日本人」なのに「日本語」をカタコトにしか喋れない俺の友人はどうなるのか。(酷い例だけども、DNAという用語をこれくらいアホなレベルで使ってる例はたくさんあるぞ。あと、血液型 笑)

「日本NIPPON」には根付かないというアホな物言いでなく、もっと大きなレベルで語られるなら傾聴に値するということは言っとく。

立憲主義というもの自体が原理的に<不可能>なのだ、という言であれば、聴くに値するが(といっても反論しますが)、そこになにやら正体不明の「日本NIPPONでは」とかいう、うんこな条件節をつけられると、俺の思考回路は、頭の悪い奴だから聞かなくてもいいぞ、と経験的に結論を出してくれる。

しかし、少しでもdecentな世を目指そうとする意志があれば、そういうアプローチは採らん、とまでは言わないけれども、少なくともそこに留まって満足するようなオナニストにはならないだろうという気はするわな。


■お前の言う「教育」ってなによ

頭の悪い安倍がまた白昼夢を見てるような物言いをしてるらしい(「とりあえず」さんの 記事 )。

まあ、安倍にとっての「教育基本法改正」は、小泉の「郵政」と同じで、なんか政治家の赤ん坊として物心ついたときに覚えた「一つ覚え」だから、何かあるたびに言ってるんだろうけれども、本当に頭が悪いんだなぁ、と感心するのは、安倍は何でも原因を「教育」の言で済ますからだ。

これは「とりあえず」さんが言われている通り、その通り、「教育」のせいでお前が政治家やっちゃってるわけだ、と言うことに全く間違いがないと俺も思う(笑)。

安倍が頭の悪いことについては、ちゃんと識者も指摘してる。高橋哲哉『教育と国家』は、初っ端から取り上げてくれている(この本は面白い。前も書いたが『靖国問題』よりも好著だと思う)。論理飛躍と、データの裏づけ無し発言。

安倍がやりたいのは、「教育」という誰でもひとまず受け入れる言を使って「軍国化」をしたいだけなんじゃないの。つまり、「お国」のために(本当は自分たち世襲政治家のために)死んでくれる奴を作ろうとしてるだけじゃないのかね。

まあしかし、「とりあえず」さんの挙げられている記事に戻れば、俺が一番驚いたのは、自民党の(!)官房長官が「ライブドア」事件を「教育」のせいにできる無神経さだ。

まあ、たぶん、安倍にかかると、ヒューザー小嶋社長が飯塚秘書に相談を持ちかけたのも「教育」のせいになるんだろうなぁ。

安倍にとって「教育」は、中世における「悪魔」という語の代用を果たしているわけだな。「諸悪の根源」は常に「教育」であるわけだ。


■変なエリート主義

なんというか、頭が悪いという意味での「保守」なやつらはエリートの必要性を言いたがる。安倍なんかも自分をエリートと思ってるんじゃないかね。

俺もエリートが必要ないとは言わない。

ただ、問題は、この頭の悪い国における「自称エリート」たちは、ちっとも頭が良くないってことだ。

「自称エリート」たちは、やれ「教育」が悪い、やれ「国家の品格」が云々と言いたがるが、その発話行為は、自身が槍玉にあげられない位置に居座ることを可能にするというイデオロギッシュなおまけがついているわけだ。

何かの問題を論って、悪者探しをする奴は、自身がその対象にならないように振舞っているに過ぎない。

「いじめられたくないからいじめる」という「戦後教育の失敗」を最も体現してくれているわけだ。

そういうやつらが、「教育」を論じるのもおかしいし、そういう「自称エリート」が「エリート必要論」を論じるのもおかしい、ってことを敢えて指摘してあげないといけないのが哀しい。

某(中途半端)数学者の『国家の品格』については、「本に溺れたい」さんの最近の精力的な 書評記事 がおもしろい。この「とんでも本」について関心があれば(ある?笑)、必読。

まあ、安倍にも某数学者?にも共通するのは、論理飛躍と、適当な引用。主に自分の「感覚」に頼った議論をしていて、そこにあるイデオロギー性に気付いてない。

そういう「エリート」の危うさをもった「人の支配」に代わるものとして「法の支配」が出てきたのが人類の資産であって、それをしっかりと積み重ねようという意志を持つことの方が、大切なんじゃなかろうか。人間の(なによりも「エリート」の)誤謬性をどう制御するかの思想の積み重ねが、歴史的資産であり、俺は立憲主義をその意味において捉えている。


■正気なのは売春婦くらいでした

「エリート」支配ということで言えば、戦前の陸大や海大卒の「エリート」たちが、どのように「日本NIPPON」を敗戦に導いてくれたかを思い出せばいい。

しかし、生きていた人の言というは重い。

この小見出しは、「反戦老年委員会」さんのましまさんの から勝手に拝借した。

狂気の時代。

安倍はそういう時代に戻したいんだろうね。

国民が狂気を持てば、自称エリートの世襲政治家は好き勝手できる。





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Last updated  2006.02.20 16:13:37
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