http://cinema.pia.co.jp/title/s-13738
昭和を振り返るシリーズで、日本映画を。
このコラムでもかつて映画を取り上げていましたが、それは大好きな「アメリカン・ニューシネマ」についてが中心でした。
http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/200604300000/
当時から洋画だけでなく邦画も見ていましたので、いずれ回を改めて書きたいとは思っていました。
ただ、映画の解説なら他にもすぐれたサイトがあるので、僕の場合は、昭和を振り返るという意味合いで、昭和歌謡を絡めて音楽も語ってみようと思います。
第1回として『旅の重さ』(何回までネタがあるか解りませんが)。
僕の中で、日本映画のベストテンというのはあるのですが(『七人の侍』『東京物語』『幸せの黄色いハンカチ』『砂の器』『青春の殺人者』・・・)、それとは別に、何故か何回も見てしまった、一番大好きな映画My best favorite movieがこれです。
原作:素九鬼子 監督:斉藤耕一 主演:高橋洋子 音楽:吉田拓郎 昭和47年(1972年)作品
話は、16歳の高橋洋子演じる少女が家出をして、一人四国のお遍路を旅し、そこで巡り会う人々との交流を通じ成長してゆくと言うものです。
ざっくり言えばそういうことで、画像もオープニングとラストをつなげた物なので、まさにその通りです。
しかし当然、道中に出会った旅芸人一座や、村人や泥棒が、少女を逞しくしてゆくのがテーマで、文字通り裸になって自分を開拓してゆく姿に感動するわけです。
高橋洋子は昭和29年生まれで撮影当時18歳か19歳、でも体型が幼児っぽく、裸で波打ち際に戯れるシーンも、子供が海で遊んでいるようにしか見えません。
よく言えば清純な。
それでも同年代の思春期の僕には充分刺激的で、クラスメートの裸を覗き見してしまったような興奮がありました。
このオーディションで、惜しくも2位に甘んじて主役を逃したのが秋吉久美子です(本編のクレジットは本名の小野寺久美子)。
後半に出演していますが、もしこれが逆で、妖艶な秋吉が主役になっていたら違った映画になっていたでしょう(興行的にも)。
秋吉久美子は2年後の『あかちょうちん』でヌードを開示しますが、その美しさの虜となりました。
ただ芝居のうまさは断然高橋が上で、作品の雰囲気から致しかたないところでしょう。
高橋洋子は、この翌年NHKの朝ドラマ『北の家族』の主役を得て、最高視聴率51.8%国民的女優となります。
ちなみにこの時のオーディションの次点は真野響子だったと思います。
原作の素九鬼子は、当初覆面作家として発表されました。
名前からしてそんな感じだったのですが、実は作品だけ存在して、作者が不明だったのです。
芥川賞作家の由紀しげ子の遺品整理中に、大学ノート3冊に書かれた原稿が、筑摩書房の編集者に発見されました。
新聞広告などで作者を探したのですが解らないので、不明のまま出版してしまい、その後知人から知らされた本人が名乗り出たと言うものです。
3年前に書いて送りっぱなしになっていたということと、いろんなペンネームを使っていたということもあり解らなかったそうです。
僕も昔、映画雑誌に評論を投稿したまま忘れてしまい、半年後ぐらいにその雑誌を読んで、世の中には同じことを考える人がいるもんだなあと思ったら、最後に僕の名前が出ていたと言うことがありました(ちょっとレベルは違いますが)。
作家は作品を書き終わると、次の作品のことで頭が一杯になるので、過去のことは忘れてしまうのです。
素九鬼子は愛媛県西条市生まれ、高校を1年で中退していますから、この主人公は本人なのかもしれません。
その後、『パーマネントブルー』『大地の子守唄』『ひまやきりしたん』などを発表し、3度直木賞候補に上がりますが、昭和52年に筆を置きます。
『旅の重さ』を書いた時は既に結婚をしていたのですが、夫は魚の行商ではなく、大学の教授でした。
そして主題歌の吉田拓郎。
『今日までそして明日から』は3枚目のシングル曲でした。
日本のボブ・デュランとしてフォークソングブームに乗って台頭し、4枚目シングルの『結婚しようよ』がメジャーヒットとなった頃です。
このコラムにも度々登場する、悪友のJUN君は吉田拓郎(当時はよしだたくろう)が大好きで、吉田拓郎からこの映画に入ったのかもしれませんが、僕は逆に『旅の重さ』から吉田拓郎に興味を持ちました。
『結婚しようよ』と『旅の宿』で、シンガーソングライターとしてのステータスを確立するのですが、僕らにとってはその前の1stアルバム『青春の詩』に描かれた世界が鮮烈でした。
『青春の詩』のラストに収められていたのが『今日からそして明日から』でした。
わたしは今日まで生きてみました
時には誰かの力をかりて
時には誰かにしがみついて
わたしは今日まで生きてみました
そして今わたしは思っています
明日からもこうして生きていくだろうと
デビュー曲の『イメージの詩』では
これこそはと信じれるものが
この世にあるだろうか
信じるものがあったとしても
信じないそぶり
と歌っていて、悩んで行き着いたところは、♪明日からもこうして生きていくだろう♪と言うことなのでしょう。
この後も、森進一に提供した『襟裳岬』などのヒットにより、ソングライターとしての地位もカッコたるものとし、昭和49年(1974年)の納税者長者番付では歌手部門5位まで上り詰めます(ちなみに1位は水前寺清子)。
無力で、貧しく切ない青春を描きながら、フォークシンガーは次々と金持ちになっていった時代でした。
鬼籍 に入った名優が並んでいます。
その存在感、深遠な演技力、惜しい人たちでした。
40年前の映画だもんなあ。
あの時、高橋洋子のぽっちゃりヌードに興奮した少年も、数年後には還暦です。
あの時代に刷り込まれた感性が、その後の人生に大きく影響したことは間違いありません。
そういえばJUN君は、痩せ型O脚好きだったため、高橋洋子のヌードはあまりお気に召さなかったようです。
しかし、あの青い海と高橋洋子の白い肌はよく似合い、青春時代の閉塞感が一気に解きはなされた覚えがあります。
緑豊かな田園風景や、宇和島の街並みも、心を休めてくれました。
ああ、旅と言うのはいいものなのだなあ、と感銘した瞬間でした。
そういえば大人になってから(30歳を越えた頃)、リストラの傷心を癒すため、退職金で北海道旅行に出た時、同じ感慨を得ましたっけ。
疲れた心を癒すには、旅は良薬です。
疲れて無くても、旅は新しい自分を発見させてくれます。
主人公の決断と反対の立場にいたのが、秋吉久美子演じる少女でした。
小説が好きで、つらいことがあっても、小説の世界に逃げ込むことで、現実を逃避していました。
映画紹介で「秋吉久美子がチョイ役で出ています」という記述が見受けられますが、物語のカウンターテーマとも言える存在なのです。
秋吉久美子のデビュー作でもありましたが、僕は鮮烈な印象を持ちました。
僕自身が投影されていたからでしょう。
主人公が旅の重さに耐え切れず倒れた時に、少女に巡り会います。
そこで改めて自分と対決させられます。
そして、現実の自分を取り戻し、新しい一歩を踏み出すのです。
僕もこの時、現実世界の扉を開けようと思ったのでした。
追伸*僕にとっての四国お遍路は『旅の重さ』であり、菅直人が問題を起こすたびに(年金未納報道・首相退陣後など)四国お遍路に出るのは、どこか思い出が汚されている気がして、不愉快でした(こっそり行くにはかまわないのですが)。
今回も民主党員除名騒動があり、また行くのではないかと心配です。
小津安二郎『晩春』と「少子化問題」 2023年01月31日
昭和映画落書 『八つ墓村』 2013年09月27日
昭和映画落書 『犬神家の一族』 2013年09月20日
PR
サイド自由欄
カテゴリ
カレンダー
キーワードサーチ