24)サッカーW杯、日本は決勝T進出
我が家では、サッカー少年の息子と僕と、義母がワールドカップを楽しみにしていた。
義母は、地デジ対応でどうせテレビを換えるなら、W杯を大きな画面でと42インチのプラズマテレビに買い換えて待っていた。
ところが2月に義母の"すい臓癌"が見つかった。
http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201003260000/
僕の頭にあったのは、何とかW杯を見せてやりたい。
手術で命を落とす可能性があるなら、回避してQOLを維持する方法を選ぶことも出来る。
しかし、担当医の勧めと本人の希望もあり手術となる。
「W杯までに家に帰ろう」を励ましの言葉にして、手術は乗り切った。
サッカー好きの義母ではあったが、岡田武史監督は嫌いだった。
サッカーを好きになるきっかけが『ドーハの悲劇(1994年、W杯アジア予選最終戦のロスタイムで失点し、突破を果たせなかった)』であり、岡田嫌いになったのは、1998年フランス大会選手決定で、そこに至るまで日本サッカーを牽引してきた、カズ(三浦和義)が岡田によって落とされたことだ。
フランス大会は日本がW杯初出場となる大会であり、『ドーハの悲劇』から臥薪嘗胆、念願を叶えた大会であったのだ。
カズはそれまでの低迷する日本サッカーを生まれ変わらせ、ここまで導いてきた功労者であり、チームの精神的支柱でもあった。
いかに調子を落としていたからといって、選ばれない選手ではないのだ(調子を落としていたのは日韓戦での相手選手の反則による怪我が原因だった)。
この事件は多くの日本代表ファンを失望させ怒りを買った。
岡田嫌いの多くはここに発祥する。
そして今回は岡田監督就任挨拶(前任のイビチャ・オシム監督が脳梗塞で倒れたため)での「ベスト4を目指す」発言が不評だった。
ホームアドバンテージのある2002年日韓大会以外、予選突破はおろか、1勝もしてない大会で、ベスト4だと~。
まあ目標だから、いくら高く掲げてもかまわないのだが、だったら優勝って言えばよさそうなのに。
さらに、岡田の採ろうとした作戦が無謀だった。
現在世界で一番強いスペインのFCバルセロナというチーム(『キャプテン翼』の翼君が所属しているチーム)が採用している作戦なのだ。
世界最高の選手を集めているチームだからこそ出来る作戦を、世界ランク40位のチームが真似してどうする。
実力差のあるアジア予選大会では、それほど破綻も見せなかったが、本大会直前の強豪チームとの強化試合では全く機能しなくなった。
日本中が蒼くなり、岡田ヤメロコールが巻き起こった。
しかし、代えるにしても、もう間に合わない。
日本サッカー協会幹部全員が腹を切る覚悟で岡田続投が決まった。
こういう場合の選手の行動は微妙だ。
前回岡田監督に意見を述べたカズは、間際で落とされた。
W杯に出るためには、岡田のやり方を推し進めるしかない。
滝つぼに落ちる覚悟で、目をつぶって本大会へのカウントダウンを始めた。
開催直前の岡田監督支持率は16%。
しかし、最後の最後に勇気を持って直訴した選手がいた。
田中・マルクス・闘莉王(日系3世ブラジル人帰化選手)が、これではだめだと岡田に進言した。
岡田本人も解っていたのか、2年間の蓄積をあっさり捨てて作戦を変えた。
その代償として、これまでのチームの根幹だった攻撃の軸である中村俊介、内田篤人(アントラーズ)、玉田圭司は外され、これまでと真逆の守備的チームに変身させて本大会に臨んだ。
ワールドカップは世界最高峰の大会なので、各チーム総力を挙げて準備をする。
対戦相手チームの研究も完璧にこなしてあるので、日本の路線変更に対戦相手チームは戸惑い対応が遅れた。
幸運なことに、それまで控えだった本田圭佑が開花し、チームを蘇らせた。
背水の陣が功を奏し、まさかの予選突破を果たす。
欲を言えば、もう一試合勝ってベスト8まで行きたかったが。
義母は日本代表の活躍に喝采したが、岡田嫌いは変わっていない。
現在も岡田がTVコマーシャルに出ると露骨に文句を言う。
今はとりあえず、4年後の新監督による、イングランド大会を目標にして生きている。
25)高速道路の無料化実験スタート
前にも書いたが、高速道路無料化は反対である。
趣旨はわかるのだが、現実には無理なのである。
これまでの高速道路建設費用の借金を高速料金で返済している。
道路のメンテナンスにも費用が必要になる。
無料にしてしまうと、この費用を国民全体で負担することになる。
高速道路を利用しない人まで借金を負わされることになる。
そもそも高速道路は代価を払って時間を買っているのだから、わざわざ渋滞を招いて利点をつぶすことはない
耳障りのいい話に、簡単に乗ってはいけない。
【7月】
26)野球賭博関与で琴光喜ら解雇
大関の琴光喜が、やってはいけない野球賭博をしたという事件、ではなくて、野球賭博をしたことをネタに恐喝されたという事件だ。
琴光喜は被害者であったが、暴力団の資金源となる野球賭博に絡んだ、ということで結局相撲界を追放される。
真相は先輩の大嶽親方が野球賭博狂いで、琴光喜は仲介をさせられていただけ。
本人もやっていたというのは、巧みな誘惑に獲り込まれたのだろう。
明らかに彼は被害者であり、"大衆正義"は批判の矛先を間違えている。
相撲協会は自浄作用として、あらゆるギャンブルをした力士の自己申告をさせたが、これは行き過ぎ。
そういう圧力をかけたマスメディアも、石を投げる資格はない。
冷静になって、琴光喜を復帰させるべきだ。
ギャンブルが面白いのは生理的なもの。
ドーパミンを介し、脳に陶酔感と興奮を与える。
ただ、これを続けると依存症に陥る。
依存症になると、依存を続けるための言い訳を作り出すことに脳が活発になり、理性が働かなくなる。
よって色々なものを失うことになる。
金、時間、人間関係、仕事、健康・・・
27)参院選で民主大敗
鳩山・小沢退陣で一時民主党支持はぐっと上がった(60%)。
その勢いで参院選を乗り切ればよかったのに、菅直人新首相が余計なことを言ってしまった。
「消費税増税」だ。
因幡の白兎じゃあるまいし、その一言が政局をぐちゃぐちゃにした。
冷静に見れば、国の借金を何とかするには手をつけなければならないことだが、選挙前に増税を言っては負ける。
増税を宣言して選挙に勝ったとしたら歴史的快挙だと思ったが、やはりそうはならなかった。
頭では増税の必要性を理解できても(国債で穴埋めをつづければ、膨大な利子に税金が使われるということだから)、いざ自分の懐に手を入れられるとなると反発してしまう。
かつてイギリス病から国を救った鉄の女マーガレット・サッチャーでさえ、人頭税を口にしただけで敗北した。
民主党は参議院で優位を保てず、いわゆる"ねじれ国会"に突入した。
しかし、僕はこういう見方をしていた。
http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201007180000/
まだ軸足は民主党に乗っていた感があるが、その後のていたらくで先行きが全く見えなくなってしまった。
今話題のウィキリークスの公文流出事件で、民主党が武器輸出三原則の緩和を言い出したのは、アメリカの圧力だったことがばれてしまった。
アメリカに物申すといっていた民主党が、完全にアメリカの支配下に収まっている。
現在の日本は、表裏かかわらず、誰が舵を取っているのか解らない。
混乱と閉塞感は当分続くだろう。
28)改正臓器移植法が全面施行
僕は臓器提供をする意思がある。
脳死判定が現法の基準なら、その範囲でかまわない。
心臓、肝臓、腎臓、角膜、その他使えるものは何でも使ってくれ。
こんな体でも、人の役に立つなら本望である。
TVでこのニュースを家族で見ていた時、このような宣言をしたところ、しばらく考えていた息子が、「僕もいいよ」とポツリと言った。
孫大好きな義母は少し怪訝な顔をしたが、「私だっていいけど、こんな古くっても使ってもらえるのかしらねえ」。
72歳、すい臓癌術後養生中、どうなのだろう。
"脳死"を人の"死"にしていいのか、と言うのが反対者の理由である。
脳は死んでも生命体としては継続している。
心臓は動くし、体は温かい、子どもの場合は成長もする。
しかし、その体に"心"はない。
"心"は"脳"にあるからだ。
"霊"の存在を信じる人もいるが、定義の確立も存在の証明もされていない。
もし僕の脳が死んでも、心臓やその他の体の一部が、誰かの体の中で生き続けるのなら、それは嬉しいことだ。
29)金賢姫元工作員が来日
昨年3月、金賢姫と彼女の日本語の教育係で2年間寝食をともにした、拉致被害者でもある田口八重子さんの長男、飯塚耕一郎さんが突然面会することになった。
八重子さんが北朝鮮工作員に拉致された時、耕一郎さんはまだ1歳。
母親の愛情を記憶に残すにはまだ幼すぎた。
八重子さんの兄に養子として育てられるが、本人はそれを知らされていない。
『大韓航空機爆破事件』が起きたときも(当時10歳)、マスコミの取材攻勢に耐え隠し続けた。
自分が養子として八重子さんの兄に育てられていたことを知ったのは21歳の時。
パスポート取得のため取り寄せた戸籍謄本に「養子」の文字があった。
養父に真実を語られ、その日から耕一郎さんの運命は変わっていく。
2002年、小泉首相による日朝首脳会談、拉致問題の事実が明かされた。
しかし、田口八重子さんについては死亡が伝えられる。
「心が張り裂けるような衝動に駆られた」。
耕一郎さんは外務省に一通の手紙を託す。
「金賢姫様へ」
金さんにとっては思い出したくない話かもしれないけれど、抱いてもらった思い出も、叱ってもらった思い出もない私に、金さんに母のことを聞いて、一片でも母の面影を心の中にじかに焼き付けたいのですと訴えた。
拉致被害者家族会の尽力で、面会が可能となった。
耕一郎さんは当日、マスコミの対応に、思いのほか大きな事態になってしまったことに戸惑っているようだった。
そして、フラッシュの中、金賢姫が現れた。
金は、手を差し伸べ、日本語で言った。
「おおきくなったねぇ」
その瞬間、耕一郎さんの目の前を塞いでいた壁が、一瞬にして消え去ったのがわかった。
その言葉には、母親の魂が乗り移っていた。
言葉は「言霊(ことだま)」という魂が宿っている。
母の面影を求めて尋ねてきたのが、金賢姫の言葉によって、母親の魂に会うことが出来た。
耕一郎さんが抱きしめたのは、まぎれもなく母八重子さんだった。
紙幅の都合で、本日はここまで・・・つづく
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