日記はこれから書かれるところです。

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2006.02.23
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カテゴリ: 今日の言葉
今思い浮かぶのは、これくらい。


■吉野弘「日々を過ごす」

日々を過ごす
日々を過つ
二つは
一つことか
生きることは
そのまま過ちであるかもしれない日々
「いかが、お過ごしでしょうか」と
はがきの初めに書いて
落ち着かない気分になる
「あなたはどんな過ちをしていますか」と
問合せでもするようで―


■石垣りん「くらし」

食わずには生きてゆけない。
メシを
野菜を
肉を
空気を
光を
水を
親を
きょうだいを
師を
金もこころも
食わずには生きてこれなかった。
ふくれた腹をかかえ
口をぬぐえば
台所に散らばっている
にんじんのしっぽ
鳥の骨
父のはらわた
四十の日暮れ
私の目にはじめてあふれる獣の涙。




かつて聞いた話だけど、FAOかどこかの発表で、世界の穀物自給率はほぼ100%を超えていて、もし流通がうまくいくならば、餓える人はいないはずだということだった。

それなのに飢餓の地域があるのは、私たちが肉を食べるからですと。なぜか。それは10kgの穀物が1kgの食肉に変わるからだと。牛を育てるには飼料が必要で、とうもろこし10kgが肉1kgに変わる。私が肉を1kg食べることで、世の中の9人が飢えると。

もちろん、その話をそのまま真に受けて、断食してもしょうがないことは俺も知っている。だが、感じ入るところもある。




一時期、ビジネス書というジャンルを読み漁った。週に3冊は読んだ。恐らく、300冊くらいは読んだ。「成功哲学」とかいう、「哲学」と語義矛盾を来たしているような本もたくさん読んだ。

多くは、「素直」になれと書いてあった。自分の活動が人を傷つけている可能性があることなんか忘れろ、とにかく「今の」階層社会において上に上りつめることだけ考えろと読めた。

日本という名前の国において、資本主義という名前の制度の下で、どのようにすればお金が得られ、その金によって、どのように楽ができるかが書いてあった。

誤解されないために言っておけば、評価できるビジネス書はたくさんある。ピーター・ドラッカーなど、大いに評価できる。しかし、評価できないゴミみたいな本も、言うまでもなく、溢れていた。

上の濫読は、個人的に言えば、仕事には役立ちもしたが、自分の成長に寄与したとは思えないものばかりだった。

「成功」ってなにか。「成長」ってなにか。

小さな世界でのゲーム。早上がり目的のゲーム。そのゲームで得られるものは何か。失うものは何か。


■「日本の教育は、殺人教育です」

伊勢崎賢治『インドスラム・レポート』「藤井日達師との出会い」から引きたい。

お寺とのご縁で一生忘れられない印象に残ったのは、何といっても藤井日達師に100歳で亡くなられる前にボンベイでお会いできたことです。ボンベイ道場のお坊さんが、僕の経歴、つまり早稲田大学出身で今ボンベイ大学でソーシャル・ワークを勉強している云々と師に紹介されると、師は合掌したまま、太陽のような笑顔のままで一言。「日本の教育は殺人教育です」。

藤井日達師。( 参照

その時は、何の事かわかりませんでしたが、今世紀最後の聖人と言われるようなかたの言葉は含蓄のあるものです。確かに日本の教育は間接的に殺人を犯していると思われます。誰もが善として疑わない自国の経済発展。労働問題もインドなどに比べれば天国のように改善され、物質的に何の不足も無い社会。労働問題が解決され資本主義形態が、自国の中で完結していれば問題は無いのですが、資本家はその代償を国外に求めました。その犠牲となったのは第三世界です。

一呼吸。

重工業をそういった国々の僻地に移転し、有り余る資源と低賃金で地元労働者を雇い、利益を上げる。その利権を得るためにその国の支配層と癒着し社会不正を助長し、規制がないから工場廃液を垂れ流しほうだいで、地場産業を崩壊し、地元民を貧困に陥れる。

もう一呼吸。

これは生き殺しの状態です。資本主義形態の持つ矛盾が、国内で現れていれば、労働闘争などで世論が批判的になるが、海外に拡張し始めるとどんな事をしようと遠くて見えないから問題意識が起こらない。特にマスコミが資本家に操作されれば、日本の労働者階級は自国でアメを与えられ、問題提議する意欲さえ起こらない。米国や西洋の情報に比べ、こういった第三世界の情報流入が極端に少ないのはその証拠です。

しょうがないじゃん。しょうがない。他者が死んでもしょうがない。自分がもしかして原因だとしても目を瞑ろう。ゲームに集中しろ。


■日本の教育の大きな貢献。

このような情況に大きく貢献しているのが日本の教育で、一番批判的精神が旺盛なはずの学生を白痴化させ、日本経済発展の為のロボットに仕立てあげていく。その結果が、知能指数は上がったが海外に対する興味知識は他国に比べても子供並み。

今の世では、ビジネス書が社会人までもを再教育してくれている。ゲームに集中しろと。


伊勢崎氏が問うていることを、俺はもう一度真剣に考えたい。

はっきりいって、学問とは一体何でしょうか。

学問は、いつから、自分だけが良くなるための道具に変わったのだろう。

その陰でどれだけの人が苦しんでいるかを考える暇も無いのでしょう。


この言葉、吉野弘の詩、石垣りんの詩、藤井日達師の言葉、もう一度真剣に考えたい。





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Last updated  2006.02.24 03:44:22
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肉食と飢餓  
renqing さん
毎度、コメントして戴いているので、こちらにも貢献せずば、ということで参りました。伊勢崎氏のインド論は政治の本質に関わることなのでまた別にコメントを書きます。以下は、‘肉食と飢餓’についての簡便な統計数値を掲載しているサイトです。
ベジタリアン・ネットワーク「食糧問題」
http://www7a.biglobe.ne.jp/~arugama-ma/vegetarian/foodissue.html
すぐ気が付くことは、食生活の肉食化が昂進し、肉食需要が増大すると、飼料用穀物需要がその10倍増大する、ということ。日本人1億2千万人の肉食生活が環境負荷と飢餓を間接的に悪化させているのだから、隣国13億人の肉食化は空恐ろしいことになる。今後、隣国の工業化による農民の離農、環境悪化による食料自給率の低下、食料輸入大国化は、すさまじい問題を引き起こすでしょう。それはまた同時に、環日本海の汚染問題も意味し、今、この隣国と領海や資源で、政治ゲームや軍事ゲームをやっている暇があったら、環境相互協定でも結んで、日本海(別に北シナ海でも結構)の海洋汚染や酸性雨の実態・予防、などで協力することは緊急の最優先課題と言えます。地理的隣国であることが常に抜き差しならない関係を強制することの意味を、よく理解する必要がありそうです。 (2006.02.27 03:15:42)

Re:肉食と飢餓(02/23)  
亭主 さん
renqingさん

いつも興味深いデータをありがとうございます。
もちろん「飢餓」においては、流通における「政治」の問題も大きいと思いますが、実際に自分がその問題に絡んでいることを知る意味でも「肉食」と絡めることは意義がありますね。

しかし、アメリカ食肉協会の政治圧力です。BSEの問題でもそうでしたが、この「飢餓」に関しても関わりがあるかもしれません。アメリカ食肉協会の問題は大きいですね。

こやつらが、中国への輸出を政治的に働き掛けだしたら、確かに大変だ。

隣国との「ゲーム」のところは全く同感です。変な見栄を張る前に、協力しなきゃ共倒れってところばかりですよね。 (2006.02.27 04:39:10)

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