日記はこれから書かれるところです。

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2009.06.28
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ただの引用。イザ!「 21歳の「ハローワーク」東大生も「雇用に不安」 」より。


■■■引用開始

東京・臨海副都心にある国内最大のイベント会場、東京ビッグサイトに昨秋、数千人の「21歳」たちが集まった。人材会社が主催する来春卒業予定の大学3年生向け就職合同セミナー。数百社のブースで埋め尽くされた広大なフロアに紺色のリクルートスーツ姿の学生がすし詰め状態となる異様な熱気に、東京国際大学経済学部3年の嶋正男さん(21)=仮名=は、ただただ圧倒されていた。

「ショックでした。すごく気軽な気持ちで、携帯だけ持っていればいいやとノートもペンも持たず、埼玉から手ぶらで1時間半かけて来た。どのブースでも同い年の学生が熱心にメモを取って質問していた。完全に出遅れましたね」

 車が好きで、学生生活の一番の思い出は洗車のアルバイト。授業には出たものの、「経済のケの字も分からない」という。セミナーでも有名企業を一通り回ったが、全く興味が持てなかった。帰り際に自動車部品メーカーのブースが目に入り、何となくひかれた。

 以降、トヨタ自動車、デンソーなど車関係の大手企業を回っている。第一志望は「やっぱりホンダかな。やるとしたら営業」と話すが、企業研究をしたかと尋ねると「何それ?という感じ」。ホンダの創業者である本田宗一郎氏も「知らない」と言う。

 「でも、周りの友達に比べると自分は目標が定まっているほうだと思う。2030年ですか? 僕は41歳…。家庭を持って小さな家に住んで、年収は500万円くらいもあれば十分かな。車は今はデミオだけど、クーペに乗っていたいですね」

 ■全入“1期生”

 嶋さんら来春の就職を目指す21歳たちは「大学全入時代」の“一期生”とされる。嶋さんも指定校推薦で、勉強はほとんどせず大学へ進んだ。ただ、社会に入るのは厳しい。昨秋からの急速な景気悪化で、内定を取り消された今春の卒業予定者は高校、大学を含め少なくとも約1200人。現在、就職活動中の学生をめぐっては「就職氷河期の再来」も予想されている。

 ビッグサイトではさまざまな「21歳」たちが交錯していた。早稲田大学商学部3年、家野敬士さんは31歳。一度大学を除籍し、好きな音楽で食べていこうと友人とCD制作会社を作っていたためだ。そこそこの稼ぎもあったが、将来への不安を否定できず昨年9月に復学した。職を求める21歳の群れに交じって、家野さんは「スーツを着られる幸せ」を感じたという。

 また、「高校時代からホリエモンに憧れていた」という中央大学法学部3年、藤田祐司さん(21)=仮名=は将来の独立起業を目指して証券会社を希望していたが、最近では「だいぶ焦ってる。起業どころじゃない。派遣村のニュースも、以前なら何とも思わなかったと思うけど、食い入るように見てしまった」。

 興味深いデータがある。東京大学が平成18(2006)年に公表した「学生生活実態調査」。東大生に将来自分がニートかフリーターになる可能性を聞いたところ、そう思うと答えた東大生が28%もいたのだ。さらに、そうした立場を「本人の責任」と考える学生が46%だったのに対し、「社会の責任」と答えた学生も35%いた。

 担当した東大大学院経済学研究科の森建資教授(60)は「いま同じ質問をしたら、さらに高まるのではないか。雇用だけでなく年金も含め若い世代が割を食っているという感覚は今の若者に強い。東大生も例外でなく、ブランドだけでレールに乗っていけると思っている学生はほとんどいないと思う」

 ■「ゆとり」で二極化

 「あなたの2030年を想像してみてください」。ビッグサイトで出会った21歳たちに尋ねたが、楽観的な嶋さんを除けば明確な答えは返ってこなかった。代わって東大の森教授は、いわゆる一流大生たちの今後について「社会や職場の危機に直面したとき、パニックになりはしないか」と懸念し、こう指摘する。

 「受験の点数と社会人としての適応力は全く別もの。社会が不安定になればなるほどその傾向は強まる。かつて大学生はそこに気づいていたからこそ、自分で問題を見つけて取り組む知的好奇心を持っていたが、今そうした若者は少ない。必然的に東大の地位も下がっていくと思う」

 とはいえ、将来への不安は、嶋さんのような難易度が低い大学の学生のほうが、より強いのではないか。千葉市にある敬愛大学の「キャリアセンター」でセンター長を務める高田茂さん(57)の答えは意外だった。「残念ながらほとんどありません。うちのような大学は大半が推薦入学で、これまでの人生も無風、無競争できてしまった。学力だけでなく、社会に対する意識からして学生は二極化している」

 高田さんは、大手商社社員からキャンパスの「就活請負人」に転身、すでに敬愛大が2校目だ。「彼らはゆとり教育の一期生でもあるが、ゆとりで生まれた時間に何をしたかといえばバイトにゲーム、携帯いじりくらい。そうした生活が、就活でもボディーブローのように効いている」と指摘し“教え子たち”に向けてこんなエールを送った。

 「キャリアセンターと就職課の違いはキャリア教育を施す点。つまり『生きていくためにはどうするか』を教えるということです。うちの学生が有名大生に勉強で勝てることは絶対にない。ただ、社会に出て、同じ営業という仕事でなら勝負できる可能性はある。こんな時代だからこそ、学生には20年後の逆転を目指してもらいたいのです」
(引用終わり)

■■■


これをただの自己責任論として読んでは意味がない。もっと早い段階での「教育」について考えるきっかけになればと思う。東大生の一部は「雇用に不安」を抱えることが「可能」であるわけで、それを「偉い」と考えるのは、「情けない」と感じるのと同じくらい間違っている。大切なのは、彼らは不安を感じることが可能であるが、それは彼ら個人個人の性質に帰するものではなく、やはり、彼らを育てた「教育」環境によるということだ。この格差こそ、考えなければならない(ここで言っている格差が経済格差だなどと勝手に呑み込まないでほしい。さらに、私は不安を感じられない東大生は、不安を感じられない「格の落ちる」大学の学生と全く同質だと思っているわけで、学歴格差でもない。「受験マシーン」として育てられた東大生がいるならさらに不幸だろう)。

結局、教育は、社会の理念と合致していなければならないわけで、どのような初等=義務教育を備えるかを、われわれはもう少しまともに議論しなければならないのだろう。点数主義がいけないと言っているわけでもないし、教育の悪平等を非難したいわけでもない。ただ、ある層には与えられて、ある層には与えられないものが、今の教育制度では埋められていない可能性があることは考えておかなければならないだろうと思う。今回は、ただのきっかけ。(ちなみに引用文中小見出しの「ゆとり」は故意に誤解をねらったものにしか思えない。)





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Last updated  2009.06.29 09:41:06
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