《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

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2010年12月28日
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テーマ: 足下を掘れ(72)
カテゴリ: 世の中の話
  【6月】

29)韓国統一地方選で与党大敗

「哨戒艦沈没事件」後の統一選挙。

"9.11"テロの後の選挙でブッシュ政権が大勝したように、あるいはパールハーバーのように、敵の攻撃を受けるとナショナリズムが湧き起こり、与党が勝つものだが、そうはならなかった。

若者層が、対北強行姿勢を取るイ・ミョンバク大統領に、反対票を投げつけた。

北の攻撃と断定できたわけではないので、先走るなと言うことだろう。

そりゃ戦争は反対さ。

銃を持たされるのは若者だもの。

30)イラン核開発、国連安保理が追加制裁決議

イランの核開発に、アメリカが神経を尖らせるのは、核ミサイルの照準がイスラエルに向けられているからだ。

そこがインドやパキスタンと違うところだ。

4月の『核安全サミット』でイランのアハマディネジャド大統領が行った演説は、

「すべての核兵器保有国はIAEA(国際原子力機関)の核査察を受け、核兵器を廃棄すべきだ」

「他国を攻撃すると脅す核保有国である米国やイスラエルこそNPT(核拡散防止条約)違反だ」

「すべての国には核の平和利用をする権利がある。イランなど途上諸国が核の平和利用を認められないのはおかしい」

というまったくの正論。

このメッセージは、日本はもちろんアメリカ・ヨーロッパでもメディアは伝えない。

イスラエル絡みだからである。

31)中国、人民元を弾力運用

為替については、正直なところよく解らない。

"元"が高くなれば、激安の中国製品の流入が抑えられ、国内産業は少し盛り返せる。

しかし、日本企業が既に中国で生産しているので、自らの首を絞めることになる。

また、中国が金持ちになることで、中国人が消費する側になる。

ちょっと顰蹙な中国人が、さらに跋扈するようになる。

かつてニューヨークの土地を買い占めていた日本人のように、中国人が東京や富士山周辺の土地を買い占めるだろう(中国人は富士山が好きらしい)。

僕の子供のころ、1ドルは360円だった。

それが1971年、"ニクソンショック(金ドル交換停止)"と言うことが起こり、308円になった。

360円で売っていたものが、308円しか貰えなくなった。

360円で買っていたものが、308円で買えるようになった。

何故?

高校1年の僕は理解が出来なかった。

数年後、それが変動相場制になり、260円になった。

貿易関係の仕事をしていた彼女が、「大変なんだ」とこぼしていたが、よく解らなかった。

85年ごろには180円になり、不況になるのかと思ったら、"バブル"が始まった。

円高は日本にとって迷惑なのかと思ったら、日本中がかつてない好景気に盛り上がった。

大人たちは、狂ったように"金儲け"に舞い上がった。

そして、バブルははじけ、多くの人が地獄を見た。

デフレ不況に陥り、失われた20年(継続中)が始まる。

今年10月には、円は80円まで下がると言うか、高くなった。

中国もこの軌道を辿るのだろうか。

32)G20、財政赤字の半減目指す

赤字財政は日本だけではないらしいが、わざわざ世界中の首脳が集まって決めることなのか。

意見を持たない人が出席する日本は、特に必要ない。

33)米が露スパイ10人逮捕

「007」はもとより「スパイ大作戦」「0011ナポレオンソロ」などTVでも、"スパイ"は僕らの子供時代のヒーローだった。

そんなおじさん世代が、"スパイ"という懐かしい響きに胸が躍った。

しかも、美人だというが、どうだろう?

http://matome.naver.jp/odai/2127786858225610101

その美貌女スパイのアンナ・チャップマンは、最近のニュースでは、プーチン首相の政治組織に加わり、「私たちが変わることで、国を変えよう」などと演説をした。

銀行顧問にも就職していたとのこと。

34)中台が経済協力枠組み協定

中国と台湾は、自由貿易協定(FTA)に当たる中台経済協力枠組み協定(ECFA)に調印し、共同市場実現に向け、大きく舵をきった。

この合意が、台湾の勘違いでなければいいが。

13年前、香港が中国に返還される時、「香港が中国になるのではない、中国が香港になるのだ」と予見した知恵者がいたが、まさにそうなった。

台湾もそれを狙っているのだろうが、安心は出来ない。

"共産主義国家"である限り、北朝鮮と同類なのだ。

日本にとっては、自由主義国である台湾は独立国として防波堤になっていて貰いたい。

IC先進国台湾にとっても、中国の検閲にあって換骨奪胎すべてを持っていかれる危険を忘れない方がいい。

【7月】

35)アフガン治安権限、2014年末までに移譲

アフガニスタン支援国際会議が、首都カブールで57カ国外相らが参加して開かれて、治安権限のアフガン政府への委譲を目指すことなどを了承した。

14年までにアメリカは出て行くよと決めた、と言うこと。

アメリカもアフガンも、何のために戦っているのか解らなくなっている。

タリバンだってもともとは宗教組織だ、武装組織のことではない。

いつかは平和になるのだろうが、方向が定まらないことには出口が見えてこない。

36)コソボ独立宣言、国際法違反せず

国際司法裁判所が旧ユーゴスラビア連邦の自治州だったコソボの独立宣言(08年)が国際法に違反しないとの判断をした、ってことは独立が認められたということ。

コソボというのは、旧ユーゴスラビアの真ん中あたり、今のセルビアの一部だった。

ユーゴスラビア連邦は、7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字を持つ、1つの連邦国だった。

ヨシップ・ブロズ・チトーという英雄が、これらを束ね統一していた。

冷戦時代に社会主義圏にいながらも中立政策を維持し、チトーのカリスマ性だけでまとまっていた。

ところが1980年、チトーは後継者を定めぬまま死去してしまった。

するとみるみるユーゴスラビアは瓦解して行った。

ワルシャワ体制の中、ソ連の侵攻を想定し、いつでもゲリラ戦で対抗できるように、ユーゴ市民は武器を保持し、訓練を受けていた。

それが民族ごとに自決すると、あっという間に内乱が始まった。

1991年6月に文化的・宗教的に西側に近いスロベニアが10日間の地上戦で独立を達成し(十日間戦争)、次いでマケドニア共和国が独立、ついで歴史を通じてセルビアと最も対立していたクロアチアが激しい戦争を経て独立した(クロアチア紛争)。

ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立したが、国内のセルビア人がボスニアからの独立を目指して戦争を繰り返した(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争)。

ボスニア・ヘルツェゴビナでは20万人の死者と200万人の難民が出た。

1994年のリレハンメルオリンピックで、ドイツ・フィギアスケート選手カタリーナ・ヴィットが、反戦歌「花はどこに行った」にのせて、"サラエボへの平和の祈りを込めて"演技をし、世界の感動を呼んだのはこの紛争に対してである。

セルビア国内でもコソボ自治州が独立を目指したが、セルビアの軍事侵攻によって戦争となった(コソボ紛争)。

コソボでは50万人のアルバニア人が殺された。

現在、コソボを含めてユーゴスラビアは8つの国に分かれている。

名古屋グランパス監督で、今年のJリーグ優勝に導いたドラガン・ストイコビッチはセルビア出身である。

1994年のW杯はFIFA(国際サッカー連盟)のユーゴスラビア制裁により出場できなかった。

所属チームの不祥事もあり、傷心をひきずり、半年の契約で日本にやって来た。

ここで平和の素晴らしさを体感し、感謝を込めて日本に尽くすようになる。

1998年大会では、世界中がアウェイになる中、日本人サポーターが、旗を振ってユーゴを応援してくれている姿をスタジアムで見て感動した。

ストイコビッチがW杯初出場の1990年ユーゴスラビア代表監督はイビチャ・オシム。

オシムはボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ出身。

2003年にジェフ市川の監督に招聘され来日、2006年に日本代表監督に就任。

脳梗塞で倒れさえしなければ、今年のW杯で魅了的な日本代表チームが見られたはずだった。

オシムの初来日はもっと古く、1964年の東京オリンピックで代表選手として来ていた。

「日本人は親切で誠実だ。とても歓迎されてすぐに好きになった」と感想を残している。

この二人が、2022年W杯招致大使に就任し努力してくれたことには、日本人を代表して(?)お礼を言いたい。

辛い思いをした人だけが、本当に大切なものが解るんだなぁ。

37)ポト派幹部に初判決、プノンペン特別法廷

カンボジアの災禍については、ピューリッツァー賞を受賞したシドニー・シャンバーグの実話を映画化した『キリング・フィールド』が詳しく残している。

http://movie.goo.ne.jp/movies/p11111/comment.html

主役のハイン・S・ニョールはカンボジアの医師で、実際に強制労働を課されていた。

ポト派幹部への判決は初めてというのが意外だったが、内戦終結の条件にあったのかもしれない。

カンボジアも、アメリカ・ソ連・中国の大国覇権の犠牲者であった。

現在平和が戻ったことを検証すれば、アフガニスタンにも光が見えるかもしれない。

【8月】

38)露が穀物輸出を禁止

猛暑により干ばつが広がり、国内の食糧危機が懸念されたため。

自分の国民の食料をまず確保してから、余裕のある分を輸出に回す。

当たり前のことをしているのだが、さて日本だったらどうだろう。

1993年、エルニーニョ現象の余波で米の生産が需要に対して、200万トン不足する見込みになることがあった。

時の総理細川護煕は、各国から緊急輸入を行った。

これにより、タイ国内の米の価格が急騰し、タイ人には大迷惑だった。

そんなにまでして輸入したタイ米も、うるち米の代わりにはならず、捨てられていた。

この一件以来、米を一部輸入するようになったのだが、備蓄米にせざるを得ず後に"汚染米不正転売事件(2008年)"が発覚する。

この米不足事件の時、日本の食料自給率が40%だと公表された。

自給率を上げろという声が高くなったが、実効性のある案を持っている者がいない。

もっとも日本人の"食料"は20%を廃棄し、20%が食いすぎだから、実際はそんなに心配ではないと思う。

39)中国甘粛省で土石流、死者・不明1700人超

ここもチベット自治区。

しかし、今回は外国メディアを受け入れ、救済活動が円滑に行われていることをアピールしている。

対外向けのチベットの姿が発信された。

本当に仲良くなったのならそれでいいのだが。

40)米大統領がイラク駐留軍の戦闘任務終結を宣言、アフガンに軸足移す

「ウィキリークス」の暴露によると、イラク戦争によるイラク人の死者は 約10万9千人。

そのうち約6万6千人が民間人だった。

さらに、虐待・拷問・殺人、さまざまな悪行が暴露された。

とにかくイラクから逃げたいアメリカ。

イラク戦争に参加した日本政府の検証はいかに?

紙幅の都合で、本日はこれまで・・・つづく






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最終更新日  2010年12月30日 20時28分42秒
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