《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

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2013年08月02日
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カテゴリ: 昭和日本映画

http://movie.walkerplus.com/mv18048/

秋吉久美子の話をもう少し。

デビュー以来ほとんど変わらぬ、不思議系美少女も7月29日に59歳の誕生日を迎えました。

『旅の重さ』オーディションで次点になり、本名の小野寺久美子で脇役に出演後、翌年『十六歳の戦争(松本俊夫監督)』に秋吉久美子として撮影しましが、作品の公開が遅れたので(昭和51年公開)、世に出た順番として昭和49年公開の『赤ちょうちん』が主役デビューと言っていいでしょう。

『赤ちょうちん』は、当時人気絶頂だったフォークグループ"かぐや姫"のヒット曲をモチーフにした(便乗した)作品で、この前に『神田川』この後に『妹』が映画化されました。

と言っても、3部作と言うわけではありません。

理由は、『神田川』は東宝作品で、『赤ちょうちん』と『妹』は日活作品だったからです。

かぐや姫の人気を当て込み、映画会社が版権争奪合戦をくりひろげ、この配分で手が打たれました。

東宝『神田川』は、草刈正雄、関根恵子(現・高橋恵子)主演でした。

http://youtu.be/lr23tSb4fbs

この映画化について、かぐや姫の南こうせつ自身はこう語っています。

「『神田川』はがっくり来たな。当時はやっていたのは、『卒業』とか、『バニシング・ポイント』とか、『イージーライダー』。こういう映画かなと思っていたけど、いきなり主演が草刈正雄さんと決まって。すごくいい俳優さんで大好きですけど、当時は資生堂ブラバスっていう男の化粧品のコマーシャルに出ていて、今で言うと木村拓哉みたいな存在。あの人が主役じゃないだろう。神田川は。どちらかっていうと、香川照之とか、武田鉄也、竹中直人、あっち系ですよね。それが、美男子系、それ、神田川じゃないなって僕らは映画にしらけ始めた。『赤ちょうちん』は途中で帰ったし、『妹』はいまだに見てないですね」

小説でも映画化権を売った作家は、娘を嫁に出した気分になるんだそうです。

嫁ぎ先の家風に変えられても文句は言えない。

たいがい原作者としては不満の残るもの物になります。

まったく別物と考えたほうがいいそうです。

何故そうなるかと言うと、作品の捉え方が個人によって異なるということも多少あるとしても、多くは原作に感情が入ってない人が、自分の主張や都合を盛り込むからでしょう。

今回は知名度だけ欲しかった。

東宝『神田川』の関根恵子は『高校生ブルース』『おさな妻』で15歳からフルヌードを開陳し、すでにレモンセックスのアイドルとして認知されていました。

それに対抗して日活は『赤ちょうちん』に新人の秋吉久美子を抜擢したのですが、確かにヌードの美しさ清潔感は抜きん出ています。

たぶん『十六歳の戦争』で披露したヌードが評価されたのでしょう(『旅の重さ』では脱いでいませんから)。

スーパーの同僚役で、日活ロマンポルノのスター山科ゆりも共演しているのですが、こちらは何故か脱いでいません(どうせなら無理やりにでもそういうシーンが欲しかった)。

日活は『神田川』を東宝に取られたことがよっぽど悔しかったのか、舞台に神田川周辺を選び、かぐや姫の"神田川"をバックに流したりしています。

それでいて、"赤ちょうちん"の屋台で飲むシーンはないし(予告編にはあるのですが本編にはありません)、おでんも買わないのです。

『神田川』の版権争奪で書いたシナリオを、そのまま『赤ちょうちん』に使ったのでしょうか。

それも含めて、全体的にシナリオが雑です。

脚本は中島丈博、『祭の準備』『津軽じょんがら節』などの当時若手NO1期待のライターです(現在は『真珠夫人』『牡丹と薔薇』などフジTVの昼ドラで成功しています)。

監督が藤田敏八、『八月の濡れた砂』『赤い鳥逃げた?』『修羅雪姫』などで時代を牽引するヒットメーカー。

さらに助監督として、『青春の殺人者』『太陽を盗んだ男の』の監督長谷川和彦まで名前を連ねているのです。

この組み合わせでどれだけすごい映画が出来るのかと期待も高かったのですが、個性がぶつかり合ったためか、作品は迷走してしまいます(誰が引っ張りまわしたのか解りませんが)。

ストーリーは、若くして妊娠してしまった不思議キャラの秋吉久美子が、引っ越す先々で不吉な環境に悩み、徐々に壊れていくというもの。

青春映画で始まったものが、だんだんとホラーっぽくなります。

だったら初めから『シャイニング(スタンリー・キューブリック監督:1980年)』風な作りにすれば、もっとハッキリしてホラー映画の名作になったかもしれないのに。

『赤ちょうちん』は1974年だから参考に出来ないか。

だったら『ローズマリーの赤ちゃん(ロマン・ポランスキー監督:1969年)』を参考にすれば・・・。

後にジャパニーズホラーが世界的に流行る事を思えば、さきがけとなりえたかもしれません。

(ラストの秋吉久美子が発狂し、嫌いだった鶏肉をむしゃぶり食う場面を、僕はずーと生の鶏の羽を引きちぎりながら、血だらけになってかじっている姿が目に焼きついていたのですが、改めて見てみると、ただのローストチキンを食べているだけでした。不思議でがっかり。)

それにしても、『神田川』も『赤ちょうちん』も『妹』も、ストーリー性の高い歌詞だったのですが、まったく無視した内容になっているのが解せません。

あのころふたりのアパートは 裸電球まぶしくて

貨物列車が通ると揺れた ふたりに似合いの部屋でした

覚えてますか寒い夜 赤ちょうちんに誘われて

おでんをたくさん買いました

月に一度のぜいたくだけど お酒もちょっぴり飲んだわね

雨が続くと仕事もせずに キャベツばかりをかじってた

そんな暮らしがおかしくて あなたの横顔見つめてた

あなたと別れた雨の夜 公衆電話の箱の中

膝をかかえて泣きました

生きてることはただそれだけで 哀しいことだと知りました

今でも時々雨の夜 赤ちょうちんも濡れている

屋台にあなたがいるような気がします

背中丸めてサンダルはいて ひとりでいるような気がします

この世界が好きだったファンはがっかりです。

喜多 ( きた ) ( じょう ) ( まこと ) は昭和22年生まれ、当時文化放送の放送作家でした。

新曲キャンペーンで文化放送に訪れた南こうせつと懇意になり、作詞を依頼されました。

『神田川』は、締め切りに間に合わず、電話口で歌詞を読み上げ、同時に南こうせつが曲を完成させたと言う逸話があります。

四畳半フォークと呼ばれたこの世界は、喜多条忠の学生時代の姿でした。

僕らはそれに憧れ、地方出身の友人は割りと簡単に実現化させましたが、実家住まいの僕には果たせぬ夢となりました。

いや、まだ夢は捨てていませんが。

映画『赤ちょうちん』に戻って、前半に登場する中年男は、サザンオールスターズの桑田佳祐ではなく、40年前の若き日?の長門裕之です。

この中年男もファーストエピソードで、海岸で暴行を受けた後、出番はありませんでした。

後で登場しないんなら、これだけ肉付けする必要はありません。

長門のスケジュールが取れなくなって変更したのでしょうか。

他にも、連絡の取れなかった兄として、石橋正次がワンシーン唐突に登場しますが、これもまったく必要ありません。

当時人気者だった石橋をゲストで出して稼ごうという、あざといキャステイングでした。

ラストで米屋の配達に暴行するいきさつも描いていないし(伏線はあるのですが)、不気味な山本コータローも、気持ち悪いだけで存在価値がありません。

色々ぶち込みすぎて、すべて不完全燃焼になってしまいました。

この頃の日本映画の欠点である、一貫性のなさ、細部の大雑把さ、無駄の多さが目だった作品でした。

そんな欠点だらけの作品も、秋吉久美子のヌードがすべてを救っています。

次回作の『妹』もストーリーに関係なくセールスポイントになっていました。

http://youtu.be/hUU8d13pXYM

映画にはヌードシーンが欠かせないわけがこれなのです。

あの頃、僕の部屋にも秋吉久美子のポスターは貼られていました。






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最終更新日  2013年08月02日 09時31分28秒
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