福島原発爆発による、放射性物質拡散("放射能"漏れという言い方は誤用の気がする)のニュースを夕食時に見ていると、息子が、
「放射能が怖くて、ブラジルとかに移住する人、いるかなあ」
とつぶやいた。
それで思い出した。
「黒澤明の映画で、そんなのあったなあ・・・」
1955年、僕の生まれる前の年の作『生きものの記録』だ。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD17564/story.html
原水爆の被爆を恐れて、一族を連れてブラジルへ移住しようとした資産家が、反対する家族から禁資産者の裁判を起こされ、あげくに精神病院へ入れられてしまう話だ。
狂っているのはどっちだと問いを発している。
感情移入が難しく、黒澤映画の中にあっては失敗作に数えられるが、半世紀を越えて問題提起をするテーマであった。
この前年に、ビキニ環礁で第五福竜丸が水爆実験で被爆する事件が起きた。
唯一の被爆国である日本国民は、これをきっかけに強烈な反核運動を起こすことになる。
(ちなみにこの事件からもう一本、日本映画に名作が生まれるが、それが本多猪四郎監督『ゴジラ(1954年)』である。)
本来日本人は"核アレルギー"などと呼ばれるほど、核に反感を持っている(はずだ)。
僕は、"原発反対"の考えである。
きっかけは多分、ジェーン・フォンダ主演映画『チャイナ・シンドローム』(1979年)
http://movie.goo.ne.jp/movies/p5825/story.html
原子力発電所の事故と、その隠蔽を告発するサスペンス映画だ。
チャイナ・シンドロームというのは、原子炉の核が露出した時、溶融物が地中にのめりこんでいき、地球の裏側の中国にまで達するという最悪の事故のことだ。
それが、現実のものとして1987年、ソ連のウクライナでで"チェルノブイリ原発事故"が起きた。
最悪の事態ではなかったが、広島の原爆の400倍の放射性物質が放出された。
事故により3000人が即死し、被爆により長期的には数十万人が死ぬであろうと言われている。
現在も被爆者が、ガン、白血病で死に続けている。
そして、広瀬隆著『危険な話―チェルノブイリと日本の運命』が刊行される。
これを読めば誰もが原発の危険を実感し、原発反対に傾くだろう。
書庫を探したのだが、実物が見つからないので今回は引用ができないけど、充分信じられる内容だった。
当時はかなり話題になった覚えがあるが、いつのまにか沈静化してしまった。
"反・危険な話"の反撃もくわえられ、広瀬の個人攻撃もすさまじく行われた。
あたかも何かの圧力が加えられているような印象があった。
反核運動は世界的なものだったが、それもいつしか下火になっていった。
理由の一つは、湾岸戦争による石油危機だ。
エネルギー危機という捕らえ方をした場合、石油に頼りすぎるのは、国家防衛の上では脆弱だ。
さらに、石油価格上昇に伴い、原子力発電のコストが割安になった。
しかし、壮大な設備やセキュリティや再処理の問題を考えると、とてもリーズナブルになったとは思えない。
数字のトリックがあるのは明らかだ。
原発に絡む利権集団の力が、ことのほか大きいということだと思う。
しかし、今回の事故で国民の考えは変わるだろう。
原発がクリーンエネルギーだなんて幻想だ。
もっとも危ないエネルギーなのだ。
万が一のことがおきると、地域汚染どころか、メルトダウンにより、地球を破壊することもあるのだ。
そんなことは絶対起きない安全装置など、絶対作れない。
命をかけて原発を推進しなければならない理由などどこにもない。
日本の国土は火山列島で、地熱発電を進めれば日本中で発電ができるはずだ。
電気は輸送の間にどんどん消費する。
発電所と利用箇所は近いほうがいい。
危険性を考えて、人里はなれた遠方に作らざるを得ない原発は、輸送面でもロスが多い。
地熱とともに風力、太陽光を合わせれば問題なく安全なエネルギーが充分手に入る。
石油も資材原料として確保できるし、原子力は爆弾ごと封印してしまえばいい。
30年前から僕の意見は変わらないのだが、世の中の方も変わってくれない。
福島原発事故検察審査会強制起訴裁判 2017年07月02日
フクシマを繰り返すな 2016年03月10日
『東京が壊滅する日』 広瀬隆著 2015年08月07日
PR
サイド自由欄
カテゴリ
カレンダー
キーワードサーチ